【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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2.邪神再臨

「…あ、あれは…!」

 

 現れたそれを前にして、顔を真っ青に染めたアルフが後ずさる。

 蘇る、海上での惨劇。強大にして異質な力を持って、魔導師や騎士達をものともしない暴れぶりを見せつけた破壊の化身が、今目の前に再び現れている。

 より一層恐ろしいのは、当時に一人の女騎士によってつけられた片目の傷。潰れたそれを補うもう片方の目が、ギラギラと殺意に濡れて向けられているのだ。

 

 だが、フェイトはそうではなかった。

 邪神の再出現に驚愕し恐怖したのはもちろんだが、その近くに囚われた母がいることが、彼女から冷静さを奪い取っていた。

 

「母さん!」

「フェイト、危ない!」

「離してアルフ! 母さんが!」

 

 駆け寄ろうとする少女を、使い魔が慌ててしがみつき止める。自身の命の危機にあろうとも、主人が災厄に向かって無謀に近づこうとすることは見過ごせない。

 しがみつくてから逃れようともがく主に対し、アルフは決して離すものかと歯を食いしばり、フェイトをその場に止めようとする。

 その時だった。

 

「バスターーーー!」

 

 ボゴン!と凄まじい音を立てて、玉座の間の壁の一部が大きく吹き飛ぶ。そしてできた穴の中から、二人の騎士と二人の魔道士が飛び出してくる。

 迷宮のように広く入り組んだ道を、砲撃でぶち抜きショートカットしてきた彼らは、間の中心にある光景に目を見開き、息を呑んだ。

 

「アルデブラント!」

「アインさん!」

「マンダリン陸佐…!」

 

 見知った少女騎士に首を掴まれ、囚われた魔女。使い魔に羽交い締めにされ、ジタバタともがく金色の少女。そして、腹部を削られ膝をつく、緑の体液にまみれた女騎士。

 言葉をなくし凝視してしまうほどの惨状を目の当たりにし、サクソは眉間にしわを寄せ、呆然と立ち尽くしている同僚を睨みつけた。

 

「い、インシグニアさん…⁉︎」

「クロノ…これは一体どういうことだ…⁉︎」

 

 サクソの問いに、クロノは答えられない。彼もまたこの急な展開に圧倒され、うまく理解することができずにいるのである。

 だが流石は執務官と言うところか、次第に少年の脳は状況の整理に成功していく。起きている現実、少女の言動、そこから導かれる真実を、クロノは限りなく正確に推測していった。

 

「お前が黒幕だったのか…⁉︎ お前が奴を…あの化け物を呼び出したのか⁉︎」

「うーん…厳密に言うと『誘導した』といったほうがいいでしょうか? あれは今の状態では、一切制御の効かない本物の怪物でしかありませんから」

 

 小首を傾げ、激しい怒りをあらわにするクロノに語ってみせる、裏切りの騎士インシグニア。

 平然としたその表情に、今の状況を引き起こした罪悪感は微塵も感じられない。言い訳をする様子もない。ただ淡々と、自分の為すべきこととして、背後の空間の亀裂の中から顔を覗かせる邪神に、満足げな目を向けていた。

 

「ですがこれさえあれば、彼は多少言うことを聞いてくれるんですよ。ギブアンドテイクの精神は持ち合わせているようで……ちょうどいい獲物が発掘されたので、本当に助かりましたよ」

「獲物…? ちょうどいい…?」

 

 そう言って、彼女は自身の周りに浮かぶ数個の魔法の宝石に手を添える。

 何が何だかわからないと言った様子で、インシグニアとアインに交互に視線を向かわせるなのは。

 

 その隣でユーノが、険しい表情で少女騎士を睨みつける。

 全ての根源、自分の過ちでもある最初の事件との関わりに、思い至ってしまったのだ。

 

「最初から……ジュエルシードが目的だったんですか⁉︎ そのために、僕のことも利用していたんですか⁉︎」

「ジュエルシードじゃなくても良かったんですけどね。高圧縮されたエネルギーを吸収できるものであれば…」

 

 ユーノの激昂で、なのはは急に理解してしまう。

 ユーノが古代の遺跡から発掘し、運び出そうとしていたジュエルシード。その途中、次元航行船は事故に遭い、危険な魔法の宝石は地球にばらまかれてしまった。

 偶然ユーノと出会ったなのははジュエルシードの回収に手を貸し、同じくそれを求めるフェイト達とぶつかることとなった。

 果たしてこれが、ただの偶然だったのか。

 

 その真相を示すインシグニアの言葉に、そして倒れ伏すもう一人の師の痛々しい姿に、なのはの中で怒りがふつふつと湧き上がる。

 だが、向けられる憎悪の視線に、インシグニアは微塵も堪える様子を見せなかった。

 

「彼にとってこれはご馳走ですから…前回もそうやって呼び出したんです。どこにあるかもわからないロストロギアを探すには、どうしても発動が必要でしたし。思った通りに動いてくれて助かりましたよ……フェイトさん」

