【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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第Ⅹ章 母は愛が故に道を誤る
1.あの日に戻りたい


 晴天の下を、白と黒の二人の少女が飛び回る。流星のような速さで、互いから決して目を離さないまま、追い抜き追い越しを繰り返し、自らの魔弾を打ち出す時期を伺い天を突き進む。

 その光景を、クロノ達はモニター越しに緊張交じりに見守り、いつ訪れるかもわからない決着の時を待ち続けた。

 

「戦闘開始…かな」

「ああ」

「しかしちょっと珍しいね。クロノ君がこういうギャンブルを許可するなんて」

 

 機材を操作する手を止めないまま、エイミィが傍に立つクロノにそう問いかける。自身の正義感によるものか、事件解決に合理性を求める彼が、少女達の意地を汲んだ作戦を認めることは意外だった。

 問われたクロノはというと、やや照れ臭そうに目をそらしつつ、腕を組んでモニターの方に注目を続けた。

 

「あの二人の勝負自体は、どちらに転んでも関係ないしね」

「なのはちゃんが時間を稼いでくれてるうちに、フェイトちゃんの期間先追跡の準備……と」

 

 クロノの態度に苦笑しながら、エイミィは自身にのしかかる責任の重さを再確認し、グッと表情筋に力を入れる。

 クロノだけではない、リンディや他のクルー達はもちろん、普段は会うことのない陸上部隊にも注目されている今、何より世界の存亡がかかっている以上、決して失敗できない任務だった。

 

「あんたが重要なんだから、逃さないでよ」

「了〜解!わかってるっての!」

 

 ナディアとジンガーに促され、エイミィはヤケクソ気味に答えて鼻を鳴らす。

 最初から徹頭徹尾変わらない、生意気で不遜な彼らの態度を咎める気はとうにないが、そこまで言うなら自分でやってみろと言いたいのが本音だった。

 どうにか苛立ちを抑え込み、自分のやるべきことに集中するエイミィを見下ろしながら、ジンガーはクロノに横目を向けた。

 

「…伝えなくてよかったのか。あの女の過去について」

「なのはが勝ってくれるに越したことはないんだ…今は、悩ませたくない」

 

 そう答えて、クロノはモニターに映し出されるフェイトとなのはを見つめ、小さく唸る。

 フェイト・テスタロッサ何を背負っているのか、知ってしまえばきっと、あの優しい少女はひどく心を痛めるだろう。恐らくは、勝負に影響を及ぼすほどに。

 きっとそれは本人も望まぬことだと信じ、クロノは彼女に、自分でさえ吐き気を催した真実を伝えない選択を取ることを決めていた。

 

 

【Photon lancer.】

「ファイア!」

 

 フェイトの周囲に現れたいくつもの金色の光弾が、彼女の前を飛行するなのはに向けて放たれる。

 

【Round shield.】

 

 なのはは寸前で障壁を張り、光弾の直撃を防ぐと、足首に展開した桜色の光の翼を羽ばたかせ、フェイトの背後に回り込む。速度で劣る分を補うために練習した、兄や姉が使っていた踏み込みを模した移動だ。

 しかしフェイトはすぐさまその場から加速し、なのはから距離を取る。その背中に向けて、なのはは自身の光弾を精製し、発射した。

 

【Divine shooter.】

「シュートっ!」

 

 緻密な操作により、放たれた魔弾は正確にフェイトを狙い、一気に距離を詰めていく。そのままいけば直撃するであろうそれらが、瞬く間にフェイトの目前にまで迫る。

 しかしフェイトは、急速な方向転換を行い光弾を躱し、障害物に激突させて自爆させ、あるいはそのまま通り過ぎさせる。

 大鎌を構え、さらなる光弾を準備した彼女の脳裏には、かつての母との思い出が蘇っていた。

 

 ーーーね…お花、とても綺麗ね。

    ーーーー…。

 

 母と戯れた、綺麗な花畑。いつのどこかもよく覚えていないくらい昔に訪れた、やすらぎの記憶の地。

 その記憶の中でプレシアは、自分を今とは異なる名前で呼んでいた。どうして『フェイト』と呼んでくれないのかと疑問を浮かべながら、記憶に残る母の笑顔が、フェイトに戦う活力を与え続けていた。

 

【Thunder Barrett.】

【Flash move.】

 

 無数の光弾を飛び交わせ、背後を取り合い、資格を狙い、音速の衝撃波によりビルのガラスを粉々に砕きながら、二人の少女はせめぎ合う。

 息を荒くし、汗を滝のように流しながら、なのはは自身の全力を戦いに注ぎ込む。その最中、どこか焦燥を感じさせる響きを持ってレイジングハートが電子音声を放った。

 

She is more advanced than you.(やはり実力的には彼女の方が上です。) You won’t best her easily.(簡単には勝てません。)

 

