【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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8.希望と絶望

 今も尚、けたたましい悲鳴をあげる数値の数々。

 留まる事を知らない邪神フォーティーンの放つ力。そしてそれに立ち向かう少女達が巻き起こす戦闘の余波により、アースラは先程から大きな揺れに襲われ続けている。

 砲撃で援護を試みようとしたが、照準を上手く定められず、なのは達を巻き込みかねないため、全く手出しができなくなっていた。

 

「あの子達は…! 無茶よ、あれに生身で対抗するなんて…」

 

 守ると決めた、生きて帰すと誓った少女達が死地にいるのに、何も出来ずにいる自分の不甲斐なさに、リンディは自分を殴り飛ばしたいほどの悔恨に苛まれる。

 しかし、どれだけ考えても、髪を掻きむしっても、邪神を退け少女達を救う手立てが全く思いつかない。予想だにしなかった敵の出現に、リンディの脳は上手く働いてくれない。

 それがますます、リンディの精神を追い詰めていた。

 

「リ…リンディ提督!」

 

 険しい顔で俯き、自分の膝を叩いていたリンディの耳に、エイミィの悲痛な叫び声が届く。

 訝し気に、声がした背後、艦橋への入り口がある方を振り向いたリンディは、目にした者にハッと目を見開く。

 

 そこには泣きじゃくるエイミィと、彼女が抱える、傷だらけではあるが確かにか細く息をしているクロノの姿があったのだ。

 

「クロノ君が…クロノ君が!」

「…⁉︎ あの人…まさかあの惨状でクロノを助けて…⁉︎」

 

 息を呑み、そして目に涙をにじませるリンディ。

 もう手遅れだと思い込んでいた息子が、命を拾われていたことに驚愕し、そして深い安堵を抱き、口を手で覆ってぶるぶると震えてしまう。

 しかし、リンディはぶるぶると首を横に振り、表情を改めてから、ボロボロと涙を流してクロノに縋りつくエイミィに向き直った。

 

「すぐに治療を! そして…あの子達の戦闘を全力で支援するのよ! 誰一人……死なせてはいけないわ!」

「りょ…了解!」

 

 リンディの指示でエイミィも我に返ったのか、涙が止まらない目元を強引に拭い、クロノをその場に寝かせ直す。

 エイミィは自分のスカートをビリビリと引き千切り、即席の包帯を作ると、クロノの身体に走る目立つ傷口に巻き付け、止血を始めた。

 

 入口から救護班がやってくる様を横目に、リンディはモニターに向き直る。

 そしてまた、険しい表情で歯を食い縛った。

 

「……こんなことになるのなら、アルカンシェルでも積んでくればよかったわ。後始末の悲惨さなんて、屁でもないのに…!」

 

 少女達の助けとなるべく、隙と時機を見計らい、アースラからの攻撃を試みるも、砲撃が直撃した邪神にさして効いている様子は見受けられない。

 リンディは悔しさを噛みしめながら、当然のことと納得もしていた。サクソ達、ラウズカードの騎士達が全力で攻め込んでもびくともしていない怪物である。通常兵装程度の生半可な攻撃が通用するはずもない。

 

 管理局が有する禁忌とされるほどの、リンディ自身深い因縁のある最強の装備の存在を今になって惜しみながら、小さく呟いた時だった。

 

『―――いや…希望はまだ、ある…!』

 

 不意に、通信機からノイズ混じりの声が響く。

 聞き覚えのある、決していい感情を抱いていなかったある男の声に、リンディは大きく目を見開き、振り向く。

 

 すると彼女の目の前に、新たなモニターが現れた。

 ノイズが走るそれに映し出されたのは、病室らしき部屋の中でベッドに入った、一人の老人。

 

 ケインズ・クロスボードという名の彼―――リンディにとっては、親友を修羅の道に引き込んだ元凶の男が、そこに映し出されていたのだ。

 

「あ、あなたは…!」

『こんな姿で通信をつなげた事、謝罪させてもらいたい……もう、あまり長くなくてな。二度と病室からは出てこられんと言われている』

 

