【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
『何やってるのよあの子はぁ⁉︎』
通信から、怒りと困惑をごちゃ混ぜにしたリンディの悲鳴が聞こえてくる。
それに知らんふりをしながら、アインは剣を肩に担ぎ、訝しげに自分を見つめてくるプレシアを見つめ返す。足元にポッカリと広がる、自分で開けた巨大な穴から前へと踏み出し、警戒心をあらわにする魔女に近づいていく。
深く深く地の果てまで続き、遥か先に極彩色の光がかすかに覗くほどに深い、一直線の穴だった。
『て、転移装置使用形跡なし……まさか自力で飛んであそこまで地面をぶち破ったんですか…⁉︎』
『ムチャクチャだ…!』
通信越しに聞こえてくる、アースラメンバーからの呆れと驚愕の入り混じった声に苦笑し、アインは視線を前に戻す。
「あなた……そう、あなたが……」
突如轟音と共に現れた女騎士を前にし、魔女は訝しげな表情のまま、台詞の邪魔をされたことからか、不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。
「会いたかったぞ、プレシア・テスタロッサ……趣味の悪い人形劇の操者よ」
「そう言うあなたは…アイン・K・アルデブラントね。名前は何度か聞いてたわ…そして、何度か見ていたわ」
名をフルネームで呼ばれ、アインは意外そうに片眉をあげてプレシアを見つめる。
何十年も表の世界から遠ざかっていた魔女が、比較的最近まで、次元世界のあちこちに派遣されていた騎士について知っていたのが、少しばかり意外だったのだ。
「人形が随分と懐いていたようね。話だけは聞いていたわよ」
「ほう? 私は人形と戯れるような幼稚な趣味は持ち合わせてはいないが……人違いじゃないか?」
「なら勝手にじゃれていたのかしらね。それとも、新しいご主人様でも欲しかったのかしら? もしそうなら悪いことをしたわね」
「さぁな。だが確かに私は、他人に自分の存在を委ねるばかりで立ち上がるつもりのない人形など、微塵も興味はないな」
アインのこぼした呟きに、音声を聞いていたフェイトがびくりと肩を震わせ、アルフが毛を逆立てる。
最初の衝突の時から、好意的に干渉してきて胡散臭さを覚え、不思議に思う事は多々あった。しかし、今の彼女から感じられるのは激しい落胆、以前の馴れ馴れしさが嘘のように感じるほどの冷たさがあった。
「自らの生を自らで切り開く意志もなく、身を預けることしかできないなど……そんなものはただの依存だ」
「あら、随分冷たいじゃない。それなりに遊んでやっていたものだと思ったけど?」
「それは、あの時は多少興味があったからな。あれだけの理不尽に襲われながら歩みを止めない、何があいつをそこまで駆り立てるのか。何があいつを突き動かすのか」
ハァ、と深いため息をつき、アインは肩をすくめる。
その脳裏に浮かぶのは、最初に出会った海鳴での夜の出来事。倒せぬ相手を前にしてなお、退くことを選ばなかった強い眼差し。何かを心に決め、果たすことを強く望む固い意志が、彼女の目に感じられた。
それがあったからこそ、アインは捕らえることを選ばず、見守ることを選んだ。
だが、実際にはそうはならなかった。
「…その原動力がただの依存だと知って、失望したがな」
「そう、それは残念ね」
「ああ。己の意志で世界を敵に回したのかと思ったのだが……期待外れだった。大した剣を備えているのかと思えば、あったのは
虚空を見上げ、またため息をつくアイン。
プレシアはそんな彼女につまらなそうな、しかし確実に自分の道の障害になるであろう女騎士を、鋭く睨み続ける。
「それで? そんな物騒な格好をしてここに来た理由は何? まさかただ世間話をしに来たわけじゃないでしょう?」
「無論だ」
ギン、とアインの目がより一層の鋭さを有する。
ブレイラウザーの切っ先とほぼ同じだけ、静かな怒りの込められた殺気が、鋭い刃となって迸る。感情がそのまま、剣の切れ味に直結しているようだ。
「お前は何かと気に入らない。せっかくの私の休暇を潰しただけでは飽き足らず、お気に入りの喫茶店がある世界もろとも滅ぼそうとしているのだからな。腹が立つのは当然だろう」
「あぁ……なんだそういうこと」
