【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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3.先を生きる者

「……そう、集中して。心の中にイメージを描いて」

 

 人もまだいない早朝の公園にて、淡い桜色の光が一角を照らしている。

 その中心にいるのは私服姿のなのはだ。目を閉じ、レイジングハートを構えたままじっとその場で直立姿勢を保っている。

 それをアインとユーノが少し離れた場所から見守り、同時に周囲の気配に気を配っている。ユーノはじっとなのはに集中していたが、アインは腕を組んだまま厳しい表情でなのはの一挙一動を監視し続けていた。

 

「そのイメージをレイジングハートに渡して」

「う、うん」

「イメージに魔力を込めて、呪文とともに杖の先から一気に放出するんだ」

 

 ユーノの説明に必死に追いつき、なのはは言われた通りにイメージを形にしていく。三日月型の装飾の先端に光が収束し、紡がれたイメージが形を得ていく。

 なのはのこめかみから吹き出した汗が頬を伝い、首筋を通って胸元に流れてってもなのはは意識を途切らせない。常人を遥かに超える凄まじい集中力で、なのはは新たな魔法を習得しようとしていた。

 

「えっとぉ〜……捕獲魔法発動!」

 

 そしてついに、勢いのいい声とともにレイジングハートから桜色の閃光が発射された。数メートル先に置かれた空き缶を的にし、目標を捕獲するための魔法が解き放たれる。

 が。

 

「あ」

 

 まっすぐ向かっていたはずの光は大きくカーブを描き、術者であるなのはに向かって跳ね返ってきた。呆けた顔で桜色の光を凝視し、硬直したまま動けずにいたなのはだったが、不意に彼女の襟首がグイッと強く引かれ後ろに倒された。

 

「うにゃあああ⁉︎」

 

 とっさにバランスを取れなかったなのははそのままアインに抱き寄せられ、大きな胸の中に包まれる。

 迫り来る魔法の光を睨みつけたアインは、なのはを抱えたまま右足を槍のように突き出し、靴底を光の中心に向けて勢いよく突き出した。

 パァン!と強烈な破裂音が響き渡り、蹴撃を受けた桜色の光は一瞬で霧散する。衝撃と共にキラキラとした魔力の光が四散し、あたりをわずかに照らし出した。

 ユーノは慌てて駆け寄り、なのはの安否を確認すべく呼びかけた。

 

「なのは⁉︎ アインさん、大丈夫ですか⁉︎」

「び、びっくりしたぁ」

 

 アインの腕の中に抱かれたまま、なのははアイン越しに受けた衝撃に目をパチクリとさせる。威力の低い初歩の捕獲魔法であったのが良かったのか、それとも自力で防御したためかアインには目立った外傷も痛みを感じている様子もない。端から見ていたユーノはほっと安堵した。

 暖かい腕の中で呆けたままのなのはに、アインは呆れた視線を向けたまま厳しい声を発した。

 

「集中を切らせたからだ。発動してもしっかり最後まで目を外すな」

「うぅ……ごめんなさい」

「それと、イメージが根本的に足りていない。本気で会得したいなら基礎の基礎はしっかり押さえておけ」

「はい……」

 

 厳しい評価になのはのツインテールがしゅんと垂れ下がる。まるで猫の耳のように感情を見せている様を、アインは一体どういう構造なのかと内心で興味深そうに眺めていた。

 

「なかなかうまくいかないなぁ。……なんでだろ」

「いや、でもすごいよ。たった数日でここまでできるようになったんだから」

「そ、そうかな? えへへ……」

 

 現金なもので、ユーノに褒められて急速に元気を取り戻す。ユーノ自身も慰めのつもりは微塵もなく、魔法の腕を数日でめきめきと上達させているなのはの持つ才能の高さに本気で驚いていた。今まで全く魔法に触れたことがないなど、今でも信じられないほどだ。

 だがユーノがベタ褒めする一方で、アインは全く容赦がなかった。

 

「まぁ、失敗していれば意味はないがな」

「はぅっ⁉︎」

「アインさん!」

 

 せっかく上昇し始めたなのはのテンションが一気に下がってしまったことに、ユーノが思わず抗議の声を上げる。再び心に深いダメージを負ったなのはは胸を押さえ、がっくりと膝をついてうなだれる。

 アインは悪びれることなく、落ち込んでいるなのはの前にしゃがんで視線を合わせると、じっと真剣な眼差しを向けて語りかけた。

 

