【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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6.母の本音

 次元の狭間に浮遊する魔女の住い、時の庭園。

 小島ほども大きく、広大な空間を有するその場所に突入したなのは達は、目の前に仁王立ちする無数の存在に目を見開く。

 赤く目を光らせ、金属音を響かせるそれらは、刺々しい鎧に身を包んだ機械の傀儡兵。全てが全く同じ形状の、そして強いエネルギーを秘めた無数のそれらが、侵入者であるなのは達の元に次々に迫っていく。

 

「い…いっぱいいるね…?」

「まだ入り口だ……中にはもっといるさ」

 

 思わず冷や汗を垂らすなのはやユーノに対し、クロノや三頭狼の面々、サクソとムーヴはさして驚いた様子を見せない。

 エイミィの観測からすでに情報を得て、そして多少の修羅場を前にしたところでそうそう慌てない胆力から、傀儡兵の軍団を単なる障害物として見据えていた。

 

「クロノ君…この子達って…」

「近くの相手を攻撃するだけのただの機械だよ」

「そっか……なら安心した」

 

 ほっと胸をなでおろし、なのははレイジングハートを構える。

 もしも、アルフのような人工の生き物であったり、レイジングハートやバルディッシュのように意思を持つ存在だったならば、なのはは彼らを一方的に敵と認識できなかったに違いない。

 フェイトを無惨に捨てた魔女を見た後では余計に、彼女に操られる存在達を憐れんでしまっていただろう。

 

「なら遠慮なく…」

「この程度の相手に…無駄弾は必要ないよ」

【Stinger snipe.】

【FIRE, BULLET. BURNING SHOT】

 

 意気揚々と、進路を塞ぐ無数の傀儡兵を一掃してやろうと、愛機を手に前に出ようとするなのはを、クロノとサクソが平然と止める。

 彼女の代わりに前に出た執務官は、自身のデバイスに命じ、周囲にいくつもの青い魔力の刃を生み出し、配置していく。その隣でサクソが、自身の持つ銃の銃口に赤い炎を纏わせ始めた。

 

「グオオオオ‼︎」

 

 自身らに向けられる魔力の刃を、危険な敵対存在の攻撃と認識し、無数の兵達が動き出す。

 迫り来る鋼鉄の波を前にしながら、クロノはデバイスを槍のように構え、突きを放ち魔法を発動させた。

 

「スナイプ……ショット!」

 

 クロノの声に応じ、配置された数本の青い刃が撃ち放たれる。自らの意思を持つように飛び出したそれらは、不規則な軌跡を描いて傀儡兵達に食らいつき、その身を貫いていく。

 瞬く間にその場にいた傀儡兵達は、動力源らしき中心の球体を貫かれ、行動不能に陥っていく。その後、サクソの放った炎の弾丸が炸裂し、耳障りな金属音のみを残し、機械の兵士達が残骸の山を作り上げていった。

 

「さすが!」

「すごい…!」

 

 クロノ達の見せた見事な技術に、なのはとユーノが思わず簡単の声を上げてはしゃぐ。

 なのはやフェイトの高火力を羨んでいた彼だが、それを補って余りある精密な魔力操作能力に、少年少女達は目を奪われる。なのはのように、経験の浅い者では早々真似できない技に、三頭狼の面々からも口笛が上がった。

 

「ヒュー……俺たちも負けてられねぇな!」

【MIGHTY】

「そういうことね!」

【MIGHTY】

 

 攻撃を放った彼らを待つことなく、すぐさま新たな傀儡兵が集まり、攻め込んでくる姿が見える。

 クロノに代わって獰猛な獣の笑みを浮かべるジンガーに続き、ナディアも意気揚々とカードを抜き出し、自身らの得物に読み込ませていく。機械音声が鳴り響き、槍の穂先と矢の先端に緑と赤の光が灯る。

 

「おらああああ‼︎」

「はぁっ!」

 

 強力な重力の力を宿した槍と矢が構えられ、ひとかたまりになって向かってくる鋼鉄の傀儡達に、その一撃が振るわれる。

 ジンガーの槍が傀儡兵の頭を叩き潰し、残った体を砲弾のように弾き飛ばし。ナディアの放つ矢が数体の傀儡兵の核を正確に撃ち抜き、無数の敵に爆煙を噴き上げさせた。

 

