【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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5.才能の兆し

 桜色の光が凝縮し、大鳳とかした杖の先端で眩しく輝く。

 その砲口が狙っているのは、大量のプールの水が集まって生まれた怪物だ。無数の透明な液体を蠢かせ、街をなそうとしているなのはに鋭い目と轟く咆哮を浴びせかけている。

 

「ウオオオオオオオオ‼︎」

「……あれ? なんか、違和感が……」

「どうした、なのは⁉︎」

 

 核であるジュエルシードを封印しようとしたなのはだったが、ふと感じた違和感に眉をひそめる。確かにジュエルシードは発動している、だがその反応が妙に感じたのだ。

 

「な、なんだかよくわからないけどとりあえず封印‼︎」

 

 とにかく、暴れている暴走体を封じなければならない。違和感に目をつぶったなのはは、荒れ狂う水の怪物の中心に向けて封印砲を発射した。

 凄まじい閃光が弾け、水の怪物の体を蒸発させながら巨体を飲み込んでいく。轟音が響き渡る中、魔力をまとっていた水の怪物はみるみるその体を縮めていき、断末魔のような悲しげな咆哮がこだました。

 轟音が収まっていき、水しぶきが霧のように立ち込める中、なのは達のいるその場は元の静かなプールへと戻った、だが。

 

「……止まった」

「……うん、止まったね」

 

 互いに確認するように、そう呟く。

 暴走体は止めた。だが、肝心のジュエルシードはどこにも見当たらなかった。

 後に残ったのは、暴走体に奪われたと思わしき水着や下着、衣服ばかり。怪しげに輝いて絵いるはずのジュエルシードは、どこにも残っていなかった。

 

「でも、出てきたのは水着と下着ばっかり……これってどういうことですか?」

「ジュエルシードがどこにもない……? でも、まだ反応は消えてませんよ」

 

 キョロキョロと辺りを探し回るなのはとユーノが、困った顔でアインの方を向く。目を閉じて辺りを探っていたアインは、やがて険しい表情で宙をにらんだ。

 感じる、魔力の気配。薄くなったそれが幾つにも増えていくのを感じ、アインは視線を鋭くしてため息をついた。

 

「……どうやら、あれは無数に分裂した内の一体だけのようだな」

「じゃあ急いで本体を探さないと……!」

「うん! でもその前に……」

「え?」

 

 駆け出そうとしたユーノを、いきなりなのはが抱き上げる。あっけにとられたユーノを肩に乗せ、なのはは誇らしげな目を向ける。

 

「ユーノ君は怪我が治ったばかりだし、無理は厳禁だよ! さっきも魔法を使ったばっかりで疲れてるでしょ?」

 

 なのはの肩の上で言葉を失うユーノは、少女の目をじっと凝視する。

 いつも自分を責め続け、何もかもを背負おうとした少年に、少女は優しさに満ちた笑顔を見せる。こんなにも頑張っているのだ、今度は自分が頑張る番だと、そういうように。

 少女には、自分がこの小さな友人と一緒に戦う相棒なのだという、誇らしさがあった。

 

「私の肩は、今日からユーノ君の指定席! 行くよ!」

「う、うん!」

 

 戸惑いながら、喜びに満ちた表情で強く頷くユーノとともに、なのはは走り出す。

 眩しいくらいの二人の背中を目で追ったアインは、少し悔しげに目を細めた。まるで、自分には無い物を持っていることが、羨ましくて仕方がないとでもいうかのように。

 

「……いいコンビだ」

 

 そう呟かれた声は、なぜだか少しかすれていた。

 

 

 ジュエルシードの反応を追いながら、走り続けるなのは達。

 ふとその途中、なのはは不思議そうな顔になり、隣を走るアインの横顔を見上げた。

 

「さっき、アインさんがやったのってどうやるんですか?」

「ん? 何のことだ?」

 

 本気で訝しげに眉をひそめたアインの返答に、なのはは渋い顔になった。

 

