【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
限界を超えたダメージを受けたフェイトは、バリアジャケットを強制的に解除されたのち、アースラの医療スタッフに運ばれ、医務室に担ぎ込まれていった。
気絶していたため、当初に予想していた様な抵抗もなくスムーズに保護することができ、クロノは内心で安堵の息をついていた。
「…大丈夫かな? フェイトちゃん…」
だがエイミィは、奥へ消えて行ったフェイトを見送りながら、不安げな呟きをこぼす。
自体が少しずつ改善されていると認識していたクロノは、そんな彼女に訝しげな視線を向けた。
「救急に向かった救護班の報告では、命に別状はなかったはずだが?」
「…そうじゃなくて……心の」
首を傾げていたクロノは、エイミィの言葉からすぐに察する。
体の傷はすぐに処置ができても、確かに今しがた起きた事柄をーーー母親に撃たれたなどという事態を考えれば、心配を抱くのも仕方がなかった。
突入部隊が時の庭園に侵入して数分後。
意識を取り戻したフェイトは、両手に手錠をかけられ、なのはとアルフに寄り添われてアースラのブリッジに連れてこられた。バルディッシュは預けられ、何もできない様に処置が施されている。
だがそうするまでもなく、フェイトに自ら動く気力が残されていないように見える。虚ろな表情で、覇気もなくその場に佇むだけだった。
「お疲れ様。……それからフェイトさん、はじめまして。あなたの事はアースラから監視していました。そのせいか初めてと言う気はしないわね」
「……」
初めて直に顔を合わせ、笑顔で自己紹介するリンディだが、フェイトは俯いたまま何の反応も返さない。
まるで人形にでもなってしまった様に、光をなくした目で床を見つめるばかり。その姿に、リンディも流石に悲痛げに顔を歪め、口を閉ざした。
〔…なのはさん、聞こえますね?〕
〔は、はいっ!〕
〔…
〔…はい〕
フェイトに聞こえないよう、念話でなのはに指示を与えると、少女は慌てて頷き拳を握りしめる。
今はまだ、何もかける言葉が見つからない。非常な苦痛を受けた同じ歳の少女を慰める方法など、リンディにも見つからないのに自分が見出せるはずもない。
「フェイトちゃん……アルフさん、良かったら私の部屋に…」
「…そうだね。行こう、フェイト」
せめて静かな、これ以上の刺激を与えない場所に連れて行くことしかできない情けなさを感じながら、アルフとともにフェイトの手を引く。
だが、フェイトは動かなかった。それまでなんの意志も見せず、突き動かされるままだった彼女が、ここにきて初めて見せる意志に、なのは達は思わず息を呑んでいた。
「フェイトちゃん?」
「フェイト?」
そのすぐ近くでは、不満を態度全体で示した三頭狼の面々が暇そうにたむろしていた。
彼らの見る先にあるモニターでは、庭園内の通路を突破した武装隊が、プレシアのいる玉座の間に到達している光景が映っている。局員が自分の責務を全うする、実に絵になる場面に、ジンガーが思い切り顔をしかめていた。
「ちっ…結局最後の美味しいとこは連中のもんかよ」
「仕方ないわよ。今回は私たちの上司からの命令なんだもの……」
「あーあ、暴れたかったんだがなぁ」
万一の時に備えてと、彼らにとっての最も高いくらいにいる上司の命令で来たはいいが、その万一の事態が起こりそうにないため、非常に力が有り余っている。
他人のやるゲームなど、彼らにとっては最もつまらない娯楽で、やれることがないのならさっさと帰りたいというのが本音だった。
『プレシア・テスタロッサ…時空管理法違反、および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します』
『武装を解除してこちらへ…!』
玉座に腰掛け、微塵も動く様子のないプレシアを取り囲み、油断なく追い詰めようとする武装隊の魔導師達。
しかしデバイスを突きつけられてなお、庭園の主人である魔女に慌てる容姿は一切ない。諦めているわけではない、自信があるようでもない、名状しがたい態度のまま、プレシアはそこに鎮座していた。
