【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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第Ⅺ章 切り札はその手の中に
1.番犬の謀反


 ズシン、と音を立て、最後の傀儡兵が仰向けに倒れこむ。

 胸に大穴を開けられ、毒で錆つき、あちこちが氷漬けになったそれを見下ろし、ムーヴは荒く息を吐きながら踵を返す。

 あたりに転がる敵の残骸を見渡し、それらを破壊するのにかかった決して短くない時間に顔をしかめつつ、無言で佇んでいる上官の元へ駆け寄る。

 

「…マンダリン陸佐!」

 

 ダイヤの銃士に呼びかけるが、彼はそれに答えず、じっと足元に目を向けている。訝しく思ったムーヴは、一体何を見ているのかと彼の隣に向かう。

 

「こっちの傀儡兵はすでに全滅させまし……これは⁉︎」

「ムーヴか……どうやら、俺達は一足遅かったようだ」

 

 それがなんなのか気づいたムーヴが、仮面の裏で驚愕に大きく目を見開いて絶句する姿を、サクソは横目で見やり唸るような声をこぼす。

 

 瓦礫と残骸の中に倒れこんでいたのは、彼らの部下達の変わり果てた姿だった。

 ナディア・ミラジーノとジンガー・ケイマン。性格にやや難がありながらも優秀な戦力を有し、本任務において期待をかけられていた二人の騎士。

 そのはずなのに、二人とも胸を真っ赤に染めたまま、光を失った目で虚空を見つめている。もう二度と何も映すことのないその目からは、無念の証か涙の筋が溢れていた。

 

「ジンガー…ナディア……どうして二人が。まさか、傀儡兵に……?」

「わからない…俺がここに来た時には既に」

「い……いったい誰がこんな事を⁉︎」

 

 部下に起きた訃報に、ムーヴは表情を引きつらせながら辺りを見渡す。

 管理局に属する以上、殉職する局員が出るのは仕方がないこと。荒事を専門に行う部隊にいれば特に当たり前のことであり、覚悟をしていなかったわけではない。

 しかし、この二人の死はあまりに唐突すぎた。彼らの有する力は、そう簡単に突破できるほど生温いものではなかったはずだからだ。

 

「この二人の相手は、この程度の傀儡兵では足止め程度にしかならないはず………なのに、なぜ⁉︎」

 

 自分の目が信じられないと、仮面の奥を冷や汗でいっぱいにしながらムーヴは誰にともなく問いかける。

 サクソはじっと二人の部下の亡骸を見下ろしていたが、やがてわずかに目を見開き、遺体のある点に注目し始める。

 それは遺体において最も目立つ点であり、たった一つしかない傷跡。胸の中心から背中側まで達し、心臓を真っ二つに両断している痛々しい傷跡だった。

 

「…見ろ。外傷があまりになさすぎる。ろくな抵抗もできないままやられたと考えるべきだ」

「だったら尚更…!」

 

 実力者を相手にそんなことができる猛者が敵にいるのか、と否定の言葉を口にしかけるムーヴ。

 しかしじきに、その表情がが愕然としたものに変わり始める。

 サクソが何を言わんとしているのか、そしてその推理が示す下手人の顔を思い浮かべてしまい、ムーヴの顔色はみるみるうちに悪化していく。

 

「……まさか」

「考えうる最悪の状況だ…一番恐ろしいのは、俺達がここに来るまでそれを悟らせなかったやつの仮面の分厚さだ」

 

 サクソはナディアとジンガーの亡骸を抱え、仰向けに体勢を変えさた後、開かれたままの瞼を閉じさせる。

 別れの言葉もないままに逝ってしまった部下達に黙祷を捧げ、同時に彼らをこのような目に遭わせた敵のことを思い、激しい怒りと悲しみを同時に抱く。

 

 悔しさ、憎しみ、怒り、疑問。あらゆる感情がサクソの胸の中で渦巻くが、それを抑えながらサクソが拳を握りしめる。

 今最も懸念すべきは、本事件の黒幕ーーーいや、おそらくは利用された魔女のところに向かった、旧知の女騎士のことだった。

 

「いかん…あいつが危ない」

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「ぐふっ…!」

 

 ひび割れた地面に膝をつき、アインが苦悶の声をこぼす。口と腹部の傷からは大量の血液が噴き出し、あっという間に足元を緑色に染め上げていく。

 手のひらで傷口を押さえるも、溢れ出す鮮血を抑えるには至らず、グラグラと揺れる視界で地面を凝視することしかできない。

 

