【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「ノア、提督……⁉︎」
『て、提督…!』
『どうなってんだよ…なんで提督が!』
空間モニターの中に映し出された人物の顔を見て、サクソとムーヴ、そしてアースラ内で動いていた陸上部隊の局員達が騒然となる。
自分達をまとめる頭であり、多くの者が羨む地位と名誉を有している管理局の高官の一人。そして何より、犯罪を抑止すべき存在である法の番人。
そんな彼が、今目の前で恐るべき罪をあらわにしている少女騎士に答え、あたかも自身こそが黒幕であるかのように語っていることが、信じられなかった。
『どういう事なの、これは…!』
『どうもこうも、我が娘が先ほど語った通りですよ』
ギョッと、その言葉を聞いた全員が目を見張る。
即座に視線を巡らせ、魔女を片手でつかみ上げる少女騎士を凝視し、息を飲む。
特に驚愕をあらわにしていたのは、サクソだった。
自分の部下であり、一個小隊の隊長を任せていた実力者。
経歴も所以も全て調べた上で引き入れた、裏切られたとはいえ自分が認めた強者が隠していた事実に、信じられない気持ちでモニターの向こうの男を睨みつける。
「娘だと…⁉︎」
『私の自慢の娘です……命令を忠実にこなし、決して裏切らず、どんな任務であろうと果たしてみせる、誰に見せても恥ずかしくない最高傑作…!』
「……自分の部下を、仲間を殺させることも任務ですか?」
その場にいる全員を見下すように語るノアに向けて、ムーヴが低く轟くような声で問う。
上官と部下という関係で、親しい仲だったという認識はない。しかし間違いなく、長く苦楽を共にしてきた大切な仲間であり、決して理不尽に奪われていい命ではなかった。
二人の訃報を初めて知ったクロノも、外道に堕ちた男に鋭い眼を向ける。
「ミラジーノとケイマンを…!」
『あれも十分に従順な駒でしたがね、計画にそのまま組み込むには自我がありすぎる……それに、最近は余計な思考も混ざり始めてしまっていたので、処分させたのですよ』
『自分の部下を…! 人を何だと思っているの⁉︎』
『さっき言ったでしょう、駒だと』
激昂するリンディの声も、柳に風といった様子で全く気にした様子がない。
同じ人間とも思っておらず、ただ自分の目的のために消費されるために存在していると本気で思っているかのような調子で、鬱陶しそうに返答する。
アースラの面々も、玉座の間に集った者達も、ノアの言葉に絶句する。
人の姿をした別の何かがそこにいるかのような気分がして、何人かは激しい嘔吐感を催すほどだった。
『私が創造する世界に、主人に牙を剥きかねない犬はいらない……番犬でなくなった狂犬は、さっさと殺処分するものでしょう』
にちゃり、とモニターの向こうから気味の悪い湿っぽい音が響く。顔を見ることができなくともわかる、彼は今、とてつもなく醜悪な笑みを浮かべているに違いない。
正義の心など微塵もありはしない、自分の欲望に忠実に動き、己にのみ都合のいい未来を夢想する男の姿は、見えなくても激しい嫌悪を抱かせる。
なのにインシグニアは、それを自分も誇る様ににこやかに笑い続けていた。
ユーノやアルフは、自分たちの尺度では勝てない彼女の有様に、ブルリと全身を震わせ、顔から血の気を引かせていた。
『次元世界の平定に必要なもの……それは支配。自由だのなんだの曖昧なものは必要ない、ただ一つの神の元に統合されてこそ、平和は成るのです』
「そんなもの…偽りの平和だ!」
『それは結果が示します……全てを支配し、押さえつけた世界では、どんな争いも起こることはないでしょう』
ククク、と悪魔の笑い声が響く。
誰の言葉も届きはしない。たとえ親兄弟、彼の上官など、いかなる人物の言葉であっても、決して聞き入れないであろう狂気に、その場にいた全員が表情をこわばらせる。
怒鳴り返したくとも、どんな罵倒も意味をなさないことを理解し、クロノ達は悔しげに歯を食い縛り立ち尽くすばかりだ。
「……そんなことのために…私に近づいたの」
そんな中、苦しげな掠れた声が響く。
インシグニアに首を絞められたまま、宙吊りになっているプレシア。どうにか首と手の間に指を挟み、窒息を免れている彼女が、ギロリと殺意に満ちた目でモニターを睨みつける。
