【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
自宅の門の前で、なのはと美由紀はそれぞれ可愛らしいプリントの施された袋を持ち、待ち合わせの時間を潰していた。
なのはの肩にはユーノが乗り、少し落ち着かなさそうにキョロキョロと辺りを見渡している。これからプールに行くというなのはの予定に半ば強制的に参加することになり、女の子と遊びに行くという経験がほぼないユーノはいまになって気恥ずかしくなってきたのだ。
ソワソワと所在無さげに佇んでいるユーノに、なのははふっと可笑しそうに笑いかけた。
「緊張しなくても大丈夫だよ。アリサちゃんもすずかちゃんも優しいいい子だから」
「キュゥ……」
美由紀がいるため、ユーノは鳴き声でなのはに返答する。
一応、ユーノにもアリサとすずかに面識はある。だがその時は傷を負って朦朧としていた時であり、はっきりと向かい合ったわけではなかった。なんとなく顔立ちを覚えているぐらいで、どんな子かは覚えてはいなかった。
そうこうしているうちに、高町家の前に一台の黒塗りのリムジンが停車した。黒々と光沢を放つ高級感漂う大型車に、初めて目の当たりにするユーノはなのはの肩の上で目を丸くした。
すると、リムジンの後部座席の扉が開き、メイド服姿の二人の女性が姿を現した。ショートヘアで長身の凛々しい女性と、小柄なロングヘアの可愛らしい少女だが、髪の色から姉妹であろうと伺えた。
「なのはお嬢様、美由紀お嬢様、お迎えにあがりましたよ」
「今日はよろしくお願いしますね〜」
「ノエルさん、ファリンさん、ありがとうございます」
ノエル、ファリンという月村家に仕えるメイドたちが、見とれるほどの美しい姿勢でこうべを垂れる。つい高町姉妹もつられて、二人のメイドに深々と頭を下げてからリムジンに乗り込む。
中の座席には、すでにアリサとすずかが着席しており、なのはたちに席を譲ろうとしているところだった。
「あ、すずかちゃん、アリサちゃん。送ってもらってごめんね」
「気にしないでいいよ」
「いっくわよー!」
威勢のいいアリサの声で、全員を乗せたリムジンはプールに向けて発車する。
「午前授業だと、午後にお出かけできていいよね」
「ねー」
「私は泳ぎを教わらなきゃ…!」
目的地に着くまでの時間に、なのはたちはそれぞれで思い思いに語り合い、過ごしていた。待ちに待ったプールに想いを馳せる中、なのははハッと表情を変えてアリサたちに手を合わせた。
「あ……そうそう。ごめんね、アインさん誘えなかったよ」
「そうなの……あれ以来会ってなかったから話そうと思ったのに」
「また今度だね」
申し訳なさそうに眉尻を下げるなのはに、アリサたちも残念そうに肩を落とす。
少ししか話してはいないとはいえ、一度は危ないところを救われたのだ。まともな話もできないうちにうやむやになってしまったため、もう少しちゃんと話しておきたかった。
「でも、翠屋によく顔出してるんでしょ? じゃあそのうち会えるわよね」
「うん! もうすっかり常連さんだよ」
アリサたちには秘密だが、なのはがユーノと出会い、魔法のことを知って翌日から、アインはよく翠屋に顔を出すようになった。相変わらず何を考えているのかわからなかったが、父・士郎のコーヒーの味を気に入ってくれてイッルのは確かだったので喜ばしかった。
ニコニコと笑っているなのはに、ふと美由紀が真剣な顔を寄せてきた。
「……なのは、最近アインさんと仲いいんだね」
「え? う、うん。まあね」
「……そっか」
何か言いたいことがあるのかと思ったが、美由紀はそれだけ言ってすぐに自分の席に戻ってしまった。
訝しげな表情になったなのはは思わず、姉の顔を覗き込んだ。
「? どうしたの?」
「……ううん! なんでもないよ。プール、楽しみだね!」
取り繕うような笑顔で、美由紀はなのはに気にするなと手を振る。