「効くでしょう? ただでさえあなたの肉体は、度重なる戦闘のダメージを負い続け、その上()()からの一撃……立つこともままならないでしょう」

 

 ガクガクと全身を震わせ、項垂れる女騎士に向けて、緑の血に濡れた剣を下げた少女が愉しげに笑う。

 任務への忠実さを全身で表してきた少女騎士の変貌を前に、アインはもちろんクロノも絶句し、フェイトやアルフに至っては驚愕で理解が追いついていない様子。腹部をえぐられたプレシアも、激痛に唸りながらその光景を凝視し、顔を歪める。

 次の瞬間、ごぼっ!と大量の血がアインの口から吐き出され、尻餅をついたまま固まっていたフェイトを正気に帰らせた。

 

「母さん……アイン!」

 

 慌てて立ち上がり、女騎士達の元に駆け寄ろうとしたフェイトだが、背筋に走る寒気にすぐ足が止まる。

 コツコツと靴音を響かせて向かってくるインシグニアの、人間どころか生物と思えないほどの殺気に気圧され、それ以上近づくことができなかった。

 

「インシグニア・ジムニー! 一体何のつもりだ⁉︎」

「言ったはずです。この事件に終止符をうちにきたんですよ……僕の、本当の使命を果たすために」

「使命だと…⁉︎」

 

 代わってクロノがデバイスを構え、鋭く声を上げて詰問をするが、インシグニアはその気迫を全くものともしていない様子で微笑みを返す。

 意味のわからない返答に戸惑い、冷や汗を流して体を強張らせる青年に、少女騎士は突如遠い目で虚空を見つめ、ため息混じりに語り始めた。

 

「長かったですよ。本当に……一局員として今の地位に就くのも、マンダリン陸佐やカムシン陸尉に近づくのも、そして何より……自然にアイン・K・アルデブラント陸士に接近し、本事件に接触するまでも」

 

 その声はまるで、長き人生の全てをかけて打ち込んできた何かが報われようとしているような、そんな満足感を感じさせる柔らかな声だった。さらにはうっとりとした恍惚な表情が、少女騎士の正気を疑わせる。

 この惨状にあまりにも似つかわしくない、そして何より狂気的な執着を感じさせる言葉に、その場にいた誰もが言葉をなくしていた。

 

「やっと報われる……やっと僕の努力は果たされる! 僕の悲願は、今この場でようやく果たされるんです……!」

 

 ぎゅっと胸の前で指を組み、天井に潤んだ目を向けて叫ぶ様は、天からの啓示に歓喜する狂信者のよう。

 美しい要望の少女が見せる狂った姿に、フェイトやアルフはぞくっと全身に震えを走らせ、怯えた目を向ける他になかった。

 

「ああ…! 何という喜びでしょうか!」

 

 剣を振りかざし、付着したアインの血を撒き散らして、インシグニアは自身の狂気をこれでもかと表す。

 

 だが次の瞬間、その笑顔が固まる。

 いつのまにか、彼女の周囲には無数の青色の魔力の刃が展開され、ずらりと一切の逃げ場をなくす形で浮遊していたのだ。

 

「…何をしでかすつもりか全くわからないが、聞く気もない。君のやった事は…重大な裏切り行為だ。今この場で拘束させてもらう!」

 

 近くを置き去りにする速さで魔法を完成させていたクロノが、天井を仰いだまま立ち尽くすインシグニアに告げる。

 上下左右前後、どこに逃げようと絶対に逃げられない布陣を用意し、謎と狂気に満ちた裏切り者に警告する。

 

「スティンガー・レイ!」

 

 殺しはしなくとも、動けなくなるほどに痛めつけるつもりで、クロノは生み出した刃を撃ち放つ。

 着弾するまでに一瞬も必要ない、加減はしつつも容赦のない猛攻が、インシグニアを撃ち貫かんと一斉に放たれる。

 

 しかし、いっそ絶望的な魔力の刃の雨を前にしてなお、インシグニアの笑みは消えていなかった。

 

「無駄ですよ」

 

 小さく、ぼそりと呟く声が聞こえた時には、凄まじい閃光と轟音が辺りに鳴り響いていた。

 決着はついた、と確信していたクロノは、目の前にある光景に一瞬思考を忘却する。

 

 インシグニアは、無傷だった。

 黒鉛の後ろ、クロノの魔法が炸裂した位置とは一歩ほどずれた位置から姿を現した。そして悠々とした態度でクロノを見つめ、呆れたように剣を肩に担いで、とんとんと鳴らしてみせていたのだ。

