【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
∞.遠い地からの便り
高町家の道場から、乾いた破裂音が何度も響き渡る。
道場内で対峙する、兄恭也と妹美由紀。師弟関係でもある二人が、短めの竹刀を二本手に持ち、目にも止まらぬ早さで打ち合っていた。
数十と打ち合った後、二人は示し合わせたように同時に手を止め、竹刀を下ろして向かい合う。
息を切らせ、汗を流す美由紀に対し、恭也は平然とした様子でフッと笑みを浮かべた。
「朝稽古はこれくらいにしておくか」
「ありがとうございました!」
恭也にぺこりと頭を下げ、満足げに笑みを浮かべる美由紀。
恭也も妹も成長を自分の手で実感したからか、フッと達成感を感じさせる微笑みを見せる。
使用した後の習慣、道場の掃除を行った二人は、揃って出入り口に向かう。
恭也に先に行かせると、美由紀が鍵を取り出し、道場の入り口を閉めに入った。
「恭ちゃんは先に行ってていいよ」
「わかった」
恭也が頷き、自宅に向かって歩き出してから、美由紀は道場の鍵を閉め、続いて自宅の門に向かう。
朝に届いた郵便物は何かあるかと、ポストの中を覗き込む。
すると、一通の封筒が入れられていることに気づき、おや、と目を丸くする。
手にとって見てみると、中身が詰まった海外の封筒の様である。だが、海外から手紙を届ける様な知り合いがいただろうか、と美由紀はふと首を傾げる。
「あれ? 誰からだろ?」
送り主はどこか、と封筒をひっくり返し、書かれた文字をじっと読む。
読む者に配慮してか、宛先や送り主はしっかり日本語で書かれていて、難なく読むことができた。
送り主の名を見た途端、美由紀はあっと目を見開き、続いてふっと頬を緩める。
そして、優しい笑みを浮かべたまま宙をーーー広く開けた青空を見上げ、その下の何処かにいるであろう妹のことを想い浮かべる。
「なのは、きっと喜ぶだろうなぁ……ん?」
物思いにふけっていた美由紀だったが、ふと指先に違和感を覚え、再度郵便に視線を向ける。
最初に見た一通の他に、もう一枚紙を持つ感触がある。一緒に取って紛れてしまったのだろうか。
すっ、と重なった紙を指でずらし、下に隠れていたもう一通を確認する。
それは手紙ではなく、折り畳まれた紙切れの様だったが、うっすらと何か文字が刻まれているのが見える。こちらも手紙、というよりメッセージの様だ。
「もう一通……誰から?」
誰が書いたものなのだろうか、と美由紀が紙切れを開いてみる。
そこに書かれていた、手紙というには短くそっけな一文に、美由紀は一瞬目を見開き、やがてふっと呆れたような笑みをこぼした。
―――こんにちは、高町なのはです。
ユーノ君との出会いから始まった小さな事件…
異質世界の遺産ロストロギア…ジュエルシードを巡って起きたあの事件も終わりを告げて……また少し時間が経ちました。
あれからわたしの周りでは、魔法に関する事件も起きる事がなくなり、みんな、おのおの平和で穏やかな日々を過ごしています。
競い合ったり戦ったり、色々あってやっと友達になれたわたしと同い年の魔法使い、フェイトちゃんとも今はまだ離れ離れ。
わたしもすっかり平凡な小学三年生…のはずだったんですが。
色々と思うところもあって、今も魔法の練習は続けています。
ヒュンヒュンと宙を舞う桜色の光。
その中心に立ち、なのははじっと集中し続ける。
ジュエルシードをめぐる事件の間も続けていた魔力操作の練習、いくつもの魔力弾を同時に正確に制御する力を育む訓練。
だが、今回のそれは少し異なる点がある。
相棒であるレイジングハートは近くのベンチの上に置かれ、なのはは素手で魔法を使っている事だ。
つまりは、デバイスの補助をなくして、正確な魔力の操作を行おうとしているのである。
やろうと思えば、できない事はない。
しかしそれがどれだけ難しいことかと聞かれれば、多くの魔導師が気まずげに頬をひきつらせる事であろう。
「うん! 上手、すごいよなのは」
「ありがとう」
相変わらずなのはの師として、彼女の努力を見守り続けているユーノも、驚嘆で声を弾ませる。
必要に迫られての訓練ではなく、自分から積極的に行う訓練。しかも行うたびにめまぐるしい成長を見せるなのはには、驚かされてばかりだ。
ふとそこへ、なのはの一通の着信音が響く。
あっ、と声をあげたなのはは急いで荷物を探り、自身の携帯電話を取り出し、表示された発信元を確認する。
そ表示された名前に、なのはは満面の笑みを浮かべ、すぐさま通話ボタンを押した。
「はい。もしもし、なのはです」
『おーい、おはよう! なのはちゃん』
『おはよう、なのは』
「エイミィさん、クロノ君!」
聞こえてくる、もはや懐かしいとさえ思える二人の声に、なのはは歓喜で声を弾ませる。
いったい何をどうやっているのか今だにわからないが、電波も届きそうにない遠くの世界から、こうして時々かかってくる電話に、なのはは内心で不思議そうに首を傾げる。
管理局の技術力とは、こんなにも凄まじいものなのだろうか、とまだまだ知らない世界に強く興味が湧いてくる。
『どうだい? 魔法の練習は順調かい?』
「うん、作ってもらったテキストはわかりやすいし、ユーノ君も教えてくれるよ」
『それはよかった。レイジングハートはもう完全になのはが自分のマスターだって認めているし、きっともっと強くなるよ』
[That’s right.]
