【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
アースラ内の一室。
本来であれば犯罪者を収容しておく、厳重な鍵が備えられたその部屋は、大規模な改装が行われた後になっていた。
無機質な部屋には二つの大きなベッドが並べて置かれ、棚や机などの家具もいくつか用意されている。一見すると病室そのものの外観だ。
そして配置されたベッドの上にはそれぞれ、金髪と黒髪、二人の美女が横になっていた。
「……」
「……」
片や、全身に包帯を巻いた長身の女騎士アイン。
片や、腕に点滴を刺した痩せ細った魔女プレシア。
二人ともほとんど同じ、心底心外でやってられないと言いたげな、ぶすっと不満だらけな表情で天井を見上げている。
怪我や病で衰えた体ゆえ、身じろぎひとつできない体を恨めしく思いながら、アインが深いため息とともに、口を開いた。
「なんでよりによってここなんだ」
「…それはこちらのセリフよ。どうして一時殺し合った仲の人と同じ病室にさせられなければならないの」
崩れゆく庭園の中心で激突し、罵倒の限りを尽くして戦った二人。
どちらも運命という名の荒波に揉まれ、大切なものをなくし、その心の隙を狙われいいように利用されたという、非常によく似た経歴を持っている女達である。
しかし、隣り合った彼女達に仲の良さなど一切存在しない。首さえ動けば、敵意でいっぱいになった目で睨みつけている事だろう。
二人の間の空気は、極地のように冷たく凍り付いていた。
「理由はわかるがな…どっちも満身創痍で目的を見失った者同士、争う理由は皆無……それと、私は命令違反、お前は単純に大勢に迷惑をかけた者として、ちょうどいい嫌がらせなんだろう」
「…そうね」
「だがあいつら…! あとで覚えておけよ…」
ひくひくと頬を痙攣させ、アインは遠く、アースラの艦橋にいるはずのリンディ達に向けて呟く。
自分でも相当に暴れ、彼女達に心配と迷惑をかけた自覚はある。あとでどれだけ責められ、思い罰を受けさせられるかも覚悟はしていた。全て承知の上で暴れたのだ。
だが、これだけはないとアインは思う。
どうして殺しあった者同士で、しかも互いに後で恥ずかしくなるような本音のぶちまけ合いをした相手と部屋を一緒にされなければならないのか。
ひたすら気まずく、息苦しい中、プレシアがため息混じりに呟いた。
「…これからどうなるかしらね。私もまさか、死に損なうとは思っていなかったのに…」
「多少の減刑はされるんじゃないか? 乗せられていたんだからな…他ならぬ、法の番人である管理局の高官に」
「もみ消される可能性もあるんじゃない?」
「あれだけやらかしてか? あの通信と証拠映像があれば、トカゲの尻尾を切るには十分だろう」
アインにそう返され、プレシアは暫く考え、納得する。
どれだけ悪辣な姿を晒し、我欲で穢れた真っ黒な正体を見せつけ、証拠を残されたとしても、手中に収めた邪神の力を使って、敵に回した全てを滅ぼすつもりでいたノア。
世界の一つや二つ簡単に滅ぼせるために、人間がどれだけ吠えようと痛くも痒くも思わなかっただろう。
よもや、最強最悪の生物兵器が破られるなどとは、夢にも思わなかったはずである。それさえなければ、力押しででも人間の世界を破壊し、支配する事はできたかもしれない。
ジョーカーアンデッドが自らを犠牲にし、アインが覚悟を決め愛する男を斬ったこと。それが彼の、唯一の失態であったのだ。
「…まぁ、捕まっていないようだがな。それどころか……もうこの世にいないようだ」
天井を仰ぎながら、ぼそりと呟くアイン。気だるげな表情からは、焦りなど微塵も感じられない無気力な態度で、衝撃の一言をこぼす。
一瞬固まったプレシアは、勢いよく振り向きアインの横顔を凝視すると、目を見開いたまま問い返した。
「何ですって…?」
「本局の連中が踏み込んだ時にはすでに…首を真っ二つにされて息絶えていたらしい」
「……あの男が死んだというの。自殺…なわけがないわよね」
世界を滅ぼそうる怪物を育て、自分の思い通りに動く駒に仕立て上げ、全てを統べる神になると豪語した狂人。
狂っているとしか言いようがない計画が失敗し、生きていてもやがては捕らわれ、法に裁かれる未来しか待っていなかった男だ。先を憂いて自ら命を立ったと聞かされても不思議はなさそうに思える。
しかしプレシアは、少しの間、それも声のみでの関わりでしかないが、自分が利用し、実際は事態を真に操っていた男のことを思い返す。
たった一人奮闘するプレシアを嘲笑うように、まるで餌のようにジュエルシードの情報をちらつかせ、操っていた彼が、心折られて死ぬとも思えない。
意地汚く生き残り、計画を邪魔した全ての者達に復讐することぐらい考えていそうだ、とプレシアは考えていた。
