【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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9.伝えたい想い

「……母さん」

 

 ガラガラとどこからともなく、庭園が崩壊していく音が聞こえる。

 プレシア・テスタロッサがこの地へ移り住んで数年、役目を全うしつつある時の城が、その命を終わらせようとしている。

 

 そんな危険な地に足を踏み入れ、魔女の作った人形ーーーフェイトは、か細くも意思のこもった眼差しと、声をプレシアに向ける。

 プレシアは用済みとなった人形に胡乱げな目を向け、不機嫌そうに眉をしかめる。呼ばれても答えることなく、重苦しい沈黙が降りたその時だった。

 

「ウッ…

 

 突如、その場で口元を押さえ咳き込むプレシアを目にし、フェイトはハッと息を飲む。背を曲げ、新井行きを着く彼女の手に赤色が付着していることに気づくと、フェイトは慌てて駆け寄ろうとする。

 

「母さん…!」

「……何を…しにきたの…?」

 

 しかし、母の身を案じる声は、母によって止められる。

 かつての恐怖と癖が蘇ったか、ビクッと肩を震わせて立ち止まるフェイトに、プレシアは憎憎しげな視線を向けて背筋を正す。

 

「消えなさい…もうあなたに用はないわ……」

 

 心配も手助けも求めない。お前の全てを必要としていないとでも言いたげな魔女の態度に、少女はぐっと唇を噛み、後ずさりそうになる。

 

 しかしその時、フェイトはどこからか強い視線を感じ目を見開く。

 振り向くとそこには、真剣な表情で見つめてくる、緑の体液に汚れた女騎士の姿があり、フェイトに驚愕で瞠目させる。

 しかし、彼女の中に芽生えたのは恐怖ではない。

 自分を見守り、行動の全てを見届けようという意志を感じ、怯えて凍りかけていた心が、再び熱を取り戻し始めた。

 

「あなたに……言いたいことがあって来ました」

 

 小さく深呼吸を行い、フェイトは再びプレシアに向き直る。

 苛立たしげな態度を取られても臆することなく、自分の中にある想いを解き放とうと、しっかりとその場に立ち、魔女と対面する。

 

「…私は…ただの失敗作で、偽物なのかもしれません。アリシアになれなくて……期待に応えられなくて、いなくなれって言うなら遠くに行きます。…だけど私は…フェイト・テスタロッサは……」

 

 すっと上げ、まっすぐに魔女に向けられた目に宿る、優しい光。

 何度も迷い、悩み苦しみ、糸に引かれるままに彷徨い続けてきたかつての人形が、自分の中に見出した心。その中にあった、母に対する真なる想いを、フェイトは迷わず告げる。

 クロノさえ、驚愕で大きく目を見開くほどに美しい笑顔で、心を凍結させた魔女に贈り届ける。

 

「あなたに生み出してもらって、育ててもらった…あなたの娘です。今までずっと……今も、きっと」

 

 胸元に手を当て、ぎゅっときつく握りしめられた少女の手が、想いの強さを表す。これだけは決して、誰にも否定させないという確固たる意志を見せつける。

 クロノとアインは、そんな少女の覚悟と思いを見守るように、何も言わずにその場に佇む。犯罪者の捕縛など今は一切考えず、じっと一つの母娘の行く末を見届けようとしていた。

 

「母さんに笑って欲しい。幸せになって欲しいって気持ちだけは…本物です。私の…フェイト・テスタロッサの、本当の気持ちです」

 

 魔女も無言のまま、蓄え続けていた思いを口にした少女を見つめる。

 だがアイン達と違い、魔女の目にあるのは呆れた感情だった。崩れる城や広がる虚数空間の穴、逃げ出さねば全てが終わるような惨状の中で、甘い事を口にする出来損ないの人形を凝視する。

 やがてそれは表情にも表れ、プレシアはハッと大きな声で嘲笑い、フェイトを鋭く睨みつけた。

 

「だから何⁉︎ いまさらあなたを娘と思えと言うの⁉︎」

「あなたが……あなたがそれを望むなら、私は世界中の誰からも、どんな出来事からもあなたを守る」

 

 かつては肩を震わせ、怯えるばかりであった魔女の怒号にも臆する事なく、フェイトは穏やかな笑みを浮かべたまま、母の方へ歩み寄っていく。

 近づいてくる、娘の姿をした出来損ないの人形を前にし、プレシアは無意識のうちに、一歩後ずさっていることに気がついた。

 

