【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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3.再々始動

 ピッ、ピッ、と規則的な電子音が響き、モニターに数値を表示する。数字の上では角ばった波が表れ、ベッドの上で沈黙する女の鼓動の状態を示す。

 全身に包帯を巻き、それに緑色の体液を染み込ませながら、呼吸器を取り付けられたアインは身じろぎひとつせず、眠り続けていた。

 それをベッドが置かれている部屋の入り口に立ち、一人の少年が見つめる。彼の仏頂面は、この時ばかりは特に険しくなっていた。

 

「クロノ…ここにいたのね」

「かあ…提督」

 

 眠り続ける女騎士を遠巻きに見つめていた息子に、リンディが話しかける。クロノはどこか気まずげに目をそらし、眉間のしわをさらに深くする。

 そらされた目はまた病室のベッドに向けられ、もうすでに数日の間このままの状態が続いているアインを見つめた。

 

「…不死身の身体でも、昏睡状態には陥るんですね」

「どれだけ傷を負っても再生すると言っても、肉体の構造は普通の人間と同じだもの。過ぎた痛みは感覚を麻痺させ、心を苦しめる……死なないからと言って、強くなるわけじゃないわ」

 

 リンディの切なげな声に、クロノは自分でも気づかないままに冷や汗を流す。母の言う苦痛がどれほどのものか、想像してしまう。

 雷に焼かれようと、炎に焦がされようと、凍らされ砕かれようと、腐らされようと、斬り刻まれようと、引きちぎられようと、潰されようと、如何なる致命傷を負おうと死なず、しかしその苦痛は変わらない。それがどれだけの悲劇か、クロノの想像が追いつくことはない。

 人間が長年憧れ、求めてきた不老不死。その現実の姿がこれだと思うと、クロノは恐怖しか抱けなかった。

 

「たとえ不死であってもなくても、あの子の戦いはそう変わらなかったでしょうけどね。いつだってあの子は……自分の命を使い潰すことばかりしてきた」

 

 リンディは険しい顔で黙り込む息子を見下ろし、次いでアインを見やって深いため息をつく。

 分厚く巻かれた包帯、その端からは、アインの体に刻まれた無数の傷跡が覗いている。

 不死となった今、アインがどれだけ傷ついてもその傷はいずれ消え、元通りになる。だが、不死となる前に負った傷は消えない。

 それが表す意味に、リンディは呆れながら、深い悲しみを覚えずにはいられなかった。

 

「大を救うために、小を犠牲にする……たとえ納得できなくても、それは正しい選択なんだと僕は思っていました……でも、彼女は違ったんですね」

「………結果的にあの子は、多くのものを救った。でも世間はその結果をあえて見ずに、あの子の罪を大きく取り沙汰した。アインの存在を、骨の髄まで利用し尽くすために…」

 

 クロノはきつく拳を握りしめ、吠えたくなる衝動を必死に押さえつける。

 救うべきものではなく、救いたいものを救う。私情を主にした正義の組織にはふさわしくない行動だが、少なくとも口先だけの輩よりも人間らしく思える。

 それを認めようとしなかった上層部には、微塵も正義を感じられなかった。

 

「母さんの言葉の意味がよくわかりましたよ…あの人は……壊れている…!」

 

 同時にクロノは、眠り続けるアインに対してかすかに恐怖感を覚えていた。

 アインの行動は、結果だけを見れば理想的な正義の味方の行いに感じられるだろうが、過程を含めるとそうとは思えない。アインの行動には、普通の人間では考えられない選択が多すぎる。

 永遠に死なず苦しみ続ける咎を背負うなど、まともな人間であれば受け入れようとは思うまい。

 

「自分以外の全てのために、自分の全てを犠牲に。滅私奉公なんてものじゃない………究極の、自己犠牲…」

「前回の地球での任務からより一層ひどくなったわ……こんなこと、なのはさんには絶対に言えないけど」

 

 アインを間近で見て、言葉を交わして、戦う姿を見たからこそ、クロノ達はアインの歪みを痛感する。噂や伝聞では知ることはできない、アインという存在の違和感がクロノとリンディには見えていた。

 そのまま親子二人、身も心も普通の人間とは一線を画す存在となってしまった女騎士を見つめ続けていた、その時だった。

 

「ーーー壊れているとは失敬だな。人を狂人みたいに」

 

 不意に聞こえてきた声に、リンディとクロノはハッと目を見開き振り向く。

 二人の視線が向かう先では、不機嫌そうに瞼を開けたアインが半身を起こし、ぶちぶちと体に刺された点滴の針を引き抜いている姿があった。

 一瞬棒立ちになっていたリンディは、アインがベッドから立ち上がろうとしているのを見てようやく我に返った。

 

「アインっ…まだ動いちゃダメよ! 完治したわけじゃ……」

「もう十分だ。動く分には問題ない」

「そういうことじゃなくて………ああもう‼︎」

 