「さっき、水のお化けみたいな暴走体を素手で殴っていたじゃないですか! 普通できませんよあんなこと!」

「ああ、あれか。あんなのはただ……魔力を拳にまとわせて殴っただけだ。大したことはしていない」

「それが普通じゃないんですよ……」

 

 少なくとも自分には、いや他の人間でも早々できまい、となのはが複雑そうな顔になるが、アインは本気で大したことと思っていないようだ。

 自分にできるからといって他の誰かにできるなどと言うつもりはないが、この人の場合は若干非常識な常識に思えた。得意分野が偏っているというか、戦闘スタイルが極端なのだ。

 言葉を失うなのはとユーノに、アインは少し考えてから口を開く。本人としては呼吸のように意識せずにしているようなものであるためか、適切な説明に迷っているような様子があった。

 

「まぁ、要はイメージだ。今朝も行ったように、魔法を行使する上で最も必要なのは、自分の願いをデバイスにしっかりと託すことだ。信じるんだ、君の相棒を」

「私の相棒……レイジングハートを……」

 

 そう言われて、なのはは手の中にあるレイジングハートを見下ろす。

 そうこうしているうちに、なのは達の前で無数の透明な影が動き出した。先ほどの分裂体の大元らしき暴走体の集団が蠢き、獲物のいなくなったプールの中でいらだたしげな咆哮を放っていた。しかも、不定形のその体は分裂を繰り返し、今もなおその数を増やしていた。

 

「いた!」

「でも案の定たくさんいるよ!」

 

 決まった形もなく、動くたびに形を変え続けるその姿はやはり気色が悪く、なのはの顔色も悪くなる。数えるのも億劫になるほどに増えていく姿も、生理的な嫌悪感を催させて背筋に震えが走った。

 

「分裂して増殖してる……まとめて封印しないとまた増えちゃうよ!」

「どうすれば……!」

 

 若干引き気味でユーノに助言を求めるなのはのために、ユーノは必死に思考を巡らせる。力のない自分が、魔法のサポート以外でできるのは作戦を考えるくらいのものだ。なのはに危害が加わらない、最善の方法を必死に模索するが、まだ魔導師となって日の浅いなのはと手札が揃えられないアインでは、取れる手段は限られていた。

 

「大型の魔力放射砲で強制停止……なんてなのはにはまだ無理だし、複数ロックオンなんて、ボクもできないし……」

「足止めくらいなら、私にもできるぞ?」

 

 そう答えたアインの、ユーノはハッと顔を上げる。

 

「ほ、本当ですか⁉︎ でも許可が……」

「ああ。この程度の相手なら、後で言い訳はなんとでもなる」

 

 デバイスがなくとも魔法を使うのは、途方もない努力が必要となる。術式を発動するための演算、効果を維持するための集中力、そして発動するために必要な魔力の安定した供給、それらすべてを、己一人で賄わなければならないのだ。ユーノはそれほどの研鑽を積んで、サポート系の魔法を身につけたのだ。

 管理局員であるアインにとってもそれは同じで、戦うことはできずとも相手の動きを止めるくらいはできるのだという。デバイスの使用は禁じられていても、それを使わないやり方であれば手助けになるのだ。

 だが、そんな相談を待ってくれる相手ではなかった。

 ゴポゴポと音を鳴らし、水の怪物達がなのは達の方へと寄ってきたのだ。アリサ達とは異なり、獲物を狙うというよりも脅威となりうる存在を排除しようとしているように見えた。

 迫り来る無数の怪物達を前に、ユーノは焦った声をこぼす。

 

「こっちに気づいた!」

「任せろ」

 

 身構えるユーノとなのはの前に、アインが立ちはだかる。

 

「ふっ!」

 

 拳を目の前に掲げたかと思うと、バリバリと青色の電流が走る。眩しい光を放つ青雷は徐々に威力を増し、辺りに放電を始めて激しい火花を散らせ始めた。

 荒ぶり、引き裂くような音を響かせる青雷を前に、ジュエルシードの暴走体達がなぜか怯えるように後ずさった。アインから必死に距離を取ろうとするが、分裂して増えすぎた後ろの分裂体が邪魔をして、後ろに下がることができずにいた。