 悔しいが、積み重ねてきた技術では向こうに分があり、まだ互角の戦いとまではいかない。それを認めざるを得ない状況が、愛機にとって歯がゆくて仕方がなかった。

 しかしそれを、なのはは首を横に降って否定する。その様はまるで、レイジングハートの中にある不安を、取っ払おうとするようだ。

 

「……知恵と戦術はフル回転中…切り札だって用意してきた。だからあとは負けないって気持ちで向かってくだけ…でしょ?」

【All right my master. |We have to help her. Don’t lose heart.《では、不屈の勇気で……一緒に助けましょう、彼女を。》】

 

 さらなる意思の炎を胸に宿し、なのははさらに加速する。以前までは追いかけるだけで精一杯だった彼女に、今度こそ追いつこうとするように。

 一方で、フェイトは自分に追いすがってくるなのはに、戦慄の眼差しを向けていた。何度置き去りにしようとしても、気を抜けばすぐ近くにまで迫られていたからだ。

 

(初めて会ったときは、魔力が強いだけの素人だったのに……もう違う。速くて、強い…迷ってたらやられる…!)

 

 なのはが現在も感じている実力の差、しかしそれはすでにフェイトにとってあってないようなもの。

 最初の出会いからまだ数日、その短期間で見下ろすほどの実力差を埋めてきた彼女の存在は、思わず震えが走るほどの脅威だった。

 

(…私がここで負けたら、母さんを助けてあげられない…)

 

 しかしそれでも、フェイトは自身の負けを想像するわけにいかなかった。

 母の想い、自分の想い、友の想い、そして今はもうこの世のどこにもいない師の想いを背負っているが故に、臆するわけにはいかなかった。

 ここでもし退いてしまえば、心が折れてしまえば、戻ってくることができなくなる。

 

〝あの頃〟に戻れなくなる。

 

 蘇る記憶の中で、いつだったか母がいつものように笑ってくれなくなったときのことが、勝手に再生されていた。

 

 ーーーママ、どうしたの?

 

 事故による昏睡から目覚め、迎えてくれた母に触れようとした際、なぜか母は目を見開き、呆然とした様子で自分の頬に触れるフェイトの手を凝視していた。

 それを訝しげに見つめていると、プレシアは慌てて取り繕うように笑い、フェイトの頬を撫で返してくれた。

 

 ーーー……なんでもないわ。

 

 ほんの些細な、プレシアに起きた変化。

 その理由に思い至らないまま月日は流れ、その時にはもう、母は以前のように笑ってはくれず、別人のように怒鳴り、鞭を振るうようになっていた。

 

「…次で決着をつける」

 

 意気込みを口にし、フェイトは自身の最大級の攻撃のために、目前の海上で浮くなのはに向けて構えを取る。

 その際に思い浮かべたのは、師であるリニスに授けられた技。フェイトの抱える弱点を補うための、必殺の一撃についての授業のことだった。

 

 ーーーフェイトの戦闘資質は、連射性に優れた固く鋭い射撃攻撃と、身軽な機動性を活かしての高速戦…。

    徐々にバランスをとれるようにはなってきましたが、高速機動に頼りすぎて防御が弱いのが難点です。

    それがあなた達の欠点であり、攻撃においても見落としやすいところです。

 

 困った顔をしながら、リニスはまだ幼いフェイトとアルフに告げた。

 二人の元を去る前、プレシアとの契約を終了する前の最後の授業。自分の教えられる全ての技術を授けた後の、彼女達が自分で道を切り開く方法を得るための時間、その記憶。

 

 ーーーあなた達は絶対的な防御力の持ち主との戦闘経験が少ないので、対処法を学びづらいってことです。

    二人とも細かい攻撃を重ねたり、防御を抜いたり崩したりしての一撃がほとんどですからね。

    固い相手が万全の態勢で防御したら、おそらくは簡単に防げます。

 

 自分ではそれを教えられないことを悔やみながら、それでもどうにか食らいついていける様に考え出した策。

 それが必要とならないことを願いつつも、それが彼女たちの未来をつかめる様に想うという矛盾を抱きながら、考え出した最大限の切り札。

 

 ーーーそう言った相手に勝つには、砲撃は防御の隙をつくか、防御の上から魔力を削るのが基本です。

    あなたの絶対防御対策は、単純な射撃魔法を一つの目標めがけて撃ち続ける。

    最低三十発の発射体からフォトンランサーの一点集中連射…これを防ぎきれる術者なんてまずいません。

 

 それを教え、展開のための基礎を授けてリニスは去った。

 それからフェイトは、血の滲むような努力を続けてリニスの教えてくれた切り札を使い熟す訓練を続けた。

 母がまた、昔の様に笑ってくれるように。自分もまた、かつての幸せに戻れるように。

 

「…いくよ、バルディッシュ」

 