 

「…バカな」

「一直線に向かってくるだけの魔力刃なんて、わかりやすすぎますよ。こんな隙間だらけの配置じゃ、ぬるすぎて誰も捕まえられませんねぇ」

 

 本気でそう思っているように、インシグニアの態度には落胆が混じって見える。どうしてこの程度のことができないのかと、期待を裏切られたような様子を見せている。

 クロノは戦慄に硬直し、少女の姿をした化け物を凝視するばかりだ。

 

 言葉も出ないクロノに代わり、通信越しにリンディが鋭く睨みつける。しかし彼女も、状況の急変に戸惑い、内心の動揺を隠しきれずにいた。

 

『インシグニア・ジムニー…! あなた…何を考えているの⁉︎』

「ハラオウン執務官……そしてハラオウン提督、あなた方は僕にとって非常に好ましい人物だ。融通が利きづらいところを除けば、本当に…」

 

 鋭い視線を向けられ、ほんの一瞬インシグニアが悲しそうに目を伏せる。それは本心からこの状況を悔やむようで、できることなら避けたがっていたような、そんな雰囲気を感じ取る。

 思いもよらない反応にリンディは目を見開き、詰問の声を途切れさせてしまうほどだ。

 しかしインシグニアのそんな表情はすぐに消え去り、代わって二人の局員にに冷徹な氷のような眼差しが向けられた。

 

「ーーーだからこそ貴方方には、ここで消えてもらいたいのです」

 

 ギラリ、とインシグニアの剣が掲げられ、鋭い光を反射する。ザリッ、と地面が踏みしめられ、クロノに向けて剣先が突きつけられる。

 慌てて我に返るクロノに向けて、インシグニアが刺突の構えを取った時。

 

 ドッ!と凄まじい勢いで飛び出した青い影が、インシグニアに襲いかかり、剣同士を食らい合わせて甲高い金属音を鳴り響かせた。

 

「……驚きました、まだここまで動けたのですか」

「ハァ…ハァ…! あいにく頑丈さだけが取り柄でな……」

 

 突然の襲撃をたやすく受け止めながら、驚いた声を上げるインシグニアに、アインは血反吐とともに荒い息を吐き、凄む。

 ギリギリと両手で握った刃を押し込もうとするが、片手で券を持つ少女剣士を押し切れないことに焦る。負傷で弱ったことを差し引いても、インシグニアの力は異様だった。

 アインは悔しげに舌打ちし、ギロッと背後に目を向ける。そして呆然と立ち尽くすクロノに向けて、低い声で告げる。

 

「クロノ…無事ならさっさとフェイト達を連れて退け。私が奴を引きつける」

「馬鹿なんですか…⁉︎ その状態で……」

「いいから早く行け!」

 

 ガァン!とアインの剣がインシグニアに弾かれる。

 体勢を崩されたアインは、思い切り歯を食いしばってから地面を踏みしめ、幾度も少女騎士を狙って刃を振るう。どぷどぷと傷口から鮮血が吹き出すことも厭わず、己の意識が持ち続ける限り剣を振り続ける。

 それが止まってしまった時、終わるのは自分だけではなく、後ろに控えた少年少女も危険にさらすと知っているためだ。

 

「困りましたね……僕個人としては、あなたのことも傷つけたくはないんですよ。事が済むまで大人しく寝ていてもらえないでしょうか?」

「なめるな、小娘!」

 

 平然とした様子で、インシグニアは怒涛の勢いで攻め立てるアインの剣をさばき続ける。

 痛みと苦しみを押し殺し、命を燃やすような勢いで振るわれる全ての攻撃を、少女騎士はまるで赤子の手をひねるかのような表情で受け流し続ける。

 

 その異様さにクロノやフェイトはもちろん、相対するアイン自身が最も強く驚愕していた。

 

(何だ、こいつの剣は…⁉︎ 私に完全に追いついている……いや、理解しきっている⁉︎)

 

 アインが驚愕しているのは、自分の剣が軽くあしらわれていることではなかった。

 攻撃されたから防いでいるのではない。どこに攻撃されるかを完全に理解し、まるで迎えるように自分の刃を置きにきているのだ。フェイントも騙しも関係がない、全てが読まれてしまっている。

 自分が何かの筋書きに入れられているかのような違和感に、アインの精神は徐々に余裕を奪われていた。

 

(時間稼ぎなどしている暇はない! 今の私では、こいつは全力で仕留めなければ、こっちがやられる!)