はぐらかされているのは確かだったが、なんとなく詳しくは聞いてはいけないのではないかと思い、なのははそれ以上追求することはなかった。
「プールサイドは走るなー!」
「周りに気をつけて遊んでねー!」
「はーい」
「ごめんなさーい!」
景観も美しい、新品のプールに少年少女たちの声が響く。
元気な子供達に注意を促した恭也は、濃い紫の髪の女性とともにプールサイドで佇んでいた。二人の距離は近く、相応に親しい仲であることがうかがえる雰囲気を放っていた。
「あ、お兄ちゃんと忍さんだ!」
「こんにちはー!」
そこへ、それぞれで色とりどりの水着に着替えたなのはたちが訪れた。色鮮やかな水着の意匠も形状も実に様々で、容姿も整った少女たちが六人も集まればプールサイドは一層華やかになった。
「お、きたか」
「監視員のお仕事、お疲れ様!」
「お姉ちゃん、新調した水着似合ってるね!」
「ふふん、そうでしょ?」
なのはとすずかがそれぞれの兄姉のもとに向かうと、二人はそれを笑顔で迎える。すずかは目を輝かせ、姉のまとっている水着を賞賛すると、姉の忍は色っぽいポーズをとって豊かな胸を張った。。
恭也の隣にいる忍のことを知らないユーノは、美由紀の持つカゴの中で小首を傾げていたところ、それに気づいたなのはが念話で説明した。
〔忍さんはすずかちゃんのお姉さんで、お兄ちゃんとお付き合いしてるんだよ〕
〔へぇ……〕
意外な繋がりに、ユーノは驚きのつぶやきをこぼす。すずかとは親友であるだけではなく、そのうち親戚関係ともなるのか、と。
ユーノが関心していると、安堵の笑みを浮かべたアリサとすずかがカゴの前にしゃがみ込んできた。
「こんにちは、ユーノ!」
「元気になってよかったね!」
「キュ!」
拾われた時以来会っていなかった二人に心配をかけまいと、ユーノはフェレットになりきって全力で媚びを売る。知らないところにも心配をかけたことに罪悪感を覚えながら、今は無関係の小動物を装うのだった。
「じゃあ、予定通り時間を忘れて楽しみましょうか! でも私たちの目の届かないところにはいかないこと」
「は〜い!」
子供達は元気よく返事を返し、歓声をあげてプールに向かっていく。飛び込み台や流れるプール、風呂好きなノエルもうならせる風呂も揃えられた贅沢な施設は、少女達の心を掴むには十分だった。
「キュッ、キュッ!」
「あははは! ユーノ泳ぐの上手!」
「すごいすごい、泳いでる!」
「すずかちゃんも泳ぐの速いね〜。向こうで競争してみようか」
「いいですよ、負けません!」
「じゃあ私審判やりますよ〜」
浮き輪につかまって器用に泳ぐユーノをはじめに、少女たちは水飛沫とともにプールを大いに堪能する。万が一のことがないように、美由紀やノエル、ファリンの管理のもと年相応にはしゃぎ始めた。
弾ける水飛沫がキラキラと光を反射し、少女たちの艶のある髪や肌を濡らす光景は壮観とも言える。さらには集まっているのは非常に容姿の整った女性ばかりであり、プールにいる男性陣にとっては大変ありがたく、眼福であった。
無論恭也も例外ではなく、恋人や妹、さらにその友人たちが楽しんでいる光景を、警備ついでに満足げに眺めていた。
その時、通信が入った無線を手に取った恭也がなのは達の元から距離をとった。
「! はい、高町です。……なんですって?」
様子の変わった恭也に、忍が表情を変えて近寄った。忍を見遣った恭也は、妹達には悟られないように影に入り、腕を組んで難しい顔を浮かべる。
「忍、すまんが少し離れる。ここを頼んでいいか?」
「え? いいけど、どうしたの?」
「不審者を捕らえたらしいんだが……少し妙な話になっていてな」
「どうしたの、恭ちゃん?」
「何かあったのですか?」
主人とその恋人の様子が変わったことに、案じたノエルが近寄る。年長組が集まっているのに気がついた美由紀も、何事かと不安げな表情で集まった。
