【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
なのはが彼女の姿を見つけたのは、学校からアリサの家へ直接向かう途中のことだった。
久しぶりの友人達との下校時間を満喫していた時、ふと視界に入った見覚えのある毛並みになのはは一瞬固まり、勢いよく振り返った。
「……⁉︎」
この場にいるはずのない、追われる立場にいるはずの彼女の姿を捉え、目を大きく見開いて立ち尽くす。
しかしすぐに我に返り、突然立ち止まったことに訝しげな視線を向けるアリサとすずかに向き直った。ここで不審な姿を見せてしまえば、また余計な心配をかけることになる。
「どうしたの?」
「ちょ…ちょっと待ってて! 私、教室に忘れ物してきちゃった」
「早くしなさいよ?」
慌てた様子が功を奏したのか、アリサは疑う様子もなくなのはに呆れた目を向け、送り出す。
ホッと安堵の息をついたなのはは、内心で二人に謝りつつ見つけた彼女がいた方に向かって踵を返し、走り出す。彼女の方も、なのはの都合を考えたのか、学校の方に向かって移動を開始し、適当な草むらの陰に身を潜めた。
なのはは校庭に入り、彼女が身を潜めた草むらの方へ駆け寄り、自身も同じく身を潜める。
住宅地ではあまり見られない特徴的な姿を取っている彼女は、草地に腹ばいになりながらじっとなのはを見つめ返した。
「やっぱり…アルフさん!」
「……ここで待ってりゃ、来てくれると思ってたよ」
教学をあらわにしたなのはに、狼の姿に戻ったアルフは何処か安堵した様子で呟いた。
バニングス家の裏庭、広さで言えばすずかの邸宅のものにも劣らない広大なそこに、アルフは移動していた。
これ以上アリサとすずかを待たせ続けるわけにもいかず、なのはは一旦アルフと別れ、誰にも見られる心配のなさそうな場所に移動し、再度話し合いを再開することにしたのだ。
その際は、フェレット形態のユーノも一緒だった。
「一体どうしたの? …君たちの間で一体何が…?」
「…………」
何か覚悟を決めたような、悲痛な表情で鎮座するアルフにユーノが問いかける。
以前から、主人の一挙一動に感情をあらわにしていた彼女が、今はそれを押し殺すような真剣な表情をしている。それに加えて、いつも一緒に見かけていた主人の姿が見えないことが、なのはとユーノに違和感を与えていた。
「あんたがここにいるって事は…管理局の連中も見てるんだろうね」
「うん…」
眉間にしわを寄せ、虚空を睨むように視線を向けるアルフになのはは頷く。
ずっと行方を捜していた二人組の片割れが見つかった。その報告をしないわけにもいかず、なのははなんとなく自分が密告したような気分になって、罪悪感を覚えていた。
気まずげな空気が流れる中、タイミングを見計らったのか、通信越しにクロノが声を発した。
『時空管理局執務官…クロノ・ハラオウンだ。正直に話してくれれば悪いようにはしない、君のことも……君の主フェイト・テスタロッサのことも』
「話すよ……全部。むしろあたしは…そのために来たんだ」
俯いたアルフの口の中から、ぎりっと軋む音が鳴る。頼ることしかできない自分の不甲斐なさを悔やみ、それが牙を食い縛るまでにこもってしまっていた。
「だけど約束しておくれ、フェイトを助けるって。あの子はなんにも悪くないんだ…! 悪いのは……」
感情の赴くままに叫ぼうとしたアルフの言葉が、唐突に途切れる。脳裏に浮かんだ魔女のかつての悪魔の様な表情と、最近になって見せる様になった複雑な表情。その落差に、アルフの口は咄嗟に閉ざされてしまった。
それを訝しげに見つめるも、クロノはさして気にした様子もなく、傍に立っているエイミィに視線を向けた。
「…約束する。エイミィ…記録を」
「してるよっ」
準備が整ったことを明るい声で伝え、アルフに敵意がないことを示す。
自分が望む通り、彼らが味方になってくれることを感じたアルフは、ポツリポツリと少しずつ語り始めた。
魔女と、それに翻弄された心優しい主人に関わる、自分の知る限りの全てを。
♤ ♢ ♡ ♧
「……そういう事か、だいたい予想通りだったな」
医務室のベッドに横になったアインは、遠い目になって呟く。
ベッドのすぐ近くに置いた椅子に腰掛けたリンディは、声を震わせながら語ってくれたアルフの悲しみと、理不尽な運命に翻弄されたフェイトの苦しみを思って表情を歪める。