異様とも言えるプレシアの様子に、武装隊だけでなくアースラで事態を見守っているリンディ達も、イヤな予感を覚えて黙り込む。
『……これは……⁉︎』
そんな時、それは見つけ出された。
玉座の裏に回っていた武装局員の一人が、隠されていた扉に気づき、一応の確認のために乗り込んでいく。
暗い空間の中心で浮かぶその存在に、プレシアを除いた全員が目を見開き、言葉をなくした。
「……え?」
「なっ……何⁉︎」
そこに見つけた〝顔〟に、声が途切れる。
なのは達のすぐそばで立ち尽くす少女、彼女と寸分違わぬ同じ顔をした少女が、機械の繭の中でたゆたい、眠りについている姿がそこにあった。
「何だよこれ…フェイトとまるで同じ人間じゃないか…‼︎」
まるで怖気を誘う悪夢を見せられているかのような、全身に寒気が走る心地に陥らされ、アルフが困惑しながら叫ぶ。
その隣では、同じ光景を目にし、虚ろな瞳に混乱を混ぜたフェイトが棒立ちになる。すると彼女の脳裏に、記憶の底に追いやっていた、かつての母の声が蘇ってきた。
「……アリ…シア……?」
遠い記憶の奥に残っていた、プレシアが自分に対して向けていた呼び名。
自分ではない誰かに向けていたような、しかしそんなはずはないと否定してきた、何故か寒々しさを感じさせる名前。
フェイトは少女の顔を見た瞬間、彼女こそがそうなのだと確信していた。
『私のアリシアに……近寄らないで!』
呆然と立ち尽くしていた武装局員達が、突如響き渡ったプレシアの声と共に、紫色の雷撃に襲われる。
不気味なほどに動きを見せなかった、大魔導師と呼ばれた彼女が放った雷撃は、容赦無く彼らを命の危機に瀕しさせ、局員達は力なく倒れ伏した。
「いけない! 今すぐに彼らの回収を…!」
リンディの瞬時の判断で、戦闘不能になった局員達が転送されていく。
あっという間に、玉座の間から局員達の姿が消え、プレシアと少女のーーーアリシアの亡骸のみが残される。
鬼のような形相で、少女の亡骸に近づこうとした者達が消えた場所を見つめていたプレシアだったが、しばらくすると急に咳き込み、突如多量に吐血する様を見せた。
『たった9個のジュエルシードでは…アルハザードにたどり着けるかどうかはわからないけど…でも、もういいわ……終わりにする』
母に起こった異常に、息を飲むフェイトの視線の先で、より一層ひどい顔色になったプレシアが気だるげに呟く。
今にも倒れそうなほど疲弊し、最悪の顔色を見せる魔女は、苦痛に勝る悲しみの表情をたたえ、ガラスの繭の中で眠る少女に縋り付いた。
『この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……この子の身代わりの人形を……娘扱いするのも』
小さく溢れたプレシアの言葉に、フェイトの肩が震える。
何か、目にしてはいけない、耳にしてはいけない恐るべきものを突きつけられようとしているようで、無意識に体が震えて止まらなくなる。
これ以上なにも言わないでほしい、そんな微かな願いは、モニター越しに視線を向けてきたプレシアによって、あっけなく砕かれた。
『聞いていて…? あなたのことよ、フェイト…』
プレシアの方にモニターは表示されていない。にも関わらず、まるでこちらの姿が見えているような態度で話しかけてくる魔女に、少女はただ怯えて言葉も出ない。
硬直し、震えるフェイトに寄り添うなのはとアルフが背中を支えるが、それがなければとっくに崩れ落ちていたかもしれない。
『せっかくアリシアの記憶をあげたのに…そっくりなのは見た目だけ…役立たずでちっとも使えない…私のお人形』
オペレーターか、もしくは三頭狼の面々の誰かが、グッと息を飲む声が聞こえる。画面越しにも伝わる悪意、冷たく背筋を凍らすような声が、歴戦の局員達をもたじろがせる。
『最初の事故の時にね…プレシアは実の娘…アリシア・テスタロッサを亡くしてるの。安全管理不足で起きた、魔導炉の暴走事故……アリシアはそれに巻き込まれて……』
なおも理解が追いつかない、凍ったように脳の回転が鈍くなったように、なのは達は立ち尽くす。
母とは名ばかりの、姿は同じでも全く違う化け物を見ているかのように、怯えを抱く少女達。そんな彼女達に、エイミィが自身も苦痛の表情を浮かべ、泣きそうな顔になりながら手に入れた情報を伝える。