 記憶にある姿よりも老け込んだ、そしてやせこけた弱々しい姿で、ケインズはリンディに語り掛ける。

 しかし、老いてなお彼の目に宿る光は強く、目を逸らすことを許さない鋭さを有している。困惑の表情で立ち尽くすリンディに、ケインズはため息交じりに冷笑を浮かべた。

 

『久しいな、ハラオウン嬢……いや、今はハラオウン提督か』

「なぜ…ここに⁉︎」

『すでにこちらの……ミッドにおける数値も異様な数を叩き出している。事はもう、管理外世界だからと傍観している場合ではないのだ』

 

 ケインズの言葉に、息を呑むリンディ。

 相変わらずの無表情で、淡々と事実を突き付けてくる彼に対して、信用する気はまず起きない。世界の為と称し、一人の女騎士をその生贄に差し出そうとしたこの男を許すことなど、端からできはしない。

 

 しかし、現状がケインズの言葉を真実だと裏付けている。今も尚けたたましい悲鳴をあげる計器が、リンディに現実を突き付けてくる。

 恨みを持つ男にそれを見せつけられ、リンディはますます眉間にしわを寄せる。

 

「そんなの……どうやって止めたら」

『絶望している暇はない……今から伝えることを理解してくれ』

 

 俯くリンディに、ケインズは小さく咳をこぼしながら告げる。

 十数年という年月が彼にもたらした老いは、確かに彼の体を蝕んでいるらしく、話すだけでも苦しいのか徐々に顔色も悪くなってくる。

 しかし、ケインズは自分の言葉を遮る咳を無理矢理抑え込み、リンディに向き直る。まるで、自らの命を代価にしてでも、自らの使命を果たそうとしているかのようだ。

 

『単刀直入に言う。あの怪物を止める手立てを打ち出した……その実行のため、諸君らに協力を要請する』

 

 病室からモニター越しに放たれた、唐突過ぎる言葉。

 アースラのブリッジからすべての音が消え、振り向いたスタッフ全員から驚愕の視線が向けられる。

 

 リンディは大きく目を見開き、呆然とモニターに映るケインズを凝視する。

 しかし、次第に彼女の表情は再び険しくなっていき、ケインズに対する敵意が膨れ上がる。

 信じられない、妄言か戯言としか思えない言葉を発した彼に、責めるような鋭い視線が向けられる。ふざけるな、と彼女の表情は無言で語っていた。

 

「…こんな状況でそんな冗談、笑えませんよ」

『冗談に聞こえたのかね…まぁ、君と私の仲だ。信じられないのも無理はないだろう』

 

 刺すような視線を向けてくるリンディに、ケインズは自嘲気味に口元を歪め、目を伏せる。

 自分の行いがどれだけ罪深いかを自覚しているがゆえに、全く堪える様子がない。開き直っているというよりは、今更どんな償いも意味をなさないと諦めているような、そんな投げやりな雰囲気さえ感じられる。

 

 リンディは益々怒りをあらわにし、ギリギリと自分の拳をきつく握りしめ、ケインズに自らの感情を叩きつけた。

 

「あれをどうにかする…? 現場にもいないくせに、適当なことを言わないでください!」

『……その言い分では、君はもう、あれを止めることは叶わないと諦めてしまっているように聞こえるが』

「そういうわけじゃ…! 話を逸らさないでください!」

 

 激昂するリンディに、ケインズはじっと真っ直ぐに視線を向ける。口を挟むな、とでも言っているような、強い眼差しである。

 責める立場にありながら、叱られているような妙な気分に陥ったリンディは、思わず黙り込み僅かに後退っていた。

 

『現場にいないからこそ、伝えられるものもある……今の君のように、冷静さを失わないまま、別の視点から解決法を探り出している私のようにね』

 

 何度も咳き込み、時に手に血を滲ませながら、ケインズは続ける。

 迫り来る終わりの時を目の前にしてなお、己が果たすべき役割を果たさんとするその姿に、リンディは気圧され言葉も出ない。

 かつて事件に巻き込まれ、友と共に翻弄され続けていた女性に、ケインズは胸を切造り握りしめ、それでも口を動かし続けた。

 

