【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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8.罪人の告白

 ガシャン、ガシャンと耳障りな金属音を響かせ、傀儡兵が破壊され、倒れていく。

 あたりには無残な残骸がいくつも転がっていたが、それを踏み越えて次から次へと前に進み出てくる。長い戦闘が続いているが、一向に終わりが見えてこない。

 

 だが、ユーノは決して引かない。魔導炉ヒュードラと相対するなのはを背にし、不退転の覚悟で無数の心なき兵に挑む。

 

「防御はボクがやる…なのはは封印に集中して」

「うん!」

 

 信頼する師にして友達である彼の言葉に、なのはは力強く頷き笑みを浮かべる。任せろといった彼の背中に疑う余地はなく、なのはは安心してもう一つのロストロギアに挑むことができる。

 レイジングハートを構え、術式を作り上げる彼女は、不意にふふっと笑い声を漏らした。

 

「……いつも通りだね」

「え?」

「ユーノくんは…いつもわたしと一緒にいてくれて、守ってくれたよね」

 

 不意の言葉にユーノは訝しげに眉を寄せ、横目でなのはを見やる。

 彼にとっては当たり前のことーーー危険な戦いに巻き込み、怖い目に合わせてばかりの、元はただの心優しい普通の少女だった彼女のためを思えば、やって当たり前の行いのはずだった。

 だがなのはは、それに首を振る。共に戦ってくれることそのものが、彼女にとっては重要な思いやりなのだと。

 

「……だから戦えるんだよ。背中がいつも…あったかいから」

 

 心の底から嬉しそうに、優しい微笑みを浮かべて語るなのはに、ユーノは思わず状況も忘れて見とれてしまう。

 慌てて我に返り、隙を伺うように包囲網を狭めてくる傀儡兵と向き直るが、不意に伝えられた温かい気持ちに、つい頬が熱くなってしまう。

 

「いくよ…! ディバインシューター、フルパワー……シュートっ!」

 

 それに気づくことなく、なのははレイジングハートによる砲撃を撃ち放ち、魔道炉を狙う。

 自分に任された役目を全うするために。

 今もどこかで戦っているもう一人の師に恥じないように。

 傷つき、それでも立ち向かうことを選んだ優しい少女を、少しでも手助けできるように。

 

 

 

 ーーー母さん…!

 

 襲いくる傀儡兵を片っ端から切り刻み、残骸にしていきながら、フェイトは長い長い通路を雷光のように飛翔する。

 かつては通い慣れていた住まいであり、ジュエルシード捜索の任を受けてからは通るのが憂鬱であったその道を、少女は煩わしそうに通り過ぎていく。

 無駄な広さが、今はただひたすらに邪魔だった。一刻も早く母の元に辿り着きたいのに、一向に目的地が遠いままなのだ。

 

 ーーーわたしは貴方に利用されていただけなのかもしれない……。

    ただの人形でしかなかったのかもしれない……。

 

 胸に宿る感情が、より一層フェイトを逸らせる。

 ようやく見つけた、自分の想い。白い少女の助力で辿り着くことができた、自分の母に対する真なる想い、本当に伝えたかったこと。

 時間切れになり、母が遠くへ行ってしまう前に、何としても言葉にしたかった。

 

 ーーー…それでもわたしは、母さんに伝えたい事がある。

    たとえ耳を傾けてもらえなくても……。

 

    お願い、間に合って…!

 

 全身に漲る魔力の全てを推進力に変えるように、金色の少女は鋼の通路を飛び去っていった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「ハァ……ハァ……‼︎」

「ゼェ……ゼェ……‼︎」

 

 斬り刻まれた、あるいは焼け焦げた地面を挟み、息を荒げる二人の美女が睨み合う。騎士と魔女、物語における善と悪を体現したような構図で、アインとプレシアが互いを見据えて得物を構える。

 プレシアの衣服にはいくつも切れ目が入り、その下からは痛々しい傷跡が覗き、アインの鎧はいくらか砕かれ、じゅうじゅうと焦げる音と匂いを辺りに撒き散らしている。一進一退、お互いに退かない攻防があったことは明確であった。

 しかし、流石の両者も疲労が溜まったのか、それ以上動く事ができずにいる。迂闊に動いた瞬間が決着の時だと、互いの動きを探っているのだ。

 

〔プレシア・テスタロッサ。終わりですよ……次元震は私が抑えています。駆動炉もじき封印、あなたのもとには執務官が向かっています〕

 

 満身創痍に近い姿にもかかわらず、大気がビリビリと震える凄まじい緊張感を放つその空間に、通信越しのリンディの声が響く。

 アインもプレシアもそれに視線を向ける事なく、互いを睨み合ったままだったが、聴覚だけはそちらへ傾けていた。

 