 

「デバイスがなくてもな……このくらいのことはできるんだよ!」

 

 鋭く分裂体の集団を睨みつけたアインは、雷鳴を轟かせる拳を大きく振り上げる。その動作だけで、青雷はさらに大きく放電を放ち、暴走体達を戦かせた。

 

「おおおおおおおおおおおおお‼︎」

「グオオオオオオオオオオ‼︎」

 

 雄叫びと共に、アインは濡れたプールサイドに向けて拳を振り下ろす。ガンッ!と鈍い音が響くと同時に、アインの足元からプールの水に向けて青い電流が伝わり、激しい光を放った。水の怪物である暴走体達は防ぐことなどできるはずもなく、青い放電の中で苦悶の咆哮を放って悶え苦しむ。

 バリバリと激しく明滅するプールサイドから目を覆いながら、ユーノは戦慄の表情を浮かべた。電流が止んでもまだ帯電しているのか、暴走体は全て麻痺したように動きを鈍くさせ、プスプスと湯気を立ち上らせていた。

 

「デバイスがなくてもっていうか……デバイスなんていらないじゃないですか⁉︎」

「いや、これには実は弱点があってな。威力が弱い。ほら、全部は止めきれないだろう?」

 

 拳を引いたアインが、困ったような顔でプールの方を指差す。

 確かにアインの言うとおり、相性的に暴走体に攻撃は効いていた。だがやはり威力が足りていないのか、徐々にではあるが麻痺から抜け出そうとしているように触手を伸ばしていた。

 

「ちょっとした時間稼ぎにしかならないんだ。だが……」

 

 だが、アインは満足げに動きの鈍い暴走体を睨みつけ、ついで隣を頼もしげに見下ろした。

 その視線を受けた少女は、自信に満ちた表情で力強く頷いた。

 

「ーーーはい、十分です」

 

 その声に、ユーノは驚きの表情を浮かべた。

 アインの足止めで作戦を立てるべきかと思っていた矢先に、なのははすでに動いていた。体にみなぎる魔力がレイジングハートへと集まっていき、桜色の光を散らしていく。目を閉じ、静かに心を落ち着けた彼女は、レイジングハートの先端をゆっくりと水の怪物たちに向けた。

 

「……なのは?」

「魔力を……一気に収束させて……」

 

 まるで祝詞のようなつぶやきを漏らし、なのはは魔力を操る。凄まじい集中でユーノの声も届いていないようで、ただただ魔法のイメージに没頭し続けていた。

 

「捕獲の……魔法…………そして、固定の魔法……‼︎」

【Restrict lock】

 

 そしてついに、なのはのイメージが完成し、それを受け取ったレイジングハートが完璧に思い描かれた魔法を発動する。

 うごめく水の怪物たちの全てに桜色のリングが巻き付き、全身を拘束して硬く固定したのだ。流動する液体の体であるにもかかわらず、光のリングに縛られた暴走体はそこから一ミリも動くことができなくなっていた。

 

「攻撃対象の完全固定……収束系の上位魔法‼︎」

 

 自分が教えて間もない捕獲魔法を、さらに上位の魔法として完成させて見せたなのはの姿に、ユーノが驚愕の声を上げる。

 なのははそんなユーノの声が耳に届いていないのか、ただただ真剣な表情で暴走体を見据えていた。

 

「そのままそこで固まってて! いくよ、レイジングハート‼︎」

【OK!】

「今度こそ……シューーーーート‼︎」

 

 完全に動きを止めた暴走体に向けて、レイジングハートの砲門から桜色の光の奔流が解き放たれる。まるで洪水のような怒涛の威力で、凄まじい轟音とともに放たれたそれは暴走体達を余すことなく飲み込み、魔力とともに勢いよく蒸発させていく。

