【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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11.父と母と娘

「急げ…! 早くしろ! さっさとここを離れるんだ!」

 

 ガサガサガサッ!と、大量の紙束やデータディスク、メモリーチップなどの情報端末が、箱の中に叩き込まれる音が響く。

 分別や整理など考える暇もなく、ただ必死に全ての端末を運び出すことだけを考え、手を動かす。その懸命の努力の結果、ダンボールの山がいくつも築かれることとなった。

 

「証拠は何も残すな! これが上に伝われば私達は皆終わりだぞ! 計画や研究につながるデータは全て運び出せ! 消去や破棄するのは後でいい! さっさとやれ!」

 

 数人の部下により、隠蔽作業が行われる執務室にて、ノアは目を血走らせて命令を下す。すでに動いている彼らを急かすように、バリバリと頭をかきむしり、顔中から冷や汗を垂らして足踏みをする。

 

 醜く歪んだ、悪鬼のような顔で歯を食いしばり、事件の真の黒幕であった男は、苛立たしげに床を踏みつけていた。

 

「おのれ…おのれおのれおのれ…! あのクソ女も、女狐も、役立たずのクソガキも、全員許さんぞ…!」

 

 ガンッ、とデスクに拳を叩きつけ、憎悪に満ちた声を漏らす。脳裏に浮かぶ、腹立たしい顔ぶれ全員に殺意の刃を突き刺し、惨殺しながら、それが何の意味もなさない事に嘆き怒る。

 

 ギリギリと握りしめた拳から、一筋の血が流れ出すも、思考を怒りに支配されたいまのノアは気付かず、ガンガンと何度も拳を振り下ろし続ける。

 その度に、デスクには真っ赤な血の花が広がっていった。

 

「あれを完成させるまで…! この計画のためにどれだけの金をかけたと思っている! 10年以上だぞ! 10年以上かけてようやくここまで漕ぎ着けたというのに…クソォォォ‼︎」

 

 血まみれになった自分の拳を労わることもせず、そして頭をかきむしりすぎて、額をだらだらと血が垂れ流れることも構わない。

 自分の苛立ちを解消できず、グラグラと自分の腹の奥が煮えたぎる感覚に苛まれ、ノアは頭を抱える。

 

 自分の思い描いていた夢ーーーいや、欲望の全てが水泡に帰したことが、たまらなく悔しくて仕方がなかった。

 

「あのガキを象徴に、全ての次元世界は私の支配下に落ちるはずだったんだ! 生意気なゴミ共を統べ、私こそが唯一で頂点に立つはずだったんだ! なのに……肝心なところであのクソガキは…!」

 

 罪を犯し、最凶の怪物の力をその身に宿した実験動物(モルモット)の女。そしてその胎から生まれ出でた、怪物の血を引く純粋な化け物の仔。

 高度な教育を与え、物事に対する認識を自分の都合のいい形に作り上げ、決して逆らうことのないよう自分を絶対的な存在として教え込ませた、長い年月と莫大な資金の結晶。

 

 しかしそれはつゆと消えた。

 大きな期待と金をかけたというのに、取るに足らない有象無象を仕留められず、死人に等しい瀕死の女騎士に敗れた。

 主人の願いを一つも叶えることもできず、全てが無に帰したのだ。

 

「見るだけで吐き気がするあの化け物を…誰が生かしてやったと思っている⁉︎断じてこんな惨めな最後を迎えるためではない!」

 

 怒りのままに吠え、近くにあるごみ箱や椅子などを蹴り飛ばすノア。

 

 彼の部下達は巻き添えになることを恐れ、荷物を運ぶ出すことを口実にその場を離れている。

 それは、上官の罵詈雑言の対象になることを避けるためでもあり、怒り狂う醜悪な彼の姿を見たくないためでもある。十数年もかけた計画の全てに失敗した上官を、部下達は見限り始めていた。

 

「これで私は神に…! 金も女も酒も………全てが思い通りにできる世界が作れたはずだったのに…! 所詮野良犬の騎士のガキは出来損ないか…」

 

 食いしばった歯の間からも、血が流れる。その痛みさえ無視し、ノアは自分の計画失敗の無念をあらわにする。

 たった一人、執務室に取り残された欲深で醜悪な男は、自分の犯した罪と失敗を怒り、八つ当たりの対象を探し続けていた。

 

 

「―――それ、本当ですか…?」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、ノアはビシリと硬直する。そしてあっという間に顔中を脂汗で濡らし、ガタガタと背筋を震わせ出す。

 

 立ち尽くしたまま固まる彼の耳に、今度はどさっと何かが倒れる音と液体が滴り落ちる音が届く。水音に関しては、真水よりもずっと粘度が高いものに聞こえ、その上鉄臭さが伝わってくる。