「己の力を制御することは、力を持つものの義務だ。中途半端に使える程度では、その力で自分や他の誰かを傷つけることだってある。……ゆめゆめ忘れるな」

「……はい」

 

 実感のこもった重い言葉に、なのはは冷や水を浴びせかけられたかのように平静になる。アインの言葉の中にある重みは、無下にすることを許さないほどの存在感をなのはに感じさせた。

 物語のようにただ奇跡を起こし、人を救う優しいものだけが魔法ではない。ジュエルシードのようにゆがんだ形で人の願いを叶え、多くの人を巻き込んで大切なものを壊してしまう例もある。そのことを忘れてはならないのだと、なのははアインの言葉から汲み取った。

 なのはが自分の言葉を胸に刻んだと察したアインは、満足したのかふっと微笑みを浮かべて立ち上がる。慰めるようにポンポンと頭を撫でると、くすぐったかったのかなのははわずかに頬を赤く染めていた。

 その様に、ユーノは思わず驚嘆のため息をついた。

 

「……厳しいですね」

「お前が優しい分私が厳しくしておこうと思ってな」

「あはは……お世話になります」

 

 見事な飴と鞭に、なのははぽりぽりと頭をかいて改めて頼む。ただでさえ未熟ゆえに面倒をかけているのに、技術の向上にまで気をかけてくれる二人には頭が上がらなかった。

 ユーノはアインの持つ厳しさと、同時に気をきかせる優しさを目にし、ふと思いついたことを尋ねてみた。

 

「アインさんは、もしかして管理局で教官をやっていたんですか?」

「……一応な。戦術や近接格闘を指南していた。昔の話だがな。まぁ、魔法は初歩以外はあまり教えられんかったが」

「へぇ〜」

 

 アインの意外な経験を知り、なのはは感心した声を上げる。それならば教えることに対してここまで真剣にやってくれることにも納得できる。それが仕事だったならなおさらだ。

 その時、ベンチの上に置いていたなのはの携帯電話がアラームを鳴らした。

 

「あ。もう朝御飯の時間だ」

「じゃあ、今朝はここまでってことで」

「ありがとう、レイジングハート。また後でね」

【Good by.】

 

 なのはの手の中で、レイジングハートは光に包まれて待機形態に変形する。宝石の姿となった相棒を首から下げると、なのはは自身の掌を見下ろしてため息をついた。

 魔法の力を手に入れてからわずか数日。ユーノとアイン、そしてレイジングハートから様々な魔法の使い方について学んできたが、習得するに至ったものはまだまだ片手で数える程でしかなかった。力になる、と自分で宣言したというのに結果がこの程度というのが、なのはには不満であった。

 

「……攻撃や防御の魔法はなんとなくコツがわかってきたんだけどなぁ」

「君は砲撃に特化した魔導師としての才能があるようだな。エネルギー放出系で元の魔力が大きい分、微妙なコントロールが難しいのだろう。まぁ、できるに越したことはないがな。」

「ホウゲキ?」

「足場を固定し、相手に遠距離から魔力砲による攻撃を与える役だ。ただ……砲撃に準備がかかるため、前衛向けではないことは確かだな」

「うん。本来は後方に下がって、味方に守ってもらいながら戦うべきなんだけど……でも、とりえずは大丈夫ですよ。少しは魔力が戻ってきたので、サポート系の魔法はボクがサポートできます。もともとそっち系の魔法は得意なんです」

「……そうか」

 

 魔力が戻り、自信も多少戻ってきたのかユーノはなのはの肩の上で胸を張った。

 なのはが攻撃、ユーノが援護、まだまだ未熟ではあるがなかなかバランスのいいコンビであろう。普段から一緒にいるぶん連携も鍛えられていて、そう遠くないうちにいいコンビニなることがうかがえる。

 アインはそんなユーノやなのはをじっと見下ろしていたが、やがて何も言わぬまま目をそらした。一瞬だけ、その瞳の奥に何かしらの感情が見えた気がしたが、話し合っているなのはとユーノにはそれが目に入らなかった。もし目にしていたとしても、それが一体どんなものなのかは二人にはわからなかっただろう。

 

「……では、私はここで」

「あ、はい。ありがとうございました!」

 

