【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「おそーい! 遅いよなのは!」
屋敷の中に戻ったなのはを出迎えたのは、アリサからの盛大な怒りの声だった。久しぶりに遊べると思ったのに、いざうちに来た途端に席を外し、そのまま何十分も戻ってこなかったのだから、腹をたてるのも仕方がなかった。
せっかく出来た貴重な時間を使い切ってしまうつもりかと、アリサのふくれっ面はありありと語っていた。
「あはは……ごめんごめん」
「こっちこっち!」
苦笑しながらなのはが答えると、なだめようと思ったのかすずかがなのはの手を引く。
大型のテレビの前には、一目で最新とわかるゲーム機と、テレビのCMか何かで見たことがあるようなパッケージのゲームが用意されてある。
封もまだ開けられていないゲームのケースを持ち、アリサとすずかは待ちきれないと言った様子で笑顔を見せた。
「さー、ゲームやろゲーム!」
「ほら…これが新作のゲームなの! なのはちゃんと遊ぶの待ってたんだよ」
「楽しみ!」
二人につられるように、なのはも期待に目を輝かせて駆け寄り、いそいそと腰を下ろす。
久しぶりの友達と一緒の時間を、精一杯堪能してやろうと心に決めて。
♤ ♢ ♡ ♧
「はー…なかなか燃えたわ」
「やっぱりなのはちゃんがいた方が楽しいよ」
「……ありがと」
楽しかった時間にも、門限というタイムリミットが迫る。もう少し友達と過ごしていたくても、これ以上は家族に心配をかけることになる。
名残惜しく思いながら、なのはは一緒に熱中していたゲーム機から手を離し、アリサとすずかに向き直った。
「明日は朝から体育かー、ちょっと憂鬱だわ」
「えー、でもいいじゃない。アリサちゃん、体育は苦手じゃないんだし」
「そうそう! 朝から体を動かすのは気持ちいいよ」
「すずかは別格すぎるのよ」
「あはは…」
ガーンとショックを受けた顔で固まるすずかに、なのははつい苦笑を浮かべる。
そういえば、おとなしい子に見えるすずかは何故だか身体能力はずば抜けていて、体育の日にはそれが遺憾無く発揮されていた。アリサも運動は得意なのだが、一緒に授業を受けていると否応にもなく比較してしまうのだ。
ジト目を向けられたすずかは冷や汗を流し、目をそらしながら必死に別の話題を探した。
「あ、そうそう! 明日といえばうちの工業機器開発会社で新製品の見学会があってね…!」
「露骨に話題そらしたわね…でもいいわね」
「面白そう!」
矛先をしらすことに成功したことで、すずかは心底ホッとした表情になる。実際な全く誤魔化せていないが、これ以上いじめてもかわいそうだとアリサもなのはも気を使いすずかの話題に乗る。
だが、明日という単語が出た直後、すずかの表情に影がさす。アリサもそれを察し、悲痛げに俯いてしまった。
「…なのはちゃんは明日からまた学校はお休み…なんだよね?」
「……うん」
与えられた貴重な一日が終わってしまった。その事実が心に重くのしかかり、どうしようもないほどの寂しさが募る。また戻ってきてくれるとは信じているが、それがいつになるのか、そして本当に戻ってこれるのかという不安で、二人の親友は暗い表情になる。
なのはは親友にそんな表情をさせてしまったことを悔やみ、きつく拳を握りしめる。だがすぐに、二人を安堵させようと笑顔を浮かべた。
「……多分もうすぐ全部終わるから…! そしたらもう大丈夫だから!」
アリサはなのはの笑顔を見て、呆気に取られたように目を丸くする。
以前見せていた、同じように心配をかけさせまいと取り繕った笑顔が、今のなのはには感じられなかったのだ。
気を遣うわけではない、本気でアリサ達を信じて告げた、大丈夫の言葉だった。
「…なのは、何か、少し吹っ切れた?」
「え…? あ…えと…どうだろう…」
「……心配してた…ってあたしが怒ってたのはさ、なにはがいつも隠し事をしてるからでも…いつも考え事してたからでもなくて、なのはが不安そうだったり…迷ったりしてたから」
