【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「おおおおおおお‼︎」
獣の様な雄叫びをあげ、アインがブルースペイダーを振るう。
無数の細かい傷を刻み、それでもなお鋭さを衰えさせていない剣は、唸りを上げて雷刃を撃ち放つ。それを迎え撃つプレシアの雷撃は、激しい衝撃を放って相殺する。
「でやあああ!」
「はぁっ!」
女騎士と魔女は息つく間もなく、次なる一撃をまるで示し合わせたかの様に同時に放ち、轟音と衝撃波を撒き散らす。
杖にビリビリと伝わってくる振動に、プレシアの表情が歪む。力を抜いたわけではない、しかしそれでも押しきれなかった雷刃の凄まじさに、彼女の頬を一筋の冷や汗が伝っていた。
「くっ…ただの魔力変換でこの威力……⁉︎ ふざけてるわ…!」
「お褒めに預かり光栄だ!」
大魔導師としての矜持か、皮肉をこぼして憎らしげに歯を食いしばるプレシア。
それにアインは不敵な笑みを返し、バリバリと蒼雷をまとった刃を振りかざし、天高く跳躍する。
とっさにプレシアが張った障壁に、アインは鋭い一撃を叩き込み、雷の牙を食い込ませる。ビキリ、と大気が軋みをあげ、火花を散らす盾と牙を挟んで女騎士と魔女が睨み合う。
「ちぃっ…」
バチィッ、とアインの刃が弾かれ、舌打ちをこぼした彼女が後方に降り立つ。
再び剣を構え、プレシアに突撃する時期を見計らっていたアインは、不意にどこから聞こえてくる轟音と地響きに気づき、鬱陶しそうに顔を歪めた。
「…何か始めたな。それも恐ろしくどうしようもないことを」
アインのつぶやきに、プレシアはニヤリと、してやったりといった笑みを見せる。息は上がり、顔色も最悪だが、地震の邪魔をする女騎士の不快げな顔を見られたことで、多少胸がすいたようだ。
アインは忌々しげに眉間に歯を食いしばり、続いて訝しげに眉間にしわを寄せる。あまりに余裕を保ち続けているプレシアの態度が、不審だったのだ。
「しかし妙だな……私は一応、お前を止めているつもりだったんだが、いつの間に動かした? 隙など与えた覚えはないが」
「…フフ、そうね。正直あなたの相手をするだけで手一杯よ。さすが最強なんて言われるだけあるわね」
互いの得物を突きつけ合い、睨み合う両者。放たれる殺気はほぼ同じ濃さで、魔女にも女騎士にも手を抜いている様子はない。
しかし今、どこからともなく聞こえてくる稼働音が、魔女が計画を実行に移していることそを示している。そんな素振りは、一切見せなかったというのに、だ。
「だれかが邪魔をしにくるのはわかっていたもの……はじめから時限式で発動するようにしていたの。何かあってもね…」
「…大した覚悟だ」
小馬鹿にしたような笑みを見せるプレシアに、アインは呆れ半分、感心半分でため息をつく。
実力者にそれだけの警戒をされたなら、剣士としての誉とも言えるだろうが、状況を鑑みると喜ぶ暇はない。ただでさえギリギリの状態なのに、事態の解決が遠のいていくようだ。
「そうまでして何を望む。自分自身までも壊して、何を得ようとしている」
「こんな身体…どうなろうと構わないわ。それに得るんじゃない……取り戻すのよ…!」
吐き捨てるように、プレシアは自身の胸を掴んできつく握りしめる。豊かな膨らみに爪が立てられ、血が滲んでも構うことなく、自身の怒りと無念をぶつけるように己が身を苛む。