 かすかな疑問を教え子たちに残したまま、アインは二人に背を向けて颯爽と立ち去っていった。

 遠くなっていく背中にぺこりと頭を下げた二人は、駆け足で自宅へ向かっていく。朝早くから動いたためか気持ちのいい疲労感と空腹感が湧いていて、なのはは自身の頭がすっきりと冴え渡っているのを感じた。

 今までにないほど充足感に満ちている。いつも感じていた空虚感が消え去っていて、何もしていなくても自信が溢れてくるような気になっていた。

 その時、途中で立ち止まってなのは達の背中を見送っていたアインは、時ちゅするように薄い笑みを浮かべて拳を震わせていた。

 

「……ありがとう、か。巻き込んでしまったのは、私なんだがな」

 

 後悔に満ちたその声は、誰の耳にも届くことはなかった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「おはよー…」

「おはよう」

 

 今朝の気分が抜けきらないまま、なのはは自分のクラスに入り、席に着いた。カバンの中の教科書を机の中に入れていると、アリサとすずかが猛スピードで駆け寄ってくるのが見えた。

 

「おはよう、なのはちゃん」

「ユーノはどう?」

「あ、アリサちゃん。大丈夫、元気だよ」

 

 どうやらユーノのことが気になって来たらしい。

 一応メールで自分が飼うことになったと連絡したが、やはり本人の口から聞いた方が安心するらしい。メールを送った翌日は、それはもう怒涛の勢いで質問して来て驚いたものだった。

 

「そう、ならいいわ。でも本当に良かったわ。あの動物病院で事故があったみたいだし、間一髪だったのね」

「ウ、ウン。ソウダネ」

「ん? どうしたのよあんた。そんなに汗かいて」

「ナンデモナイヨ!」

「なんで片言なのよ……?」

 

 アリサたちに目が合わないように必死に視線を逸らしながら、なのはは必死に話を合わせる。

 心配をかけさせまいとついた嘘だったが、もともとそこまで器用ではないなのはにはいつボロが出るかと冷や汗ものであった。

 

「本当にすごい偶然よね。たまたま逃げ出してたあの子と道でばったり会うなんて」

「う、うん! びっくりしちゃった!」

 

 偶然が過ぎて怪しまれるのではないかと思ったが、どうにか納得してくれているらしい。しかし感の鋭いアリサと聡いすずかが相手では、下手にごまかせばすぐに嘘がバレるかもしれないと油断はできない。現にアリサが、様子のおかしいなのはに疑惑の視線を向けているのだから恐々とするばかりだ。

 

(二人とも、ごめんね……!)

 

 何より親友たちに隠し事をしているという事実がなのはの良心を訶み、締め付けてくるのが一番辛かった。

 

 

「今日は、前回の続きで少数について……」

 

 担任教師の授業が始まり、生徒たちは一斉に黒板に向かって集中する。もともと学習内容が進んでいて、つまらなそうにしているアリサは別として、生徒たちはハイレベルな授業内容に耳をすませていた。

 そんな中、なのはは胸元のレイジングハートを手に取り、心の中で小さく呼びかけていた。

 

〔レイジングハート……聞こえる?〕

【Yes, I can hear you.】

 

 授業中ではあったが、なのはは最近覚えたばかりの念話で相棒に話しかける。友達に話せない分、こうして重要な秘密の会話を相棒とするのが日課となりつつあった。

 

〔レイジングハートって、やっぱり高性能なんだね。練習に付き合ってもらってびっくりしたよ〕

But unfortunately, (ですが残念なことに、) I can do little on my own. (私単体では何もできません。)

 

 褒めるなのはだが、レイジングハートはあくまで謙虚だ。ユーノと言いレイジングハートと言い、異世界の人はみんな低姿勢なのだろうか。

 

In a sense, I'm merely a vehicle. (私はいわば「乗り物」です。)Without a driver, I cannot fully display my capabilities. (乗り手がいなければ性能を発揮できません。)

〔乗り物……かぁ〕

 

 レイジングハートの例え話に、なのははふと一台の乗り物について思い出す。

 闇の中を切り裂いて現れた、青い光沢を放つスペードを模した意匠のバイク。異世界の魔法使いが駈る、耳に心地いいバリトンボイスで語っていた、主人に忠実な鋼鉄の騎馬の姿を。

 

〔そういえば思ったんだけど……アインさんの持ってたあのバイク、あの子もデバイス……なんだよね? 喋ってたし〕

Yes, He is also the (はい。彼も私と同じ、)same with me, it is the intelligent device.(インテリジェントデバイスです。)