俯きながら、アリサは自身の本音を口にする。ある時を境に様子が変わってしまった親友に、苛立ってしまった本当の理由について。
同じ場所にいるはずなのに、違う場所にいるようで。同じ世界を見ているようで、違う世界を見ているようで。知らない間に自分達との間に見えない壁が、境界ができてしまったような錯覚を覚え、それがどうしようもなく怖くなっただけなのだ。
「それで時々……そのままもうあたしたちの所へ帰ってこないんじゃないかな…って、思っちゃうような目をしてたから」
「……行かないよ、どこにも…!」
グッと息を飲んだなのはは、凄まじいほどの申し訳なさを感じながらアリサと向き合う。
彼女が話してくれてようやく、親友が抱えていた不安と葛藤に気づく事ができた。ずっと自分のことばかりで悩み、他の事に気を向けられなくなっていたことを堪らなく恥ずかしく思い、胸がぎゅっと痛んでいた。
「友達だもん…どこにも行かないよ!」
「うん」
「……そっか」
真剣に、一切の誤魔化しを混じえない真剣ななのはの答えに、アリサもすずかもようやく安堵のため息をつく。
理由はやはり教えてもらえそうにない。だが、ずっと自分の将来について悩んでいた親友が見せた、やる気に満ちた明るい表情に、アリサもすずかもそれを応援する気持ちが生まれていた。
「…頑張るのよ、なのは! せっかく見つかったやりたい事、途中で投げ出したりしたら承知しないんだからね! 全部終わったら、また思いっきり遊ぼう!」
「またみんなでプールに行ったり!」
「温泉もいいよね」
「うん…うん!」
涙を滲ませながら、なのはは背中を押してくれる親友二人の優しさに、胸の奥に灯る暖かさを感じる。
ふと脳裏に、忘れてはならない一人の少女の横顔が思い浮かぶ。寂しげな、これまで一度も心からの笑顔を見せたことがないという、儚げな姿をした少女のことを。
「…その時は、新しい友達も紹介したい……!」
「絶対よ、なのは!」
「うん! 楽しみにしてるね」
親友達と笑いながら、なのはは改めて決意する。こうしてまた仲のいい友達と語り合い、日々を過ごしていく日常に戻ってこようと。
そしてその日々を守る為に、目の前に立ちふさがっている問題に立ち向かおうと、なのはは堅く心に決めた。
しかしそこでふと、なのはは思う。
その時になれば、あの子もやっと笑顔を見せてくれるのだろうか。
虚空を見上げたなのはの胸中には、そんな期待と少しの不安が芽生えていた。
♤ ♢ ♡ ♧
「ただいまー」
門限前に帰れば、空はすでに紫がかり、陽の光も遠くへ沈んでしまっている。
喫茶『翠屋』も営業を終了し、店員から主婦へと戻った桃子が台所に立って夕食の準備を行う時刻になっていた。
「おかえりなのは、ご飯まで少し時間があるから、先にお風呂入っちゃう?」
「それなら一緒に入ろうか?」
「うん!」
学校から帰った美由紀に誘われ、なのははウキウキと脱衣所に向かう。
途中、肩に乗っていたユーノがハッと体を硬ばらせるが、なのはは気付かずにいた。
「お姉ちゃんと入るの久しぶりだね」
「そうだねー」
それぞれで制服を脱ぎながら、姉妹は肌を見せ合うのが温泉以来であることを思い出す。家での風呂も、なのはがもう少し幼い時以来だったと気づいた。
脱いだ制服を畳み、籠に置きながら美由紀はふと視線を下に向ける。なのはの肩から降りたユーノが背中を向けている姿に、美由紀は無邪気に尋ねた。
「ユーノも一緒に入るー?」
「きゅきゅきゅ…‼︎」
「あらら残念」
「……あはは」
また体を洗ってあげようと思ったのか、ブンブンと首を振って必死に拒むユーノに残念そうな声を上げる。普通に言葉が通じて見えることにはもはやさして驚くことはなく、不思議そうに下着を外し始める。
一方で、一人真実を知るなのはは苦笑を浮かべ、ユーノから見えない様に衣服のボタンに手をかける。
これまでペット扱いしてきた彼が実は人間だったと知った時、姉は果たしてどういう反応を見せるだろうか。今更になって、自分がどれだけ恥ずかしい姿を見せてきたかを思い出し、なのははかすかに赤面するのだった。
