【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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4.親友との約束

 明くる日、純白の制服を纏い、登校してくる小学生達で賑わうある教室。

 その教室には、しばらく顔を見せていなかったある一人の女子生徒が久しぶりに顔を見せ、友人達に笑顔をもたらしていた。

 

「なのはちゃん…! よかった、元気で」

「うん…ありがと、すずかちゃん」

 

 都合により学校を休み、顔を見ることもできずにいた親友と再会した事で、すずかはホッと安堵の表情を浮かべていた。

 その隣には、若干気恥ずかしそうに頬を染め、腕を組みながらなのはにじっと横目を向けるアリサの姿もあり、なのはもやっと安心のため息をついた。

 詳しい事情も話せないまま、プリントやノートなどを任せっきりにしてしまったため、罪悪感を覚えていたのだ。

 

「アリサちゃんも……ごめんね、心配かけて」

「まあ……よかったわ元気で」

 

 ツン、と赤い顔のまま目を背けるアリサを久しぶりに見た事で、なのははついクスクスと笑ってしまう。相変わらず素直じゃない親友達が、変わらずにそこにいることが嬉しくて仕方がなかった。

 ふとアリサは、すずかと一緒に笑うなのはをじっと見つめ、隅から隅までを確認するように眺める。様子の変わったアリサに、戸惑いの目を向けるなのはに構わず、気が済むまで眺めたアリサはやがてふっと微笑んだ。

 

「……ちゃんと約束守ってくれたってことよね」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 

 不思議そうに見つめてくるなのはの声で我に返り、アリサは慌てて首を横に振る。

 まさか、親友とともに行動しているであろう女性に、彼女が知らない間に再会し、釘を刺していたなどと言えるはずもない。事情を話せずにいる親友に、逆に隠し事をしてしまい、アリサは複雑な表情で冷や汗をかいていた。

 

「さ、色々話したいことはあるけど、それは後にしましょ」

 

 訝しげに見つめてくるなのはの背中を押し、各々の席へと誘導する。

 タイミングを合わせたようにチャイムが鳴り響き、なのはは釈然としない表情のまま席に着くのだった。

 

 

「そっか……また行かないといけないんだ」

 

 その日の放課後、帰り支度を進めていたアリサは、申し訳なさそうに報告するなのはに残念そうにつぶやく。

 たった一日登校できただけで、また顔を見られない日が続いてしまうのだということに、寂しさを抱く。また時が過ぎれば会えるとわかってはいても、限られた時間が少なくなっていくのを思えば、惜しまずにいられなかった。

 

「大変だね…」

「うん…でも大丈夫!」

 

 不安そうに見つめてくる二人を元気付けようとしてか、なのはは満面の笑みを浮かべて二人を見つめる。自分が抱えた多くのことに決着をつけ、スッキリとした姿でまた二人と話そうと心に決めていた。

 アリサもすずかもそんな彼女の様子に、自分たちが親友を不安がらせてはいけないと思ったのか、苦笑とともに頷く。

 とにかく今は、限られた親友との時間を大いに楽しむべきなのだ。

 

「ねー放課後は? 少しくらいなら一緒に遊べる?」

「うん! 大丈夫だよ!」

「じゃあ、うちに来る? 新しいゲームもあるし!」

「あ、ほんと?」

「昨日、なのはちゃんが帰ってきたら一緒に遊びたいねって、アリサちゃんと話してたの」

 

 和気藹々と話しながら、会えなかった時間の分まで楽しもうと放課後について話し合う。

 教科書を詰めた鞄を背負いながら、ウキウキとした様子で教室を後にして行くアリサとすずかを追いかけるなのは。

 ふとその足が止まり、陰り始めた空に向けられた。

 

(…フェイトちゃんは、何してるのかな……?)