 

 ペンダントからバイクに一瞬で変形したかのデバイスの姿を思い出し、なのはの脳裏にはある疑問が浮かぶ。

 自分の相棒(レイジングハート)には封印する力はあったのに、アインの相棒(ブルースペイダー)にはその能力はないのだろうか。機能の違いに多少の違いはあれど、根本的に同じように思ったが実際はどこまで異なるのだろうか。

 

〔でもアインさんは、どうしてあの子を使わなかったのかな? 休暇中で使っちゃダメって言ってたけど〕

Unauthorized use of magic is prohibited. (魔法の無許可の使用は、禁止されています。)I think for the(そのためかと)……But he is (ですが彼には、)also I think that there is a reason otherwise. (それ以外にも理由があるような気がします。)

〔そうなんだ……でもその理由って……?〕

I don't know the details(そこまでは)……Once, I think let's talk about(一応、彼と機会があれば) if there is he and opportunities.(話してみようと思います。)

〔うん。ありがとう〕

 

 自分には勿体無いほど頼れる相棒に、なのはは期待が強まるのを感じる。同時に、こんなにも優秀な相棒に恥じない魔道士になるために、今朝よりももっと頑張らねばと改めてやる気を漲らせるのだった。

 

「……さん、高町さん!」

「は、はい⁉︎」

 

 担任教師から不意に指名されたなのはは、狼狽しながら返事を返すのだった。

 街の平和を守る前に、学校や塾の心配をしっかりせねばならないと気づき、しまらない気分になった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 なのはが授業態度について教師に注意を受けていた頃、翠屋には新しい常連が顔を出すようになっていた。

 もともと美人の店員が多いと評判のこの店には、彼女たちを目当てに集まる客も多く繁盛の一役をになっている。しかし、最近になってよく訪れるようになったある一人の女性を目当てに集まる人も増え、翠屋はより繁盛するようになっていた。

 無地のシャツの上に、見慣れぬ外国語のロゴが入った藍色のジャケットを羽織り、サングラスをかけて長い金髪を三つ編みにした女性。平均を大きく超える身長を持つ彼女は、長い脚を組んで蠱惑的な色気を放ち、男女問わず多くの視線を独り占めにしていた。

 中でも男性客の視線を集めていたのは、シャツの中に窮屈そうに押し込められた巨大な二つの膨らみ。こだまのスイカが詰め込まれているかのような柔らかそうな胸が見せる谷間に、正直者な男たちはチラチラと視線を向けずにはいられなかった。

 

「……おい、声かけてこいよ」

「……無茶言うなよ。あんな美人と素面で口きけるかよ」

「……弱気なやつだな、当たって砕けてこいよ」

「……砕けたらダメだろ、バカかてめーは」

 

 二人できたらしい若い男性客が、一人でくつろいでいる女性に注目しながら囁きあっている。あわよくばご一緒したいと話しかける役を押し付けあっていたが、二人の目は基本的に女性のふくよかな胸元に集中していた。

 男の悲しいサガとしては当然かもしれなかったが、それに気づいている他の女性客や店員たちには冷たい目で見られていることを、この男性客たちは気づいていなかった。

 

(……最近の男どもは意気地が無い奴ばかりだな。まぁ、しかたがないか)

 

 そんな視線に気がついている当の本人のアインは、呆れたように内心でため息をつく。正直ナンパされようとも相手にする気などサラサラないのだが、視線を向けるだけで行動に移そうともしない弱気な男たちには失望しか感じない。

 本気で女性と関わりを持ちたいのならもっとガツガツ攻めてこいよ、と強気な考えを抱いていたが、かといって自分から話しかける気も全くないのだった。

 

「アインさん、コーヒーのおかわりはどうですか?」

 

 男たちの不甲斐なさを嘆いていると、カウンターを他の店員に任せた桃子がサーバーを持って席に近づいてきた。

 思わぬ者の訪問に、アインはサングラスの下でわずかに目を見開くが、動揺を悟られぬようにと表面上は極めて平静を装って受け答えた。

 

「ん、ああ、桃子か。頼もう」

「はい」

 

 桃子は優しい笑みを浮かべ、空になったアインのカップにサーバーから淹れたてのコーヒーを注ぐ。

 途端に芳醇な香りが湯気とともに立ち昇り、喉が渇きを訴えてくる。白い手で取っ手を掴み、濃い色の液体を喉にゆっくりと流し込めば、先ほどと変わらない深みのある味に満足げなため息が漏れた。

