【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
虚空を見上げ、口を半開きにして絶句するフェイト。
今自分が受け取った声が、今だに現実のものと思えず、目を見開いたまま固まる。それほどまでに、彼女を襲った衝撃は強かった。
「…これが……母さんの…本音…?」
敗北した自分に向けられた、母の冷たく容赦のない言葉の数々。全てを夢と思いたくて、自分の耳さえ否定したくて、意識を手放し自己防衛を図ったほどだった、心を抉る言葉のナイフ。
だが今の母と女騎士の対話からは、そんな感情は感じられなかった。自分にではない、魔女が自身に向けた怒りと悲しみが、そしてそれまで使い続けてきた人形に対する本心が、痛いほどに伝わってきていた。
「母さんが憎んでいたのは……私じゃないの? 失敗した私じゃなくて……怒っていたのは…母さん自身……?」
戸惑いがフェイトを混乱の渦に放り込み、うまく頭が働かなくなる。同時に、なぜ今こんな声が自分の元に届くのかという疑問で、思考の全てが埋め尽くされる。
しかし、ただ一つだけわかったことがあった。
こんな真似ができるのは、今まさに大魔導士とうたわれる魔女と単身戦いに赴き、力の限り暴れ続けている女騎士しかいないのだと。
「アイン……!」
目頭が熱くなり、頬を濡れた感触が伝う。
もはや、すべて流れて枯れてしまったと思っていた涙が、ボロボロと溢れ出して止まらなくなる。
手元には、ひび割れて無残な姿をさらしている相棒の姿がある。苦痛の中にありながらも、ずっと共に戦ってくれた相棒を、フェイトはきつく握りしめる。
「バルディッシュ…わたしの、わたし達のすべては…」
今もなお、フェイトの心には深い傷が残り、動こうとすると肉体が痛々しく悲鳴を上げている。これ以上戦いたくない、痛い思いをしたくないと、立ち上がることを拒もうとする。
しかしそれでも、フェイトは立ち上がらずにはいられなかった。
人形のまま、全てが終わるまで待ち続けることなど、できるはずがなかった。
「まだ、始まってもいない…?」
ギギッ、と軋みをあげ、バルディッシュの宝玉がか細く点滅する。
いまにも砕け散ってしまいそうなほど、傷ついた機体を無理やり目覚めさせようと、鋼鉄の戦斧が自らを鼓舞する。
その姿に、フェイトの胸にぬくもりが広がっていく。
「…! そうだよね、バルディッシュも…ずっとわたしのそばにいてくれたんだもんね。おまえも…このまま終わるなんて嫌だよね…?」
【Yes, sir.】
ひび割れた音声で答える相棒に、フェイトは頬ずりをする。
常にこの戦斧は、自分のそばにいてくれた。無茶をした時も、深く傷ついた時も、何も言わずに付き従い、自分に力を貸してくれていた。
こんなにも情けない主のために、そばに在り続けてくれたのだ。
そして、こんな自分に寄り添い続けてくれたのは、バルディッシュやアルフだけではなかったのだと思い出す。
冷たく突き放しても、手を伸ばし続けてくれた白い少女。そして、母と真正面から激突し、自分を奮い立たせる本音を引き出してくれた女騎士。
自分は決して、一人ぼっちではなかったのだと、ようやく気づいた。
「……あの子が言ってた言葉。『捨てればいいってわけじゃない』……うまくできるかわからないけど…一緒に頑張ろう」
【Recovery.】
リンカーコアが奮え、力が漲っていく。同時に相棒の全体にも魔力が浸透し、壊れかけた機体が再生されていく。
一度粉々に折られ、踏みにじられた少女の心は、彼女を思う者達の熱意によって鍛え直され、新たな姿へと復活を果たそうとしていた。
「わたし達のすべては…まだはじまってもいない。だから…ほんとの自分をはじめるために」
フェイトの眼が見つめるのは、もう母に愛されていた過去ではない。
失った命の代用品でも、役立たずの人形でもないーーープレシア・テスタロッサに生み出された命、フェイト・テスタロッサとしての、唯一の未来だった。
「いままでの自分を…終わらせよう!」
♤ ♢ ♡ ♧
ドォン、と桜色の弾丸が宙を舞い、傀儡兵を貫き爆散させる。