『その後のプレシアが行ってた研究は、使い魔とは異なる…使い魔を超えた人造生命の生成、そして死者蘇生の技術』
「…そんな…!」
「それじゃあ、フェイトは…」
ハッと目を見開き、主人に目を向けるアルフ。真っ青な顔で、焦点も合わなくなりつつある彼女だが、目を離すこともできなくなっている。
説明されても信じられず、実際に目の当たりにしてもなお自身の正気を疑うような、そんな光景に呼吸さえ忘れそうになる。アルフとなのはでさえそうなのに、フェイト本人はどれだけの衝撃を受けているのか。
凍りついたように変わらない彼女の表情からは、何も伺う事はできなかった。
『記憶転写型特殊クローン技術〝プロジェクト・フェイト〟。それが彼女が最後に関わった研究コード…つまり…「フェイト」って名前は……』
「当時の彼女の研究につけられた開発コード…」
『よく調べたわね…。そうよ…その通り。だけど…ちっとも上手くいかなかった』
ポツリと呟かれた答えに、プレシアは小馬鹿にしたように笑い、視線を外して吐き捨てるように告げる。
その声を聞いた途端、ビクンとフェイトの体が震え、指先が細かく痙攣を始める。気力を失った今の彼女では、目をそらすことも耳を塞ぐこともできず、胸に突き刺さる事実を淡々と受け止める他にない。
『作りものの命はしょせん作りもの…失ったモノのかわりにはならなかった』
もはや魔女は、操り続けた少女に対する悪意を隠す素振りも見せない。恐怖をもって促すことも、情を利用して動かすこともなく、はっきりと落胆した表情で、自分が望んで生み出したはずの少女を睨みつける。
『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ…アリシアは時々わがままも言ったけど…私の言うことをとてもよく聞いてくれた。アリシアはいつでも私に優しかった…』
「やめて……やめて…、やめてよ…」
隣にいるフェイトを強く抱きしめながら、なのはが悲痛に請い願う。
確かに腕の中にいるはずの、自分が友達になりたいと願った少女。わずかにでも力が籠もれば、ぐしゃりと氷の彫像のように呆気なく砕けてしまうのではないかと思えるほど、儚く傷ついていく彼女の姿に、なのははひたすらに嘆き涙を流す。
だが魔女は躊躇わない。少女の懇願も、壊れていく娘の代わりの人形のことも気にかけず、冷たい氷の言葉で攻め続ける。
『フェイト……あなたは私の娘なんかじゃない、ただの失敗作』
「お願い…もうやめて‼︎」
『だから、あなたはもういらないわ…どこへなりとも消えなさい』
項垂れていたフェイトの目が、ゆっくりと母と読んでいた魔女の方に向けられる。
光をなくした両目は、目の前の全てが夢であって欲しいと願うように、虚ろで何も映さない。ひたすらに現実を否定したくて、母の言葉を求め続ける。
『いいこと教えてあげるわ、フェイト。あなたを作り出してからずっとね…私はあなたがーーー』
すがるように向けられる、その眼差しを振り払うように、プレシアは侮蔑と嫌悪の目を返し、冷めきった声を放つ。
世界で最も大切だったものを奪われ、壊れてしまった魔女がとどめを刺すように、操り続けた人形の少女を地の底に叩き落とす一言を告げるーーーその寸前のことだった。
ーーー
ボッ!と空気が爆ぜるような轟音が響き渡り、金色の閃光が迸った直後、プレシアを移すモニターがノイズで覆い尽くされる。
音を伝えきれず、音声がひび割れごりごりと耳障りな雑音が続く中、鼓膜をつんざく不協和音に顔をしかめたクロノ達は、必死に意識を保とうと歯を食いしばった。
「⁉︎ 何だ!」
突然の事態に、局員達やなのは達は状況を確認しようとモニターに再度注目する。
モニターの向こうでは、同じくいきなり起こった現象に驚愕するプレシアの姿があり、続いて苛立たしげに黒煙に包まれる辺りを見渡しているのが見える。
一切の前触れのない、異様な光景の中で、ゆらりと一つの影が動いた。
『ーーーくだらん話をいつまで続けるつもりだ?』
シャン、と金属音を響かせて、彼女は姿を現す。
状況を見守るすべての者達と、災厄の黒幕である魔女の視線が集まる中で、銀色の鎧を纏った女騎士が、鬱陶しそうに吐き捨てた。