 

「……腕を上げたな、士郎」

 

 正直に漏れた感想に桃子が満足げな笑みをこぼして立ち去って行く。その笑みを目にしたアインは、バツの悪そうに目を逸らして口をつぐんだ。

 アインの感想が聞こえたのか、カウンターの向こうにいる士郎も満足げに微笑んでいたが、表情が固まったままのアインはそれに返答することはできず、黙々とカップを空にするばかりであった。

 

〔あの……アインさん?〕

 

 一人コーヒーを堪能する彼女の元に、同じ異世界の住人から念話が届く。

 居心地の悪さから逃避するように芳醇な香りと味に舌鼓を打っていたアインは、この家の子供部屋にいるであろうフェレットに機嫌よく取り繕って応えた。

 

〔なんだね?〕

〔このあいだのことなんですけど……本当に封印術式は使えないんですか? あなたのデバイスの……ブルースペイダーは、ちゃんと移動手段としては機能していたようですけど〕

〔ああ、そのことか〕

 

 なのはの部屋に置かれた籠の中で傷を癒すユーノの考えを瞬時に読み取ったアインは、少年の優しさに苦笑しながら返答した。

 

〔私が今使用を許されているのは、君が言ったバイク形態と待機形態だけだ。他の機能は封印されている〕

〔え? それはまたなんでですか?〕

 

 他意はない、ただ純粋な疑問で尋ねてきたユーノに、アインは一瞬だけいいよどむ。正直子供には効かせたくない重い大人の事情があるため、また自分の汚点を晒すことになるため慎重に言葉を選ぶ必要があった。

 

〔昔、ちょっとやらかしてな。上層部()から信用されてないんだ〕

〔あ……すみません。無神経なこと聞いてしまって〕

〔気にするな。自業自得というものだ。……それに、他にも理由はあるしな〕

 

 話さなかった己にこそ、そしてそんな事態に陥った己にこそ最も責任があるのに、無礼を詫びて声を小さくするユーノにいじらしさを感じる。

 少年は本当に優しい、あまりに優しすぎる。自分のみの危険も顧みずに単身別世界へと渡って行った彼に、これ以上重荷を背負わせるわけにも行かないと、話題をここで切り上げようと考える。

 だが、人こぼした最後の言葉は少年に届いてしまったらしい。

 

〔それは、一体?〕

〔…………〕

 

 口が過ぎた、と我に帰ったアインは突如ユーノの問いに答えなくなった。訝しげにユーノは首をかしげたが、アインは一向に口を閉ざしたまま何もいってくれない。

 しばらくして、アインは話題を変えるようにユーノのいるであろう気配の方向に強い視線を向け、少年の体をびくりと震わせた。

 

〔それよりも、ユーノ。君は今の話から察するに、なのはの元から離れて私とジュエルシードを探しに行くつもりだっただろう〕

〔うっ……バレちゃいましたか〕

 

 図星を指摘されたユーノは首を縮め、遠くから感じるじとっとした視線に俯く。

 アインがもし封印の力を有していれば、自分の魔力が戻る頃にアインとともに姿を消すつもりだったのだろう。

 アインがかつて自分で言ったように、なのはは本来なんの関係もない一般人であった。それを危険な目に合わせた負い目から、自分から離れようと思ったのだろう。

 

〔諦めろ。先日も身にしみただろうが、あの子は恐ろしく頑固者だ。私たちがあの子の前から姿を消したからといって、それで身を引くとは思えん〕

〔でも、この間よりももっと恐ろしい目に巻き込んでしまうかもしれないのに〕

〔馬鹿者。そんなことをすれば、あの子は自分から危険に向かって関わってしまうぞ?〕

〔ぅっ……〕

 

 その様子が容易に想像できたのだろう、ユーノは呻き声を漏らして黙り込んでしまった。この様子だと、自分が安易に助けを求めたからこんな状況になってしまったのだと、また深い自己嫌悪に陥ってしまっているのかもしれない。

 仕方のない子だ、とアインは呆れながら、無謀な勇気に内心で賛辞を送る。こう言った男気を見せる連中に、アインは昔から弱かった。

 

〔あまり気負うな。そう言うのはお前達子供が負うものではない。役に立てない私たち大人の責任だ〕

〔アインさん……〕

〔案ずるな。ーーー私が護るさ〕

 