「わた…し…?」

 

 突如名を呼ばれたフェイトは、呆然とインシグニアを凝視して固まる。母の元に向かうために藻搔いていたことも忘れ、急に背筋に走った寒気に震えだす。

 少女騎士はあいかわらずの朗らかな笑顔のまま、安心したように胸に手を当て、フェイトにぺこりと頭を下げる。

 

「功を焦ったあなたならきっと…ああしてジュエルシードの強制解放に踏み切ってくれると思っていました」

「…私の、せいで……あの化け物が…⁉︎」

「いいえ…あなたのおかげです。あなたのおかげで僕の計画は進んだ……感謝していますよ」

「っ…! お前…ふざけるな!」

 

 丁寧な口調で、愉しそうに残酷な真実を告げられたことで、愕然と膝をつくフェイト。力の抜けた主を案じ、荒い息を吐き始める彼女を抱きかかえたアルフは、キッとインシグニアを睨みつける。

 だが、それ以上動けない。少女騎士の後ろで佇む邪神の圧に押され、使い魔は憎い相手に立ち向かうこともできない。何より、その場に今の状態のフェイトをおいていけなかった。

 

「そんな物騒な存在を呼び出してどうするつもりだ! 制御できない本物の怪物だとわかっていて、なぜここに誘導した⁉︎」

「ええ…今の状態ならばね?」

 

 アルフ達に代わって怒号を上げるクロノに、インシグニアは待っていたとばかりに上機嫌に笑う。

 舞台役者の口上のような浮ついた声に、デバイスを構えるクロノの表情はますます険しくなる。同時に吹き出す冷や汗の量も増え、クロノの背には不快感が募り続けた。

 

「ですが……今からあれは兵器に変わるんです。あなた方には、その最初の目撃者に、そして見せしめとなっていただきましょうか」

「見せしめ…だと⁉︎」

「…残念だが、そうなるつもりはない」

 

 クスクスと声を漏らすインシグニア。

 それを遮るように、ガシャン、と音を立てて、サクソの構える醒銃が光沢を放つ。それに付き従うムーヴも、クラブの槍を振り回し、闘志をあらわにする。

 

「正直うまく理解が及ばんが……お前がこの惨劇の元凶であることはわかった。この手で捕らえ…いや! 討ち取る!」

「…隊長にそんな目を向けられるとは、悲しいですね」

「俺を隊長と呼ぶか…この裏切り者め…!」

 

 キンッと甲高い音が鳴り響き、二人の騎士は裏切り者の騎士を見据え、各々の武器を構える。

 インシグニアの顔から笑みが薄れ、より冷たい雰囲気が漂い始めたその時。

 ズバッ!と彼女の真下から鋭い突きが放たれ、即座に身を引いたインシグニアの前髪を一部、切り裂いた。

 

「…あなたもしつこい方だ。その傷、いい加減お休みになられたらいかがですか?もう十分働いたでしょう」

「……社畜なものでな、動かずにはいられないんだよ!」

 

 ゲホゲホと血を吐きながら、アインはなおも衰えることのない目でインシグニアを睨み、剣を杖に立ち上がる。だが、ガクガクと震える足はまともに動いてくれず、グラグラと視界も揺れて役に立たない。

 それでも立とうとするアインを見やり、インシグニアは呆れたため息をつく。

 片手に持った魔女の体は軽く、移動にさして苦はない。だが、こう何度も必死の奇襲をかけられ、上機嫌だった彼女も眉間にしわを寄せ始めた。

 

「ぐっ…!」

「ハハハハハ…! もうそんなに頑張らなくてもいいんですよ? あなたの役目はもうおしまい…これからは、僕が次元世界の守護者となるのですから」

 

 刺々しい目で見下ろし、インシグニアは笑ってそう言う。

 ぼたぼたととめどなく血を流し、口からも大量に血反吐を吐き、しかしアインはやがて、フッと少女騎士を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。

 

「ハッ…ただ腕が立つだけの小娘がっ……吠えたな…! どういう…方法でそれを制御するつもりか…知らんが、大それた欲……は身を滅ぼすぞ」

「欲…」

 

 アインがそう告げた直後、インシグニアの表情から一切の笑みが消え、恐ろしいほどの殺気が迸り出す。

 ギョッと目を見開いたアインに向けて、次の瞬間鋭い蹴りが放たれ、傷ついた腹部に炸裂し吹っ飛ばす。アインは苦悶の声も出ないほどに悶絶し、ぶしゃりとより強く血を吹く脇腹を抑えて、地に伏せた。

 

「…あなたは僕が、単なる欲望でこんなことをしているとでも思ったんですか?」

「ぐっ……あんな…化け物を呼び出すやつの考えなど、そうそう変わらん」

「…そうですか、あなたはそう言いますか」

 