 動きづらそうに包帯を触り、眉間にしわを寄せるアインにリンディは頭を抱える。眠り続ける姿は不安を抱かせたが、起きたら起きたで心配させるなドアくれて言葉も出なかった。

 険しい顔で額を抑えるリンディを見やると、アインは友人に心外だと言わんばかりに不満げな視線を返した。

 

「言っておくがな、お前ら。私は別に自分を犠牲にしているつもりは毛頭ない。自分がやりたいことのために、自分の持つ手札を全て使っているだけだ。でなきゃ、こんなにしんどいことなんてしない」

 

 自分自身の行いに吐き捨てるように、アインは苛だたしそうに告げる。

 アインにしてみれば、自分を悪として利用した上層部の評価はさほど間違ってはいない。結果がどうであれ、自分の願望のために危険な賭けを行ったのは事実で、それについて咎められることに何の不満もない。

 当事者の感想を聞いて、英勇のように扱われる方が居心地が悪くて仕方がないのである。

 

「……人を守ったつもりも、世界を救ったつもりもない。結果的にそうなっただけだ。エゴなんだよ、私の…」

 

 アインのつぶやきに、リンディもクロノも厳しい顔で口を閉ざす。

 リンディは友人がこうも卑屈になってしまったことへの後悔に、クロノは事情も知らずに敵意を抱き、それを咎められなかったことに対する罪悪感で気まずげに目をそらした。

 重い空気になり、しばらくの間しんと静まり返ったのち、アインが深いため息とともに口を開いた。

 

「そんなことより……状況は今どうなっている?フェイトについて何か情報はつかめたのか?」

「………音声のログから、いくつか推測ができてきたわ」

 

 諦めたようにため息をつき、リンディは胸の下で腕を組み語り出す。疲れ切ったような表情は、友人が最初から引く気がないのを察したからであろう。

 クロノも同じように呆れた顔で、上司とともに調べ上げた情報を端末からアインに渡した。

 

「フェイト・テスタロッサのファミリーネーム、テスタロッサ……かつてミッドチルダにいた大魔導師のものと同じだ」

「プレシア・テスタロッサ……違法な研究でミッドを追われた科学者だと聞いている」

 

 目を細め、空間モニターに表示された黒髪の女性の姿を見つめる。長い髪で顔の半分を隠し、その下から冷たい眼差しをのぞかせた彼女は、どこか近づきたくない雰囲気を感じさせる。

 異様な気迫を感じさせる美女の画像をじっと眺めていたアインは、やがて眉間にしわを寄せて唸った。

 

「23年前は中央技術開発局の第3局長だったが…当時彼女個人が開発していた次元航行エネルギー駆動炉『ヒュドラ』使用の際、違法な材料を持って実験を行い、失敗。結果的に中規模次元震を起こしたことがもとで、中央を追われて地方へ異勤になったと。ずいぶん揉めたそうだ。失敗は結果に過ぎず、実験材料に違法性はなかったと」

「ずいぶん詳しいですね…?」

「……少し、な」

 

 じっと見つめて来るクロノから目をそらし、アインは答えない。過去の、それも自分が曲に入って間もないような頃の事件について知っているなど、理由がなくてはおかしいのに。

 しかしリンディは深くは聞かず、あきれた様子でアインに続きを促した

 

「辺境に異勤後も数年間は技術開発に携わっていたが…しばらくのち、行方不明になってそれっきりらしい」

「家族と、行方不明になるまでの行動は…?」

「そこまではわからん。綺麗さっぱり抹消されていてな…あとでエイミィに本局に問い合わせて貰えばいい。……私じゃ教えてもらえそうにないからな」

「あなたねぇ…」

 

 自虐的な言葉に、リンディは眉間にしわを寄せてアインを睨む。

 しかし、すぐにいつものことと諦め、深いため息をついて肩を落とす。自傷の台詞で他人に余波をもたらそうが、一切に気にしないのだからタチが悪い。

 アインはそれに苦笑を返し、そして真剣な表情に改めた。

 

「あの時彼女は、たしかに『母さん』と呼んだのをなのはが聞いている。そこから推測するに……」

「…娘か縁者か、はたまた洗脳でもされているのか」

 

 髪の色や雰囲気はあまり似ているとは思えない。だがよくよく見てみれば顔立ちや顔のパーツは似通ったところがあるように思える。

 もし画像の彼女が、フェイトが見せるような切なげで遠い眼差しをしていれば、もっと似ていると思えるかもしれない。しかし画像の中の彼女は、撮影機に対して強い敵意を抱いているような、剣呑な表情をしていた。

 

(以前に会った時、フェイトから感じられたのは恐怖と焦り……母親が黒幕なら、可能性としては虐待されていたか、脅されていたか)

 