 アインは淡々と、まるで確定した事実を語るようにそういって見せた。自信に満ち溢れているわけでも、意志が固まっているわけでもない、ただそんなことは当たり前であるというように、アインはユーノに宣言して見せた。

 根拠があるわけではない。だがユーノはその言葉に救われた気がして、安堵の笑みを浮かべた。

 その時、入口のベルがチリンチリンと音を鳴らし、なのはが明るい笑顔とともに帰宅した。

 

「ただいまー」

 

 看板娘の一人に笑顔を見せる客たちに挨拶しながら、なのははアインの姿を見つけて駆け寄っていった。

 

「あ、アインさんこんにちは」

「ああ、おかえり」

 

 アインはサングラスを外し、ニコニコと上機嫌ななのはに挨拶を返す。表情と同じく抑揚の乏しい声だったが、なのははそれでも喜びに満ちた表情を浮かべていた。

 そこへ、食器を片付けていた桃子が何かを思い出し、なのはに耳打ちをした。

 

「おかえりなさい、なのは。あ、そうだわ。午後からのお休みの準備はちゃんとしてる?」

「うん! ばっちりだよ!」

 

 よほど桃子の言っている午後の予定が待ち遠しいのか、なのはいつにもまして浮き足立っていた。

 なんの会話をしているのか流石に気になったアインは、店の奥に戻ろうと桃子が離れたタイミングを見計らってなのはに尋ねてみた。

 

「どうしたんだ? 何か予定でもあるのか?」

「ユーノ君が家に来る前にした約束なんです。新しくできた温水プールにみんなで行こうって」

「ほう? プールか」

 

 何かと思えば、午後の休みを利用して遊びに行く計画だったようだ。できたばかりのプールに行くなら、確かにここまで楽しみに思うのも納得である。

 するとなのはは、少しだけ期待の眼差しを向けながらアインの耳元に顔を近づけて言った。

 

「……あの、アインさんも一緒にどうですか? お姉ちゃんやアリサちゃんたちも一緒に行くって言ってて、アインさんのことも紹介できたらいいなって思ったんですけど。……ジュエルシード探しはお休みすることになっちゃいますけど」

「……いや、一緒に行くのは(・・・・・・・)遠慮させてもらおう。友達との仲を邪魔するのも忍びない」

 

 なのはは一緒にきてくれることを期待していたようだが、アインは少し居心地悪そうに目を逸らしてそれを断った。なぜか視線が一瞬だけ桃子や士郎の方に向いた気がしたが、ほんの一瞬であったためになのはは気づかなかった。

 

「それに私は、実は肌を晒すのが嫌いなんだ。……すまないな」

「そう、ですか……」

 

 ジャケットの袖を抑えてそっぽを向くアインを前に、残念そうになのはは眉尻を下げる。ただ遠慮されたのならもう少し粘るつもりだったようだが、水着姿になるのが嫌なのなら諦めるより他にない。

 それでもよほど誘いたかったのか未練たらたらのようで、なのはは悲しげにアインの方を見つめて瞳を潤ませている。

 アインはそんななのはに呆れ、ため息をつくとかすかに微笑みを浮かべて少女の頭を撫でた。

 

「楽しんでおいで。私はよそで見守ってるから」

「……はい!」

 

 送り出されたなのはは笑みを浮かべて答える。誘えなかったのは残念だが、アインにも事情があるのだから仕方がない。

 ならばせめて彼女のぶんも楽しんでおこうと、期待を高めていた。

 

〔……と、いうことだユーノ。今日は休みだ〕

〔は、はい。ボクとしてもなのはには自分のことを優先してもらいたいと思ってましたし〕

 

 急遽念話をつなぎ、アインはユーノになのはとの会話の内容を連絡する。

 ユーノもユーノで、手伝ってもらっている身で自分の都合を押し付ける気はさらさらないようで、逆に安堵の表情を浮かべている。正義感で自ら事件に関わりに行くのではなく、友達との時間を優先してもらって安心したのだろう。

 そんなユーノに、なのははウキウキとした気分のまま妙に明るい声を届けた。

 

〔ユーノくんも一緒に行こうね。みんなユーノくんに会いたがっていたし〕

〔…………え?〕

 

 唐突ななのはの言葉に、思わずユーノの口から間抜けな声が漏れ出る。

 全くの初耳である自分の予定に、ユーノは目を丸くして呆けていた。

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