【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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7.最後の決闘

 早朝、日課となっている魔力操作のトレーニングを終え、少しの休憩を挟む。

 特に気合が入っている今、なのはは自身の全身に熱を行き渡らせるように念入りに取り組み、最高のコンディションを手に入れようとする。

 過剰な分の熱量を冷ましていると、がさっと草木をかき分ける音とともに、橙色の毛並みが待ちかねたように姿を現した。

 

「…おはよう」

「あ、アルフさん! おはようございます!」

「おはよう」

 

 まだ少しぎこちなく、それでも初めてまともな挨拶を送ってくれたアルフに、なのはとユーノもすぐに応じる。

 するとタイミングを見計らったように、なのはの前に空間モニターが展開され、アースラの面々が顔を出した。

 

『はーい、おはようなのはちゃん!』

『おはよう、なのは』

「エイミィさん、クロノ君、おはようございます」

『どうだい? 今日の調子は』

「うん、バッチリ! 魔法の調子もいい感じだよ!」

 

 朝から元気いっぱいのエイミィに感化され、なのはも笑顔を向ける。

 言葉さえ口にしないものの、サクソやムーヴ、三つ首狼(ケルベロス)のメンバーもモニターの向こうから顔を覗かせ、なのはを見つめてくる。

 

『うん…データ上でも異常なし! 文句なしだね。しかし驚きだよね、魔法の基礎知識ほとんどゼロで今までこんなに魔法を使いこなしてたなんて』

「…その、きっとレイジングハートが優秀だったのと、アインさんとユーノ君の教え方が良かったからですよ」

[Thanks.]

 

 エイミィの賞賛の言葉を気恥ずかしく思い、なのはは頬を染めて愛機を抱える。いまだに少女は、自身にある優れた能力の才を実感できず、単なるお世辞のようにしか受け止められずにいた。

 そんななのはを見つめていたクロノが、ふいに目を閉じ口を開いた。どこか、呆れているような態度だ。

 

『…自立思考型端末(インテリジェンスデバイス)は心を持つと言われているが、人間の様に意識や言葉があるわけではない。だけど、誰よりも自分を上手に扱い、自らの性能をどこまでも引き出してくれる、深く強く自分を信じてくれている…そんな主人への熱い想いがある』

 

 語り始めた青年に、なのははぽかんと呆けながら耳を傾ける。

 アースラ内の面々も、急に饒舌に話し始めた同僚の変化を不思議に思い、じっと訝しげな視線を向けた。

 

『鋼の体で主人を守り、襲い来る痛みを退け、その手に勝利を。主人の魔力を自らの機体に通し、最適な形でそれを力と変える。使う人間の強い愛機への信頼の心に応えたいという愛機の願いが、より愛機を強くするんだ』

[Yes.]

『確かにレイジングハートは優秀なデバイスだけど、なのはさんの素質も相当なものよ』

「あ、リンディさん!」

 

 クロノの言葉を裏付けするように、顔を出したリンディが笑顔でなのはに告げる。

 クロノはすぐに上司に位置を代わり、リンディの脇に退いて口を閉ざす。そっぽを向いたその表情は、青臭いことを言ったとき恥ずかしさを覚えているように見えた。

 そんな彼を、リンディの後に続いたアインが見つめ、ニヤリと揶揄うような笑みを浮かべた。

 

『いつになく熱いじゃないか。お前がデバイスにそこまで思い入れがあったとは知らなかった』

「アインさん! よかった…元気そうで」

 

 病院着姿ではない、局員の制服に袖を通したアインの登場に、なのははほっと安堵の息をつく。痛々しく巻かれていた包帯はすでに取り除かれて、以前の頼もしい外見に戻っていて安心する。

 涙まで目元に滲ませて喜びをあらわにする少女に、女騎士は気まずげに頬をかき目をそらす。

 リンディは友人の情けない態度に深いため息をつき、ややあってから表情を改め、なのはに向き直った。

 

『デバイスが優秀であればあるほど、使い手が優れていなければその性能を引き出すことはできないの……そしてなのはさんには、魔導師としての溢れる才能と未来があるわ』

 

 リンディの誇張でも世辞でもない賛辞に、やはりなのはは照れて頭をかく。

 そんな愛らしい少女を見つめながら、リンディは兼ねてから考えていた提案を持ち出すことにする。友人に一度釘を刺されはしたものの、やはり諦めきれない選択肢を示しておきたかったのだ。

 

『あのね、考えている事があるのだけど、聞いていただけるかしら?」

「? なんでしょう?」

『今の学校を卒業してからでいいし、基本業務の希望も聞くから時空管理局(うち)に就職しない?』

 