「一度嫌い始めると際限がなくてな……この手で一度叩き潰さねば気が済まん。ここまで苛立つのは実に久しぶりだ」
ビキビキと、アインのこめかみに血管が浮き上がる。アースラの通信から、小さな誰かの悲鳴が聞こえてくるが、それも気にならないほどにアインの感情は荒ぶっている。
一方でプレシアは、面倒臭そうにため息をこぼす。わざわざ聞いてやったことが、時間の無駄だったとでも言うように。
「知ったことではないわね。私にとって大切なのはアリシアだけ……他のことなんて」
心底どうでも良さそうに吐き捨て、視線を逸らしたプレシアが、この無駄な時間をさっさと終わらせようと、杖を握る手に力を込める。
しかしその時、ふとプレシアは目を見開き、ニヤリと意味深な笑みを浮かべ、アインに視線を戻した。
「ああ、最初はよっぽど子供好きのお人好しなのかと思ったけど…もしかしてそういうことなの?」
「ん…?」
「ずいぶん歪んだ癖をお持ちなのねってこと」
意味がわからないと首を傾げるアインに、プレシアは嘲笑を浮かべて鼻を鳴らす。
魔女が見つめるのは、アインの騎士甲冑の端から覗く包帯の切れ端。数日前に遭遇した巨人と、血で血を洗う激戦を繰り広げたことを示す、僅かに残った跡だ。
「だってそうじゃない…偽善であんなに命をかけるなんでできるわけがない……あの子に対して、個人的な感情があるってことでしょう?」
下世話な口調と眼差しで、プレシアは馬鹿にした笑みを口元に浮かべる。
ようやくそこで意味を理解し、アインの表情が不満げに歪められる。プレシアは構わず、図星だったかとますます嘲笑の笑みを見せ、見下した視線を女騎士に向ける。
「別にいいわよ…あなたにあげる。私にはもうあの子は不要だし、好きにすればいいわ…どう使ってもらっても構わないーーー」
「ちょっと待て…」
続けようとしたプレシアを、アインが眉間に深いしわを寄せて止める。
不満を顔中で表した彼女の表情は、不本意だという言葉がありありと示されていた。
「…お前の勘違いをいくつか指摘させてもらおうか」
「勘違い…?」
「私は別に子供が好きなわけではない……というか、むしろ苦手だ。なぜか皆、私が面倒見のいいお人好しに見えるようだがな…」
『え…?』
困ったように肩をすくめ、苛立ちも芽生えたのかぼりぼりと頭をかくアインに、プレシアは訝しげに眉を寄せる。
だが、彼女以上に戸惑いを覚えたのは、アースラでフェイトに寄り添っていたなのはだった。
自分に魔法戦闘の稽古をつけてくれたことや、ジュエルシードの暴走の際にフェイトを身を呈して守ったこと、巨神を自らがボロボロになりながらも退け、守りきったことが思い出され、矛盾に首を傾げる。
どうしてあれだけのことができるのに、なのは達のような子供が苦手だと嘯くことができるのかと。
「ああいう邪気のない…純粋な心の持ち主達を見ていると、自分がどうしようもなく穢れた存在であることを見せつけられるようで苦しくなる……だからなるべく、彼らと関わることのない場所を求めていた」
遠い目で、アインはため息混じりにそう告げる。
管理局、そして大人の世界におけるどうしようもない薄汚さ、腹黒さが、穢れを知らない少年少女達を見ていると、一層強く感じられてしまう。
そして、そんな世界で孤独に生きているうちに、同じ色に染まっている自身と比較して、激しい自己嫌悪に苛まれていた。
「だが、傷ついた子をみるともう自分ではどうしようもなくてな……胸が痛くて痛くて張り裂けそうなのに、動かざるを得なくなる」
「傲慢な話ね…いやだけど助けずにはいられないから、あの子も助けたいってこと?」
「残念だがそれも違う…」
呆れたような、見下したような目を向けて吐き捨てるプレシアに、アインはまたも首を振る。
アインは、自身を正義の味方などとは認識していない。ただ破壊をもたらすだけの化け物が、人を救うことなどできるはずもないのだと割り切り、ひたすらに戦い続ける。
その理由は、過去の自分の姿がいまでも目の前にちらつき続けているからだ。
「ああいう子を見ていると…昔の自分を思い出してな。理不尽な目に遭っても、それを自分じゃどうにもできなくて苦しむばかりの子は特に……だからな」
スッ、とアインの目が突然据わる。世間話に興じる只人から、獲物を前にした狩人、いや肉食獣のような視線に変わり、まっすぐにプレシアを射抜く。