 

 ひときわ強く刃を振るい、弾かれる勢いを利用して後ろに下がる。

 そして、足をついた瞬間に前に出て、相手の意識の波間を探る。かつてフェイトに行った奥義をもってして、少女剣士を生死問わず、本気で仕留めにかかる。

 そうして、後ずさったままの少女の首に自分の刃を叩き込もうとした時。

 

それ(・・)はもう覚えました」

 

 自分の目と鼻の先から聞こえた声に、アインの動きが止まる。

 インシグニアが自分の刃を避け、自分と同じように意識の波間に潜り込み急接近していた、脳が理解した時には、アインの全身の至る箇所につっと切れ目が走り、大量の鮮血が噴き出していた。

 奥義が破られただけでなく、己のそれを超える純度で模倣されたと気づき、アインはひたすらに困惑と驚愕に陥った。

 

「ぐっ……がっ……⁉︎」

「アルデブラント陸士!」

 

 脳から一気に血の気が引き、思考が全くまとまらなくなると、アインは目を見開いたまま前のめりに崩れ落ちる。

 自分の体から噴き出た鮮血の沼に沈む様を、インシグニアは困り顔で見下ろし、小さく溜息をこぼす。

 

「あなたの剣は……全て学習済みです。非常に良い教材でしたよ……もう少し語らっていたかったのですが、あいにくここもあまり長く持ちそうにありませんね。手早く用事を済ませてしまいましょう」

 

 チャキ、と腰に剣を納め、インシグニアが踵を返して歩き出す。

 向かう先にいるプレシアは険しい顔で彼女を睨みつけ、アインと同じく傷つけられた脇腹を抑える。だが、痛みと失血のせいでそれ以上動くことができない。

 インシグニアはそんなプレシアのすぐそばまで歩み寄り、襟首をつかんで無理矢理立たせる。

 無理な体勢で息がつまり、苦悶の声を漏らすプレシアの姿に、フェイトが悲痛な悲鳴をあげる。

 

「母さん!」

「プレシア…!」

「それ以上は……近づかないことをお勧めします」

 

 いまにも死にそうな顔を見せるプレシアに、フェイトとアルフは即座に駆け寄ろうとする。だが、プレシアの喉元に突きつけられる刃を目にし、グッと声を詰まらせて立ち止まる他になくなる。

 それに満足げな笑みを浮かべるインシグニアに、囚われの身となったプレシアが、憎々しげな目を向けて、か細く痛々しい声を上げる。

 

「…何をするつもりなの」

「あなたには、生贄になっていただこうと思いまして……何、どうせ老い先短い命です。少しくらいは役に立ちますよ」

「何をするつもりなのかと聞いているのよ…!」

 

 これから何をさせられるのか、それが自分にとっても他の誰にとってもろくでもないということは、この少女騎士のイカれた姿を見れば予想がつく。

 内容がわからずとも、この少女の思考が並の人間と外れたものを描いていることだけは確かで、プレシアのこめかみを冷や汗がつたり落ちる。

 

 そんな彼女の想像を正解だと嘲笑うかのように、インシグニアは胸元を開き、その中から数個の青い菱形の宝石を浮かび上がらせた。

 

「抑止力を生み出すのですよ……次元世界の平和のために」

 

 プレシアは、インシグニアを囲むように浮かぶいくつもの魔法の宝石に目を見張り、より一層顔色を悪化させていく。

 いま、この場にあるジュエルシードのシリアルナンバーとは異なる数字、管理局のあの少女が確保してきたナンバーのロストロギアが目の前にあるのだ。

 

「ジュエルシード…しかも、そのシリアルナンバーは!」

「もう隠す必要がありませんからね。そろそろ、主役に登場していただくこととしましょうか」

 

 絶句するプレシアや、同じく目を見開くクロノやアイン、そして理由不明の恐怖で身を強張らせるフェイトとアルフの前で、インシグニアが手を高く掲げる。

 まるで、舞台を独占する主役のように。

 

「さぁ、起きろ。フォーティーン」

 

 その声が響いた直後、騎士と魔導師たちが集う玉座の間の天井がーーーいや、空間が割れる。

 そしてその奥から、一度その姿を露わにした巨大な邪神が、割れた空間をさらに押し広げながらこちら側に現われ出でてくる。

 

 深く傷を刻まれ、潰された片方の目の分も憎悪と憤怒に歪めた目を、倒れ込む女騎士に向けながら。

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