「派手ですねぇ…僕もやりますけどね」

【MIGHTY】

「後輩に負けて要られませんからね」

【BLLIZZARD, POISON, RUSH. BLLIZZARD VENOM】

 

 仲間が見せる雄々しい姿に苦笑をこぼし、インシグニアとムーヴも得物を構える。

 迫り来る傀儡の軍に向けてインシグニアが切っ先を構え、渾身の力で刃を振り抜き、鋭く思い斬撃を放つ。宙を舞った斬撃は、瞬く間に鋼鉄の体を真っ二つに両断し、通路に残骸の山を築き上げていく。

 一瞬にして、クロノとそう変わりのない数の敵が撃破され、なのはとユーノは呆けた顔で立ち尽くした。

 

「す、すごい……」

「ぼーっとしてないで…行くよ!」

「あ……うん!」

 

 ようやく静かになった通路で、クロノが先陣を切ってなのは達を促す。まだ何も終わっていないのに、気を抜いていたなのは達は、思わず呻きながらその後を追う。

 傀儡の残顔が散らばって歩きづらい中を小走りで進み、最奥を目指す彼らは、やがて周囲に奇妙な〝穴〟が空いている空間へと足を踏み入れた。

 

「この穴は…?」

「あまり近づかないで…踏み外すと死ぬより恐ろしい目にあいますよ」

 

 覗き込むと、マーブル模様の壁とも言えない妙な景色が見えるその空間を見下ろし、なのはが問うと、インシグニアが彼女の肩を引く。

 険しい表情のインシグニアに同意するように、クロノやユーノが強張った表情を見せた。

 

「ユーノは知ってるな?」

「虚数空間……魔法が発動できない空間だ。飛行魔法も発動しない、落ちたら重力の底まで真っ逆さまだ」

「……了解!」

 

 ブルリ、と最悪の未来を想像したなのはは、慌てて足元に空いている落とし穴から跳びのき、自分の周りを確認しながら慎重に進む。

 虚数空間の落とし穴が続く通路が終わり、一同は分かれ道に到達する。先頭に立ったクロノが振り返り、なのはとユーノに鋭い目を向けた。

 

「二手に分かれる。君達は最上階にある駆動炉の封印を」

「クロノ君は…」

「プレシアを止めに行く! ……それが僕の仕事だからね」

 

 デバイスを手に、義憤以上に強い何かを感じさせる目をしたクロノがそう吠える。プレシアの独白が、彼の何を刺激したのかはわからないが、いつも以上の使命感に燃える彼に、なのはは黙って頷きを返す。

 

「だったら…その間の退路は僕たちが作りましょう」

 

 と、そこでインシグニア達が背を向け、これまで走ってきた通路に剣を構え出す。

 視線を向ければ、なのは達を追うように新たに姿を現した傀儡兵達が、ガチャガチャと音を鳴らして向かってくる光景が目に映る。

 その一団を前にし、三頭狼の面々が戦意をたぎらせた。

 

「テメェらだけにカッコつけさせるかよ」

「やるならさっさと片付けて、見せ場をこっちによこしなさい」

「ジンガーさん……ナディアさん…」

 

 背を向ける彼らに、なのはは思わず息を飲む。

 アインとのことで、彼らとの間には大きな溝ができていた。彼らにも悲しい過去があり、長く恨みを抱き続けていたと知ってからは、より強く壁を作ってしまっていたようにも思う。

 だが、彼らもアインの背負っていた過去を知り、多少の余裕を抱けたように見える。その背を見やり、サクソがふっと笑みをこぼした。

 

「……頼んだ」

「了解!」

 

 上官に告げられ、インシグニアを筆頭に三人が走り出す。

 なのははためらいながらも、先頭を走るクロノ達の後を追おうと一歩を踏み出す。が、すぐに立ち止まり、インシグニア達に向かって深々と頭を下げた。

 

「お…お願いします!」

「ケッ……さっさと行け!」

 

 振り向くことなく、ジンガーが背後にいるなのはにきつい口調で吠え、促す。

 もう一度ぺこりと頭を下げ、表情を引き締めたなのはが走り去っていくのを確かめると、ジンガー達はニヤリと笑みを浮かべ、得物を振りかぶった。

 

「グラビティスラッシュ」

「レイバレット!」

「インパクトスタッブ!」

 