 ガシャン、と相棒を構え、フェイトが呟く。

 自身の魔力を限界まで引き出し、大気中にとどまらせながら、フェイトはすっと目を閉じ、声を紡ぎ出した。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス…疾風なりし雷迅よ、いま導きのもと撃ちかかれ…バルエル・ザルエル・ブラウゼル…」

 

 歌うように響く呪文が組み上げられていくと、なのはの周囲にいくつもの金色の陣が展開されていく。

 自身を取り囲む形で広がっていく陣に目を見開き、冷や汗を流すなのはをよそに、フェイトは黙々と自身の切り札を完成させていく。

 

【Phalanx shift.】

 

 完成したのは、三重を超える数の魔法陣で作られた砲撃の包囲陣。

 全てがなのはに狙いを定め、バチバチと電流を迸らせて発射の時を待つ、相手を確実に撃ち落とすことを目的とした術式。

 我に返ったなのはが回避を選択した時にはもう遅く、対象を陣の中に縛り付ける雷の枷が、いつの間にか彼女の四肢に絡みついていた。

 

「設置型のバインド…⁉︎」

「まずい、フェイトのやつ本気で次で決める気だ‼︎」

 

 膨れ上がる魔法の気配に、アルフもユーノも慌てふためく。

 身動きが取れない状態で、しかも数えきれない数の光球に込められていく魔力の量と濃度は、どんなものか知らなくても危険であることは伝わる。

 アルフにとっては、師であるリニスから授けられた切り札であることを知っている分、余計に焦りを抱いていた。

 

「なのは…いま援護を」

『手を出すな』

 

 思わず飛び出しかけたその時、通信からおぞましいほどに殺気のこもった声が響く。

 途端に凍りついたように動きを止め、目を見開くユーノとアルフ。ぞくっと背中に氷塊を入れられたような寒気を抱いた二人は、無言のまま通信の向こう側に耳をすませた。

 

『邪魔をしたら殺す』

「っ……⁉︎」

 

 アインの姿はこの場にない。しかし今の感覚は、まるで彼女に首筋に刃を突きつけられているような錯覚を覚えるほどの冷たさで、一瞬意識が飛んだ気さえしていた。

 

「あ…アンタ! あの子が、弟子がピンチなのに助けない気かい⁉︎ フェイトのあれは本気でまずいんだよ!」

『…ここで手を出して、果たしてあの子達は救われるのか』

「なっ……」

 

 このままでは危険だと吠えるアルフに、アインはどこか呆れたような態度でため息をつく。通信は声だけなのに、半目で軽く睨みつける表情が見えるようだった。

 二人が黙り込んだのを確かめると、アインは放っていた殺気を収め、鼻で笑うような音をこぼした。

 

『あの子には私が教えられる全てを託した……お前も持てる全てを持ってあの子を育てた。我々に許されたのはそれだけだ…あとはあの子自身の問題だ』

 

 一度真剣勝負として受けた戦いを、勝手なお節介で汚すことを怒り、アインは二人に説く。

 正々堂々を守る騎士道を示す彼女に、理解はできるも納得できないと言った表情になるユーノとアルフに、アインは厳しい口調のまま続けて言った。

 

『お前達があの子の友でありたいならば‼︎ …そこで信じて待っていろ』

 

 ぐっ、と唇を噛み、それ以上何も言えず立ち尽くしてしまうユーノ達。

 金色の閃光がより強まり、雷電の弾ける音が一層危険な響きを持ち始める中、囚われ身動きの取れない状態に陥っているなのはは、フッと嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

(…ありがとう、アインさん…‼︎)

 

 アインが止めてくれなければ、自分が力の限り叫んでいた。

 たとえ自分のためだったとしても、真剣勝負に手を出して欲しくはない。どれだけ窮地でも、自分が勝つことを信じていてほしい。

 そんな思いを汲んでくれたことが、なのはの心の炎にさらなる糧をくべた。

 

『でも、フェイトのそれはホントにまずいんだよ…‼︎』

「へーーーーきっ!」

 

 青い顔で念話越しに叫ぶアルフに、なのはは不敵な笑みを浮かべて、力強く叫び返す。

 バルディッシュを掲げ、ライコウをあたりに撒き散らしていくフェイトを見据えたまま、なのははまばゆい閃光と相対した。

 

「打ち……砕けェェッッ‼︎」

 

 フェイトの叫びとともに、なのはの周囲に展開された陣から無数の雷弾が放たれる。

 一発ずつなどではない、全方位から数えきれない数の弾丸が降り注ぎ、炸裂して噴煙を撒き散らさせる。

 

「スパーク…エンドッッ!」

 

 最後に力強い咆哮が響き渡った直後、特大の閃光がなのはがいた場所に発生し、爆音に近い雷轟を響かせる。

 迸る雷光は、容赦無く少女達と世界を真っ白に染め尽くした。

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