 なぜ、後ずさったのか。この人形を相手に何を恐れたというのか。自分の行為に疑問が生じ、初めてプレシアの表情に動揺が混じる。

 戸惑い、一筋の冷や汗を垂らして困惑をあらわにするプレシアの元へ、フェイトは少しも目を逸らさないまま歩み寄る。

 

「私があなたの娘だからじゃない……あなたが、私の母さんだから」

 

 そう言って、手を差し伸べるフェイトを前にして、プレシアの思考はますます鈍化していく。

 何も気にする必要はない。ただの人形の戯言なのだと、自分にはもう関係のないどうでもいい存在なのだと、視覚からも聴覚からも追い出し、認識自体してやらなければいい。

 なのに、なぜかプレシアは自分の視線をそらすことができなかった。

 

 ーーーくだらない。

 

 しかしだからと言って、自分が口にした言葉の全てが消え去ったわけではない。それまで抱いていた人形に対する感情が、偽りに変わったはずがない。

 自分のうちにあるすべての感情に蓋をし、はっきりと拒絶するためにそう吐き捨てようとした時だった。

 

 プレシアの体が、自分でも不思議なくらいスムーズに動き、フェイトに飛びかかり、その体を押し飛ばしていた。

 

「⁉︎」

「プレシア・テスタロッサ!」

 

 突然の凶行に、自体を見守ろうと下がっていたクロノが怒号をあげ、フェイトは絶望に目を見開く。

 同時に、アインもまたプレシアに向かって走り出し、下げていた剣を大きく振りかぶっていた。

 

 向かってくる女騎士の、敵意に満ちた鋭い目に気づいたフェイトは、母に向けられている刃を止めようと、倒れこみながらバルディッシュを構える。

 しかし、アインは急に方向を変え、逆にプレシアをかばうように背を向けて立ちふさがり、手にした刃を振り下ろす。

 

 次の瞬間、ギィン!と甲高く耳障りな金属音が鳴り響いたかと思うと、赤と緑、二色の鮮血が空中に噴き上げられた。

 

「……え?」

 

 突然の事態に、飛び出しかけたクロノも、背中から倒れ込んだフェイトも固まり、見開いた目で目の前の光景を凝視する。

 二人の前にあったのは、大きくえぐられた脇腹を押さえ、俯せに倒れ込むプレシアと、同じく欠損した脇腹を押さえて膝をつき、大量の脂汗を顔爺から吹き出させるアインという。

 我が目を疑う、壮絶な光景だった。

 

「ぐ……あ……」

「母さん! アイン!」

 

 ごぼりと緑の血を吐き、剣を支えにしながら目を見開くアインと、苦痛のため過呼吸もまともにできないでいるプレシア。あまりに急な展開にフェイトは混乱に陥るも、即座に二人の身を案じ、駆け寄っていく。

 だがそばに寄ろうとした少女を、女騎士は片手で制し追い返す。代わりにクロノがある一点を睨みつけ、アインを庇う位置に入った。

 

「アルデブラント陸士! これは…」

「……! どういう、つもりだ……!」

 

 クロノはデバイスを構え、その方向にーーーアインとプレシアを貫いた金色の閃光が迸った方向を睨みつける。

 アインの、苦痛に満ちながらもどすの利いた声が、姿の見えない襲撃者に向けられる。

 

 その直後、アイン達のいる方に、コツコツと一つの靴音が響き渡ってきた。

 

「さすがです…あの一瞬で僕の気配に気づき、あの二人を救うとともに反撃に転じようとは。まったく……そううまくはいきませんよね」

 

 瓦礫の積み重なった闇の向こう側から、そんな苦笑交じりの声が届き、アインとクロノはギロリと視線を鋭くさせる。

 研ぎ澄まされた刃、いや、鋭利に尖った凶器のような目が、この突然の凶行をなした乱入者を射抜き、凄まじい気迫をほとばしらせた。

 

「どう言うことかと聞いている…! 小娘!」

「わかりませんか、アルデブラント陸士」

 

 怒りをあらわに咆哮をあげるアインに対し、その人物はーーーインシグニア・ジムニーは困ったように首を傾げ、笑いかけるのだった。

 

「この事件をーーーいいえ、全てを終わらせに来たんですよ」

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