【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「なのは……っっ!」
「フェイト……ッ‼︎」
爆音がどこまでも轟く空に、ユーノとアルフが悲痛な声と目を向ける。
数十もの光球から放たれた魔弾は余すことなく少女に炸裂し、白煙を辺りに漂わせた。フェイトの性格から、なのはが死ぬことはないとわかっていても、心配せずにはいられない光景だった。
「はぁ……はぁ……」
しばらくすると光球は消え、肩を上下させて荒い息をつくフェイトの姿だけが残る。
自身の魔力をありったけかき集め、全集中力を注ぎ込んで放った切り札。それがもたらした結果を目の当たりにし、フェイトは苦しげに表情を歪める。
だが、その目が次の瞬間見開かれ、信じられないといった表情が浮かんだ。
「…打ち終わると…バインドってのも解けちゃうんだね」
白煙の中から顔を出した、バリアジャケットを焦げさせただけで目立った外傷のないなのはが、笑みを浮かべながら告げたのだ。
フェイトはその光景に、勝機をも疑うように目を見開き、呆然と空中に立ち尽くす。自身の全身全霊の一撃が通じなかったことに、愕然となるばかりだった。
『…! 耐えたか…!』
【Can you move, Master?】
「いけるよ、レイジングハート‼︎ 今度はこっちの……番だよっ!」
通信越しに、アインから安堵の声が上がると、なのはは不敵に笑ったままレイジングハートを構える。
この場を見てくれているであろうアインに、そしてユーノに見せつけるように、大仰に愛機を振りかざし、砲門を金色の少女に突きつけた。
「うう……あぁぁ…ッ!」
勝負の初めと変わらない、強い意志を宿した眼差しに射抜かれ、フェイトはもう平常心を保てない。
自身が持つ最大威力の切り札が効かなかった以上、もはや自分に対抗する手段は残されていない。降参するという選択は、自分の感情で硬直した彼女の脳裏には浮かばなかった。
そんな彼女の四肢に、突如桜色の光の輪が枷となってまとわりついた。
「…な……ッ! バインド……⁉︎ いつ⁉︎」
『あの一瞬で覚えたのか…⁉︎』
数秒前とは真逆の、囚われの身となった自身を見下ろし、フェイトは狼狽し必死にもがく。
想像できるのは、先程の意趣返し。自分が受けた攻撃とほぼ同じかそれ以上の攻撃を放たれれば、装甲の薄い自分では耐え切ることは確実に不可能だ。
そんな抵抗も虚しく、フェイトの目の前で、レイジングハートの砲門に桜色の光が収束していった。
【Cannon mode.】
「ディバイン……バスターーーーッ!」
気合いの咆哮とともに、彼女の有する砲撃魔法がまっすぐにフェイトに向かっていく。
すかさずフェイトは障壁を展開し、受け止めるも、相変わらずの凄まじい威力に障壁も肉体も悲鳴をあげ、フェイトの表情が苦痛に歪む。
「くっ…あ…!」
軋みをあげる障壁を目にし、魔力のほとんどを使い切って意識が飛びそうになるのを、フェイトは必死にこらえ続ける。これを耐えきれば、すぐに反撃の機会を得られる。そう信じ、激流のごとく襲いかかる砲撃を防ぎ続ける。
放たれた熱量はやがてフェイトを飲み込み、白煙をあたりに撒き散らして視界のほとんどを埋め尽くしていった。
「フェイト……」
閃光の中に消えたフェイトを目の当たりにし、アルフが悲痛な声をあげる。
現状を言えば、フェイトが負けて保護されたほうが彼女のためかもしれない。しかし主の願いと、自分の主が勝ってほしいという思いが、アルフに強い悲しみを抱かせた。
やがて白煙が晴れ、空中にとどまるフェイトの姿があらわになる。
肩を上下させ、滝のように汗を流す痛々しい姿だが、バリアジャケットのマントを喪失しただけで目立った傷はない。
競り勝った、そう思い顔を上げたフェイトとアルフだったが、目の前にあった光景に、またしても我が目を疑った。