〔忘却の都アルハザード…かの地に眠る秘術…そんなものはもうとっくの昔に失われているはずよ? 今やその力は…存在するかどうかすら曖昧なただの伝承です〕

「……ふふ、バカなことを」

 

 投降を促すリンディに向けて、プレシアは杖を構えたまま馬鹿にした笑みをこぼす。

 疲労ですわった魔女の目には、未だ爛々と狂気の光が瞬いている。今更他者の言葉などで揺るぐことのない、崖っ淵に追い詰められたことによる不退転の覚悟を顔じゅうに表し、顔の見えないリンディを戦かせる。

 

「終われるはずがないじゃない…私はあの子に何もできなかった。私にいつも笑顔をくれて……生きる意味をくれていたあの子に何も返してあげられなかった。そんな私ができる事がこれなの…これ以外にないのよ」

 

 しかしその目の奥にあるのは、狂おしいほどの愛だった。

 何よりも大切で何よりも守りたかった命を、他ならぬ自分の失態で失うこととなった自責の念が、彼女をこうも駆り立てていた。

 自身を侵す病魔の影を、娘に似せて作った人形に全く悟らせなかったほどに。

 

「ウッ……ゴフッ! ゴホッ!」

〔…その身体で何ができるというの、プレシア・テスタロッサ〕

「これが最後なの……母として何も役目を果たせなかった私にできる…あの子への最後の恩返しなの…意味がない? 知ったことではないわ」

 

 死を目前にしてなお衰えることのない執念に、リンディはそれ以上の言葉が出てこない。

 同じ母であり、愛する者を失う痛みを知る彼女であるからこそ、魔女の苦悩と絶望は痛いほどによくわかる。自分が彼女であったなら、もしかしたら同じ道をたどっていたかもしれない、そう思えるほどに魔女の姿は痛々しく悲しい。

 プレシアは自嘲するように笑みを深め、そしてキッと表情を憤怒に変えて、アインを睨みつけた。

 

「それを…あなたなんかに邪魔されてたまるものですか…! 女も捨てた…血と灰に汚れたあなたなんかに! 私の願いを邪魔されてたまるものか‼︎」

 

 バリッ!とプレシアの杖から紫の雷撃が迸り、幾本もの雷の槍となってアインに降り注ぐ。

 これまで剣で防ぎ、弾き、切り捨ててきたその雷の槍をーーーアインは一切避けるそぶりを見せず、真正面から受け止めた。

 

〔アイン!〕

 

 通信がノイズまみれになるほどの衝撃と轟音が響き、アインが爆炎の中に飲み込まれる。

 常人ならば、バラバラに吹き飛び無残な姿に変わり果てていよう光景に、騎士の正体を知るアースラクルーからも悲鳴が迸る。リンディさえもゴクリと息を呑み、粉塵の奥をじっと凝視し続ける。

 

「……ああ、わからないよ。わからないさ…」

 

 やがて、粉塵をかき分けるようにして、アインが自嘲気味に鼻を鳴らして顔を出す。苦痛を訴えている様子は一切ない、平然とした態度のまま、砕けた足場を踏み越えてプレシアに再び接近していく。

 

「母になることすら許されなかった私には……失う痛みなんて……わかるはずもない」

 

 その姿は声と釣り合わぬほどに、悲惨だった。

 額は深く裂けて頭蓋が覗き、片目は眼孔ごと潰れて、どくどくと緑の血が噴水のように溢れ出す。顔の半分も焼けただれ、ほとんど原形をとどめていない。

 鎧は上半身のほとんどが吹き飛び、バリアジャケットも焼け焦げてほとんど衣服の役割を果たしていない。あらわになった肌にも裂傷と火傷が刻まれ、吐き気を催すほどの惨状を晒していた。

 だがその姿も、徐々に変わっていく。焼け焦げた皮膚は剥がれ筋繊維があらわとなり、その上を新たな皮膚が覆っていく。

 まるでCG画像のようなありえない光景を目の当たりにしながら、プレシアは眉間にしわを寄せる。

 

「やっぱり…復活が早いどころか、あれだけの傷を負って存命な上、あの化け物を相手に一人で大暴れするなんておかしいと思っていたら……普通の人間じゃなかったようね」

「ベースは人間だよ…単に、死ねないだけで痛覚も残っている。慣れてしまったがな…」

 