難しい表情のまま無線機を見下ろしている恭也に変わって、忍が集まってきた女性陣に小声で説明を始める。
「以前から更衣室が荒らされたり、着替えや水着を盗まれる話があったらしくて、プール側も警備を強化していたみたいなんだけど……まだ犯人が見つかっていないらしくてね」
「それは……物騒ですね」
「もしかしたら、さっき聞いたのがその犯人かもしれない。だが、荷物周りには注意しておいてくれ」
「うん」
恭也の忠告に美由紀は、そんな輩がいるのなら自分たちで妹達を守らなければ、と保護者としての使命感を感じつつ頷く。
「そういうわけで少し離れる。子供達を頼むぞ」
「はいはい。この埋め合わせはちゃんとしてよね」
監視員をしながら、恋人との逢瀬を楽しんでいた忍に見送られ、恭也は連絡のあった場所へと急ぐ。
去っていく背中に視線を送る忍の様子を見ていたアリサ達は、眩しい恋人の姿に羨ましげな眼差しを送っていた。
「相変わらずお兄ちゃんと忍さんは仲良しなの」
「そんなにいいものかしらねぇ……恋人って」
「ふふ…どうなのかな?」
未だ初恋も経験していない少女達は、甘酸っぱい未来に想像の花を咲かせる。自分たちはどんな人と甘いひと時を過ごすのか、どんな人と生涯を誓うのか、そんなことを夢想するだけで、少女たちの胸中には甘々とした感覚が芽生えた。
「恋人かぁ……」
ふと呟いたなのはは、自分の脳裏にもぼんやりと未来の恋人の顔を思い浮かべてみる。と言っても、親しい男子もまだそんなにいないというのに想像もできるわけもない。
だが、なぜかなのはの脳裏に思い浮かんできたのは、かの運命の夜に颯爽と駆けつけ、窮地を救ってくれた女騎士の姿だった。
なのはは慌てて、その空想を払いのけた。
(もう……なんでここであの人の顔が出て来ちゃうのかな〜)
確かにかっこいい人で、憧れを抱いているのは確かだが、恋愛という観点から言えば論外、のはずだ。
なのにその顔は、しばらくなのはの脳裏から離れてはくれず、なのはは赤い顔を水中に沈めて隠すよりほかになかった。
なのはたちを美由紀たちに預けた恭也は、連絡のあった更衣室の近くにたどり着いた。見ればすでに何人かの係員と、見慣れない金髪の女性が立っているのが目に入った。
「高町です。遅くなりました」
よく通る声で名乗り輪に入ってみれば、拘束された男が係員に連れられていくところだった。状況を見るに、この女性が不審者を捕らえたということであろう。
「あなたが不審者を捕らえてくださった方ですか? 遅くなって申し訳ありまーーー」
近寄って礼を言おうとした恭也だったが、女性が振り返ってきたことで言葉を途切れさせた。
「……! アイン、さん」
「む、恭也か。ちょうどいいところに来てくれた」
横目を向けたアインが、恭也に顎で男の方を指し示した。
「ほれ。あいつが例のコソ泥だ。更衣室のあたりをうろついていたのを咎めたら急に態度を変えてな」
「いつの間に……」
しばらく前からここにいる自分や他の係員よりも早く不審者を捕らえていたことに驚きながら、恭也は複雑そうな表情のまま視線を逸らした。恭也に背を向けているアインはそれに気づいていたが、何をいうこともなくただ黙って男が連行されていく姿を眺めていた。
「結局なんだったんだ? あいつは」
「……近頃、このプールの女子更衣室が荒らされたり水着や下着がなくなる事件が派生していましてね、警備を強化していたんです」
「ああ、それでか。
恭也はじっと何かを言いたげにアインを見つめるが、結局何も言わずに目を閉じる。そのまま、アインの背に向けて深々と頭を下げた。
「……協力、感謝します」
「ああ。後はよろしく頼む。ではな」
最後まで面と向かうことなく、アインは恭也の前から立ち去っていく。恭也もまた視線を向けようとしないまま踵を返し、次の警備場所に向かって歩き出していく。