「プロジェクトF.A.T.E.の失敗…失意に沈む私に、接触してきたあなたがもたらした情報……あれも全て、こうするための行動だったのね…!」
プレシアは蘇る記憶の中、もたらされた虚構の希望と、それに縋り付いてしまった自分自身の浅はかさを恨む。
事故の賠償金やあらゆる伝手を使い、長年の苦労の末に失敗に終わった計画であり願い。絶望して崩れ落ち、もう何もかもを投げ出しかけていた彼女の元に、その男はその情報をもたらした。
もはや眉唾ものでしかない幻の地・アルハザード。そしてそこに至る可能性を秘めた凶悪な魔法の種・ジュエルシード。
世界を滅ぼしかねない力を持ったそれらについて教え、男は自分の正体を明かしつつ、協力を申し出たのだーーーその裏に、穢れた我欲を隠しながら。
「ロストロギアの暴走……それがもたらす余波と…影響についての研究、だなんて……ご立派な建前で近づいてきておいて…結局そういうことなのね、研究者なんて……!」
「貴様…まさか」
『あなたはいい隠れ蓑になってくれましたよ。このような大事、最低でも一部隊を投入しない限りこなせませんからね……なんの名目もなく動かせば、誰かが疑いますからね』
「…! 何か企んでいることぐらい、わかっていたわよ」
ぎり、とインシグニアの手がさらに力を強め、プレシアがうめき声をあげる。
悲鳴をあげるフェイトが近づこうとして、アルフに止められる様を横目に、プレシアは歯を食いしばり苦痛に耐え、吐き捨てるようにノアとインシグニアに告げる。
「…あなたが何を考えていようと、どうでもよかった……アリシアさえ取り戻せればよかった…! あなたとの契約は、そういうものだったはずよ……なのに!」
自分のたった一つの、己を含んだ全てを犠牲にしてでも叶えたかった願いを汚され、悲しき母は燃え上がるような怒りをあらわにする。
何が起ころうとも、この願いだけは邪魔されてたまるものかと奮闘し続けてきた。それを我が物顔で遮り、自分の欲望のために利用するつもりでいるこの男だけは、八つ裂きにして苦しめ続けてやりたくて仕方がない。
ノアは魔女の憤怒の形相に、はぁと呆れたため息をつく。雲泥の差もある反応の違いを見せ、面倒臭そうに魔女に答える。
『ですがその間、あなたも淡い夢に浸れたのだから構わないでしょう? 愛する娘の復活などというくだらない夢に付き合ってやったんです…その代価として、私の崇高な計画の礎になれるのですから、本望でしょう』
「ふざけないで…! 誰があなたなんかのために…!」
『ふざけているのはあなたの方でしょう』
その声はまるで、わがままばかりで聞き分けのない子供をたしなめるようで、同時に気の狂った精神病患者に対し、何もかも投げやりに乱雑に扱うかのようだ。
モニターの向こうにあるノアからの視線は、おそらく残飯にたかる蜚蠊か蝿に対して向けられるものとそう大差ないだろう。
『人間はいずれ死ぬのです。その法則を捻じ曲げ、逝った人間を連れ戻すような愚行を、誰が賞賛するのですか?』
「貴っ……様ぁ‼︎ ぐっ!」
めきり、と。プレシアの首から嫌な音が漏れる。人間離れした能力を持つインシグニアがその気になれば、たやすく魔女の首はへし折られ、物言わぬ骸と成り果てるだろう。
いつそうなるかと冷や汗をかくフェイトは、アルフの拘束から逃れようと必死にもがく。たった数mしかない距離を駆け、窮地の母の元に辿り着きたいが、何より主人のみを案じる使い魔がそれを許さない。
異様な力を持つ少女騎士と、破壊の化身のような怪物のすぐ近くに彼女を向かわせることなど、できるはずがなかった。
「母さん!」
「動かないでください…最期くらい、痛みなく死なせてあげたいので」
微笑み交じりに告げられた言葉に、フェイトはハッと目を見開いて制止する。奇しくも敵の言葉で冷静さを取り戻し、無策のまま飛び出そうとしていたことに気づき、息を飲む。
騒がしかった少女がおとなしくなったところで、ノアがくつくつと含み笑いをこぼす。
ギロリと、インシグニアを除くその場にいた全員から鋭い目を向けられるも、一切気にする様子を見せず、また独りで満足げに語り始めた。
『手間がかかったよ…ちょうどいい生贄の選別には。ただ、ジュエルシードが発掘されたことは幸運だった。あれだけの高圧縮エネルギーの塊は、餌として申し分ない。ゴリ押しで任務に関われて僥倖でした』