 ズズン、と放たれた一撃が傀儡兵達に炸裂し、あたりを地震のように揺るがす。

 砕け散る傀儡の残骸の中を駆け抜けながら、インシグニア達は獰猛な笑みを浮かべ、力の限り暴れ続けるのだった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 突入する魔導士達の姿が、空中に浮いたモニターに映し出される。

 力の限り、それぞれの信念を胸に立ち向かう勇姿が、薄暗い病室のベッドの前で映る。

 

 その様を凝視していたアルフのそばには、ベッドの上に仰向けになり、虚ろな目のまま虚空を見上げるフェイトの姿がある。

 力なく横たわり、か細すぎてかすかな息も聞こえてこないその様は、まるで本当に人形になってしまったかのような、胸に刺さる痛々しさがあった。

 

「あの子達が心配だから……あたしもちょっと手伝ってくるね」

 

 何の反応も返さない主人の髪を撫で、アルフが優しさに満ちた声と眼差しで告げる。いつものように答えてくれないことに、胸が痛みを訴えるが、それを抑えて微笑みを見せる。

 

「すぐ…帰ってくるからね。…そんで全部終わったら…ゆっくりでいいから…あたしが大好きな、ほんとのフェイトに戻ってね」

 

 もう、この少女が立ち上がることはないかもしれない。あの強さは戻ってこないかもしれない。

 だけど、もうそれでいいのかもしれない。今立ち上がることができなくても、いずれ気持ちを取り戻してくれればいい。戦うことができなくなっても、その必要もなくなっていれさえいればいい。

 主人は充分戦った。人よりも多く傷つき、頑張り続けたのだ。少しくらい休んだって、誰にも咎められはしないはずなのだ。

 

「これからは…フェイトの時間は、全部フェイトが自由に使っていいんだから」

 

 何も答えを返さないフェイトの頬に触れ、アルフがぐっと唇を噛みしめる。

 そして使い魔は、踵を返し歩き出す。これ以上主人が傷つく必要がないように、主人に涙を流させる最後の敵を、己の手で今度こそ排除するために。

 

 

 アルフの姿が消えると、病室にはフェイト一人が残され、完全なる沈黙が降りる。

 一切の身じろぎもしない彼女は、虚ろな目のまま天井を見上げ、陰鬱な思考の渦に飲み込まれていった。

 

 ーーー母さんは……わたしのことなんか、一度も見てくれなかった。

 

 何度も蘇る、母と思っていた女性からの拒絶の言葉。

 自分の存在の全てを否定し、明確な敵意を見せた魔女の眼差しが、時間を経た今もなお、すでにボロボロの少女の心を責め続ける。

 

 ーーー母さんは…最後までわたしにはほほえんでくれなかった。

    母さんが会いたかったのはアリシアで…わたしはただの失敗作。

 

 思い返せば、いくつも納得のいくことばかりが思い出される。

 自身の名を呼ばない、過去の母の記憶。事故で長く眠り続けていたという自身の肉体の年齢とは、どうも噛み合わなく見える母の姿。

 そして、故郷から遠く離れたあの場所に住んでいた、生活の異様さ。

 全てが、母のーーープレシア・テスタロッサの言葉を証明していた。

 

 ーーーわたしの生きる目的は…ただ母さんに認めてもらうことだった。

    どんなに足りないって言われても、どんなに酷いことをされても、だけど…笑って欲しかった。

    あんなにはっきりと捨てられた今でも…わたし、まだ母さんにすがりついてる。

 

 そんな自分が、あまりにも滑稽で情けなく思える。

 娘でも望まれた存在でもない、ひたすらに魔女の神経を逆撫でする失敗作であることを自覚しながら、それでも彼女に自身の価値を求めている。

 フェイトは重い体を動かし、視線を移す。

 少し前までそばにいてくれた唯一の味方は、今は遠くに行っていた。

 

 ーーーアルフ…ずっとそばにいてくれたアルフ…。

    言うことを聞かないわたしに、きっとずいぶん悲しんで。

 

 どれだけ腹立たしかっただろう、どれだけ苛立っただろう。

 心の底からこの身を案じてくれていたのに、一向に聞き入れることなく、こんな状態に陥ったどうしようもない主人が。

 なのに彼女は、戦いに赴いた。主人である自分の道を作るために。

 それは、モニターに映る白い衣装の少女にも言えることだった。

 