 

 沈黙に耐えかねたノアはぎこちなくゆっくりと振り向き、音の発生源に目を向ける。そしてそこにあった光景に、目を見開いた表情を凍りつかせ、その場にへたり込んだ。

 

「おかしいなぁ……僕が聞いていた話と全然違うじゃないですか。変だなぁ、変だなぁ…それじゃあ僕、騙されてたみたいじゃないですか」

 

 片手に何かをぶらさげ、執務室の入り口に陣取る淡い金髪の少女騎士。

 数々の命令をこなし、父と呼ぶ上官に多くの栄光をもたらしてきた最強の戦士にして、最凶最悪の異形を正体とする存在。

 

 しかし、そこにいたのは提督が知る少女ではなかった。

 全身に裂傷を刻まれ、各所を灼け爛れさせ、自ら噴き出した緑の鮮血と、赤い血潮で肌のほとんどを汚した、痛々しく悍ましい姿。

 それよりも異様だったのは、カクカクと揺れる首に瞬きを忘れた乾いた両目。そしてだらりと下げられた両手のそれぞれが持つ、赤い血塗れの剣と肉の塊ーーーノアの部下の誰かの首だった。

 

「ヒッ…ヒィイイイ!」

「全ての世界を総て…争いのない世界を生み出す。それがあなたの目的だったんじゃないんですか…? 僕に、そう言ってくれたんじゃ、なかったのですか…?」

 

 ケタケタと不気味な笑みを浮かべる少女、インシグニアを目の当たりにして、ノアは壁に背中をぶつけ、それでも後退ろうとする。

 自身が作り上げ、兵器として仕立て上げ、意のままに動く様教育を施してきた少女。それが討たれただけではなく、強烈な殺気を伴って自分に向かってきている光景が、恐ろしくてたまらない。

 

 なんとか逃げようともがいている、これまで父と呼んできた男を見下ろし、インシグニアはニタニタと笑い、一歩ずつ歩み寄っていく。

 

「くっ…来るな! 来るな化け物! おい誰か! 誰か来てくれ! この化け物を誰か殺してくれ‼︎」

「ねぇ、お父様……本当のことを言ってください。僕が頑張れば、あの人は救われるんじゃないんですか…僕が礎に代われば、あの人は運命から解放されるんじゃなかったんですか……⁉︎」

「早く来いよ! 早くこの化け物を殺せよ! さっさとしろよ役立たずのゴミ共が‼︎」

 

 男の呼ぶ声に応える者は誰もいない。それはそうだ。

 彼の命令で、証拠隠滅のために動いていた部下達は皆、壊れた少女の姿をした化け物の手によって、一人残らず惨殺されているからだ。

 首を断たれ、胴を断たれ、心臓を貫かれ、臓器を抉り取られ、脳を割られ、バラバラに裁断され、踏み潰され……まるである女騎士に行われた非道を、そっくりそのまま返す様に嬲り殺しにされていた。

 そして、異形の少女の次なる標的は、もう一人しか残っていなかった。

 

「ぎっ……ぎゃああああああ⁉︎」

 

 ザンッ、と音がして、肉の塊がごとりと床に落下する。腿から断たれたノアの片足が、大量に血を噴出させて床を転がる。

 同じく大量に出血する、切り株の様になった残りの足を、ノアは悲鳴を上げて掴み、出血を止めようとする。止まる事なく噴き出す血が、彼の周囲に池を作り出す。

 

 ゴロゴロと床を、自らの血の中を転げ回り、泣き叫ぶ男の姿は悲惨を通り越して滑稽で、目を向く顔は醜悪そのもの。

 絶叫するかつての父を、インシグニアはくすくすと歪に笑い、そして涙を流していた。

 

「ふふ、ふふふふ…! バカだなぁ、僕……こんな人に騙されるなんて、こんなに長い時間、一体何をやっていたんだろう…?」

 

 思い浮かぶのは、これまでの自分の人生ーーーいや、兵器という名の化け物としての生。

 ガラスの繭の中で生まれ、少女の姿にまで育ち、名と使命を与えられた。命令を果たすために必要な力と知恵を与えられ、何を敵とすべきか、何に従うべきかを頭脳に埋め込まれた。促されるまま、数多の敵を屠り、数え切れない数の汚れ役も担い、ひたすらに指示を果たすためだけに生きてきた。

 それが父のため、世界のため、そして生き別れとなり、悲惨な運命を背負わされた母を救うためだと信じ、凶刃を振るい続けてきた。

 