「あの事件も…あなたが裏で手を…! そのせいで、どれだけ多くの人間を危険に晒したと!」
『大義のためには必要な犠牲です……あなたにならわかるでしょう? クロノ・ハラオウン執務官。任務のために、痛いげな少女を見殺しにできるようなあなたなら』
小馬鹿にしたような響きを持つ声に、クロノはますます嫌悪に満ちた表情を返す。怒りを抱く相手に、自分の掲げてきた正義を汚され、勝手な同意を求められることに、腹の奥がグツグツと煮えたぎって仕方がない。
忿怒をぶつけるべき相手が、手の届かないモニターの向こう側にいることが、たまらなく腹立たしかった。
「いいや…わからないね。わかりたくともないよ、そんな野望! あなたは大義という言葉を、自分の都合のいいように勝手に解釈して使っているだけだ。正義という言葉を、自分の悪事を無理やり正当化させる為だけに使っているだけだ!」
『……これだから、世間知らずの青臭いガキは駄目なんですよね』
怒りに顔を歪めながら、毅然とした態度で否定の言葉を返すクロノに、ノアはため息交じりに吐き捨てる。
落胆、呆れ、嫌悪。どうせ自分と同類の、同じ穴の狢でしかない小僧が、自分の罪も棚にあげて糾弾してきている様が、気持ち悪いぐらいに苛立つ、そんな感情が漏れて感じる声だ。
やがてノアは、小さくため息をつく。
そして先ほどとは打って変わって晴れやかな声で、自分の指示を待つインシグニアに声をかける。
『さて…おしゃべりもこの辺りで、いい加減に事を進めるとしましょうか―――シグニア』
「はい、提督」
鼻歌でも歌い出しそうな、喜ばしくて仕方がないといった笑顔で、インシグニアが応じる。
片手でつかんだプレシアを、その場で大きく体をねじり、思い切り空中に投げ飛ばす。歯を食いしばり、苦悶の声を上げる魔女の体を、後ろで佇んでいた邪神に向けて放り上げる。
すると次の瞬間、邪神の口がバカッと大きく開き、暗い喉奥からまばゆい光が漏れ出す。
神々しくも悍ましい、汚く穢れた金色の光はプレシアを包み込み、自身の中へと取り込んでいく。あっという間に、魔女の姿は邪神の中に消え去ってしまった。
「母さん!」
「プレシアァ!」
フェイトとアルフが、消えたプレシアに向けて叫ぶが、彼女の姿はもう跡形もない。
アインやクロノ達もまた、突然の自体の変化に理解が追いつかず、動き出した邪神とその儀式をなした少女騎士を凝視し、絶句する。
「これは…⁉︎」
「プレシアが…アイツの中に吸い込まれた……⁉」
何が起こっているのか、とその場から動くこともできないまま、消えた魔女の姿を探す一同。
すると、慄く彼らに見せつけるかのように、邪神が潰れていない片目を開けて動き出す。低く、雷鳴のように轟く咆哮を上げ、自身の狂気を表すように全身を震わせ、光を放つ口を大きく開く。
大気が恐怖しているように震え出し、こちらと向こう側をつなげる壁の穴がバキバキと広げられていく。
世界そのものが崩壊の危機を迎えているかのような光景に、誰もが青い顔で、呆然と立ち尽くした。
「ふふふふ……やっとこの時が来ました」
にこにこと笑みをたたえ、インシグニアが歓喜を見せる邪神を見上げる。自分の作業が全て終わり、ひと段落ついた様子を見せる彼女に、邪神がゆっくりと振り向く。
怪物と裏切りの騎士、双方の目が交わると、インシグニアの笑みがさらに深められる。
不意に、もったいぶるように振り向いた少女騎士が、自体の把握に苦戦するアイン達に、人差し指を一本向ける。
その中の一人、強張った表情で空中に佇むなのはに向けられた瞬間、アインの顔から一瞬で血の気が引いた。
「なのはっ‼︎」
満身創痍のその体が動いたのは、もはや奇跡というに等しかった。
痛みを一瞬忘れ、体への負担を完全に無視した女騎士が、呆然と固まっている白い少女に向かって勢いよく飛びかかる。
凄まじい勢いで向かってくる、痛々しい姿のままの彼女に、なのははそのまま突き飛ばされ、アインの元から大きく引き剥がされる。
何を、と抗議の声を上げる暇もなく。
直前まで彼女がいた、代わりにアインが飛び出した箇所に向けて、膨大な量と威力の炎と風と雷と冷気が襲いかかっていた。
「アインさん‼︎」
目を見開いたなのはの前で、全身を焦がされ、両腕と顔の半分を破壊されたアインが墜ちていく。
そのあまりにも凄惨な姿に、全員の心を絶望が覆い始めた。