【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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3.ただいま

「シュートッ‼︎」

【Divine shooter.】

 

 なのはがレイジングハートを構え、桜色の光球をいくつも操り、撃ち放つ。放たれたそれらは上下左右に軌道を描き、的に当たって霧散する。

 それを何度か繰り返し行い、生じた数値がモニターに表示され、記録されていく。

 

 地球への期間を明日に控えたなのはに申し出された、彼女の能力を測る実験。

 少しでもアースラの局員達との交流を覚えておきたいと、なのははそれを二つ返事で受け入れ、言われるままに愛機とともに魔法の行使に専念していた。

 

『どう? クロノ君、なのはちゃんの魔法の実使用を間近で見た感想は?』

「……うん、数値は異様に高いレベルを出す事もあるけど、均整が取れているとは言いづらいな」

 

 データを見たクロノが、思わず難しい表情で答える。今よりずっと前から、執務館としていくつもの任務にあたり、多くの魔導師と触れてきた彼であるが、なのはの能力はどうにも言い表し難かった。

 

 遠方射撃には圧倒的防御力。

 変則軌道が可能な誘導操作弾での攻撃。

 わずかな隙を一撃必殺で撃ち抜く中遠距離単独戦闘のエキスパート、従来の魔導師のどれとも当てはまらない形態。

 

 クロノにもエイミィにも、これまで遭遇したことのない独特の戦法を有する人物だった。

 

『なのはちゃんはちょっと変わってるスタイルだよね』

「何にせよ、専門の期間で訓練したわけでもない素人がこのレベルとは……お前、一体どんなスパルタな教育をしたんだよ」

「ボ、ボクは魔法の基礎を教えただけだよ! したとしたらアインさんだよ!」

「人のせいにするな」

 

 じとっと呆れた目を向けるクロノに、ユーノが慌てて反論する。

 

 確かに、経験など一切ない少女に魔法の力を託し、危険な戦いに巻き込んだ負い目、何より本人の希望で練習メニューを考えてきた。

 しかし少女がこれほどまでに、異様と言えるほどの成長を見せたのは、ひとえに本人の才能と執念による努力の賜物。ユーノが与えたのは単なるきっかけに過ぎず、呆れられる謂れはないはずなのだ。

 

 騒ぐ少年達二人をよそに、エイミィは上機嫌な様子で、収穫したなのはのデータを記録し、大切に保管する。

 

『こんなレアケースの魔導師は滅多にいないからね〜。可能な限りのデータを取っておかなきゃ。ごめんね、なのはちゃん。明日には地球に帰るのにデータ取りにつき合わせちゃって…』

「いいえ! お役に立てるなら!」

 

 通信越しに頭を下げるエイミィに、なのはは満面の笑みで答える。

 運動は苦手な彼女だが、魔法を使うために体を動かすことについては、かなり積極的になるらしい。

 むしろ、もっと魔法の訓練をしたいと、努力に貪欲になっている印象さえ与えてくる。

 

 本人が全く気にしていないのをイイことに、エイミィがくすくすと笑う様に、クロノがため息をついた。

 

「まったく…なのはにはアースラで過ごす最後の日になるかもしれないってのに…」

『お別れが寂しいなら素直にそう言えばいいのになぁ…クロノくんってば照れ屋さん』

「エイミィ…な、何を…⁉︎」

 

 揶揄うように呟いたエイミィに、クロノが頬を染めてばっと振り向く。エイミィのその呟きに、ユーノがまさかと言った表情で凝視し、空気が余計にこじれ始める。

 やや少年達の間で険悪な空気が流れ始めるのを、なのはは苦笑しながら見つめていたのだった。

 

『なのはちゃん……ここにはいつでも遊びに来ていいんだからね?』

「はい……ありがとうございます」

「エイミィ! アースラは遊び場じゃないんだぞ⁉︎」

『いいじゃない、どうせ巡航任務中はヒマを持て余してるんだし!』

「…お前なぁ」

 

 最初から最後まで、年下に甘く悪戯っぽい雰囲気を崩さない彼女に、クロノは頭を抱えて肩を落とす。

 

 しかし、彼女の言葉を否定はしない。

 重大事件にずっと関わり、解決のために一生懸命に尽力した少女達のことを、嫌いになれるはずもない。

 別れが惜しく思うと言うのも、確かだった。

 

 

 

 そしてやがて、別れの日は訪れた。

 不安定だった時空の流れが安定し、地球に転送できる日日の目処がついたのだ。

 

 寂しそうに眉尻を下げるなのはと、その肩に乗るユーノ。

 二人を見送るために、手が空いたスタッフ達は全員、ゲートの前に整列していた。皆、一生懸命事件解決のために手伝ってくれたなのはに、深い感謝を抱いていた。

 

「それじゃあ…今回は本当にありがとう」

 