狂気に彩られた表情で、その目の奥にあるのは凄まじい執着の光。暗い絶望の中で見出した希望にすがる、狂人の目だった。
「私達は旅立つの…永遠の都アルハザードへ」
バリッ、と紫電が走り、無数の雷の矢となってアインに降り注ぐ。一発一発が強烈な、一発で市に至るほどの威力を有したそれが、四方八方から女騎士を狙う。
それをアインは、蒼雷を纏わせた剣で弾き、四散させる。そして剣を振りかざし、再びプレシアの元へと走り出した。
「本当にあんなおとぎ話を間に受けているのか! 滑稽だな大魔導師! 実在も疑われる都をお探しとは、職をコメディアンに改めたらどうだ! 売れはせんだろうがな!」
「なんとでも言うがいいわ…もう私に……私達に残されているのはこの道だけ! 誰に何を言われたって気にならないわ!」
頭上から雨のように降る雷を、縦横無尽に駆け抜けながらかわし続けるアイン。肌を擦り、焦げ付くのも構わず、まっすぐに魔女に向かっていく。
捉えきれない俊足を見せる彼女を忌々しげに睨み、魔女は杖を掲げ、無数の雷の雨を降らせ続けた。
「この力で旅立って…取り戻すのよ、すべてを! その邪魔をしないで‼︎」
「生憎だが……こっちも譲る気はさらさらない!」
一度生み出され、一箇所にまとまって降ってくる雷の槍を、渾身の力で弾いてアインは突き進む。
急所以外に突き刺さる紫電を完全に無視し、魔女のみを狙って走るアインが、獣のような雄叫びとともに刃を振り抜いた。
「この身が止まる最後まで…付き合ってもらうぞ!」
爆発のように響き渡る雷鳴と、駆け抜ける衝撃。
玉座の魔を半壊させるほどのその激突は、その後も絶え間無く二度三度と繰り返された。
凄まじい空間の揺れにより、次元航行船アースラの全体が軋みをあげる。巨大なうねりの中に飲み込まれようとしているかのように、大きくその船体が揺らぐ。
「次元震です……中規模以上!」
「震動防御! ディストーションシールドを展開!」
リンディの指示で、すぐさまアースラを移動させるために局員達が動き出す。オペレーターも技師達も、皆一丸となって事態を乗り切ろうとする。
しかしそれをあざ笑うかのように、アースラを包む空間は不穏な唸りを響かせ、うねりを強めていく。けたたましく鳴り響く警報音が、事態の深刻さをこれでもかと表していた。
「ジュエルシード9個発動…次元震、さらに強くなります‼︎」
「波動係数拡大…このままだと次元断層が…!」
「転送可能距離を保ったまま影響の薄い空域に移動を!」
「了解!」
局員たち全員の顔に焦燥が浮かび、冷や汗が頬を伝う。わずかにでも行動を誤れば、途端に命が危機にさらされる異常な状況、冷静なままでいられる者など一人もいない。
そんな中、管制室を離れたクロノは、憤然とした態度で通路を走り、懐から自分のデバイスを取り出し、バリアジャケットを纏った。
「どいつもこいつも馬鹿なことを……! ゲートを開いてくれ、エイミィ!」
『りょーかい!』
船の安全確保は、リンディに任せればそれでいい。経験を超える最悪の事態とはいえ、幾度も事件を解決してきた歴戦の猛者たちが乗る船ゆえ、ちょっとやそっとで落ちるほどやわではないと信用できる。
しかしその時、クロノは転送装置に急ぎながら、魔女が口にした単語に眉間にしわを寄せていた。
(忘却の都アルハザード……禁断の秘術が眠る土地。その秘術で亡くした命を呼び戻そうとでも……?)