「…あれは…?」
そこには、星空があった。
真昼の明るい青空であるにもかかわらず、燦々と輝く星が無数に散らばり、フェイト達を見下ろしている異様な光景。その星々はやがて、流星となって一点に向かって集まっていく。
その中心に、彼女はいた。愛機を構えたまま、砲門をフェイトに向けて、真剣な表情で佇んでいるなのはの姿があった。
「……集束…砲撃……ッ‼︎」
誰かが呆然とした様子でつぶやき、全員が目を見開いたまま立ち尽くす。
霧散した自身の魔力を回収し、さらなる威力を持った砲撃として撃ち出す集束砲撃。なのはのような幼い魔導師どころか、ベテランの魔導師であっても困難なそれが、おそるべき勢いで完成していく。
歴戦の戦士であるアインでさえも、自分の目で見ても信じられない光景がそこにはあった。
『…ユーノ。あれ、お前が教えたのか?』
「しっ…知りません! あんなの一度も……⁉︎」
通信越しにユーノに確認すると、彼も大いに狼狽しながら首を横に振る。確かに彼女の魔法の師は彼だが、教えられるのはあくまで一人前の魔導師としての技術のみ。
なのはが今放とうとしている一撃は、そんな一人前の範疇から脱し過ぎている代物だった。
「受けてみて………ディバインバスターのバリエーションっ! これが私の…全力全開ッッッ‼︎」
愕然とした表情で、目の前に広がる、もはや壁のようにも見える桜色の光を凝視するしかないフェイトに、なのはが力強く宣告する。
試練を乗り越えたと思い込んだ直後に直面した、より強い絶望。それに襲われてしまったフェイトには、砲撃の直射上から逃れることも、再び障壁を張る余力も何も残されてはいなかった。
「スターライト…ブレイカーッ‼︎」
そして次の瞬間、それは爆ぜた。
ドンッと待機そのものが爆発したかのような轟音が発生し、桜色の閃光が怒涛の勢いで溢れ出す。視界のほとんども同じ色に染められ、またしても少女は光の中に飲み込まれていく。
遠く離れた場所に立つユーノ達も、そのあまりに恐ろしい光景に言葉を失っていた。
『……な…っ…バカ魔力…』
『フェイトちゃん…生きてるかな…?』
『不吉なことを言わないでくれ……』
呆れてまともな声も出ないクロノに、不安げな表情で頬を痙攣させるエイミィ、それと半ば白目を剥いて天を仰ぐアイン。
現実を嘆くアインについ向けられた視線は、彼女に対する全く同じ不満が、ありありと表れていた。
なんというとんでもない弟子を育ててしまったんだこいつは、と。
大人達のそんな悩みを知る事なく、なのはは立ち上る白煙をじっと見つめ、静かに佇む。
やがて白煙の下からフェイトが飛び出し、真っ逆さまに海面に向かって落下していく。瞼を閉じ、ぐったりとした様子に見え、完全に気を失っていることがわかった。
なのはは急いで急行し、フェイトの体を受け止めると、すぐ近くの足場に移動する。
しばらくするとフェイトは、ピクピクと痙攣させたまま瞼を開いた。
「あ……! ごめんね…大丈夫…?」
心配そうになのはが呼びかけるが、フェイトは茫然自失とした様子で、まともな反応を返せずにいる。
まだ自分が負けたことが信じられない、ということもあるようだが、なのはの放った最後の砲撃の衝撃が凄まじかったのも一因かもしれない。それでも今の状況が、自分の敗北を表していることは理解しているようだ。
「わたしの…勝ちだよね……?」
自分でもまだ、認識が追いついていないような、あやふやな態度でなのはが問いかけると、フェイトは力なく振り向き、黙り込む。
返答もできない主人に代わって、バルディッシュが宝石を光らせて答えを示した。
【Put out.】
「……そう、みたいだね……」
排出されるジュエルシード、それを見上げたフェイトはようやく我に返ったのか、自重気味な笑みを浮かべて俯く。