そこでふと、プレシアは思いつく。
大惨事を引き起こしたノアは今後、大勢の人々に恨まれながら刑の執行をまたなければならなかったはず。
ならば、彼を最も恨んでいるのは、いったい誰であるのかと。
「まさか…彼女ーーーあなたの…」
「ああ…おそらくな。どこかで生きてはいるんだろう…いや、必ず次元世界のどこかにはいる」
「わかるの?」
「なんとなくな…」
ふぅ、と息を吐き、瞼を閉じるアイン。
つい最近になって発覚した、自分と自分の愛する男の遺伝子を持ち合わせる、異形を正体にもつ少女。
本来生まれるはずのない、生まれてはならなかった例外の命である彼女に、アインは深く悲しみと罪悪感を抱く。
まるで自分の背負った罪を、存在そのものに対する罪を、一緒に背負って生まれてきてしまった少女に、アインは心の底から申し訳なく思う気持ちでいっぱいになっていた。
「…あいつが消えたいま、残るアンデッドは私とあの子だけだ。もしまた相見えようものなら……次こそ世界は終わる」
アインはひたすらに悲しみを覚え、深くため息をつく。怪我だけではなく、気だるさとやるせなさで、指先一本動かせない。
せっかく再会できた愛する男とも、ろくな話もできないまま永遠の別れをさせられ、十数年経って初めて存在を知った一人娘とも、もう二度と会ってはならないのだと決定づけられてしまった。
求めたものが、全て奪い取られる。手にしてはならないのだと拒絶される。
幼い頃から変わらない、自分の人生にかけられた呪いのような因果に、アインは心も体も重く感じてばかりだった。
「何から何まで……似ているわね、私達は」
ふっ、と鼻で笑い、プレシアが吐き捨てるように言う。
時の庭園で、互いに思いの丈をぶちまけあったせいだろうか、嫌悪を抱きつつも無視をする気にはなれない。むしろ、本音を語る女騎士の話を、もっとじっくり聞いていたいとさえ思えてくる。
命のやり取りのせいで、余計な心のしがらみや壁まで破壊されてしまったのかと、プレシアは苦笑を見せた。
「大切なたった一人の家族と再び会うことを許されず、ただただ醜く足掻くだけ…滑稽に踊るだけの道化ってところね」
「腹立たしいものを感じるのは…同族嫌悪があったからかもしれんな」
「そうね…でも、私とあなたでは違うところがある」
そう言って、プレシアはアインの方に顔を向け、じっと凝視し始める。
病室に担ぎ込まれた時は、死人に等しい惨状を晒していた女騎士。
自分と比べるまでもなく、重傷でどうしようもない姿を晒していた彼女は、いつの間にか腕も足も取り戻し、傷がふさがるのを待っているだけになっている。
少しずつ体が衰えている自分とは正反対の有様に、プレシアは羨むどころか、憐憫の眼差しを送り続けていた。
「あなたは不死で、私は近いうちに必ず死ぬ……あなたはその苦しみを、延々と続けなければならない。そうでしょう?」
「…そうだな」
「この世に神がいるというのならば、そいつはなんていい性格をしているのかしらね。人をこんなにも苦しめて…何が楽しいのかしら」
言っても仕方がないことをつぶやき、また思い息を吐く。
いつかいないかもわからない全知全能の存在。いるのならば、自分の願いを叶えて欲しいと祈ったことも何度もあった。
けれど、与えられるのは試練とも言えない、悲惨で残酷な苦痛ばかり。
そんなことができる誰かがいたとしても、プレシアもアインも、呆れることしかできなくなっていた。
「あ、あの…入ります」
その時、二人のいる部屋の扉が静かに開き、一人の少女が恐る恐る顔を覗かせる。
不安げで、しかしアインとプレシアの様子を心から案じる様子を見せる彼女、フェイトは、トレーを両手で持ち入室する。その後ろには、やや気まずげな様子のアルフの姿もあった。
「…何をしにきたの」
「…艦長の方とお話しして、母さん達が動けない間のお世話をさせてもらえる事になりました」
一瞬目を丸くしたプレシアが、厳しい口調で問うと、フェイトは以前のように萎縮することなく、プレシアの枕元へと近づく。
用意されていた椅子に腰掛けると、同じく病室に置かれたテーブルの上にトレーを置き、載せていた果物を移していく。
見るからに見舞い用のものであるそれらを見やり、プレシアは眉間にしわを寄せた。
「あなたは馬鹿なの…? あの時、玉座の間でも言いたかったけど、あなたが私に何をされてきたか、忘れたわけじゃないわよね」
騒動の最中の記憶は、曖昧ではあるが残っている。
ノアに騙され、邪神の核として飲み込まれた間も、フェイトが自分を呼ぶ声はずっと聞こえていた。何者かが邪神の中に手を伸ばし、自分を外に推しやったあと、彼女が泣きながら縋り付いていたことも、うっすらとだが体が覚えている。
しかし、それ以上にプレシアが覚えているのは、自分がフェイトに向けてはなった暴言の数々だった。