数多くの事件に関わってきた彼女でさえ、正気ではいられなかった。
「誰かに助けを求めることも、あの子にはできなかったのね」
「子供にとって親は神。逆らうことは身の破滅を呼び、叱られれば自分がすべて間違っていると思い込む………その親がどれだけ愚かな存在であってもな」
遠い眼差しで虚空を見やりながら、アインは自分にとっての親を思い浮かべる。
あまりにも病弱で、娘に頼らなければ生きていけないほど儚かった母。血の繋がった娘に一切の情を持たず、人でなしとしか言えないほどの屑中の屑の父。そして、そんな存在でも実の両親を失った娘を、短い余生を使い切って育て上げた、赤の他人。
決して〝普通〟とは言い難い彼らのことを思い出し、アインは深いため息をついた。
「…手持ちのジュエルシードを餌に残る全てを得る、か。ずいぶん無謀な博打に出たな」
「そこまでして… 何を願うつもりなのかしら」
「しかもこっちがそれに応じざるを得ないお人好し集団とわかっての決断だ……何かしらやらかすことは目に見えているな」
虐待を受け続け、度重なる戦闘で疲弊したフェイトを再び放つことをプレシアは明言し、それをアルフに伝えてきた。いわば、自分の娘を人質に管理局勢を引き付けたのだ。
そしてプレシアは、なのは一人とフェイトが戦うことを望んでいる。他の戦力が手を出せば、間違いなく魔女は少女を連れて雲隠れしてしまうだろう。
少女の無事、そして残るジュエルシードを一刻も早く確保することを考えれば、従う他になかった。
『なのは…聞いてたかい…?』
『うん…全部聞いた』
『君やアルデブラント陸士の話と現場の状況…そして彼女の使い魔アルフの証言と現場を見るに……この話に嘘や矛盾はないみたいだ。…少しの変化を含めてね』
『……どう……なるのかな…?』
モニターの向こうから、なのはは不安げな表情でクロノを見つめてくる。
何度も見た、少女が見せる悲しみの表情の理由を知ってしまったからだろう。愕然とした様子で、不安げな顔で大人達を見つめてきている。
クロノはそれに目をやると、確固たる意志を感じさせる声で答えた。
『プレシア・テスタロッサを捕縛する』
当然といえば当然、しかし少し遅すぎたという後悔を目の奥に滲ませながら、クロノは宣言する。
いたいけな少女が、他者を常に気にかけながら違法な宝石を集めようとしている。それは何故なのか、少し考えればわかったはずの問題に、クロノ達は悔やんでも悔やみきれなかった。
『向こうがこちらを釣り上げようとしているのなら、こちらもその意図を手繰り寄せるまでだ。二人が遭遇し、戦闘になった場合の結果がどうであれ、一気に捕らえてみせる』
クロノの目に、信念の炎が灯る。
自分の娘を人質にとってまで、何かをなそうとしている魔女に対する怒りを燃やし、決してその思惑通りに行かせないと決心する。それがせめて、罪なき少女を救えなかったことへの贖罪になると信じて。
『僕達は艦長の命がありしだい、プレシア・テスタロッサの逮捕を最優先事項として動く事になる。君はどうする? 高町なのは』
『わたしは……』
急に問われ、なのはは戸惑いながらも思考する。何度もぶつかり、すれ違い、ようやく自分がどういう思いを抱いていたのかに気づいた今、やるべきことは何なのかを懸命に考える。
胸に手を当て、瞼を閉じて考え続けたなのはは、少ししてクロノ達を見つめ返す。
その目には、強い意思の宿った瞳が輝いていた。
『わたしは…フェイトちゃんを助けたい。アルフさんの思いと…それから、わたしの意思。フェイトちゃんの悲しい顔は……わたしもなんだか悲しいの。だから助けたいの……悲しいことから』
思い返せば、なのはが見てきたフェイトの表情はどれも悲しいものばかりだった。
誰かを傷つけること、誰かに迷惑をかけること、そして自分の気持ちが報われないこと。悲しい思い出ばかりがいまの彼女の中にあるのだと気づき、なのはは自身も胸が締め付けられる思いを抱く。
じっと見つめてくるクロノ達に、なのはは期待に満ちた満面の笑みを見せた。
『それに、友達になりたいって伝えた返事も…まだ聞いてないしね』
『……そうか』
まっすぐで温かな気持ちを見せたなのはに、クロノはふっと微笑む。