 

 遠い何処かのいるであろう、自身が友達になりたいと、力になってあげたいと思った金色の少女。

 異形による襲撃、本人の戸惑い、そして恩人の負傷によりまともに話せず、長い時間顔も見られていない少女のことを思い、なのはは無言で佇む

 いつになっても来ないなのはに痺れを切らし、アリサが呼びに戻ってくるまで、なのはは遠い目で立ち尽くしていた。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「…今日も、食べてくれなかった」

 

 すっかり冷めてしまった料理を乗せたトレーを運び、片付けながらアルフが呟く。弱々しいその声は、鉛よりも重く聞こえた。

 アインがフェイトたちを庇って墜とされて数日経った今も、フェイトは強い責任感から食事も喉を通らない日が続いていた。まるで、何もできなかった自分自身を責めるように。

 どうにか元気を出してもらおうとしたアルフだったが、虚ろな表情で俯く主を見ていると自身の気持ちも重く沈み、かける言葉を見出せないでいた。

 

「このままじゃ本当に死んじまう……でも、どうしたら」

 

 アインの無事さえ確認できれば、フェイトは安堵し元気を取り戻してくれるかもしれない。だが、時の庭園で身を潜めている今、管理局の現状を確認する手段はない。

 それに、もしアインに何かあれば、余計にフェイトは落ち込んでしまうかもしれない。それを思うと、アルフはもう何もできなくなってしまった。

 そんな時、今最も聞きたくない相手からの声が耳に届いた。

 

「……ここにいたのね」

「…何の用だい。あんたの娘が大変な時に」

 

 振り向く事なく、プレシアに敵意をぶつけるアルフ。

 この魔女がフェイトに直接何かをしたわけではない、不足の事態における自己だとわかってはいるものの、全てにおける根本的な原因であるという認識から、アルフは即座にプレシアに壁を作っていた。

 それを気にかける様子もなく、プレシアは冷たい目でアルフを見つめ、やがて口を開いた。

 

「…アルフ、あなたに指示を与えるわ」

「指示だって…? あんた、誰に向かって言ってるんだい」

「無論あなたよ。戦闘能力ばかり気にして、頭が足りていないのかしら?」

「喧嘩売ってんのかい…⁉︎」

 

 ギリッ、と食いしばった歯を剥き出しにし、プレシアに殺気を向けるアルフ。案の定屁にも思っていないように涼しげな顔をしているが、それでも睨まずにはいられなかった。

 

「あたしのご主人はフェイトだよ。あんたの言うことなんか……‼︎」

「そのご主人様の役に立つことでも?」

 

 だが、プレシアが放った一言でアルフの殺気は簡単に霧散してしまう。言うまでもなく、自分の主人を引き合いに出されてしまったからだ。

 アルフの怒り、悲しみ、喜びに至る全ての感情、そしてその意思と望みはフェイトの気持ちで変化する。それを熟知しているように、使い魔の反応が変わった様を見たプレシアは、満足げな笑みを浮かべていた。

 

「…どういうことだい」

「全てのジュエルシードが見つかったのはいいけど、残念ながらこちらが回収できたのはごく一部。大半を管理局側に回収され、さらに一部もあの異形に持っていかれて行方知れず……状況ははっきり言って最悪よ」

 

 アルフは顔をしかめ、プレシアが語った現状に唸る。長い期間をその準備に当て、探し続けてきたもののほとんどが敵の手の内にあると言うのは、確かに堪えるものがある。

 だが、それでもアルフの胸中に然程のやる気は芽生えない。さらに多くのジュエルシードを得る手段は、圧倒的な戦力を誇る敵人から奪うより他にないからだ。

 

「だったら……もう諦めれば」

「それは駄目よ……それだけはできない。何としてでも、最低でも五つを手に入れなければならないわ」

「だったらどうするってんだ‼︎」

 

 まさか管理局に向けて特攻でも行えと言うのではないだろうな、とアルフは声を荒げてプレシアを睨みつける。

 グルルル、と唸り声を上げて爪を剥き出しにするアルフに横目を向け、プレシアは口元に小さく弧を描き、唇を開いた。

 

「…あの子、管理局側の白い子にずいぶん気にかけられていたわね」

 

 ハッと息を呑み、アルフは目を見開いて後ずさる。

 この魔女が研究とジュエルシード以外、フェイトを含む他人に対し微塵も興味を抱こうとしないのは、長年その姿を見てきたために理解している。

 そんな彼女が、フェイトに歩み寄ろうとしている少女を覚えていたと言う事実に、嫌な予感を拭い切れなかった。

 

「…それがどうしたんだい」

「善良でお人好し、窮地にいようと敵であろうと心配する甘い子……あなたもそう言っていたわね」

「っ…」

 

 いつの間に聞かれていたのか、とアルフは自身の迂闊さを呪い、歯を食い縛る。

 本気でフェイトと友達になりたいと願い、立場を押して窮地を救ってくれた、本当にフェイトを救ってくれるかもしれないとかすかな希望を抱いていたのに、この魔女は一体何をするつもりなのか。