 砲撃の反動で吹き飛ばされるなのはの前で、暴走体はそのシルエットをボロボロと崩れさせていき、悲しげな苦悶の咆哮を高く響かせる。

 歪んだ魔力が霧散していく光景を見守りながら、アインは一人ニヤリと満足げな笑みを浮かべた。

 

「ーーーお見事」

 

 その直後、一気に魔力が四散して眩く発光し、プールの水が形を失って豪雨のように降り注ぐ。水の音が響くその中心で、妖しい光が一つ灯った。

 

「いたた……」

「出てきたよ、なのは! ジュエルシードだ!

「う、うん!」

 

 砲撃の反動で転んでいたなのはにユーノが促し、なのはは急いでジュエルシードの元へ向かう。

 魔法の宝石にレイジングハートの先端を触れさせ、宝玉の中に収納させる。これで、もうよっぽどのことがない限り暴走する危険性は無くなった。

 

【Receipt No.17】

 

 刻まれた宝石の番号に、なのはは満足げに息をつく。

 ふと顔をあげれば、ジュエルシードの暴走体の中に取り込まれていた水着や服がふわふわと浮かんでいるのが目に入った。まるで自らに意思があるように、それぞれが別々の場所に向かって飛んでいく。

 

「あ、服と水着が戻っていく……」

「魔法が解けたから、元の持ち主のところに戻っていくんだ」

「よかった……」

「……なんという嫌な光景だ」

 

 安堵するなのはだが、アインの顔はひどく渋い。確かに、魔法で生き物のように動いていくのが水着や下着というのは、あまり想像したくない最悪な光景であろう。なのはもユーノも、アインのつぶやきに思わず苦笑した。

 だがこれで、アリサやすずかの元にも勝手に水着が戻ってくれることだろう。これで二人が素っ裸で衆目に晒されることはなくなった。

 

「君もいい加減戻れ。アリサたちもそのうち起きるぞ」

「あ! いけない!」

 

 アインの忠告に、なのはは慌ててバリアジャケットを解いて走り出した。二人が目を覚ました時に自分がいなければ、いらぬ心配をされる上に不審に思われてしまうかもしれない。

 パタパタという足音とともに小さくなっていく背中を眺めていたアインの足元で、ユーノが呆れたように嘆息した。

 

「なのはの魔法のセンスってどうなってるんでしょう? 僕よりずっと大きな魔力もスゴい才能も持ってるのに、不器用なんだか器用なんだか……」

「さぁな。よその世界には時々、突然変異のような才能の塊の持ち主が現れると聞くが……まぁ、私として言えるのは」

 

 類稀なる魔法の才能、膨大な魔力、そして物怖じしない度胸。

 体力のなさや体を動かすことは苦手なことが弱点のようだが、それを差し引いても有り余る一流の魔導師に求められる要素を兼ね備えた少女。

 魔法の浸透していない地球になぜここまでの逸材が眠っていたのか、魔法世界に生まれなかったことが悔やまれると頭をひねるユーノに、アインはぼそりと呟いた。

 

「〝死ぬほど羨ましい〟ってことだけだ」

「え?」

「おっと、私も上着を返してもらわなければ……」

 

 聞こえてきた小さなつぶやきを聞き返そうとしたユーノを置いて、アインもまたアリサたちの方へと走っていく。

 本気で羨望の色が混ざっていた言葉に首を傾げながら、ユーノはアインたちの後を追って走り出した。

 

 

「あれ…?」

 

 ふわふわとあいまいだった意識が浮上し、アリサは目を覚ました。

 体を起こすと、隣で横になっていたすずかも目を覚まし、二人で不思議そうに顔を見合わせる。いつから眠ってしまったのだろうか、前後の記憶がひどくあいまいで首をかしげる他にない。

 

「あっ、二人とも起きた?」

「お二人ともよくおやすみで……」

 