 一瞬、リンディが何を言ったのか理解できず、なのははまたぽかんと目を見開いて固まる。

 司会のうちではクロノがやれやれと肩をすくめ、エイミィが期待で目をキラキラと輝かせ、リンディが待ち遠しそうにニコニコと笑っている。サクソ達は新たな後輩ができることに喜色を浮かべ、三つ首狼(ケルベロス)の面々に至っては、新たなライバルの登場と感じたように不敵な笑みを浮かべている。

 唯一、アインのみが眉間にしわを寄せた険しい顔をしているのを尻目に、なのはは驚愕の声をあげた。

 

「ええええ⁉︎」

『お給料は良いし、福利厚生バッチリだし、きっとなのはさんも気にいるんじゃないかしら?』

 

 ワタワタとと慌てるなのはを微笑ましく見つめ、リンディは将来有望な少女を本気で勧誘し始める。

 だがそれを、隣に立ったアインがため息をつきながら、じとりと鋭い半目で睨んで咎めた。

 

『…おい、ウソを教えるな。給料云々はともかく万年人手不足のブラック職場だろうが』

『ああん、もう! せっかく誘ってるときに水を出さないでよ!』

「あ、あのあの…! 流石に小卒で就職というのはこちらの世界のこの国的にはちょっとなんというか…!」

『……なのは、お前なんか既に前向きに考えてないか?』

 

 過去のいざこざからかなり気にかけている少女を、激務で使い潰させるわけにはいかないと、アインはリンディに苦言をこぼすが、滅多にない出会いを惜しむリンディはすぐさま抗議する。

 当のなのはが提案に惹かれ始めていることに呆れた顔になっていると、エイミィがリンディに近づいて耳打ちを始めた。

 

『艦長…調べたんですが、なのはちゃんの国では15歳までは義務教育なんだそうですよ』

『あら大変! うーん…あと6年…』

「あ…あははは』

 

 管理局の最低就業年齢が非常に低く設けられていることに驚きつつ、なのははブツブツと神妙な表情で考え込むリンディに苦笑する。

 普通は18歳から、最低でも16歳から就業が認められる世界で生きてきたなのはは、初めて受ける熱烈なスカウトに戸惑うばかり。それでもいつかのユーノとアインの評価や、リンディ達からの賞賛の声で、そういう自分の未来の可能性を想像し始めている。

 クロノは母親にして上司である女性の本気度合いに呆れながら、自身もそれなりに望ましそうな雰囲気を見せていた。

 

『すまないな、ブラックかどうかはともかく、人手不足なのは確かなんだ。特に君のようなAAAクラスの魔道士はかなりレアだから。優秀な使い魔持ちだったりするとなおさらだ』

「え? 私には使い魔はいないよ?」

 

 きょとんと目を丸くし、不思議そうに首をかしげるなのは。

 すると、モニターの向こう側にいる全員の視線が、なのはの肩に乗っているユーノに集中した。

 

「……ボ、ボクは使い魔じゃない! 人間の魔導師だ!」

 

 バタバタと両手を振り、遺憾の意を示すユーノ。しかしわずかにしか見せていない人間の姿の印象はあまりに弱く、言われたなのはも思わず納得の声をあげてしまっていた。

 

「そ、そうだったの? あんたてっきりあたしと同じ使い魔だと…ネズミ素体の」

『…違うんですか?』

『何の違和感もなかったわよ』

『つーか使い魔じゃねぇって言われた方が違和感あるわ』

「ボクは人間だしネズミじゃなくてフェレットッ!」

 

 なのはのそばで同じく目を丸くするアルフに、悪ノリするようにニヤリと笑みを浮かべる三つ首狼(ケルベロス)の三人。

 声を荒げるユーノだが、小動物の姿のままだとやはり説得力に欠ける。サクソやムーヴも同情の視線を向けつつ、特に反論の言葉をはさうことはなかった。

 一人の少年を犠牲に、艦内の空気が和らいだ頃合いを見て、リンディはなのはの目を今一度見つめた。

 

『優秀な魔導師はいつでも足りないわ。そのせいで解決できるはずの事件が解決できなかったり、起こらなくて済む悲劇が起こったりする…考えておいていただけるかしら?』

「……はい」

 

 誘ったのは利用したいからではなく、本気でなのはの力を必要としているから。本当に困っている人達がいて、それに手を届かせるために必要としているのだと、リンディは告げる。

 賛成的ではないアインも、今は口を挟まない。リンディに腹黒い思惑があろうとなかろうと、掲げている願いは間違いなく真実を告げていると、信じていたからだ。

 

『…さて、話も落ち着いてきたところで…今日はよろしく頼む』

「はい!」

 