 

「もし今、あの子に会いたいと請われたら…あの白い子も応えざるを得なくなるんじゃない?」

 

 プレシアの言葉に、アルフは訝しげに目を細め、じっとプレシアを凝視する。氷のように冷たい表情には、自体を面白がるような冷酷な笑みが浮かんでいて、気味の悪さを感じる。

 ピンときていない様子のアルフに呆れるように、プレシアはふっと鼻で笑ってから説明を始めた。

 

「これまでと同じよ。あの子達がよくやっていた勝負…それを全てのジュエルシードをかけて行わせるの。リスクは高いけど、残されているのはもうこの方法だけ……最後のチャンスよ」

 

 理解が追いついたアルフは、その策を考えたプレシアにこれまで以上の怒りの感情を向ける。

 実の娘だけではない、それに歩み寄ろうとする心優しい彼女にまでも毒牙を向けようと言うのか、と。

 

「……なのはの気持ちを利用する気かい…⁉︎」

「なのはと言うのね…そうね、好都合だと思っているわ。あれだけ甘い子なら、簡単にこちらの思う通りに動いてくれる……」

 

 激しい嫌悪感に、アルフは鬼の様な形相で魔女を睨みつける。同時に自身の魔力が今にも弾け、目の前の悪女に炸裂しそうになるのを必死にこらえる。

 どれだけ憎くったって、愛する主人の母親。そして自身とは比べ物にならない破格の力を有する大魔導士。真正面から突撃したところでたやすく返り討ちにされるだけだと、理性が本能を抑え込んでいた。

 

「文句があるの? あなたは……誰の使い魔?」

 

 つまらなそうに問うプレシアに、理性の鎖がぎしりと軋みをあげるが、どうにか枷が外れることだけは回避する。

 アルフは一度大きく息を吸い、熱く脈動する鼓動を鎮めると、怒りを押し殺した無の表情でプレシアに問い返した。

 

「……あたしは何をすればいい」

「伝えるだけでいいわ、最後の決闘だって……あなたは捕まるだろうけど、役目を果たせるんだから本望でしょ」

 

 見下した魔女の言葉に、アルフは目をそらす。

 言う通りにすれば、下手をすると二度とフェイトとは会えなくなるだろう。胸が張り裂けそうな悲しみが胸の奥にたまり、少し呼吸が苦しくなる。

 だが、それができれば自分にできることは他にもできると無理やり納得できる。例えば、あの連中に助けを求めることだとか。

 

「ついでに、向こうの連中に媚でも売っておけばいいわ……新しい主人でも探すことね。………話は終わりよ。行きなさい」

 

 葛藤するアルフに短く告げ、プレシアは背を向けて歩き出す。俯いて、苦しげな表情で立ち尽くす使い魔を案ずることなど一切なく、話は終わりだとさっさと歩き出す。

 その足が、うっかり忘れていたという様に不意に止められた。

 

「……そうそう、あの女騎士ね」

「!」

 

 一言で誰のことかを察し、アルフはハッと目を見開き、プレシアを凝視する。ずっと生死が知れなかった恩人の情報に、隠していた懸念が顔に出てしまう。

 動揺していることが丸わかりな使い魔を見やり、プレシアは小馬鹿にする様な笑みを見せた。

 

「重傷は負ったけど、なんとか生きてるみたいよ。…よかったわね」

 

 本心か、それとも皮肉か、すぐに安堵した様に表情の強張りを解いて行くアルフに告げると、魔女は今度こそその場を離れていく。

 一人、取り残されたアルフは視線を落とし、胸元をきつく握りしめてはを噛みしめる。新たにもたらされた情報のおかげで、揺れていた覚悟が今、固まり始めたのだ。

 

(……フェイト、安心しておくれよ。今度こそ…私が助けるから)

 

 強い意志のこもった目で顔を上げたアルフ。

 その脳裏に、遠い昔の記憶が不意に蘇り始めた。

 

 

 ーーーほら、抱いて上げて…。

 

 自分達の出会いは、偶然だった。

 決して治らない病に倒れ、群れから見捨てられた自分を見つけ、豪雨の中抱き上げてくれた温もりだけを、使い魔となった今でも覚えている……気がする。

 

 ーーーあ…あったかい…柔らかい…。

 ーーーそれが命の温度です。

 

 ーーーこれからよろしくね、アルフ。

 

 雨に濡れながら、優しい笑顔を見せてくれた少女の声を、アルフは忘れたことがなかった。

 

 ーーーあー?