 フェイトと遭遇した時、少女から感じられた感情は常に、自分を追い込むような負のものばかりだった。

 なのはに対して罪悪感を抱き、相棒であるアルフにも申し訳なさを感じさせる苦しげな表情ばかりを見せ、本心からあのような行動をとっていたとは思えない。

 母親から無理やり命じられたと仮定すれば話は簡単なのだが、アインはどうにも納得ができなかった。

 

(だがあの時、母を呼んだ表情は…)

 

 異形の巨人の出現、それによる戦場の均衡の変化と命の危機。

 そんな中でフェイトは、母に対してひどく驚いた様子を見せていた。念話で何を言われたのかはわからないが、

 

「いずれにせよ、プレシア・テスタロッサが今回の事件の重要参考人となったことは変わらん。…どうにか居場所を突き止め、確保できればいいんだがな」

「…あなたにはやらせないわよ」

 

 顎に手を当てて考え込むアインに、リンディがじとっとした視線を向けて言う。クロノも同じような冷ややかな視線を向け、心底あきれた様子で肩をすくめている。

 愚行を咎めるような冷たい視線を横から受け、アインは不思議そうに眉を寄せた。

 

「休暇はなくなったはずだが…?」

「休めっていってるんじゃないの! 戦わないでって言っているのよ‼︎」

 

 何を馬鹿なことを言っているのかと、限界にまで高まったリンディの怒りが爆発する。くわっと目を吊り上げ、犬歯をむき出しにした形相は鬼のようで、流石のアインもかすかに気圧された。

 

「あんな化け物と真正面からやりあって、普通なら死んでる傷を負って、そのあと何十時間も眠り続けて……‼︎ それだけ無茶をしたあなたを行かせられるわけないでしょうが‼︎」

 

 凄まじい剣幕で怒鳴りつけるリンディに、アインは目を見開いたまま冷や汗を流し黙り込む。

 10年以上顔を合わせず、久しぶりに再会した友人が、不死となったからといって尋常ではない無茶を続けていれば、確かに不安にもなるだろう。しかしアインはそれに思い至ることができず、戸惑いの表情でリンディを見つめる他になかった。

 しばらく思いの丈をぶちまけ続け、ようやく落ち着いたリンディは、深いため息とともに肩を落とした。

 

「……あなたは前回の出撃で十分すぎる成果を見せた。上層部だってあんなのが出てきたって聞けば重い腰を上げる………あなたがまた傷つく必要なんてないのよ」

「そうは言ってもな…」

 

 鋭い目で睨みつけ、固く命じるリンディにアインは渋い表情で目をそらす。

 その鼻先に人差し指が突きつけられ、アインは真正面から向けられる気迫に思わず息を呑んだ。

 

「とにかく! あなたはしばらく絶対安静‼︎ 何が何でもここを動かないこと‼︎ いい⁉︎」

「あ、ああ…」

 

 ようやく頷くと、リンディはフンと鼻を鳴らして背を向け、早足で部屋から立ち去っていく。いつもより大きな足音から、まだ彼女が苛立ちを覚えていることがわかり、アインのこめかみに冷や汗が流れる。

 友人の足音が聞こえなくなってようやく、アインは残ったクロノに苦笑を浮かべて顔を向けた。

 

「…お前の母は怒らせると怖いな」

「怒らせてる本人が何を言ってるんですか…」

 

 ふざけた調子で呟くと、クロノはじとっとした横目を向けてため息をつく。

 彼女が目を冷ますまで抱いていた罪悪感が、先ほどの母との会話で一気に吹き飛んでしまったらしく、その表情はしかめっ面になっている。振り上げた拳の行き場を無くしたような、不完全燃焼感を感じさせた。

 

「…僕から言えることも同じです。せいぜい療養しておいてください、では……」

「……クロノ」

 

 言いたかったことの全てを、口にする気をなくし、クロノは気だるげに退出しようとする。

 その背に、アインがわずかに笑みを浮かべながら呼び止めた。

 

「私はしばらくそっちには戻れんだろうから……なのはとユーノ、それと…フェイトとアルフを頼む」

 

 アインはクロノの背中をじっと見つめ、真剣な眼差しで懇願する。ふざけた調子はもうどこにもない、心の底から教え子達を案じる様子で、後のことを元教え子に託す。

 クロノはそれに振り向くことなく、立ち止まったまま無言になるが、やがて小さく口を開いた。

 

「…言われなくても、やりますよ」

 

 それだけ言い捨てると、青年は早足で部屋を後にし、仕事場に向かって颯爽と歩き出していく。

 静かに扉が閉じられ、一切の音が消えると、アインは誰もいなくなった部屋で一人ベッドに腰掛け、深く息を吐いた。

 

「…戦うな、か。意外と酷なことを言ってくれる……」

 

 友人が口にした、自分を気遣う言葉。

 もはや人ではなく、戦うことしかできなくなった怪物である自分にはふさわしくない言葉だと自嘲しながら、アインは寂しげな顔で天井を仰ぐのだった。

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