わずかに重くなった足取りのまま、アインは冷淡な眼差しを虚空に向けてため息をついた。
(ジュエルシードの魔力を感じたから来てみれば……全く関係ない事件に出くわしてしまったな)
初めはなのはにも言った通り、ここに来るつもりは全くなかった。
だが嫌な〝予感〟を感じてしまったために、渋々足を伸ばしてみたらこれが大当たりだった。一見何の変哲も無い場所だが、確かにかのロストロギアが何らかの影響を受けて、魔力を放った痕跡を見つけてしまったのだ。
(……しかし妙だな、あの男からは確かに魔力の残滓を感じたはずなんだが……)
しかしよく調べてみると、魔力の反応が妙に薄い。雨風にさらされて薄まってしまった匂いのように、ジュエルシードの反応が希薄になってしまったのだ。更衣室荒らしだというあの男の所持品の中にジュエルシードはなかったし、いくら探してもそれ以上探ることができなかった。
そんな時、アインの脳内に直接少年の声が響いてきた。
〔……あの、アインさん。ちょっといいですか?〕
〔ユーノか。お前も気づいたようだな〕
〔はい……やっぱりこっちに来ていらしたんですね〕
不意につながった念話に、アインは即座に返答する。どこか安堵したようなユーノの言葉に、やはり気づかれていたのかと苦笑する。
確かに、なのはには「一緒には」行かないと言ったのだから、嘘をついたつもりではないのだが。
〔なのははまだ気づいていないようだが、確かにジュエルシードが発動した形跡がある。だが妙に反応が薄くてな……〕
自分が気づいたのだから、アインも気づいて当然と思ったのだろう。妙な信頼のされ方に、アインは微妙な笑みを浮かべて目を伏せた。
長年の経験から培われた自分のこの〝勘〟はうんざりするほどに優秀だ。長い付き合いのこれが今回もちょうどよく当たってくれたようだが、それを習得するまでのことを思い出すとあまり喜ばしくはなかった。当たって欲しくない予感というものもあるのだ。
〔誰かの強い願いと後悔に、ジュエルシードが応えたのではないかと……〕
〔願いの主については、もう私の方で処理しておいたぞ。ジュエルシードは持っていなかったが〕
〔本当ですか! さすがです!〕
〔…………それで、だな〕
尊敬の眼差しを送っているのであろうユーノに、アインは急に言葉を濁し始めた。
いつも冷静沈着なアインがそんな風な態度になるのが意外だったユーノは、訝しげに首をかしげた。
〔? どうしたんですか?〕
〔……その願いというのが、どうも気になってな〕
アインはそうつぶやいて、自分が捉えた更衣室荒らしのことを思い出す。
十中八九、ジュエルシードに願ったのはあの男だ。魔力の残滓も、状況も間違いなくそれを証明しており、疑う余地はない。
だが、そんな男が一体何を願ったのか、アインは自分で想像したくはなかった。
〔言いづらいんだが、その願いの主がちと湾曲した欲望の持ち主でな。……其奴の願いを聞き入れたジュエルシードが一体どんな反応を見せるのか、と〕
〔大変じゃないですか! い、いったいどんな人が……〕
〔その、な〕
とんでもないことが起こるのかもしれない、とアインの様子から誤解したユーノの追求に、アインは居心地悪そうに頭上の空を見上げる。
こんなにも純粋な少年に、果たして言っていいのだろうか、というかこんなことを言いたくない。しかしこんなに心配しているのに何も言わないというのも逆に心労をかけてしまいそうだ、とアインは深く悩む。
しばらく唸り、覚悟を決めたアインが話そうとした時だった。
「うわああああぁぁ‼︎」
自分が出ようとした通路の反対側から、聞き覚えのある男性の尋常ではない声と異音が響き渡った。
認識するよりも早く、アインの体は動いていた。すぐさま踵を返し、声と音がする方へ全力疾走を開始する。
「この声は……! 恭也か‼︎」
冷淡だった顔にわずかな緊張を混ぜたアインは、風よりも早く駆けていった。