即座に次弾が装填され、次々に放たれていく傀儡兵だが、瞬く間に次の傀儡兵が姿を現し、残骸を踏み越えて迫り来る。
まるで時間が遡っているかのような、最悪の光景だった。
「くっそ〜……数が多い! あとからあとから…っ!」
傀儡兵を殴り飛ばし、なのは達の元に駆けつけたアルフが悪態をこぼす。
何もせずじっとしてなどいられないと意気込んでいた彼女だが、終わりの見えない襲撃に徐々に息が上がり始める。
「うわっ…!」
近くにいた傀儡を叩き潰し、息を整えていたアルフは、背後から迫る一体の傀儡に反応を鈍らせる。
しかし次の瞬間、傀儡兵は真横から撃ち出された弾丸により頭部を貫かれ、その場にがしゃんと崩れ落ちた。
「陣形を崩すな! 隙を見せれば物量で押しつぶされるぞ!」
「わ…わかった!」
煙を上げるギャレンラウザーを掲げ、サクソが声を荒げて忠告する。
小さな爆発音が断続的に響き渡り、その度に傀儡兵の頭部が吹き飛ばされ、倒れていく様に、アルフは冷や汗をかきながら表情を改める。
しゃべっている暇などない、ここで足止めをくらい続けていれば余裕もなくなり、集まってきた傀儡兵に追い詰められるのは明確である。
「なんとかしないと…!」
なのはがつぶやき、足止めを買って出てくれた三島狼のことを案じる。早く決着をつけなければ、より多くの傀儡兵達を相手にしている彼女達も窮地に追いやられるはずだ。
しかしその時、数体の傀儡兵が予想外の機敏さを見せ、背中を向けていたなのはに殺到し始めた。
「なのは……っ!」
ユーノが叫ぶが、狙撃の用意紙をしていたなのははすぐには反応できず、鋭い金属の爪の接近を許してしまう。
たまらず、まぶたをきつく閉じ、体を硬くして動きを止めてしまう。
だが、彼女に届いたのは痛みではなく、聞き覚えのある声と轟く雷鳴だった。
【Thunder rage.】
大気をビリビリと振動させ、雨のように降りかかる雷の槍。
数えきれない数で、眩いばかりの威力を誇るそれは傀儡兵を片っ端から貫き、一撃で行動不能に陥らせていく。
ゴトゴトと倒れこんでいく傀儡兵達を呆然と見下ろしたなのはは、それをなしたであろう頭上にいる金色の少女を見上げ、満面の笑顔を浮かべる。
「フェーー」
彼女の名を呼び、近づこうとしたなのはだが、フェイトはきっと鋭い視線をなのはにーーーその後ろで上がる粉塵の奥へ向ける。
そこには、他の傀儡兵を踏み潰して現れた、数十メートルはある鋼鉄の傀儡の姿がある。両肩に大砲を備え、比べ物にならないほどに分厚い装甲をまとったそれが、なのはとフェイトに狙いを定め始めた。
「大型だ……防御が固い」
「うん……!」
砲門に集まっていく魔力の光を睨みながら、フェイトがなのはに語りかける。
真剣な表情で頷いたなのはに、強い自らの意志を感じさせる眼差しを向け、フェイトは少しだけ不敵な笑みを浮かべる。
「だけど……二人でなら」
「……うん、うんうんっ!」
初めて見せてくれた、フェイトの方から歩み寄ろうとする声に、なのはは心の底から嬉しそうに何度も頷く。
もう、敵として相対する必要はない。傷つけ合うことも、心を傷ませる必要もない。ちゃんと目線を合わせて、向かい合って、本当の気持ちを通わせることができるのだ。それが、たまらなく嬉しかった。
見つめあった二人は、真下から砲撃を備える巨大傀儡兵を見下ろし、互いの愛機を構える。言葉を交わすには、まずあの敵が邪魔になっていた。
「行くよ、バルディッシュ…」
「こっちもだよ、レイジングハート」
今度こそ、壁を取り払い心を通わせあった主人達に歓喜し、宝玉を輝かせたデバイス達が応じる。
桜色と金色、二つの眩しい光があっという間に砲門に収束し、巨大傀儡兵に狙いを定める。それぞれの愛機の柄を握り締めた少女達は、巨大傀儡兵の大が火を噴いた瞬間、引き金を思いっきり引き絞った。
「サンダー・スマッシャー!」
「ディバイン・バスター!」
「「せーのっ!」」
二人の息のあった掛け声とともに、レイジングハートとバルディッシュの砲門から閃光が迸る。
光の激流となった二色の砲撃は、巨大傀儡兵の砲撃と真正面から激突し、あっさりと打ち破り傀儡兵に炸裂する。強力な一撃をその身に受けた傀儡兵は、たちまちただの鉄屑と成り果て、轟音を響かせて倒れ臥す。