 横を見れば、忍やメイドたちがアリサたちを微笑ましそうに見下ろしているのが目に入る。気づけば見えている日差しは翳っていて、オレンジ色に染まっている。随分と長い時間が経ってしまったようだ。

 

「あたしたち……なんで……」

「はしゃいでたから疲れちゃったんですねー」

 

 笑ってファリンにそう言われ、そんな気もしてくる。とすれば遊んでいるうちに疲れてしまい、プールサイドで眠りこけてしまったのだろうか、だとしたら小さな子供のようでちょっと恥ずかしい。

 だがしかし、それ以上に恥ずかしい記憶が、二人の中には残っていた。歪な姿の怪物に、いやらしく全身を弄られるという全力で消去したい記憶が。

 

(いや、なんか非常にアレな夢を見た気もするんだけど……)

(恥ずかしいし言えないよ……)

 

 もちろん、言うつもりも思い出すつもりもない。悪夢は人に話すのがいいなどと言うが言ってたまるか、とアリサもすずかも心に決める。

 ふと、夢の中の登場人物をもう一人思い出す。黄金の髪をなびかせ、騎士のように颯爽と自分たちを救ってくれた女性の姿を、二人は探した。

 

「ちょっとなのは。さっき、前に会った金髪の女の人がいなかった? 帰り道にボールを受け止めてくれた」

「え⁉︎ あ、いや、見て、ない……かなぁ……」

「そっかぁ……」

 

 なのはは一瞬ビクッと体を震わせ、そのまま壊れた人形のようにぎこちなく視線をそらす。

 だらだらと冷や汗を流すなのはに訝しさを感じたものの、ここにいないと言うことはやはり夢だったのだろう。そもそもなぜ夢に出てきたのかは知らないが、所詮は夢だと気にしないことに決めた。

 

(重ね重ねごめんね、二人とも)

 

 なのはは内心で、友人たちに嘘をついてしまったことを詫びる。あと、なんかひどい目に合わせてしまったことについても深く謝っておく。

 二人が目を覚まし、決壊が解除される前に二人にかけてあったジャケットを回収していくアインのことを思い出し、なのはは乾いた笑い声をこぼした。

 

「あれ? 恭ちゃんどうしたの?」

 

 その時、みゆきが背後から近寄ってきた人影に気づいて驚きの声をあげた。

 ビチャビチャと湿った音を鳴らしながら歩み寄ってきた恭也は、ぐっしょりと濡れた髪をかきあげて顔をしかめた。

 

「ボイラー室を見回ってたら派手な水漏れがあって、お湯の濁流にのまれた……」

「災難ね…」

 

 タオルを持った忍が恭也の体を拭き、恭也はそれを大人しく受ける。

 恋人の献身的な手助けに感謝しながら、恭也は不思議そうな表情で首を傾げていた。

 

「……誰かに助け出された記憶はあるんだが、あれは……?」

 

 ライトを落とし、濁流に飲まれた中で己が体を引き上げた力強い腕の感触を思い出しながら、恭也は深く考え込む。

 そんな彼を、プールサイドの物陰に隠れていたアインが声をひそめながら見つめていた。

 

(気づかれてはいない、か。まぁ派手な水漏れだったし、暗かったからな。……しかし)

 

 ジュエルシードの暴走体に襲われたのかと思えば、ただ水漏れに飲まれて声を上げただけであったという結果。鬼気迫る勢いで駆けつけてみれば、実際はそこまでの命の危機ではなかったことにがっくりと肩を落としたアインだった。

 一応溺れては大変だと手助けしておいたが、勘違いしていた自分がかなり恥ずかしくなる。知り合いのあげた悲鳴に、体が勝手に動くとは。

 

(まさか私が、あそこまで取り乱すとはな。……ガラにもなく焦っていたからか)

 

 自嘲気味にため息をついたアインは、帰り支度を始めているなのは達から目を離してその場を去った。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「なんか、どっと疲れましたぁ」

 