「熱戦の末、美由紀さんの勝ち〜!」
「イェ〜イ!」
「うぅ……残念」
「はい、タオル!」
美由紀とすずかの競争は決着がついたようで、プールの端ではしゃぐファリンの声が聞こえてくる。アリサからタオルを受け取っているすずかがかなり落ち込んでいたが、勝負に勝ったはずの美由紀が随分と驚いている様子からかなりの接戦だったことがうかがえる。
なのははそんな騒がしく賑やかな声を聞きながら、のんびりとプールサイドのベンチでくつろいでいた。
(こうやってると、魔法使いになったこととか夢の中だったみたいに感じるな……)
首から下げたレイジングハートをつまんで見下ろしながら、最近の急展開を思い出す。今でもふわふわと実感が湧かず、実は幻であったのではないかと思えるほど不思議な体験、そして新しい出会い。
しかし、この手の中にある赤い宝石の輝きも、隣でくつろいでいる存在も全て本物だ。瞬きしただけで消えてしまうような、あやふやなものではない。
(…でも、夢じゃないんだよね。アインさんも、ユーノ君も頑張ってるんだし、私も……)
そう、日々の練習を見てくれる先生たちのことを思い出しながら、改めて決意を固めるなのは。
だがふと、隣でくつろいでいたはずのユーノがずっと黙っていることが気にかかった。先ほどまで一緒になってはしゃいでいたはずなのに、いつのまにか黙り込んで小さくなってしまっている。
〔ユーノ君、何かあったの? さっきからずっと難しい顔してるよ〕
無言のまま佇んでいるユーノに尋ねると、彼はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、なのはの方を見上げた。
ユーノは悩んだ。行かないと言ったアインがこの場に来ていることを知らせれば、なのはがどんな反応を返すのか。そのことを気にしたユーノはどこか気まずそうに言葉を濁そうとした。
〔……うん。ちょっと気になることがーーー〕
言いかけたユーノの顔が、ハッと別の方向をーーーアインの魔力を感じる方へと向いた。さっきまでつながっていた念話が唐突に途切れたのだ。
ジュエルシードについて話していたところだったがゆえに、何か不足の事態が起こったのではないかとユーノは焦り、なのはを置いて走り出した。
「ゆ、ユーノ君⁉︎」
〔ごめん、なのは! 楽しんでいるところ悪いけど、ジュエルシードだ。すぐに戦闘になるかもしれない!〕
走りながら伝わってきたユーノの言葉に、なのはの表情が以前にも見た戦いを前にした時のものに変わる。なのはもすぐにユーノの後を追い、彼の向かっている方へと走り始めた。
〔こんな時に、本当にごめん……!〕
〔大丈夫、私はユーノ君のコンビだもん。一蓮托生、いつでもOKだよ!〕
〔ありがとう、なのは!〕
勇ましい表情でユーノを見つめるなのはに、ユーノは思わず目頭と胸が熱くなるのを感じる。本当なら、友達と一緒に楽しんでいたはずなのに、それを咎めることなくともに来てくれる、そんな少女の優しさが嬉しく、同時に申し訳なくてたまらなかった。
そんな彼の元に、ひときわ大きな魔力の波動が伝わってくる。足を止めたユーノは、緊迫した様子で周囲を見渡して眉間にしわを寄せた。
〔しまった! 外部からの刺激を受けて行動を開始するタイプだったのか!〕
今までジュエルシードの反応が薄かった理由が今ようやくわかった。休眠状態にあったジュエルシードに何かしらの存在が近づいたことで、ジュエルシードが自動的に覚醒し活動を始めてしまったのだろう。
だが、この場での発動は危険であった。多くの客が集まっている今ジュエルシードが暴れ出せば、最悪の場合犠牲者が出てしまうかもしれない。
「まずい、早くしないと! 広域結界展開!」
小動物の振りも忘れて、ユーノは大きな声で叫びながら乏しい魔力を練り上げて魔法を発動する。小さな体の下に巨大な魔法陣が展開され、周囲の色が変わって空間が切り取られていくことを表す。