土煙が立ち上る中、傀儡兵の沈黙を確認したなのはとフェイトが、じっと静かに見つめあった。
「……フェイトちゃん」
「……」
なのはの案じるような声に、フェイトは無言のまま頷く。
吹っ切れた、というほど気持ちが切り替わったわけではない。しかし、ただ操られていた頃とは雲泥の差に見える顔色に、なのははほっと安堵の息をつく。
同じく微笑みを返すフェイトに、感極まったアルフが抱きついた。
「フェイト……フェイトぉっ‼︎」
「ん……アルフ、心配かけて…ごめんね」
「うん…うん……っ!」
主人が気持ちを持ち直したことに、心底安堵し歓喜して、使い魔は涙をボロボロこぼしながらしがみつく。
フェイトはそれに申し訳なさそうに顔を歪め、優しく頭を撫でてやる。その様子に、サクソやムーヴも仮面の下で笑みを浮かべる。
「アインさんが時間を作ってくれてる…間に合うのは、きっと今だけだよ」
「…うん」
泣き止まないアルフをなだめるフェイトに、なのはが表情を引き締めて告げる。
少女が自分を取り戻したことは喜ばしいが、まだ、何一つ終わってはいない。一組の親子の決着は、まだついていない。
フェイトは今一度覚悟を決め、母のいる玉座の間の方を見やり、唇を噛んだ。
♤ ♢ ♡ ♧
「ハァ…ハァ…クソ、やっと片付きやがった」
ガシャン、と最後の傀儡兵を斬り捨て、ジンガーがいまにも倒れそうな顔色で毒づく。
鎧はボロボロ、その下はあざや切り傷だらけで、当分痛みが抜けない体になってしまっていることだろう。それでも生き延びられたことに、槍使いは深く息を吐き、安堵を見せた。
「流石の俺も、もう一歩も動けそうにねぇな……かつてねぇ修羅場だった」
槍を杖代わりにし、よろよろとその場に腰を下ろす。最初から最後まで気の抜けない、チームプレイなど一切役に立たない全力戦闘。
気づけばほぼ一人で突撃し、がむしゃらに目の前の敵を叩き潰すことばかり考えていた。そこでようやく、ジンガーは他の二人の仲間のことを思い出した。
「おいシグニア…! ナディア! お前ら無事か…⁉︎ 死んでねぇだろうな⁉︎」
しん、と静まり返った通路内で、ジンガーの怒号じみた呼びかけだけが響く。
動く物は、自分以外にいない。敵の傀儡兵は全て破壊したため、他の二人の返答が聞こえるはず。なのに、返ってくる声は一つもなかった。
「……おい、笑えねぇ冗談やめろよ。返事しやがれ。…おい、お前ら‼︎」
ヒヤリ、と嫌な予感を覚えたジンガーが、悲鳴をあげる体を無理やり立たせ、傀儡兵が転がる中を進む。
槍に体重を預け、疲労で覚束ない足取りで、姿の見えない二人のことを案じる。
するとやがて、彼は目の当たりにする。
通路の途中で横たわる、ボウガン使いの少女の変わり果てた姿を。
「…ウソだろ…」
サーっと血の気を引かせたジンガーは、慌ててナディアのもとに駆け寄り、その体を抱き起す。
ぐったりと、糸の切れた人形のようにピクリとも動かない彼女を揺さぶり、なんとか覚醒させようと荒ぶる声をかけ続ける。
「ナディア! おい、しっかりしろナディア! おい!」
いつもなら、不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、悪態をついて睨みつけてくる、長く苦楽をともにした仲間の一人。
だがもう、ナディアは二度と言葉を返さなかった。虚ろな目を晒しながら、ジンガーに揺さぶられるまま沈黙している。完全に、死亡していた。
「…一体、何が…⁉︎ シグニア……? シグニアはどこに…⁉︎」
何が起きているのか、全くわからない。
呆然とナディアを抱き起こしていると、ジンガーはふと手のひらの熱くぬるりとした感触に気づく。
それがナディアの体から流れたものであり、彼女に刻まれた大きな裂傷からだと気づいた時。
彼の胸を、鋭い刃が貫いていた。
「え…?」
目を見開き、自分の胸から生えているそれを見下ろすジンガー。
ごぼりと血を吐き、固まっていた彼はゆっくりと振り向き、自分を貫いている者の顔を凝視し、言葉をなくす。
目の前の顔がニタリと笑った瞬間。
ジンガーの意識は、深い闇の中に沈んでいった。