彼女はいつもそうだった。周りの大人が抱く諦めを否定し、自身が全力を振るうことで最善の結果を掴み取ろうとし、周りの人間の協力を得て叶えてみせる。
時に非情にならなければならない立場にいる彼にとって、少女の笑顔は眩しすぎたようだ。
『フェイト・テスタロッサについては、なのはに任せる。アルフ、それでいいか?』
『うん……なのは……だったね…。頼めた義理じゃないけど……だけどお願いだよ』
狼の顔を鎮痛に歪めながら、アルフはなのはに深々と頭を下げる。
散々敵意をぶつけてきた、散々酷い言葉をぶつけて、傷つけてきた。そんな自分に手を貸して欲しいなど、面の皮がどれだけ厚いのかと詰られても文句は言えない。
それでも、頼れるのは彼女しかいないのだと、恥を捨てて首を垂れた。
『あの子……あたしに心配かけないように笑顔を作ったり、あたしの愛情に微笑み返してくれることはあっても、心から笑ってるところなんてもうしばらく見てない。きっとフェイトは…あの女が自分を抱きしめてくれたその時こそ、心から笑えるんだって信じてる…」』
叶うかどうかもわからない願望を抱え、それでも盲信し続ける少女のことを思い、アルフの目に涙がにじむ。その行く先がどこに繋がっているのかはわからずとも、決して幸福な未来ではないことだけは確かだった。
『あの女が何を考えてるのかはわからない…でも、このままじゃ誰も幸せにならない。だからあたしは……』
『……うん』
『頼むよ、なのは。あたしが迷ってたせいであの子……いまほんとにひとりぼっちなんだよ…』
なのはは泣きじゃくる使い魔に、ただただ優しく労わる穏やかな目を向ける。幼子に向けるような慈愛に満ちた眼差しで、アルフの慟哭に応える。
俯いたアルフはまだそれに気づかない。ひたすらに、自身の真なる想いを口にして、懇願し続けた。
『フェイトを…助けて…』
『大丈夫…まかせて!』
満面の笑みを浮かべ、なのははアルフに笑いかける。まるで太陽のように、暖かく降り注ぐような笑顔で、アルフの真摯な思いに応えることを約束する。
アルフはその笑顔に見惚れ、同時に安堵したように肩の力を抜いた。根拠は何もなくとも、この言葉は信じられると、本能が告げている気がした。
アインもまた安心したように笑みを浮かべ、ベッドの背もたれに体を預ける。アルフのすすり泣く声を聞きながら、フゥッと小さく溜息をこぼした。
「…さて、どう動くか」
その声に、モニターで繋がっていた全員がギョッと目を剥いて振り向く。
明らかに自分も出撃しようという意志を感じさせる一言に、彼女を襲った惨劇を目の当たりにした全員が自身の耳とアインの正気を疑った。
『……まさかこの後に及んでまだ関わるつもりですか』
「もう傷は塞がった。暴れるのにさして問題はない」
「させないって言っているでしょうが! 頼みますからおとなしくしてなさい!」
隣に立つリンディからも凄まじい剣幕で怒鳴られ、女騎士はふてくされたように目をそらす。
病院着に似た服の下の方の全身を包み、痛々しさを見せていた包帯はいつの間にか外され、古傷だけを残した肌があらわになっている。だが、それでもなのは達は、アインがまた戦いに赴くこと自体に不安を抱いていた。
「せっかく事件が終わると言うのに…」
『あなたが出るまでもありませんから…! 安静にしていてください』
クロノやエイミィまでもが、リンディに似た剣幕でアインを睨みつけ、釘をさす。もうこの一件には絶対にかかわらせないという鋼の意思が感じられ、アインは渋々と言った様子で引き下がる。
ふと、モニター越しに心配そうに見つめてくるなのはに気づき、アインはつい苦笑を浮かべる。
「……というわけだ。私は参加させてはもらえないらしい」
『アインさん……』
なのはの声は、今は沈んで聞こえる。これ以上恩人が傷つかないことに安堵しながら、今後の戦いにおいて、彼女がそばにいてくれないことが不安なのだろう。
そんななのはに、アインはふっと不敵な笑みを浮かべる。どこか小馬鹿にしたようなそれは、教え子の覚悟を試すような笑みに見え、眉尻を下げていたなのはの表情がハッと改められた。
「……鍵は君だ。存分に全力を振るいなさい」
『はい!』
師からの一風変わった応援を受け取り、なのははそれに力強い声で答える。
ともになりたいと願った少女のために立ち上がった少女の勇姿に、女騎士は満足げな表情のまま目を閉じた。