 アースラメンバーを代表し、クロノが語りかける。

 気負うことが多く、仏頂面が板についていた彼だが、この時ばかりは柔らかく穏やかな笑みを見せている。

 

 思えばいろいろあった、となのはは思い返す。

 自分とフェイトの一騎打ちが続くと思っていた矢先にあった、異世界の警察組織の介入。

 事件は預かると言われ、諦めきれなくて自分から協力を申し出た後は、怒涛の日々だった。

 

 方針に納得できず、自分勝手に動いて心配をかけ、第三者どころか第四者の介入まで起きて、より一層危険な命の危機が訪れた。

 忘れようもない、忘れられるはずのない、凄まじい日々だった。

 

「…協力に感謝する」

「うん、クロノ君も元気で」

 

 クロノが差し出した手を、なのははぎゅっときつく握る。

 最初は怖いという印象を抱いた、生真面目さが全面に出た少年。任務のためなら冷酷になれるような人物なのかと思えば、熱い心を持った勇敢で優しい男の子でもあった。

 

 すると今度は、地上部隊の二人、サクソとムーヴが歩み寄ってくる。

 二人ともなのはに向けて、試合に満ちた穏やかな微笑みを送ってきていた。

 

「ずいぶん世話になったね。まさかこんな大事になるなんて思ってもみなかったよ」

「色々と、見苦しい部分も見せてしまったが……君達に対する感謝は変わらない。本当に、ありがとう…」

「サクソさん…ムーヴさん…」

 

 ユーノ以外の、もう一人の師アイン。

 彼女とともに昔戦っていたという、不屈の心と熱い心を持った男達にも、なのはは心の底から感謝の眼差しを送る。

 

 地上部隊の面々とは、色々あった。確執を目の当たりにし、一方的にアインを罵られて怒りを抱いたり、その後いつの間にか敵意が収まっていたり。

 何より、思わぬ裏切りがあらわとなりながらも、共に事件に立ち向かった記憶がある。

 

 そきでふと、なのはは辺りを見渡し、事件以降一度も姿を見られていない薄幸の少女と女騎士の姿を探した。

 

「…あの」

「フェイトの処遇は決まり次第連絡する。大丈夫さ…決して悪いようにはしない。プレシアに関しても、できるだけ罪を軽くできるように準備を進めている」

 

 不安げに見つめてくるなのはに、クロノは安心させるように告げる。

 

 ひたすらに娘との再会を願い、自他問わぬあらゆるものを犠牲にしようとした魔女の凶行。しかし、その裏には時空の守護者であるべき一人の男の、信じられないほど悪辣で身勝手な野望が混じっていた。

 

 全てがそうではなくとも、プレシアの願いが捻じ曲げられ、利用されたことは確かな事実。

 一切の言い訳も弁解も聞かず、無慈悲に罪に問うようなことは、クロノ達はできる限り避けるつもりだった。

 

「あの人に関しては…不安も残るが、何とかしてみせるさ」

「うん……ありがとう」

 

 一目、少女や女騎士に会いたいと思うなのはだが、その気持ちはぐっと内心に閉じ込める。

 これ以上、クロノ達に迷惑をかけるわけにはいかず、彼らを信じて待ちたいという気持ちもある。

 

 何よりも、重傷のままベッドに封じられているアインのことを考えると、動かずそのまま眠っていて欲しいと考えた。

 

「ユーノくんも、帰りたくなったら連絡してね。ゲートを使わせてあげる」

「はい…ありがとうございます」

「『事件は解決したら終わりではない』というのが私の持論なの…またきっと会いましょう」

 

 いたずらっぽくリンディが笑い、ユーノが頷く。至れり尽くせりの気遣いに、逆に申し訳ない気持ちが溢れるくらいだ。

 

 するとやがて、なのは達の背後の転送装置が起動し、少しずつ光を放ち始める。コンソールを操作する局員達が、少女達を地球に送るための扉を構築しているのだ。

 

「じゃあ…そろそろいいかな?」

「はい」

 

 クロノに促され、なのはは背を向け、何度も使い見慣れたゲートの方へ向かう。これまでずっと、戦いに赴くために使っていた扉だが、今度は自分の身を休めるために開かれるのだ。

 

 眩しい光に包まれ、クロノ達の姿が見えづらくなる。

 それでも、笑みを浮かべて自分たちを見送ってくれている大人達に、なのはとユーノは大きく手を振り、別れを告げた。

 

「またね、クロノ君…リンディさん、エイミィさん!」

 

 

 

 やがて、光は消えた。

 気づけばなのはは草地の上に立っていて、見上げれば青空が広がっているのが見える。

 

 振り向けば海に面した街が―――もう懐かしいとさえ思える、海鳴の故郷が眼に映る。何日ぶりになるだろうか、潮の香りでいっぱいの風を全身に受け、心地好さそうに深呼吸をする。