「…そっか、助けたい子がいるんだね」
「うん……」
生まれたままの姿になり、お互いの体を洗い終えて湯船に浸かると、姉は妹が抱えている悩みについて問いかける。
なのはは肝心の部分については言わず、内容を選びながら答える。幸い、大部分については話すことができ、家族に隠し事をする罪悪感もさほど抱かずに済んだ。
「いっぱい悩んだんだ。なのはがしようとしている事はすごく一方的で、無神経で、かえってその子を傷つけてしまうかもしれないって…」
思い出されるのは、まだアルフが向こう側にいたときに口にした言葉。親や兄弟、友人に恵まれ甘やかされて育った者に、自分たちの苦しみがわかるのか、と。
その時はただ、悲しみを覚えるだけだったが、フェイトとアルフの過去を知った今では、自分自身に憤りを覚える。相手の苦しみを知らないまま、よくもそんな無神経なことを言えたのかと。
「その子にしてあげられる事なんてなくて、何もしないのが一番いいのかもしれないって……構われるより、迷惑をかけるよりそれがずっといいのかもって……」
フェイトにとって、なのはの行動はどの様に感じられただろうか。母の願いのために全てを捧げる覚悟を決めていた少女に、納得できないからと邪魔をされた心境は、どれだけ神経を逆撫でただろう。
悲しみをたたえた表情を見せた少女を気遣っても、彼女と同じ苦しみを知らないなのはの言葉では、あまりに軽く感じられたことだろう。
それがたまらなく悔しくて、しかし同時に胸に火が灯るのを感じた。
「それでもなのはは、その子に手を伸ばしたい。自分が伸ばした手を取ってほしい。これはなのはのわがままかもしれないけど……その子の力になりたいんだ」
真剣な表情で語る妹を、美由紀もじっと見つめる。
なのはと少女の間に何があったのかはわからないし、聞くつもりもない。第三者である自分では、聞いたとしてもその気持ちの全てを理解することはできず、力になってもあげられない。
だが、それが辛いとは思わなかった。虚空を見つめるなのはの目に、例えようのない強い力を感じたからだ。
「……なのは、変わったね」
「そ、そうかな」
「うんうん」
くすくすと笑い、美由紀は湯船の淵で頬杖をつく。
数十日の間に起こった妹の変化に戸惑いつつも、その変化は非常に好ましく、見ていて安心感を感じられた。
「なのはは小さい頃から、そうやって悩んじゃうと動けなくなるところがったじゃない? 誰かに迷惑をかけるのが嫌いで、父さんが大怪我した時も、一人で寂しかったり辛かったのにいつも笑顔で……まぁ、いつ頃からかマシになった気がするけど」
自覚がなかったのか、キョトンとほうけた顔で見つめてくるなのはに苦笑し、美由紀は一家が最も大変だった時のことを思い出す。
父が倒れ、経営に苦戦する母を手伝おうと兄とともに奔走し、一番甘えたい盛りの妹を気にかけてやれなかった。気づいたときに手遅れにならなかったのは、あの女騎士の尽力があったからだろうか。
一家が窮地に陥った原因でありながら、一家を守った恩人。相反する二つの印象に悩むも、美由紀の中には感謝の思いが強く残っていた。
「…アリサちゃんとすずかちゃんは友達?」
「うん…すごく大事なお友達」
「その二人とも、大ゲンカから始まった仲でしょ?」
「…うん」
「きっと、その時なのはが迷わずに気持ちをまっすぐにぶつけたから…アリサちゃんともすずじゃちゃんとも友達になれたんだよ」
ざばっと体を起こし、なのはを自分の胸に抱き寄せる。相変わらず小さな身体だが、その胸に抱えている多くの思いの重さを感じ、腕に力がこもる。
直接力になってあげられなくても、せめて応援している気持ちが伝われば。そんな思いで、美由紀は妹を優しく抱きしめた。
「どんな形であれ、気持ちをぶつけ合うのは大事。その子にも真っ直ぐなのはの気持ちをぶつけてみたらいいんじゃないかな」
「うん…!」
そんな姉の気持ちを受け止め、なのはは風呂の熱とは異なる暖かさに、心地良さそうに目を細めた。