 ーーーこの子…なんて名前だったっけ…。

    何度も…教えてくれたのに。

 

 面と向かって、手を差し伸べてくれた白い少女。

 どれだけきつく拒絶しても、傷つけても、歩み寄ろうとすることをやめなかった、優しさと強さを持った彼女。

 今更になって、その温かい気持ちが惜しくなる。

 

 ーーー何度もぶつかった…まっしろなあの子。

    わたし…ひどいことしたのに…。

    話しかけてくれて…わたしの名前を呼んでくれた…。

 

 そんな彼女が戦場にいて、自分はこんな場所で一人泣き続けている。立ち上がることも、声を上げることもなく、自分の不幸ばかりを嘆き続けている。

 側から見える自分の姿は、いったいどれだけ矮小なのだろうか。

 

「わたしは……わたしは…!」

 

 痛みを訴え続ける、小さな胸。

 ボロボロと溢れ出す涙を拭うこともできず、腕一本動かせないままでいたフェイト。

 そんな彼女の耳に、ある声が届いた。

 

『ーーーお前も大した道化だな、プレシア・テスタロッサ…!』

 

 

 

 ガラガラと騒音が鳴り響き、瓦礫が雪崩のように崩れ落ちてくる。天井を彩っていたアーチが砕け、床に落下して山を築く。

 数分前までとはまるで異なる場所のように変わり果てたその場所で、アインとプレシアが互いに荒い息を吐き、睨み合う。

 だが、わずかにアインの方に余裕が残っているように見えた。

 

「よくもまぁ…絵物語のような伝説にすがってここまでこれたものだ! 実在さえ疑わしい、子供も信じなさそうな過去の遺物がそんなに魅力的だったか!」

「ぐっ…」

「そんなボロボロの体でどうするつもりだった? 行ってすぐに死んでいるやもしれんのに…くだらんな!」

 

 耳まで裂けて見える、獰猛な獣の笑みを浮かべたアインが、杖を支えに肩を上下させるプレシアに嘲笑気味に吠える。

 バリィッ、と紫電を走らせ攻撃を再開するプレシアだが、その威力は最初と比べて格段に衰え、アインの振るった剣によってあっけなく弾かれてしまう。

 

「出来損ないの人形を操って、ボロ雑巾のように使い捨てて! 母親を名乗るにはあまりに無様だ! それで死んだ娘が喜ぶと思っているなら、お前の頭はおめでたい作りをしているな!」

 

 誰に構うことなく、腹の底から放つ罵倒の言葉が続く。

 するとそれまで一切応えることなく、迎撃と防御を繰り返していたプレシアの表情が、カッと一気に赤く怒りに染まった。

 

「喜んでくれるわけ…ないじゃないの!」

 

 憤怒の咆哮とともに、プレシアの杖から段違いの威力の紫電が飛び出し、アインを襲う。

 轟音とともに吹き飛ばされる女騎士を睨みつけながら、魔女は血反吐を撒き散らし、激情をぶちまけ始めた。

 

「私はもう…戻れないところまで来てしまった…! たったひとつの宝物も守れず、取り戻す事もできない、無力なただの女…!」

 

 虚空に伸ばしたプレシアの手には、自身の吐血の跡のみがある。

 たったひとつの宝物を取り戻すために奮闘し、あらゆるものを代価に捧げて、残ったものの虚しさに魔女が歯を食いしばる。

 だがそれでも、止まると言う選択肢は彼女には残されていなかった。

 

「全てを捨ててでも……壊れてでも何かをしなくちゃ、あの子に合わせる顔がないのよ……!」

「それで…生み出した命を一方的に傷つけ放り出し、自分は片道で幻の国に行って、犠牲にした世界を壊すと⁉︎ ふざけるなよプレシア・テスタロッサ‼︎」

「なんとでも言うがいいわ……私はあの子の母親じゃない。母親なんて名乗れない。私の娘は…アリシアだけ」

 

 険しい形相で吐き捨てるアインに対し、プレシアも乾いた笑みをこぼしながら告げる。

 人形の、ひたすらに己の反応を伺い、怯えながらもそばにいようとした作り物の姿を思い浮かべ、プレシアはフッと目を細める。

 

「あんなにも愚かで一途すぎる子が……私みたいな魔女の子のはずがないのよ」

 

 その目からは、普通の母親と変わらない、真珠のような涙の雫が流れ落ちていった。

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