肌に突き刺さるような殺気を受けた魔女は、途端に嘲りの表情を引っ込め、女騎士と同等の重さの威圧で迎え撃った。
「お前のように、子供に理不尽を強いる大人を見ていると……無性に腹が立つんだよ」
低い、感情の全てが死に絶えたかのような声でアインは告げると、おもむろに腰に巻いたバックルを取り外す。
青いスクリーンが展開され、主人を病院着姿に戻して消え去ると、アインは首にかけたスペード型のペンダントをーーーバイクであり相棒である、ブルースペイダーを引きちぎる。そして小さな声で、祝詞を唱えた。
「…この手に宿すは鋭き誓い。例えこの身傷付きさらばえようとも、揺るがぬ意志にて敵を討て。我こそ一刃無双の剣聖なりーーーブルースペイダー、セットアップ」
【Set up, Ready.】
祝詞が終わった瞬間、アインの全身を眩い青の光が包む。
豊満ながら引き締まった肢体を強調するような、胸元や脇、腿があらわになった群青色のボディスーツを纏い、手足と胸、腰にスペードを模した銀色の甲冑が張り付く。
肩からは純白のマントが、腰からはスリットの入ったスカートが生え、アインが力強く一歩を踏み出すと、それに合わせて雄々しくはためく。
風もない中で揺れる髪は独りでに三つ編みにされ、剣の形をしたティアラが前頭部を飾る。
時間にして一秒もかからない間に、アインはこれまでとは印象の異なる、女性らしい騎士の格好へと変貌した。
「ここからは…プライベートな時間だ」
ブン、と振るわれたアインの手のひらの中に、青い光とともに無数のパーツが集まっていく。
スペード型の宝石を柄部分に、分厚く長い片刃を備えた、バイク形態の面影を持った剣。無数の小さな傷跡を刻んだ、本来の姿に戻ったブルースペイダーが、鈍い輝きを持って魔女に突きつけられる。
「今から私は…管理局員としてではない、ただのアインとして……お前を叩き斬る」
「…大きく出たわね。一介の騎士風情が私に勝てるとでも?」
「お前こそ…一介の魔導師風情が私に勝てると思っているのか?」
バリィッ、と紫電を走らせるプレシアに対し、アインも青雷を剣からほとばしらせて不敵な笑みを見せる。
余波であたりに散らばっていた瓦礫の破片が一掃され、二人の周囲から全ての障害物が消え去る。見ているだけで、威圧が胃に突き刺さるような、とんでもない緊張感が走っている。
しかし、アインが次に発した一言は、その緊張をさらに張り詰めさせた。
「娘のためという免罪符を盾に、ここまで好き勝手暴れる女は見ていて実にイライラする」
「……何ですって?」
「お前はそういう女だ。自らの欲望のために、娘すら言い訳に使うエゴの塊だ」
呆れるように告げられたアインの一言に、プレシアの目から光が消える。
硬直し、異様な気迫を放ち始めた魔女を前に、女騎士は一切ひるむ様子を見せず、フッと鼻で笑い、小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべた。
「娘の望みなどお前には関係ない、何を犠牲にしようと気にしない。娘と同じ顔の人形を使い潰そうとも、良心が痛むことなどあり得ない。大した母親だな」
ひくり、と一度だけ痙攣する魔女の頬を目にしながら、女騎士は口を閉ざさない。言おう言おうと思っていた本音の全てを、ここぞとばかりにぶちまけていく。
流石の魔女も、徐々に身に纏う雰囲気を一層刺々しいものに変え、アインを鋭く見つめ始めた。
「……黙って聞いていれば、随分好き勝手言ってくれるじゃない」
「図星を指されて起こったか? 器が知れるぞ、大魔導士殿」
ぶちり、と。
何かが切れる音が、その会話を聞いていた者達全員の耳に届く。
アインはそれを聞くと、満足げに鼻を鳴らし、浮かべた笑みをさらに深くしていった。
「…そう、あなたも邪魔をするのね」
魔女の表情が無に変わり、ざわざわと風もないのに長い黒髪が揺れ動く。光をなくした、黒々とした虚ろのような目が、目の前に立ちはだかる女騎士に向けられる。
すでにプレシアは、アインをただの人間としては見ていない。体の異常性ではなく、己の手で踏み潰さなければならない、自分たちの幸福を奪おうとする害虫として、全力で消し飛ばすつもりになっていた。
「いいわ……望み通り消し炭にしてあげる……‼︎ せいぜい泣いて嘆きながら醜く墜ちなさい‼︎」
「やってみろ…老害が!」