生まれた直後から先日までずっと、冷たく突き放し、自分と二度と関わることがないよう、徹底的に心に傷を残す言葉をぶつけようとした。最後は隣にいる女騎士に邪魔をされたが、それでも見限られるには十分なことをしたはずなのだ。
なのにフェイトは逃げることもせず、こうして今も自分に向き合おうとしている。
それがひたすら、不思議でならなかった。
「分かっています…母さんに言われてきたこと、されてきたこと、全て覚えているし、忘れたことなんてありません……だからここにいるんです」
「あなた……」
「フェイト…」
「私がジュエルシードを集めていたのは、母さんに言われていたからじゃありません。私がそうしたいから……そうしたんです」
ベッドに横たわる母の顔を、フェイトはじっと見つめて語りかける。
いつものように俯くことなどなく、しっかりとその場に立ちふさがり、決して逃げないという意思表示をする。
プレシアだけでなく、アルフもその姿に驚愕し、唖然とした様子で立ち尽くす。
時折頑固になることは知っていたが、彼女はこんなにもはっきりとした言葉と態度で、自分の気持ちを示しては来なかった。
その姿で思い出すのは、崩壊するときの庭園に突入したときのこと。
悲しみを克服し、折れた心を根性で復活させて挑んだプレシアの目の前で見せたときと、全く変わらない姿だった。
「全部を母さんのせいにして、逃げる気なんてありません。自分がやってきたことを否定して、のうのうと生きるつもりはありません。…誰かに導かれるままじゃない、自分の意志で全部を背負って、これからを生きます」
目を見開き、固まるプレシアはただ、フェイトの決意を聞届けることしかできない。
ふと、彼女の視界にある幻覚が映り込む。
フェイトよりも小さく、幼く、しかし気の強さを感じさせる綺麗な目をした、プレシアにとって最も大切だった宝物。
見た目以外何も似ていないはずの少女が、全く同じ表情でフェイトの隣に寄り添い、語りかけてきていた。
「私は母さんに何と言われようと…どんな考えで遠ざけられようと、母さんの…大魔導士プレシア・テスタロッサの娘だと言い続けます」
はっきりと、記憶にある彼女よりもずっと力強い目を見せる少女に、プレシアは目を離すことができなくなる。
しばらくの間見つめ合い、無言のまま時が流れる。
やがて、ふいっとプレシアが視線をそらす。気まずくなったのか、自分で自分が馬鹿らしくなったのか、呆れた様子でフェイトから目をそらす。
つい悲しげに目を伏せるフェイトに、プレシアは寝転んだまま大きなため息をつく。
「……好きにしなさい。まったく…これまでの苦労がパーだわ」
「いい気味だな」
「黙りなさい…いったい誰に似たんだか」
一部始終を見ていたアインから、ニヤニヤと小馬鹿にした調子で話しかけられ、プレシアのこめかみに血管が浮かぶ。
殺気に近い圧が降りかかるも、アインはそれを平然と受け流す。二人とも重傷で、指先一本まともに動かせないで喧嘩も何もあったものではないからだ。
不満げに目を細める魔女に、女騎士は意地悪く笑い、やがて瞼を閉じる。
どうやら自分は本当にひどい状態らしく、少し話しただけで随分眠気が襲ってくる。少しずつ、意識も揺らぎ始めていた。
「言っておくが、この子がこうなったのはきっと、私以上に頑固なあの子の影響だと思うぞ。いや…類は友を呼ぶというから、もともとこうなる素質があったんじゃないのか?」
「…そうかもしれないわね」
アインの呟きに、プレシアは反論しなかった。彼女の記憶の中から蘇った、今は亡き娘の思い出が蘇っていた。
気が強く、やんちゃで、好奇心旺盛で、よく母を困らせることもあった元気な子。煩わしいと思ったことなど一度もなく、その全てが愛おしかった。
そんな彼女は、一度決めたことはどうあったって曲げない頑固者でもあった。それは自分にひどく似ていて、やはり親子だと安心することもあった。
そしてその性格は、人ならざる生まれ方をした目の前の娘にも、しっかりと受け継がれていたのだ。
ーーーママ、私ね……!
「……少し眠るわ、ちょっと疲れが残っているみたい」
脳裏に蘇るアリシアの声にフッと微笑み、プレシアは瞼を閉じる。
そうだ、随分昔のことで忘れていたが、娘はそんなことを口にしていた。
当時の自分では叶えられず、曖昧に笑って誤魔化すだけだった娘の願いが、数十年経った今になって思い出される。
そしてその願いは、確かな形となって叶えられたのだと、皮肉を感じていた。
「ーーーありがとう、フェイト」
小さく溢れたその呟きに、フェイトとアルフがハッと目を見開く。
そしてフェイトは少しずつ笑みを浮かべ、アルフはニヤニヤと意地の悪い笑みを返す。
長い時間をかけ、ようやく出発点にたどり着いた一組の家族に。
アインはただ一人、眩しげで羨ましげな眼差しを向け、深い眠りにつくのだった。