『あれから十数年……石版の破片を調べ、古代の遺跡を調べ、バトルファイトに関するありとあらゆる情報を探し続けた末に辿り着いた、最期の希望だ……どうか、心して聞いてくれ』

 

 景気の警告音が響き渡るブリッジに、ケインズのもたらす最後の情報が届けられる。

 

 その内容に、リンディはおろか、アースラの全スタッフがハッと目を見開き、続いて揃って、戦場となっている時空に。

 そこで戦う、ある一人の騎士に視線が集中した。

 

 

 

「ディバイン……バスタ―――ッ‼︎」

 

 金色の杖から放たれた桜色の砲撃。極彩色の空を駆けたその一撃が邪神の腕に炸裂し、振り下ろされかけた剣を弾く。それにより邪神は大きく体勢を崩し、前身に大きな隙ができる。

 開けた胸元に向けて、黒衣の少女が飛翔し、金色の雷を纏った刃を振りかざし、鋭い斬撃を食らわせる。

 

 刃が激突すると、激しい火花が散って辺りを照らす。

 雷鳴のような咆哮をあげ、フォーティーンは忌々しげに少女達を睨みつけた、

 

「諦めない…絶対に諦めない! アインが繋いでくれたこの命…守ってくれたこの心! お前なんかに壊させはしない!」

「あいつに借りを作ったままなんてごめんさ! あいつはもう十分に戦った…! だったら今度はあたしらの番だ!」

 

 後退したフェイトに代わり、アルフが空中を駆け、フォーティーンにオレンジ色の魔力団を射出する。

 威力としては大したことのない、しかし炸裂と同時に広く煙をまき散らしたそれは、邪神の視界を一時的に奪い、動きを止めさせる。

 鬱陶しそうに腕を振るうフォーティーンは次の瞬間、緑色の光の鎖に腕を取られ、怒りの咆哮を上げた。

 

「僕達はまだ…何も返せていない! たくさん……返さなくちゃいけない想いがあるんだ!」

 

 僅かな力ではあるが、腕の動きを制限され、少しだけ動きが鈍るフォーティーン。力尽くで引きちぎろうとしてか、フォーティーンは鎖を別の腕で掴み、ギシギシと無理矢理引っ張ろうとする。

 

 フォーティーンの意識が鎖に向いた直後、高速で飛翔したサクソとムーヴがデバイスを振るい、弾丸と斬撃をフォーティーンに叩き込んでいく。

 

 次々に向けられる、邪神にとっては蚊に噛まれた程度の衝撃。

 苛立たしげに吠えるフォーティーンが、再び邪魔をする魔導士と騎士達を睨みつけ、重く轟く咆哮をあげる。

 悍ましく恐ろしい目を向けられてなお、なのは達の目に、怯えは見えなかった。

 

「見ててください、アインさん! 私達はきっと……運命にだって負けない! そして、勝ってみせるから!」

 

 もうこれ以上、傷つけさせないと誓った大切な人に向け、叫ぶなのは。

 不退転の覚悟を胸に宿し、レイジングハートを構えた彼女は、砲口に自身の魔力を大量に注ぎ込んでいった。

 

 

 

 ビリビリと室内にまで伝わってくる、戦闘により生じた震動。

 艦体そのものが軋む、次々に起こる轟音に、アースラ内のスタッフ達はみな恐怖で顔を引き攣らせる。

 このまま死を迎えるのか、そんな不安で、誰もが真っ青な顔で立ち尽くし、あるいは度重なる揺れで体勢を崩し、その場に座り込んでいた。

 

 そんな中でただ一人、ずるずると身体を引きずり動く者がいた。

 搬入された緊急治療室のベッドからずり落ち、廊下へと抜け出したアイン。全身に走る激痛を堪え、アインは壁に手をつきながら、アースラの外に向かって足を引きずり歩いていた。

 全身に巻かれた包帯に緑色の血が滲むのも構わず、顔中から汗を噴き出させ、少しずつ少しずつ前へ向かう。

 目指すのは、自分を守るために戦おうとしている、少女達の元だ。

 