木刀を振り下ろすと、キレのある風切り音が辺りに響く。振り下ろしてもブレない切っ先が、恭也の凄まじい実力と集中力を示し、それることのない眼差しが意志の強さを表す。
それが途切れたのは、自身に近づく愛しい妹の気配を察したためだった。
「お兄ちゃん」
「どうした、なのは」
「今って道場は空いてる…?」
「誰も使ってないぞ、大丈夫だ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
笑顔で手を振るなのはに答え、恭也はじっとその背中を見つめる。
運動が苦手ななのはは、昼間に道場を利用することはない。しかし血筋によるものか、集中したい時や深く考える時は、誰もいなくなった頃合いに一人、道場で座禅を組む習慣があった。
それは本気で何かに取り組み、迷いと向き合った時の行動。恭也はそれを、優しく見守り続けていた。
「……頑張れ、なのは」
ふと、その脳裏に一人の女の顔が浮かび、恭也の眉間にしわがよる。
かつて家族がバラバラになりかけた、間接的な要因を作った彼女との誓い。大切な妹を託した、思うところはあれど自分達同様に思い何かを背負った女騎士の虚像に、恭也は鋭い目を向けた。
「あんたを斬らずにすみそうだよ…アインさん」
しんと静まり返った道場の中心で、なのははじっと座禅を組んだまま目を閉じる。
誰に教わったわけでもない、だれかの真似をしたのが始まりなのかも覚えていないが、思い悩むことがあればなのははこの習慣を行なっていた。自分を思う誰かの言葉と自分の本心、それら両方を馴染ませるように、じっと耐え続けていた。
やがてなのはは、ゆっくりと目を開けて大きく息を吐く。
何かが掴めたわけではない、しかし以前よりも少しだけ、自分の前にあった靄が晴れたようで、なのはの胸中から重りが減った気がした。
その時、じっと座り込んでいたなのはの背に聞き慣れた声がかけられた。
「いい顔になったな…迷いは晴れたか?」
「……お父さん?」
はっと目を見開き振り向くと、入り口に立った士郎が微笑みを浮かべ、座禅を組む娘を見守っていた。
一瞬ぽかんと惚けていたなのはは、徐々に士郎が口にした言葉の意味を理解し始め、ワタワタと慌て始めた。
「あ、あの…! お父さん、なのはが迷ってた事知ってたの…?」
「そりゃそうだ……お父さんはお父さんだからな! あ、もちろん恭也や美由紀、桃子だってなのはの事はお見通しだと思うぞ」
思いもよらぬ事実に、なのはは一瞬で赤面し俯く。頑張って悩み事を隠し続けていたつもりになっていたが、全く意味がなかったらしいと気づき、恥ずかしさでいっぱいになっていた。
ただ、魔法に関わることについては知られていないのが、唯一幸いなことだろうか。
「家族っていうのはそういうもんだ」
それぐらいできないでどうするというように、士郎は不敵な笑みをなのはに見せる。
なのはは頬を熱くしながら、そこまでわかっていて何も聞かないでくれている父や母達に、深い感謝の気持ちを抱く。
なのはが自分で迷いを晴らすまで、信じて待ってくれていたのだから。
「明日は朝早くからまた出かけるんだろ?」
「うん……ご心配をおかけします…」
「…なのはは強い子だからな。父さんはそれほど心配してないよ」
くしゃくしゃと娘の髪を優しく撫で、士郎はじっとなのはの目を見つめる。
辛い思いをさせてきて、なかなか難儀な性格に育ってしまった娘が、知らない間に大きく成長していることを喜びつつも、やはり寂しさを覚えて。
それでも士郎は、優しい笑みでなのはに告げた。
「頑張ってこい…しっかりな!」
「うん…!」
その様子を、キッチンに立った桃子が微笑ましそうに眺める。
そして、足元に立つユーノの前でしゃがみ、ニッコリと笑顔で語りかけた。
「なのはの事、よろしくね」
「…きゅっ!」
気づいているのか、いないのか。
そんな疑問も抱いたが、ユーノは自分の精一杯の誠意を伝えようと、ピシッと背筋を伸ばしたまま力強く頷いた。
こうしてなのはは、父母兄姉に背中を押されながら翌日をーーーフェイトとの再会の日を迎えた。