 亀裂の入ったブルースペイダーの刀身を撫で、アインは困ったように肩をすくめる。額をぐいっと乱暴に拭うと、傷跡のないまっさらな状態を見せつける。

 ほとんど全裸に近い上半身も、元からあった傷跡を残して綺麗さっぱり元どおりになっていた。

 まさに異形、まさに人ならざる存在。

 プレシアはそんな様を見せて立ちふさがる女騎士に、信じられない様子で首を振った。

 

「あなたこそ…そんな様になってまで、どうして戦うの。人の身を捨てて……いいえ、捨てさせられてもなお」

「……さぁ、どうしてだろうな。私にももうわからなくなってしまったよ」

 

 恐れを孕んだ魔女の問いに、アインは遠い目で天井を見上げ、深いため息をつく。

 自分がどれだけ不条理な存在で、望まれぬものであるかは十分理解している。娘への謝罪のために、世界を丸ごと巻き込もうとしている魔女にも負けず劣らない狂いっぷりに、我ながら呆れ果てるばかりである。

 

「あいつを失わずに済む道を選んだつもりで、二度と会えない身になった……自由な選択をしたつもりで、首輪と鎖付きで飼われる身になった……私は矛盾し続けている。そんな事、私が一番よく理解しているよ」

 

 自分で口にしてみると、余計にどれだけおかしな思考の持ち主かがはっきりとして、ますますため息が重くなる。

 しかしそれがなぜだか、他人事に思えるほどどうでもいいことに思えていて、自分自身の不可解さに苦笑が溢れる。

 考えれば考えるほど、人とは相入れない存在になっているのだと自覚できた。

 

「だが、そんな事どうでもいいんだ……私は私のまま在り続けたい、あいつを愛し続けたままでいたい……それだけのことだ」

 

 そんな彼女を支える唯一のものは、もう彼女の目の前に現れることはない。

 一方的に解決策を強行し、身勝手に別れを告げ、突き放した女騎士は、彼の姿を瞼に思い浮かべたまま、魔女に再度剣を突きつける。

 その姿に、プレシアは思わず呆れた表情でアインを見つめていた。

 

「……滑稽ね、あなた」

「自分でよくわかっているよ」

 

 ケラケラと嗤うアインの前で、プレシアはこれまで以上にイライラとした様子を見せ始める。

 どうでもいい話を聞かされた苛立ちか、時間を無駄にしていることへの焦燥か、空気を読まない女騎士の態度への怒りか、それとも。

 

 同族嫌悪というものか。

 

「いい加減終わらせようか…! この無意味な戦いを‼︎」

「無意味というなら退きなさい…! 私の願いの邪魔をしないで!」

 

 バリッ!と互いに迸った雷光がぶつかり合い、激しい火花が両者の間で弾け飛ぶ。余波だけで壁を砕くほどのそれを、互いの得物に宿し、次で決着をつけるほどの全力を注ぎ込んで行く。

 だが、いざ飛び出そうと女騎士が身構えた時、彼女たちの頭上の天井が粉砕され、何者かが飛び出してきた。

 

「いや…! もう終わりだよ、プレシア・テスタロッサ!」

 

 息を切らせ、そう吠えるクロノ。彼の額からは血が流れ、壮絶な死闘を繰り広げてきたことを物語っている。

 そして彼の声には、妄執に囚われる魔女とそれに立ち向かう異形の騎士に対する怒りが、ありありと表れていた。

 

「どんな魔法を使っても……過去を取り戻すことなんてできやしない。そして、死者に償うなんてこともできはしない…!」

 

 プレシアは叫ぶように語るクロノに、ギロリと鋭く突き刺さるような視線を向けて黙り込む。バリバリと帯電する杖を持ったまま、まっすぐに見下ろしてくるクロノを睨みつける。

 

「世界はいつだって…『こんなはずじゃない』ことばかりだよ…ずっと昔から……いつだって、誰だってそうなんだ」

 

 少年の目にもまた、魔女と女騎士の目に浮かんだものと良く似た感情が表れている。そしてそれは、離れた場所にいるリンディの目にも似たものである。

 かつて大切な人を理不尽に奪われた、心に刻まれた深い痛みを知るがゆえに、クロノはその傷口の抉り合いを続ける彼女達に、激しい怒りの声を向けていた。

 

「こんなはずじゃない現実から……逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。だけど…自分勝手な悲しみや後悔に無関係な人間まで巻き込んでいい権利は……どこの誰にもありはしない!」

「…クロノ」

 

 雄々しく吠え、デバイスを突きつけるクロノに、アインは剣を構えたままスッと目をそらす。

 一進一退の戦いに増援が加わり、均衡が崩れ始めたその時。

 

「ーーー母さん…!」

 

 一人の少女の声が、玉座の間に大きく響き渡った。

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