 自宅のベッドに身を投げ出したなのはは、そう言って気の抜けた顔を晒した。

 帰る途中は我慢できたが、部屋に入って安堵した瞬間蓄積した疲労がどっと押し寄せてきたのだ。一応寝巻きには着替えられたが、寝転がったままそれ以上動くことはできなかった。

 

〔それはそうだ。君が今日使ったのは大きな魔力を消費する上位の魔法だ。しっかり休むことだな〕

「ふぇ〜ん」

 

 どこからか念話で聞こえてくる、労いの言葉もないアインの厳しい言葉に、なのはは悲鳴のような声を漏らす。頑張った代償がこれというのは、やはり正義の味方は大変なお仕事だと常々思った。

 だらけてしまったなのはに、アインは不意に呆れたようなため息をついた。

 

〔それにしても、よくあれほどのことができたものだ〕

「なんか、できるときは自然とできるんですよね」

「集中力の問題なのかもね。余計なことを考えずに、一つのことに集中してたからだとか……」

「そっか……難しいことを考えるより集中したほうがいいんだね」

 

 感心したように呟くなのはだが、それはつまり理屈よりも感覚だけであれほどの魔法を使いこなしたということだ。

 改めてユーノは、なのはの持つポテンシャルの高さに戦慄する心地となった。

 黙り込んでいるアインとユーノをよそに、なのははふと思い出す。

 願いを叶えるジュエルシード。願った内容によっては、今日のように人に迷惑をかける程度のものもあれば、ユーノと出会った時のように人を傷つけるほどの現象も起こす。歪で不安定、もし願う者が邪悪な心の持ち主であったなら、もっとひどい状況になったかもしれない。

 そう考えると、なのはの手は僅かながら震えた。

 

「でも、ジュエルシードってやっぱり危ないね」

「……うん」

〔今のところ、ユーノ以外に直接的な犠牲は出ていないが……時間の問題かもしれんな〕

「ボクまだ死んでませんよ!」

〔結果的にはな。下手をすれば死んでいてもおかしくはないということだ〕

「うっ……」

 

 アインの忠告にユーノはうなる。

 アインの言い方は厳しいが、言っていることは全て子供たちを心配するがゆえの優しさによる者だ、となのはは感じていた。

 そんな気遣いに、なのははより答えたいという思いを強く抱いた。

 

「じゃあ、明日からはもっと頑張らなきゃですね」

〔……本当に、君はお人好しだな〕

 

 念話の向こうから、困ったようなため息が聞こえてくる。まだ、民間人であったなのはを巻き込んだという罪悪感が残っているのであろう。それを押しのけて事件に関わることを強行したなのはに、複雑な思いを抱いているようだ。

 しかし、やはりなのはに止まるつもりはなかった。というよりも、引くわけには行かないという強迫観念のようなものが宿っていることに、なのはは気づいていた。

 

「これからもよろしくお願いします! ユーノ君、アインさん!」

「うん、なのは」

〔……ああ〕

 

 そっけない声で切られた念話に苦笑してから、なのはは就寝準備を進めるのだった。

 

 

「……さて、と」

 

 なのはとの念話を終えたアインは、肩をすくめる。

 今日の事件を体験して少しでも恐怖感を抱くかと思えば、少女はより正義感を燃やして向かってきてしまった。本来止めるべき、事件を背負うべき自分が何もできずにいることに、アインは陰鬱とした気分に陥る。

 やはり強制的にでもデバイスを没収するか、それともなのは達がいない間に他のジュエルシードを探して回収しておくべきか。そう考えていたアインは、自らの手のひらの上で輝きを放っている宝石を見下ろして、深いため息をついた。

 

「……やはり、ここにあったか。まさかこんなところで見つけてしまうとはな」

 

 わずかな魔力の残滓をたどってみれば、予想通りジュエルシードはそこにあった。しかもまだ誰にも触れられていないのか、暴走の予兆は全くない。

 願いに反応するロストロギアだ。なんの知識もない一般人が触れれば反応してしまうだろうが、事前知識を持つアインならば発動はさせずに持っておける。なのはが眠っている間にこのやり方で回収すれば、危険な目に合わせる回数も少なく済むし事件解決までの時間も短縮できる。