死者さえ蘇らせる技術があったという、今は亡き超古代文明の都市。
実在さえ疑われるような、人間の想像しうる奇跡の数々を現実のものとしてきたというその都の技術ならば、確かに魔女の願いは叶うかもしれない。
しかし今の世は、誰もそんな都を信じない。同じく、大切な人を亡くした経験を持つクロノにとっては、プレシアの行動はただの現実逃避にしか映らなかった。
『次元震、震度徐々に増加中! この速度で震度が増加していくと、次元断層の発生予測値まではあと30分足らずです…!』
通信からは、オペレーター達の切羽詰まった声が響いてくる。それを聞くまでもなく、アースラ中に響く軋みが、あたりに襲いかかる力の凄まじさをこれでもかと伝えている。
リンディの咄嗟の指示がなければ、きっとこの船は時空の乱れに巻き込まれ、航行不能になっていてもおかしくはない。
険しい表情で駆けるクロノ、彼の耳に、オペレーター達がさらに息を呑む声が届いた。
『庭園の駆動炉が異常稼働…駆動炉を暴走させて足りない出力を補おうとしてる…⁉︎』
『あの駆動炉もジュエルシードと同系のロストロギアのはず…』
伝えられる情報に、わずかに目を見開いたクロノはすぐさま顔を引き締める。一度凄まじい災害を引き起こした古の負の遺物が、同時に二つ以上発動していると聞けば、誰であっても焦らずにはいられない。
同じようにリンディも、唇を噛み締めながら小さなつぶやきをこぼしていた。
『…はじめから片道の予定なのね…』
「…エイミィ、急いでくれ」
『わかってるよぉ!』
転移装置を起動させているエイミィを急かし、クロノはさらに速度を上げる。ゲートまでの距離がもどかしく、もっと速く走れないのかと自身に対しても苛立ちが募る。
だがその足が、不意に停止する。フェイトとともにブリッジにいたはずのなのはとユーノが、通路の途中でクロノを待っていたのだ。
「クロノ君…どこへ?」
「現地に向かう……元凶を叩く! あの人ばかりに任せてられない…!」
「わたしも行く…」
「ボクも…!」
固い決意と、その奥に隠れて煌々と燃える怒りの感情に気づき、クロノは一瞬悩むも、やがて頷きを返す。
今はもう、現場に出たての素人だの民間協力者の立場だのを気にしている場合ではない。武装局員が軒並み倒れた今、戦える者は一人でも多く確保していかねば、事態の解決は望めなくなる。
そして肯定を受け取ったなのはが走り出そうとした時、後ろに立っていたアルフに視線が向けられた。
「アルフは…フェイトについててあげて」
「あ……うん…」
自分も共に戦うつもりになっていたアルフは、なのはの願いにハッと我に返り、あげていた両拳を下げる。
今すぐにあの魔女を殴り飛ばしてやりたくて仕方がなかった使い魔だったが、心身ともに大きな傷を負った主人を放っておけるはずもない。猛っていたアルフは、途端に大人しくなっていた。
『クロノ…なのはさん、ユーノくん。追って私も現地に出ます。あなた達はプレシア・テスタロッサの逮捕を!』
「了解!」
「ちょっと待てよ!」
リンディも少女たちの同行を認め、より一層のやる気を漲らせるなのは達だったが、そこに割り込む一人の男の声があった。
「俺たちをほったらかしにすんじゃねぇよ…!」
「君たち…!」
振り向いた先に立っていたのは、Aの意匠の甲冑と武器を手にした
苛立った様子で、完全武装となっている彼らに、クロノは鋭い視線を向け、低い声で問いかけた。
「…ノア提督からの許しは出たのか?」
「指示を待つまでもねぇ! こんなデカいヤマ……てめぇらだけに任せるわけねぇだろ!」
「あのババアには私たちもイライラさせられてるからね…ここらで派手に暴れて、鬱憤を晴らしておきたいのよ」
憤然と鼻息を荒くし、ジンガーが答えると、ナディアも同じく苛立った様子で告げる。
一度上司から止められたことで、中途半端に熱がこもって仕方がないのだろう。比較的冷静なはずのインシグニアでさえ、これ以上時間をとらせるなと言わんばかりの表情をしていて、やる気が目に見えるようであった。