 リンディ達の声援に応え、なのはは両拳を掲げて頷く。

 将来のことは、まだはっきりとは定まっていない。才能があって、それを生かしたいという想いはあっても、すぐに判断できるほどの覚悟はまだない。

 アインのように、傷つきながら戦い続ける覚悟はまだ持ち合わせてはおらず、その道を進むことへの躊躇いもある。

 だが、その選択に至るために避けられない分岐路があるのだと、なのはは気合を入れ直した。

 

「…頑張って、なのは!」

「頼むよ、なのは…」

「……うん!」

 

  なのははキッと表情を引き締め、まずはもう一度会って、話し合わなければならない少女の元へと向かう。

 

 

「ここならいいよね……出てきて、フェイトちゃん」

 

 その足で向かったのは、結界が張られ、人気のなくなった海鳴市内の植物園の中。

 温室の内部で鬱蒼と茂る木々の中、なのははここ数日、顔を思い浮かべることがなかった少女を呼び、同時に逸る気持ちを落ち着けようと努める。

 

「…こうすれば、きっと来てくれると思ったよ」

 

 そして、一陣の風が吹気抜けたかと思うと、なのはの視界に待ち望んでいた金色が映った。

 漆黒の大鎌をさげ、以前にも増して寂しげな表情をたたえたフェイトは、さらに虚ろになった眼差しをなのはに向け、唇を噛み締めた。

 

「フェイト! もうやめようよ! これ以上、あの女の言いなりになる必要なんてないよ! …このまんまじゃ不幸になるばっかりじゃないか、だからフェイト…!」

 

 アルフが悲痛な声をあげ、今からでも遅くはないとフェイトに呼びかける。戦い続ける必要などない、いつか自分が言ったように逃げ出してもいいはずだと、主人に必死に語りかける。

 だがフェイトは、首を振ってその道を選ぶことを拒む。ただ一つ、母の願いを叶えることだけを生き甲斐にしてきた少女に、逃げるという選択肢は最初からないのだと、その表情は語っていた。

 

「だけどそれでも……私は、あの人の娘だから…」

「…ただ、捨てればいいってわけじゃないよね」

 

 そんなフェイトに、なのはは目を伏せて頷く。

 それぞれが抱く譲れない想い、噛み合うことのないそれらがぶつかり合うのは必然のことで、どちらかが折れなければ前に進むことは叶わない。

 心に抱えた柵から目を背けることは、決してできないのだと二人ともわかっていた。

 

「逃げればいいわけじゃ…もっとない。フェイトちゃんは立ち止まれないし……私はフェイトちゃんを止めたい」

 

 フェイトはなのはを見つめ、バルディッシュの刃を突きつける。なのはも同じくレイジングハートを構え、砲口を向ける。

 幾戦もの激突を支えてきた鋼鉄の魔法使いの杖が、使い手の意志の硬さを表すように光沢を放つ。作られたもの達でさえ、負けられぬ思いを示しているようだ。

 

「……ジュエルシード、私とフェイトちゃんが出会ったきっかけ」

【Put out.】

「……」

【Put out.】

 

 示し合わせたように、デバイス達がそれぞれで手に入れた魔法の宝石を…少女達の運命を変え、或いは狂わせ、そしてその運命を引き合わせた災厄の種を吐き出し、空中に浮遊させる。

 巨大なる邪神に奪われた分を除く全てをその場に浮かばせ、輪ができる中で二人の少女は対峙し、強う眼差しで見つめ合う。

 

「たくさん思ってることはあるけど、まずはこの問題を片付けないと、きっと私もフェイトちゃんも先には進めない……だから賭けよう。お互いが持ってる全部のジュエルシードを」

 

 ユーノとアルフ、リンディやクロノ達管理局員、そしてアインに見守られながら、二人の少女は構え合う。

 アースラでは今、エイミィらの手によって着々と作戦が進められているはず。なのはの前にいる少女を救い出すために、多くの人間が尽力している。

 勝ったとしても負けたとしても、少女の運命は大きく変動するだろう。

 

「それからだよ……全部、それから。私たちの全てはまだ始まってもいない!」

 

 だがなのはは、それでは満足しない。

 自らの敗北を乗り越える、自分が救いたいと思った相手を救う、ようやく気づいた自分の気持ちを全力で伝える。

 そのために、目の前の少女に勝たなければならない。いや、勝ちたいと強く願う。

 

「…ほんとの自分をはじめるために……始めよう」

 

 カッと目を見開き、なのはは告げる。

 望む未来を、自分自身の手で掴み取るために。

 

「最初で最後の本気の勝負‼︎」

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