 その行いの全てが、たった一人の男の欲望を叶えるだけでしかなかったのだと気づき、少女は自分の全てが無意味だったことに気づいた。

 そして、自分の中に芽生えた衝動のままに、この場所へと転移を繰り返してきた。

 

「でも騙されたマヌケでも、マヌケなりの筋は通さなくちゃいけませんよね……あなたもそう、そんなくだらない理由で人を潰すつもりだったなら、自分もそうなる覚悟ぐらい持っていたでしょう…?」

「たっ…助けて……お願いします…もうやめて…!」

「ダメですよぉ…ちゃんとやったことには責任を持たなくちゃ」

 

 クスクスと肩を揺らし、目を細め、インシグニアがノアを見下ろし告げる。顔中から体液を溢れさせ、弱々しく懇願する男に嫌悪を抱きながら、耳まで裂けて見えるほどに口を歪める。

 

 ぼたぼたと赤い血と緑の血が混じり、滴る剣を掲げていく。ドロドロに汚れたその剣はもはや切れ味など無いに等しいが、怪物の力を持つ彼女には関係がない。

 ただ死ぬのではない、激痛に苦しみながら死ぬ未来を突きつけられ、ノアはより一層悲痛な顔で懇願を繰り返していた。

 

「僕にできることはもう、これくらいしかないけれど……そしてやってもあまり意味がないけれど、やらないよりはマシですよね。あなたの望む通り、いらないゴミは片付けなくちゃいけませんよね…?」

「ぁ…あ…」

 

 もう、ノアの口から漏れるのは、言葉にならない意味のない声だけ。

 まともに悲鳴をあげる事もできず、ボロボロと滝のように涙を流す醜悪な男が、自身の目前に迫る〝死〟に怯えるだけ。

 

 そんな哀れで滑稽な男を見下ろして。

 インシグニアもまた、自身の頬に一筋の涙を流した。

 

「サヨナラです、お父様」

 

 直後、ザンッと肉を断つ音が響き渡り、辺りにおびただしい量の鮮血が撒き散らされる。

 書類やデータで埋め尽くされ、あれた室内が真っ赤に染められる光景を目にしながら。

 

 ノアの意識は、真っ暗な闇の中に沈み込んでいった。

 

 

 

 ドタドタと足音を立て、恐るべき企てをしていた管理局の裏切り者の部屋に駆け込む、本局の武装局員達。

 重厚なデバイスとバリアジャケット、そして積み重ねた実力で武装した彼らは、追い詰められた獣に噛みつかれる可能性を考慮し、万全に準備をした上でその場所に踏み込む。

 

 しかし彼らは、裏切り者の居所に足を踏み入れた瞬間、表情を凍りつかせる。

 そこに残っていたのは、バラバラに切り裂かれた研究員らしき男女数名と、首から上を失った男性の亡骸のみ。部屋全体がどす黒く染まった中に、原型をとどめていない人間の破片が転がる、悪夢のような光景が広がっていたのである。

 

 噎せ返るような鉄の匂いが全体に漂うその景色に、武装局員達はひたすらに絶句し、立ち尽くすのであった。

 

 

 

「…あーあ、せっかく会えたのになぁ。全部片付けてから……もっと色々…話したかったのに、全部全部無駄になっちゃった…」

 

 ズルズルと足を引きずり、緑の血に汚れた少女が街影を一人で歩く。

 涙の跡を頬に残し、ケタケタと壊れた笑い声をあげる彼女は、覚束ない足取りでひたすら前を、人目のない場所を求めて歩き続ける。

 

 彼女を動かすのは、とてつもなく大きな後悔だった。

 知ってしまった真実、自分のこれまでの行いも、自分の存在そのものを否定するような事実を突きつけられ、激しく嘆き続けていた。

 自分が救いたいと思っていた人を、自分が最も苦しめていたことに気づいてしまい、自分で自分を殺したい衝動に駆られていた。

 その思いが叶わないことを痛感し、インシグニアはぽろぽろと涙を流し続けた。

 

「これからどうしようかな……何にもなくなっちゃった。あの人のためにやってきたつもりだったのに、あいつのせいで全部めちゃくちゃになっちゃった…あは、あはははは」

 

 壊れた笑い声が止まらない。

 情けなくて恥ずかしくて、そこから逃げ出そうとする足が止まる様子を見せない。

 

 ふらふらと彷徨っていた少女は、たった一度だけ立ち止まり、どことも知れない虚空を見上げる。

 黒々と渦巻き始めた空を見上げ、少女はポツリと呟く。

 

「……お母さん」

 

 彼女の呟きは、直後に降り始めた豪雨によって、容易くかき消されてしまう。

 水飛沫が広がり、全ての音が水音に飲み込まれ始める中、少女の姿はまるで霞のように消え失せるのだった。

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