 だが、やはり自分一人では安全性に欠けた。

 

「さて、封印はできんし、こんな時間にあの子を起こすのも気がひけるし……どうしたものだろうな」

 

 こんな夜中に子供を起こすなど論外だ。自分が持っておくのもそれはそれで不安の種になる。

 どうしたものかと眉を寄せていたアインの目が、夜の闇の中で鋭く光った。

 

「ーーー何者だ」

 

 周囲から、音が消えた。

 人払いの結界が張られた瞬間、アインはあたりの気配を探り、一人佇んでいる膨大な魔力の反応を捉えていた。

 今の自分の魔力をはるかに超えている、一般人どころか平均的な魔導師の比ではなかった。流れてくる魔力の流れからしても、その練度からして只者ではないことは確かだった。

 暗闇の中から、声が響いた。

 

「そのジュエルシードを、渡してください」

 

 凛々しい、しかし幼さを感じさせるはっきりとした声だった。大人びているように聞こえるが、なのはとそう変わらないかもしれない、それほどにまで若い声だ。

 アインはゆっくりと振り向き、ジュエルシードを後ろ手に隠しながら視線を向けた。退路を確認しながら、月明かりに照らし出される金色の輝きに目を細める。

 美しい、少女だった。金糸のように見事な金髪を両サイドでまとめ、黒いリボンで締めた中央には完璧なまでに整った顔と宝石のような真紅の瞳が輝く。どこか浮世離れした、壊れそうな儚げな美貌をたたえた少女が、レオタードのようなバリアジャケットの上に黒いマントを羽織り、漆黒の戦斧を手に携えて佇んでいる。

 その目は、アインとアインの手の中にあるものを捉えて決して外そうとはしなかった。

 

「……君は、誰だい? 君のように若い子がこんな時間に出歩いているとは、感心しないな」

 

 極めて穏便にアインは尋ねる。感情の機微を悟られないよう全力で気を張り、少女を観察する。

 

「貴女には関係ありません。……渡さないのであれば、力尽くでいただいていきます」

 

 少女は戦斧の切っ先をアインに向け、比較的低い声で告げる。明らかな敵意のこもった忠告に、アインの眉がわずかにつり上がった。

 

「礼儀を知らない子だな。人の忠告はーーー」

 

 一歩踏み出そうとしたアインの前で、少女は動いた。両手をだらりと下げた無防備な体に一撃を加えようと戦斧を振り上げ、数メートルの距離を一瞬で詰める。

 完全に不意をついた、一瞬で意識を刈り取るために振るわれた斧の一撃が、吸い込まれるようにアインの胴に振るわれた。

 

「ーーー素直に聞くものだと言いたかったのだが……聞く耳持たずか」

「⁉︎」

 

 だが、それは数ミリ手前で止められた。

 アインの突き出した指に挟まれる形で、戦斧の刃が止められていたのだ。少女は驚愕の表情を浮かべ、距離を取ろうと戦斧を引き戻そうとする。だが、刃を挟んだアインの力は押すことも引くことも許さず、ビクともしなかった。

 少女はすぐさま魔力を刃に流し、電流に変換するとその威力を持ってアインの指を引き剥がす。さすがにアインもこれには顔をしかめ、弾かれるようにして少女と互いに距離を取るように飛び退いた。

 

「……こっちは丸腰なんだがなぁ……」

 

 ビリビリと痺れの走る手を振りながら、アインは困ったように呟く。

 少女は完全にアインを脅威と感じ取ったのか、先ほどよりも殺気を濃くして睨みつけ、戦斧を構え直していた。可愛らしい顔に似合わない鋭い目に、アインな冷たい眼差しを返した。

 

「……ミッドの魔導師か。さてどうしたものか」

 

 予期せぬ新たな魔導師の登場に、非番の魔導師は思考を巡らせる他になかった。




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