思わずクロノは、フッと笑みを浮かべる。何かと衝突してきた彼らと、こんな形で意見が合うことになるとは、思いもよらなかった。
「ならいい…いくぞ」
「待て、お前達」
もはや何も言うまいと、先に進もうとしたクロノが、またしても呼び止められて、鬱陶しそうに顔が歪む。
代わりにインシグニア達が驚きの顔を見せ、早足で追いかけてくる二人の男達ーーー彼らの上官のサクソとムーヴに振り向いた。
「! 隊長…」
「俺の指示もなく勝手に行くな…」
「けど!」
「ここで出ないでいつ行くってんだよ!」
鋭い眼差しを向け、制止してくるサクソに、ジンガーとナディアはたまらず上下関係も忘れて噛み付く。
インシグニアはそんな二人の前にずいっと進み出ると、ギロリと遠慮のない殺気をぶつける。上司であろうとも、邪魔をするなら容赦はしないと、そう視線は告げていた。
「止められても行きますよ…流石の僕も我慢の限界ですからね。あの魔女には一発きついのを叩き込まないと、こちらの気が……」
「落ち着いてください。勝手に行くなと隊長は言っているんです」
いまにも噛み付いてきそうな気迫を見せるインシグニアに、ムーヴが半ば呆れた調子で制止をかける。
訝しげに口を閉ざし、どういうことかと目線で問いかける三人に、ムーヴは眼鏡を指で押し上げ、背筋を正しながら改めて口を開く。
「……『本事件の元凶を直ちに討伐せよ』と、提督からの命令です」
「…! そうですか…!」
「じゃあ、遠慮なく暴れに行けるな!」
「ええ…!」
望んだ許しが上からもたらされたと、インシグニアは静かに笑みを浮かべ、ジンガーとナディアはぐっと拳を掲げて喜びをあらわにする。
思いっきり暴れられ、自分の苛立ちを解消できる機会を得られたことを何よりも喜ぶ三人を見つめるサクソだが、その表情は複雑そうに歪められていた。
「……まさかとは思うが、この状況を見越していたわけではあるまいな」
「果たして…どうなんでしょうね。まぁ、その辺はおいおい考えることとしましょう」
「ああ…そうだな。まずはこの一件を片付けに行こう」
もし本当に、この状況になることを読んでいたのだとしたら、それはそれであまりにも不気味で、サクソもムーヴも思わず疑いの気持ちを抱いてしまう。
しかし、今は身内に対する疑惑を明らかにする場ではない。怪しさを抱えた上官について調べるのは、この一件を全て片付けた後でもきっと遅くはないはずだと、サクソは部下達に向き直る。
三人とも、好戦的な笑みを浮かべてウズウズとしており、サクソは思わず、小さな笑みを浮かべていた。
「
「了解!」
「やってやらぁ!」
ビシッと敬礼を見せ、インシグニア達がゲートに向かって走り出す。
止められることもなくなり、存分に力を振るって良いと許可が降った彼らはもはや、鎖から解き放たれた猛犬も同じ。
ブンブンと得物を振り回し、ゲートの方になだれ込んでいくインシグニア達を見やり、なのはとユーノは思わず笑みをこぼす。
「行こう」
「うん!」
やる気を漲らせる二人は、先に向かった6人に、そしてすでに戦場にいる師に置いていかれまいと、駆け出していった。
アースラ内で再び発動した転移術式に、ブリッジで仁王立ちするリンディは、ふっと息をつく。
元凶を叩くのは、自分の息子と少女達、そして陸上部隊の精鋭達に任せておけば問題はないだろう。自分が相対すべきなのは、今もなお広がりつつある、次元を破壊しかねない最悪の災害である。
「私も出るわ……庭園内でディストーションシールドを展開して次元震の進行を抑えます。みなさん、よろしくお願いしますね」
「はいっ!」
部下達が力強く答えると、リンディはキッと鋭い視線をメインモニターに向ける。
じっと厳しい表情で佇んでいた彼女は、しばらくすると恨みがましげな目を虚空に向け、低く唸るようなつぶやきをこぼした。
「…あとで覚えてなさいよ、アイン」
それに答える者は、この場に誰もおらず。
何となく虚しさを覚えたリンディは、部下達に聞こえないように小さくため息をこぼすのだった。