鋭く一喝したアインが、閃光をまとったブルースペイダーを振りかざして突進を繰り出す。
プレシアの抱えた杖も強烈な紫電を走らせ、凄まじい形相になった美女二人が、ズシンッと轟音と衝撃波を撒き散らせて激突した。
「おおおおおおおお‼︎」
「ああああああああ‼︎」
『アインさん!』
なのはの呼ぶ声もかき消されるほどに、女騎士と魔女は互いの目しか見ず、情け容赦のない全力全霊の一撃を、叩き込みあった。
「あの子は…! 本気で何をやっているのよ⁉︎」
轟音と閃光が迸ったと思った直後、ブツリと途切れた通信。
モニターからもスピーカーからも、伝わって来るのは雑音だけで、何が起きているのか全くわからなくなる。
しかしリンディには、断線の原因はあの女騎士達のせいで、今現在、それぞれの意地を徹すための、激しい戦いが始まっていることを悟っていた。
「勝手にブルースペイダーの限定解除するわ、勝手に首謀者と戦闘を始めるわ、派手にやるわ……誤魔化しきれるわけないじゃないこんなの!」
「か、母さん……」
ヒステリックに叫ぶ今の彼女に、提督らしい威厳は微塵も残っていない。山積みになっていく今後の残業と処分に頭を抱え、ひたすらに嘆きの声をあげまくる。
冷静沈着を常に求められ、そして本人もそれに準ずることを望んでいる、母であり上司が見せる醜態に、クロノやアースラクルー達は苦虫を噛み潰したような表情で目をそらす。今のリンディを見続けるのは、あまりにも心苦しすぎた。
『…あいつらしいな』
『ですね』
そんな惨状をよそに、サクソがふっと呆れたように鼻を鳴らし、口元に笑みを浮かべる。ムーヴも同じく、苦笑を浮かべて頭をかく!
きっと自分も元上司として、この一件が終わった後で厳しい責任の追及が待っているだろう。だが、それが全く気にならないほどに、彼らの中には安堵の気持ちが強くなっていた。
『むしろあれくらい派手にやってくれた方が、こっちも四の五の考えずに行動できるというものだ』
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
ニヤニヤと笑い続けるサクソに、インシグニアが思わず苦言を口にしかける。が、前回の出動のことを思い出したのか、すぐに呆れた様子で引き下がり、額に手を当てて天井を仰ぐ。
ひとしきり喚き終え、両目を手で覆って嘆く様を晒していたリンディは、新たに入った通信に我に返り、無理矢理顔を引き締める。
『負傷した局員の回収、終了しました』
「…わかったわ…」
今すぐに時の庭園との通信を復活させて、色々と物申したい気持ちでいっぱいだったが、それは後回しにしようとリンディは気合いを入れ直す。
やり方や順序はどうあれ、あの女騎士は事件の首謀者のもとに挑み、足止めを買って出てくれている。彼女なりに職務に忠実に動いているのだから、意味などなくて求める必要などない。
「あとで覚えてなさいよ、バカアイン……!」
何か一言二言、いや気の済むまで罵ってやらなければ。
そんな覚悟を決め、女騎士が無事に戻って来ることを無意識に確信しながら、リンディが部下達に指示を飛ばそうとした時だった。
エイミィ達オペレーター側から、大きなどよめきの声が上がったのだ。
『ちょ…大変、見て下さい!』
「何事? エイミィ?」
『時の庭園屋敷内に魔力反応多数!』
『なんだ…何が起こってる…?』
俄かに騒然となるオペレーターと一般局員達。
嫌な予感を覚えたリンディは、すぐさま自身のもとに計器のモニターを呼び出し、表示されている数値を確認する。
すると、一瞬で彼女の表情は、凍りついたように強張った。
「…これは⁉︎」
時の庭園の全域、その中に存在する魔力反応を視覚化した画像。
それが、突如現れた無数の反応によって、真っ赤に塗りつぶされていたのだ。揃えたように同規模の力を示す赤い光、それでいて蟲のごとく群れたその様に、アースラにいたクルー達は一気に緊張感を走らせていった。
『…魔力反応…いずれもAクラス!』
『総数60…80…まだ増えます!』
「プレシア・テスタロッサ……いったい何をするつもり…?」
騒然となるアースラ艦内、ブリッジにてその様子を見下ろすリンディ。
彼女はノイズに阻まれ、一切の情報を得ることがないモニターを睨みつけ、険しい形相でそう呟く他にできずにいた。