積み重ねてきた努力を、こうも短期間で追い越され、自分の意志よりも強い意志を見せつけられた今、不思議と悔しさは感じない。いや、自分はもうここまでで、母の力にはなれなかったのだと諦めに至る。
そんな雰囲気が、今の彼女からは感じられた。
そして勝負が終わった今、この場にもう用はない。
よろよろと頼りなく、なのはにも心配されながら立ち上がり、少女は少女の前から去ろうと宙に浮かんだ。
それを見て、アースラのメンバー達も再び動き出そうとしていた。
障害の一つにして、最大の懸念事項であったフェイトが戦意を喪失したいまが、事態の収拾の絶好の機会だった。
「よし…なのは、ジュエルシードを確保して、それから彼女を…」
「……いや」
フェイトを案じたまま、その場から動こうとしないなのはに指示を送ろうとしたクロノ。
その隣で、険しい表情で腕を組んで立っていたアインが不意に呟き、虚空を睨みつける。至近距離から感じる異様な圧に、冷や汗を流したクロノが訝しげな目を向けた時だった。
アースラ中に、けたたましい警告音が鳴り響いたのだ。
「来た…⁉︎」
なのは達の映る方とは別のモニターを凝視し、エイミィがハッと息を呑む。
計器が観測したのは、凄まじい魔力の波動。次元を超えるほどの威力と精度を持った並大抵ではない力が、広域結界に向かって近づきつつあった。
思わず、最近現れた例の巨人のことを思い浮かべ、顔を青くするエイミィだったが、すぐに我に返り計測結果を確認した。
『高次元魔力確認…魔力波長はプレシア・テスタロッサ! 戦闘空域に次元跳躍攻撃……? なのはちゃん、ユーノくんッ‼︎』
あの巨人ではないと安堵する暇もなく、エイミィは目を見開いてモニター越しに叫ぶ。そして同時に、クロノやアインも表情を強張らせた。
時空を超える攻撃が、なのはとフェイトのいる方に向かって降り注ごうとしていた。
「母さん……ッ⁉︎」
空に渦巻く黒雲を見上げ、フェイトが困惑気味に呟く。
感じた魔力は母のもの、しかし何故今それがここまで強く荒々しく伝わってくるのか、理由が全くわからず、空中で棒立ちになってしまう。思考がまとまらず、呆然となるだけだった彼女からは、回避という選択肢が消えていた。
直後、格好の的となったフェイトの頭上に、凄まじい威力の紫の雷が降り注ぎ、少女の前進に食らいついた。
「フェイトちゃんッッ‼︎」
なのはの悲痛な叫びが虚しく響き渡る中、雷撃をまともに食らったフェイトはバリアジャケットをさらに破損され、意識を手放し再び落ちていった。
けたたましく鳴る計器を操り、エイミィが目を皿のようにしながらコンソールを叩き続ける。
非常な一撃を受けた少女を目撃しながら、いや目撃したからこそ、彼女は自身の役目に没頭し、求める答えを導き出そうとしていた。
「ビンゴ…! しっぽ掴んだ!」
やがてそれは、確かな実を結んだ。これまで行方が全く把握できずにいた、時の庭園の正確な位置。魔女が棲まう城の位置を、ようやく割り出すことができたのだ。
「魔力発射地点特定……ッ! 空間座標確認ッッ!」
「不用意な物質転送が命取りだ…座標を!」
「もう割り出して送ってるよん!」
そこからの動きは早かった。事態の解決の糸口を掴み、最大の難関を乗り越えた今、残すは元凶を討つという作業のみ。
だがそのためには、金色の少女が母親の手にかけられる必要があったという皮肉に、喜びをあらわにすることはできない。
ここまで時間がかかり、余計な苦痛を少女に与えてしまったという悔恨が、アースラメンバーを突き動かしていた。
「転送座標セット、突入部隊…転送ポートから出動!」
「任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保です!」
『『『『『はっ!』』』』』
転送ポートから、一瞬で時の庭園の内部に乗り込んだ武装局員達が、気合の入った声で応じる。