「……もう、やめてくれ。もう、いい…無駄なんだよ、なのは……」

 

 異常事態にあるためか、誰もアインの無謀な行動を咎めない。

 皆、自分の身を守る事だけに精一杯になっていて、自ら死地に向かおうとしているアインを気遣う余裕がない。

 

 艦体が悲鳴をあげ、揺れるたびに上がる悲鳴と泣き言。すぐ先の未来に絶望しか見えず、頭を抱えて項垂れ、涙を流す事しかできないクルー達。

 そんな彼らの横を通り過ぎ、アインはひたすらに前を目指す。その顔に浮かんでいるのは、目を背けたくなるほどに痛々しい、悲痛な表情だった。

 

「こんな…弱くて惨めな、出来損ないのために…これ以上命なんて懸けないでくれ。もう、何もかもが手遅れなんだ……私があんな、情に流されて、自分勝手な決断をしたせいで、こうなってしまったんだ」

 

 アインの胸中にあるのは、自分自身への怒りと、過去の行いに対する後悔。自分の決断によって招かれた、この最低最悪の結末に対する嘆きである。

 

 只巻き込まれ、戦いの場に引きずり出されてしまっただけの少女達が、その尻拭いをさせられている。

 他ならぬ自分がどうにかしなければならない問題なのに、本当なら何のかかわりもなかった彼女達が立ち向かわされている。彼女達の意志があろうと、そうさせてしまったのは自分の責任なのだと、アインは自分を責め続けていた。

 

「私は……とっくの昔に負けていたんだ」

 

 ガクン、とアインの膝から力が抜け、べしゃりとその場に倒れ込む。起き上がろうと手をついても、滲み出た自分の血で滑り、うまく動けない。

 包帯から染み出た血が垂れ落ち、アインの周囲に溜まる。身を起こそうとしたアインが手を滑らせ、緑の血の海の中に倒れ込む。

 

 無様を晒し続ける自分の姿は、あまりにも滑稽で泣きたくなってくる。

 血の海の顔の半分をつけたまま、唇を噛み締めたアインは、小さく呻きながら項垂れる。耐え続けた女の心が、ぽきりと儚く折れようとしていた。

 

『もう、諦めるの?』

 

 ふと、アインの脳裏にそんな声が届く。

 ひどく聞き覚えのあるような、幼い少女の声だ。

 のろのろと顔を上げ、振り向いたアインは、自分の背後に立っていた彼女に訝しげな目を向ける。

 

 そこにいたのは、見知らぬ、しかし酷く既視感を覚える少女だった。

 ぼさぼさの金髪に、血のような赤い瞳。枯れ枝のように細い手や足で、しかし胸元には大きな膨らみが見える、全く知らない、しかしやはりどこかで見た気がする、乾いた眼差しを向けてくる少女だ。

 

 少女の視線を受け、アインはますます困惑する。

 周囲がアースラの通路などではない、真っ暗な闇の中になっている事にも気づかず、アインはじっと少女を凝視し続けていた。

 

『みんなみんな、一緒に戦ってるよ。あんたが守ろうとしてた人達が、今度はあんたを助けるために……あんたはもう、何もしないの?』

 

 少女が口から放つ、どこか咎めるような響きを持った言葉。

 逃げる事を許さない、横たわった女騎士を無理矢理起き上がらせようとしているような、そんな声で少女は問いかけてくる。

 

 アインはその問いに、フッと嘲りの笑みを浮かべる。

 少女からも目を逸らし、光を失った目で、自分の指のかけた手を見やった。

 

 ―――無茶を言うなよ……今の私に何ができる。

    身体はガタガタ、感覚もほとんど切れて、指先一本動かせそうにない。

    …いや、そもそも指先どころか、腕も足も吹っ飛んでしまっているのだぞ…?