その直後、なのはとユーノのすぐ近くのプールの水が、突如生き物のように動き出し始めた。実体のない透明な塊は徐々に形を得はじめ、ギラついた目と大きく開いた口を持った、不気味な怪物へと変貌した。
「うわああ⁉︎ な、なに⁉︎ 水のお化け⁉︎」
突如至近距離に現れた水の怪物を前にして、なのはは驚愕に声を上げる。
そこへ、颯爽と風を切りながらアインが走り寄ってきた。かなりの速さだったにもかかわらず息も切らせず、怪物を前に固まっているなのはとユーノの前に盾になるように立ちふさがった。
「すまん、遅れた!」
「アインさん! 何が起こってるんですか⁉︎」
「見ての通りだ! 私としたことが後手に回ってしまったらしい!」
来ないと言っていたアインがここにいることには驚いたが、そんな場合ではないとなのはは状況を確認する。
アインは相当悔しそうに表情を歪めており、この事態に陥っていることを恥じているようだった。そこまで深刻な事態なのか、となのはは思わず相棒を握る手に力が込もった。
「ごめんなさい……! なんとか結界は発動できたんですが、範囲が広くてなかまだ何人か……!」
「ええ〜〜⁉︎」
「しまった……民間人が!」
アインは歯を食いしばり、守るべき民間人の居場所を必死に探しだす。守護対象が増えれば増えるほど、全員を守りきることが難しくなるのだが、すぐ近くにはそのような人影は見当たらなかった。
しかしそこへ、つんざくような悲鳴が響き渡った。
「きゃあああああ‼︎」
「アリサちゃんとすずかちゃんの声⁉︎」
目を見開き、顔を青ざめさせるなのは。まさかあの二人が、以前のようなジュエルシードの暴走隊に襲われているのか、そう考えてしまい、なのはの中に恐怖心が湧き上がり始めた。
震えるなのはを置いて、アインが悲鳴の聞こえてくる方へと走る。それを目にしたなのはも我に返り、レイジングハートを握りしめて走り出した。呆けている場合ではない、親友を助けるのだ。
そうして、悲鳴の聞こえた場所へとたどり着き、目にしたものは。
「な、何⁉︎ なんなのよコレ⁉︎ ってちょっと、いやらしい動きすんなぁ‼︎」
「いやぁぁぁん! 脱がされちゃぅぅぅ‼︎」
プールの自ら伸びた、透明な職種に全身を弄られ、身につけている水着を剥ぎ取られそうになっているアリサとすずかの姿だった。
予想だにしなかった光景に、なのはは思わずぽかんと口を開けて立ち尽くし、アインは頭痛を堪えるように額を押さえ、ユーノは慌てて回れ右をして目を背けた。
「……命の危機ってわけじゃなさそうだけど、あれなに? どうなってるの?」
「……だから言いたくなかったんだ」
「あああああああみてはいけないみてはいけない‼︎」
立ち尽くす三人の前で、水の触手がアリサとすずかの脚や脇の間、胸元にまでからみつき、滑り込ませ、いやらしく這いずり回っている。心なき暴走体であるというのに、どう見ても邪な意思が感じられる動きであった。
心配して損したような気分だが、とにかく今すぐには命の危険はないらしい。男子であるユーノにはこの上なく危険な状態であろうが、アインにとっては呆れるより他にはない。
「あの、アインさん。あれはいったい……」
「願いの主が更衣室荒らしだったようでなぁ……なんといったらいいのか」
「つ、つまり……! 女の子の服を見たいとか、集めたいって願いだから……‼︎」
顔を真っ赤にしながら、ユーノが状況の説明をしようとした時、アリサとすずかを捕らえていた触手が動き始めた。するりと絡みついていた触手が解け、アリサとすずかを空中へと放り出した。空を飛ぶ手段などない二人に、堪える術などない。
「ヴォオオオオオオオオオ‼︎」
「きゃあああああああ‼︎」
「危ないっ!」
呆けていたなのはと、後ろを向いていたユーノはわずかに反応が遅れてしまった。落下していく二人に、魔法を使うことも忘れて駆け寄るも、間に合う距離ではない。