 風が体に染み渡るのを感じながら、なのははふっと微笑み、方に乗ったユーノに語りかけた。

 

「じゃ……帰ろうかユーノくん」

「うん」

 

 そうして、少女は歩き出す。

 ずっと待ち望んでいた、なんでもない〝日常〟に戻るために―――。

 

 

 

 ―――こうして『ジュエルシード事件』はひとまず終わりを迎えて。

    そして戻ってきた……私の日常。

 

 ―――今までどおりだけど…いろんなことがあった分、今までとは少しだけ…違う日常。

 

 ―――夢中だった時のことは…過ぎ去ってしまえば、なんだか一瞬のことのようで。

    だけど……心の中には確かに残ってる。

    出会ったこと、必死だったこと……いろんなこと。

 

 ―――だけど、終わってないのは…残った気がかりは、あの人達のこと。

    綺麗な目をした…きっと優しいあの子のことと。

    ずっと戦って、守ってくれていた…誰より優しくて強い、あの人のこと。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 その報せが来たのは、少女が普通の生活に戻ってすぐ後のことだった。

 乱れた時空が落ち着くのを待っていたアースラ、その乗組員達の中でも、一部の人間達にのみその報せは伝えられていた。

 

「……なのはが帰った後で、本当に良かった……! こんな決定…彼女には絶対聞かせられるわけがない…!」

 

 モニターに表示されるその内容に、クロノが歯を食いしばりながら呟く。その後ろで、リンディやエイミィ、サクソやムーヴ、アースラメンバーや地上部隊の面々もいて、全員が険しい表情を見せる。

 

 字面で示されたそのあまりにも無慈悲で無遠慮な決定に、誰もが驚愕し、直後に怒りをあらわにさせていた。

 

「そんな…どうして…!」

「これが…これが自分の全てをかけて世界を救った者に対する仕打ちなのか⁉︎ふざけるな!」

 

 ガンッ、と拳を壁に叩きつけ、目を釣り上げるサクソ。ムーヴはひたすらに拳を握りしめ、爆発しそうな自分の感情をどうにか抑え込む。

 彼らの同僚達である地上部隊も、全員信じられないと言う気持ちを前面に表し、一切の言葉を返すことができない。

 

 リンディは無表情を貫き、憮然とした態度を貫いている。

 だがもし、彼女が人目のつかない場所に行ったのならば、募り募った不満と怒りが火山のように爆発することだろう。

 

〔……別にそうおかしな話ではないだろう〕

〔アイン…!〕

 

 重い空気を切り裂き、沈黙の原因の一端である女の声が、念話を通じて届く。自分の最期に関わることだと言うのに、平然と、まるで気にしていない態度だ。

 

 病室にて養生、と言う名の監視を受けているアインは、一切表情を変えないまま虚空を見上げる。

 横を向けば、プレシアのためにおっかなびっくりといった手つきで、リンゴの皮を剥くフェイトと、それをオロオロと見守っているアルフの姿が見える。待っているプレシアは、穏やかで静かな微笑みを浮かべている。

 

 もしアインが表情を変えれば、彼女たちは途端に気付くだろう。

 今あるこの時間を壊さないために、アインは亀のように口を閉ざし、平静を保ち続けていた。

 

〔いつまた世界を滅ぼすかわからん化け物が、まだ生きて手の届く場所にいるんだ……実に合理的な決定だ〕

〔…! こんなもの、認められるわけないでしょう⁉︎〕

 

 軽い口調でそう答えるアインに、リンディは激昂し念話越しに怒鳴る。到底受け入れられない決定、それを受け入れようとしている親友を、リンディはもう全く理解できない。

 

 そしてひたすらに、悲しかった。

 自分勝手で傲岸不遜なくせに、自分の幸せを何一つ求めず、自分を苦しめてきた相手の命令に粛々と従う。

 まるで操り人形そのものだと、リンディの方が苦しくなった。

 

〔アイン…あなたは…!〕

〔もういいんだよ、リンディ…今まで好き勝手やってきたんだ……妥当な結末だと思わないか?〕

〔思えるわけ…ないじゃない〕

〔他のみんなはそう思うさ……何より私が一番納得している〕

 

 深く息を吐き、アインは瞼を伏せる。

 親友と共に過ごしてきた時間、共に乗り越えた困難、共に分かち合った喜び、数々の思い出を瞼の裏に映し、アインはふっと微笑む。

 数多くの思い出に浸り、彼女は初めて、満たされたと感じていた。

 

〔どうせ見送るなら…笑って見送ってくれよ、リンディ〕

 

 そんな親友の、おそらくは最後となる我儘に。

 リンディはもう、何も答えることができなくなってしまった。

 

 

 

 アイン・K・アルデブラント

 

  管理局員権限を完全に凍結。

  及び管理局規定SSS級隔離施設にて、永久凍結封印処置を決定。

  ミッドチルダに輸送を完了次第、処置を開始する

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