 

 邪神フォーティーンの猛攻により、丸ごと吹っ飛んだアインの両手足。顔の半分も焼き焦がされ、脳まで達したのか意識も飛んでいた。

 遅くなっているとはいえ、少しずつ、少しずつ再生が始まり、元の形を取り戻しつつある。しかし、完全に元に戻るには何十時間もかかるであろうし、何より疲労と痛みでまともに動けそうにない。

 

 言外に、自分はもう完全な役立たずになったのだと伝えるアイン。

 しかし少女は、ますます鋭い目でアインを見下ろし、吐き捨てるように告げる。

 

『そんなの、ただ動きたくない言い訳にしか聞こえないよ。あんた以外のみんなは、そうなったらもう死んじゃうんだから……』

 

 容赦のない、少女の言葉。

 しかしアインは、なおも起き上がる事はない。虚ろな目で自らの流した血の海を見下ろし、やがて瞼を閉じる。

 

 ―――そうだ、私はもう戦いたくない。

    こんな苦しみばかりもたらす世界で、生きたくなんてない。

    疲れた…もう、疲れたんだよ。

    虚勢を張ることにも、我慢し続けることにも、何もかもに飽き飽きしているんだ。

 

 闇に閉ざされた女騎士の視界に映る、彼女が出逢い、そして別れてきた者達の顔。

 望まぬ娘を生み、何の幸福も得られないまま逝ってしまった最初の母。甚振られ、死にかけた自分を拾い、やがて病でこの世を去ったもう一人の母。その後の人生で出会った掛け替えのない、そしてもう二度と会えない友人達。

 

 誰も彼も、アインが心の底から愛し、そして彼女の手の届かない場所に行ってしまった、大切な人達。

 アインが求め、そして失ってしまった者達だった。

 

 ―――何かを得ようとすれば、それを喪う。

    何かを成そうとすれば、悲劇を起こす。

    こんな呪われた生が、いったい誰に許されると言うんだ。

 

 あらためて感じる、自分の人生のどうしようもなさに、アインはフッと鼻を鳴らし眉間にしわを寄せる。目尻から涙がこぼれ、たまる血の海にこぼれ落ちる。

 

 自分の行い全てが否定されるような、自分で勝利すると誓った、辿ってきた人生の残酷さに、乾いた笑いが溢れて止まらない。

 凄まじい虚しさに襲われ、アインは長い間、肩を揺らして悲痛な笑い声を漏らしていた。

 

 ―――私がいなくても、バトルファイトは再開されない。

    もう一人のジョーカーがいるのなら、また争いが起こることはない。

    だから…ハジメ、お前はこの先も逃げていてくれればよかった。

    あのままで、よかったのに…!

 

 いつの間にか、見知らぬ少女の声は聞こえなくなり、気配も感じなくなっていた。

 しかしその代わりに、また別の誰かの気配がアインのすぐそばに立ち、鋭い視線を向けられるのを感じた。

 

『甘えんな。それはただ、逃げてるだけだろ……アイン・ケンザキ』

 

 耳に届いたその声に、アインはハッと目を見開く。

 ぐぐっと身体に力を込め、顔を上げてその誰かの顔を自分の視界に移す。その瞬間、アインはひゅっと息を呑み、言葉を失っていた。

 

 硬直するアインに、その女は―――鋭い目を有した、歴戦の戦士の気配を纏った女剣士は、舌打ち交じりにアインに語り掛ける。

 

『運命だとか定めだとか、下らないことで悲劇のヒロインを気取ってるんじゃないよ。お前がやったことは全部、お前のやりたかったことだ。やらされたとか、他人を言い訳にしてんじゃねぇ』

 

 全てを諦め、死を待ち続けていた少女に、再び命の炎を灯してみせた女剣士は、呆然と固まったままのアインを睨みつける。

 

 しかしその顔に、やがてにかっと快活な笑みを浮かべ、アインの頭に手を伸ばす。そして少々荒っぽく、しかし慈愛を感じさせる手つきで撫でてやった。

 

『全部ほっぽり出して、勝手に逃げるな。最後まで……お前のまま戦え』

 

 

 

 

 その言葉で、アースラの通路に投げ出されていたアインの手が、ぐっと強く握りしめられる。

 そしてゆっくりと、屍のようだった女騎士の身体が、起き上がった。

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