「よっ」
だが、なのはとユーノが躊躇している間に、アインが颯爽と二人の真下に駆け寄り、軽い声とともに危なげなく抱きとめていた。二人ともどこにもぶつかることなく、がっしりとアインの腕の中に収まった。
「あ……え?」
「あ、あんたあの時の……!」
すずかは何事かと呆けていたが、アリサはすぐに我に帰って自分を抱きかかえている人物の顔を見上げる。
アインは素っ裸で放り出された二人の少女を痛ましそうに見下ろすとすぐにプールサイドにおろし、自分の来ていたジャケットを二人の方に羽織らせた。少しサイズの大きいジャケットは、難なく二人の素肌を隠してくれた。
「ひどいことを……これでも羽織ってなさい」
「あ、ありがとうございます」
「ど、どうも……ってそんな場合じゃない! なんてことしてくれてんのよ! 裸で放り出すなんてひどいじゃない! 返せ、戻せ‼︎」
全裸のままいる周知よりも、水着を取られたことへの怒りが勝ったらしい。満足そうに水着を飲み込んでゆく水の怪物に向かって、アリサは憤然と立ち向かっていった。
だが、それが気に食わなかったらしい。水の怪物は目にあたる赤い光を細め、アリサたちに向かって水の触手を猛スピードで放ってきた。
「わぁっ‼︎」
「きゃああ‼︎」
怪物の攻撃に、アリサとすずかはとっさに頭を抱えて目を背ける。
しかし、硬直してしまった二人の前に立ちふさがったアインがくるりとその場で一回転し、水の怪物に向かって鋭く蹴りを放った。
「フンッ‼︎」
ヒュン、とかすかな音を鳴らして振るわれた回し蹴りは大気を叩き、凄まじい衝撃波となって水の怪物の触手を弾き返す。それだけではなく、本体と思わしき大きな塊にまで食らいつき、半身を大きく吹き飛ばすにまで至った。
明らかに物理攻撃が効かなさそうな怪物を全くものともせずに撃退したアインに、アリサとすずかはぽかんと口を開けて呆けた表情のまま、信じられないものを見る眼差しを送った。
「……あんた、何したのよ」
「ん? 蹴って吹っ飛ばしただけだが?」
「そんなもんただの人間ができるわけないじゃないのよ‼︎」
「……まあ、そうだな」
至極当たり前の指摘をするアリサに、すずかがうんうんと強く頷いて肯定する。ぽりぽりと頭をかいたアインは考え込むように虚空を見つめてから、やがて何かを思いついたように目を見開いた。
そして、じっと見つめてくるアリサとすずかに向き直ると、ニヤリと意味ありげな微笑みを見せた。
「君の言う通りーーーこれはただの夢だ」
「え…………?」
アインがそう言うと同時に、アリサとすずかは黄緑色の光に包まれ、急激な睡魔に襲われる。耐えきれずに倒れ込んだところをアインに抱きとめられ、二人はそっとプールサイドの端に寝かされた。
「ご、ごめん二人とも! プールサイドで悪いけどちょっと眠ってて!」
「よくやった、ユーノ」
アインはジャケットを二人にかけてやると、魔力光を放っているユーノを褒め、今度はなのはの方を向いて頷いた。
なのははすぐに頷き返し、レイジングハートを構えた。途端に桜色の光がなのはを包み、鋼鉄の杖と純白の衣装が生み出された。勇ましく、心優しい地球の魔法使いの再びの出陣である。
「趣味や興味は人それぞれですが、人様に迷惑をかける変質的行為は良くないと思います!」
【Cannon mode, setup】
「と言うわけで……!」
なのはは燃えていた。せっかくの姉や友達との時間を潰されただけではなく、その友達にいかがわしい行為までされたことで、なのはの心は熱く燃えたぎっていた。
アインやユーノが、下準備を終えてくれた。あとは自分が全力全開でこの怪物を料理してやるだけだ。
「二人に代わって、私がお仕置きします!」
硬く、そして熱く燃える意志を携えた少女の構える杖が、まばゆい桜色の閃光を放った。