 全身を緑に染め、ガクガクと腕を震わせるアインに、インシグニアは目を伏せ、大きなため息をつく。

 なぜか、傷つきながらも嫌悪の目を向ける女騎士に対する、彼女の表情は寂しげに見え、見た者に戸惑いを抱かせる。アインにそんな視線を向けられることを、嘆いているかの様だ。

 しばらく黙り込んでいたインシグニアは、やがて虚空を見上げ、ため息混じりに声を放った。

 

「あなたは…いまの次元世界を見てどう思いますか?」

 

 憂いを帯びた、心の底から案じる様な声に、アインは訝しみ眉間にしわを寄せる。

 なんの前触れもない、今彼女がやろうとしている行いとは真逆の性質を持った問いに、女騎士と魔導師達はひたすらに困惑の目を向ける。

 

「どういう意味だ…⁉︎」

「手も足りないのに増やしていく管理世界…杜撰な管理で被害を被る管理外世界、使い潰されていく人材……何より、そんな犠牲をものともしない肥え太った上層部の面々…あまりに醜く、悍ましい」

 

 邪神が何も言わず、何もしないまま佇む空間の中心で、少女騎士が遠い目で呟く。そこに混じる嫌悪は、この場にいない、決して出てくることのない、権力を笠にきた俗物達に向けられているのだろうか。

 冷たい、笑み一つない無表情で語っていたインシグニアの目が、不意にメラメラと怒りをたたえ始める。

 

「そして、本当に救いを求める者のためには、彼らは戦わない。薄汚い欲望で正義を汚し、世界の全てを腐らせる寄生虫そのもの…! そんなものと一緒にされたくなんてありませんよ」

 

 ギリギリときつく歯を食いしばり、まるで悪鬼の様な形相に変わった少女騎士は、握りしめた拳からも血をーーーアインと同じ異形の血を流し、激昂する。

 なのはやフェイトは、インシグニアのその気迫に押されごくりと息を呑む。真正面から相対しているわけでもない、直接向けられているわけでもないのに、はっきりと伝わる強烈な憎悪と忿怒の感情に、全身が金縛りにあったように動かせなくなる。

 インシグニアは、しばしそのまま怒りをあらわにしていたが、やがてすっと気迫を収めていく。そして最初と同じような、穏やかで自慢げな笑みを浮かべ始めた。

 

「だから必要なんですよ………悪を裁くための絶対的な力が。正義を貫くための不変の象徴が! 罪人を生み出させないための永久の導が‼︎」

「…何を言っている…⁉︎」

「インシグニアさん…⁉︎」

 

 そこでアインは、ある違和感を抱く。

 今のインシグニアは、誰もが狂気を感じる異様な思想に取り憑かれている。だがそれは、自らの経験から生み出した考えではなく、他の何かから影響を受けて生じたものに見えた。

 

 なのはは呆然と、正義感溢れる誠実な騎士だと思っていた少女を凝視し、カタカタと肩を震わせる。

 もうここに、自分の知っている彼女はいない。全くの別人が彼女のふりをし、好き勝手に暴論を口にしているのだと思えるほどに、豹変したインシグニアを信じられない気持ちで凝視してしまう。

 そしてなのはは、気のせいか奇妙なものを目の当たりにする。

 誇らしげに狂った笑みを見せるインシグニアの背後で、三日月のように歪んだ笑みを見せる、何者かの影を。

 

 彼女は歪んでいるのではない、歪められているのだ。

 この場にいない、何者かによって。

 

「だから僕は……僕の主人は決断したのです。究極の力を手に入れようと」

「まさか……!」

 

 インシグニアのその発言で、アインやクロノは確信する。

 この少女騎士が全ての黒幕なのではない。彼女を唆し、思想を歪め、意のままに操っている何者かがいるのだということに。

 途端にアインは怒りを再燃させ、腹の傷が悪化することも厭わず、立ち上がろうと藻搔く。

 幼き騎士をここまで歪めた何者かへの凄まじい怒りが、そして言葉に言い表せない少女騎士への想いが、彼女を突き動かした。

 

「誰だ…⁉︎ いったい誰がお前を…!」

『ーーー喋りすぎだぞ、インシグニア』

 

 激昂し、真実を突き詰めようと声を上げかけたアイン。

 その時だったーーー場の緊迫をかき乱すような、傲岸不遜で他者を見下す、冷たい声が響いたのは。

 

 クロノとサクソ、ムーヴはその声に目を見開き、壊れた人形のようにぎこちない動きで振り向き、言葉をなくす。

 唯一、アインだけが納得した様子で、頭上に現れた空間モニターを睨みつけていた。

 

「…お前か、ノア」

『ノア提督だーーーいい加減覚えるがいい、化け物め』

 

 そう吐き捨てるように告げ、その男はーーーサクソやインシグニアの上官にして、時空管理局提督ノア・アークは泰然と局員達を見下ろした。

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