    フェイ…ト?

 ーーーうん、フェイトだよ。

    フェーイート!

 

 それから始まったのは、少女と少女の師である山猫とともに過ごした日々。

 赤ん坊の様にまっさらな自分に多くのことを教え、育んでくれたかけがえのない日々。自分がなんのために存在しているかなど一度も気にしたことはなく、与えられる愛情にただ甘え続けていた。

 だがそんな甘い考えは、魔女と出会ったことでたやすく否定された。

 

 ーーー使い魔って主人の目的のためだけに作り出す命なんだって……本当?

    維持するのが大変だから、目的を終えたら消しちゃうのが普通って本当?

    フェイトも自分の目的が済んだらあたしを捨てる?

    あたしの事消しちゃうの?

 ーーーそんなの嫌だ…‼︎

    フェイトに捨てられるのも消えちゃうのも!

    そんなの嫌だぁぁ…。

 

 自分の存在を否定されたような気持ちになり、アルフはただ泣きじゃくるばかり。山猫はそれを困ったように見つめ、苦しげに唇を噛み締めていた。

 そんな中で、少女は優しい笑顔とともにアルフの前にしゃがみ込んだ。

 

 ーーーそんな事しないよ。

 ーーーでも、あたしフェイトの使い魔だ。

    友達だって、姉妹みたいだって思ってたのに…!

 ーーー友達や姉妹じゃないとダメかな?

    使い魔と主人って関係かもしれないけど、私は楽しかった。嬉しかった。

    大きくなったら守ってくれるって言ってくれて、すごく嬉しかった。

 

 真剣な表情で語りかけてくれる少女の姿に、アルフは知らぬ間に泣き止んでいた。決してこの子の言葉は嘘ではない、そんな漠然とした確信を持って、惚けていた。

 

 ーーー私が違う契約の内容を考えたんだ。

    聞いてくれる?

 ーーー汝、使い魔アルフ。

    主人・フェイトとの契約の元、以下の制約を遵守し履行せよ。

    その四肢と心をもって自らが望む、満足できる生き方を探し、それを行え。

    いかな地にあっても、主人と遠く離れても、命が尽きるまでその制約を胸に。

 

 それは、主人であるフェイトにほとんどの利益がない優しすぎる誓約。膨大な量の魔力を分け与えながら、一切の見返りを求めない誰のための契約。

 アルフはただ、誇らしげに微笑む少女を凝視し、自身の手を握る暖かさに呆然となるばかりであった。

 

 ーーー私がアルフを使い魔にしたのは、アルフに死んでほしくなかったから。

    だからこの先、別に私と離れてもどこに行ってもいい。

    だけど今までみたいに私のそばにいて、いろんな事を一緒にしていってくれたらうれしい。

    私とアルフは友達でも姉妹でもないけど……きっと最高のパートナーになれると思うんだ。

 ーーー使い魔も主人も関係ないよ。

    今までみたいに二人でいよう、これからもずっと。

 

 その誓いを胸に抱き、アルフは自分の意思を見つけた。

 自分以上にだれかを大切にできるこの少女のために、自分は全てを捧げようと。自分の全てを使って、この少女を幸せにしようと。

 それが使い魔アルフの原点。自分(アルフ)がアルフになった、始まりの瞬間だ。

 

 

(あのババアのいうことを聞くのは癪だけど……あたしはフェイトが望むのなら、何だってやってもいいんだ。…どんなに胸が痛くなっても。それが……あたしの望みだから)

 

 ぎゅっと胸に握りしめた拳を当て、アルフは目を伏せる。

 いつだって薄れたことはない、大切な主人との想い出が自身に力と勇気を与えてくれる。どんな道へも向かっていける無敵の心を与えてくれるのだ。

 だから、アルフは時の庭園を去る決意を決める。何よりも大切な主人を救うために。

 

(あいつらなら……きっとフェイトを助けてくれる。あいつなら…きっと守ってくれる。そうだろ、アイン…なのは……)

 

 誰かに愛されていて、主人と同じくらい優しいありえないくらいのお人好し達。敵のはずの自分たちのために、体を張ってくれる人達。

 その優しい顔を思い出しながら、アルフはゆっくりと歩きだした。

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