いたいけな少女に傷をつけた、血も涙もない所業を繰り返す魔女を討とうと、正義漢の多いアースラの武装局員達の誰もが、力を漲らせて燃えていた。
「いよいよ大詰めってことね!」
「さて、俺達も出ると…」
同時に、三頭狼の面々もやる気を出し始める。
先日の巨人の騒ぎによって待機が続き、ストレスがたまっている状態だったところに、いよいよ大詰めの舞台が整えられた。
アースラの面々とは異なる理由で、彼らは闘志に満ちていた。
「それは待ってください」
「あ?」
しかしそこに、インシグニアによる冷静な制止がかかり、ジンガーが苛立ち交じりに振り向く。ナディアも訝しげに止まり、自分達のリーダーと部隊の長を睨みつけた。
ようやく思い切り暴れられる場が用意され、意気込んでいたところに水を差され、二人共不満を抑えきれなくなっていた。
「何言ってんだシグニア! 今こそ思い切り暴れられるタイミングだろ⁉︎」
「ですが、先程ノア提督から隊長に通達が……」
険しい表情で食ってかかるジンガーに、インシグニアも眉間にしわを寄せて答える。
その視線がちらりと、彼女の背後で無言で佇むサクソとムーヴに向けられ、急かすような鋭い眼差しと圧が向けられる。それに気圧されたわけではないが、複雑な表情を浮かべたサクソが、ようやく重い口を開いた。
「〝指示があるまで動くな、待機せよ〟とのことだ………」
「はあ⁉︎」
「何ですって…⁉︎」
《center》♤ ♢ ♡ ♧《center/》
「ゲホ、ゲホッ…」
強く咳き込み、吐血しながら、プレシアが杖を支えに歯をくいしばる。
高出力の魔法を使用した直後、肉体が締め付けられるような苦痛に襲われ、重力が数倍になったような感覚に苛まれた。
手のひらにたまったどす黒い色の血が、自分の末路を表して見えた。
「やっぱり…次元魔法はもう体が持たないわ…それに今のでこの場所も掴まれた…」
体にうまく力が入らず、目が霞んで前もよく見えない。日頃から使用している薬を今更飲んだところで、この苦痛を和らげることもままなるまい。
刻一刻と迫り来ているタイムリミットを実感していると、ふと魔女の脳裏に、思い出そうとも思わなかった昔の記憶が蘇ってきた。
ーーーもう、研究に夢中になり過ぎて薬を飲み忘れるなんて…本末転倒です。
そんな事では成果が実るまで身体が持ちませんよ?
薬の袋と水を運んできたリニスが、呆れた様子でプレシアに語りかける。
自分はというと、研究道具に向き合ったまま振り向かず、鋭い目で睨みつけることしかしなかった。
なのにリニスは、気にした様子もなく笑みを浮かべ、プレシアに話しかけ続けた。
ーーー…今日のフェイトは凄かったですよ。
ランサーを5つも出せるようになったんです。
フェイトはどこに出しても通用する一流の魔導師に仕上がります、おそらく私の想像以上の早さで。
全部、あなたを想ってなんですよ、プレシア。
そう楽しそうに、我が事のように嬉しそうに語るリニスの表情を、プレシアは思い出せない。しかしなぜか声だけを、昨日のことのように鮮明に思い出していた。
使い魔の言葉を、取るに足らない戯言と決めつけ、聞く価値もないことだと無視し続けていたというのに。
ーーー…今は無理でも…いつか…、
思い出したリニスとの記憶は、それで終わりだった。役目を終えた彼女は契約通りに繋がりを断ち、人知れず消えた。
プレシアにとっては、周りから一つ声が消えただけの認識だったのに、なぜか今は彼女の存在をはっきりと思い出し、鮮明にその存在を感じていた。
「まだ…終われないのよ…あの子との約束を…かなえなくちゃ…」
誰にともなく呟き、重い体を引きずって歩く。
城の奥で、ガラスの繭の中で眠りにつく愛娘の元へと向かい、魔女は安らかな、しかし切なげな表情を見せていた。
「そうよね……アリシア」
その声に、物言わぬ骸でしかない娘が答えることはない。
しかしなぜだか、瞼を閉じてゆらゆらと漂うその顔は、悲しげに見えた気がした。