ここ最近は、時間がある限りこうして連絡をよこしてくれる二人。互いの最近についての世間話や魔法について、あるいは事件のその後についてなど、色々と教えてくれたりしていた。
事件が終わっても、こうして色々と気遣ってくれるクロノ達に感謝しながら、なのはは彼らとの久しぶりの会話を楽しんでいた。
『だから、なのはさんは学業が落ち着いたらぜひウチに…ね?』
『また艦長は……』
「あはは……」
比較的本気そうにそう言うリンディに苦笑しつつ、なのはは真面目に考えだす。
辺境とさえ言われるほど、管理局からは遠いこの世界。そんな場所で生まれた自分には、別の世界では当たり前のようにある力が宿っていた。
それは言ってしまえば偶然なのだが、こうして事件に深く関わった今となると、運命じみた何かがあるような気がしてくる。
もし、この力をもっと強く大きく育て、クロノやフェイト、女騎士のあの人、あるいはあの巨大な怪物にも負けないくらいになれたとしたら。
そういう未来も、何もなかったと思っていた自分にも選べるのだろうか。
『なのはやフェイトのように優秀な使い魔持ちは本当にレアなんだ。しっかり教えるんだぞ、ユーノ』
「ボクは使い魔じゃないんだけどな……」
なのはがまだ見ぬ未来を夢想する側で、クロノの苦言にユーノが肩を落とす。
フェレットの姿でいることが普通になってしまったために、すっかり使い魔としての印象が染み付いてしまった現在。
今後もずっとこうして弄られるのかと思い、ユーノは重いため息をつくのをやめられなかった。
そこに、パンッ!と破裂音音が響く。
話題を切り替えるために、エイミィが手を叩いたようだ。
『でね、今回の通信はいつもの連絡! 今も名前が上がった、なのはちゃんが気になってる〝あの子〟の事と……今も行方が知れない〝あの人〟の事』
「は、はいっ、お願いします!」
せっかく友達になったのに、ずっと会えていない、顔も見られていない新しい友達のことを思い、なのははピンと背筋を立てる。
事件を起こしてしまった責任の追及、被害に対する賠償、違法な研究に対する事情聴取。
それらの膨大な罪状に加え、現役管理局員による犯罪示唆や違法な研究の発覚と、多くの事情が重なって非常にややこしいことになっているらしい。
フェイト自身の罪はそこまでひどくはないものの、当分会う事はかなわないらしい。
その事実に、なのはは思わず暗い表情で俯いてしまった。
『―――前にも言ったが、大丈夫だよ』
「うん、ありがとう」
『…それとね』
なのはを安心させようとしてか、極めて明るい声で語っていたエイミィが、不意に勢いを落とす。
なのはが知りたい、もう一人の友人についての情報。彼女の現在について、なのはは一度聞かされていて、つい固く身構えてしまう。
本局へ向かう前に事故に遭い、そのまま行方不明になった。
そんなことを聞かされた当時はひどく狼狽し、落ち着いた今でも彼女の安否を心配し、落ち着かない日が続いていた。
『アインさんの事は…正直全然わかってないの。時空の流れに飲まれちゃってそれっきり……』
『いくら不死性の高いアンデッドといえど、あの空間で無傷でいるとは言い切れない……生きている事は確実だが、今どんな状態でいるか』
「そう…ですか」
俯くなのはに、クロノ達はやや気まずげに唸る。
女騎士を敬愛していたなのはに対し、こうして〝嘘〟を突き続けることに、全員申し訳なさを抱いていた。
だが、決してそれを伝えたりはしない。
真実を語れば、管理局のーーー人間の恐ろしく冷たく、残酷な一面についても語らなければならなくなる。
まだ子供である彼女にそんなものを見せるわけにはいかず、クロノは事実を隠し続けるという、かつての彼であればまず考えられない選択を取っていた。
クロノの葛藤に気づくことなく、なのははふっと深呼吸をする。
荒ぶりかけた精神をどうにか落ち着け、なのはは画面越しに、ふっと柔らかな微笑みを浮かべた。
「アインさんのことは心配です……でも、きっとあの人なら無事でいるって思えるんです。なんでかはわからないけど…」
『……そうだな、多分どこかで生きているだろう』
まぎれもない本心で、クロノも笑みを浮かべる。
こんなにも大勢に想われているのだから、ちゃんと生き延びていろよと内心で罵りながら、クロノもまた、艦内から見える極彩色の空に想いを馳せるのだった。
その日の分の練習を終え、家路につくなのは。
友人達と久しぶりに話ができて嬉しい反面、話したかった相手と何も言葉を交わせなかったことが悲しく、暗い表情となる。
しかし、家族にそんな顔を見せるわけにはいかないと気持ちを切り替え、むんと平静を取り繕う。
空元気を見せるなのはに、ユーノがやや心配そうな眼差しを向ける中、なのはは高町宅に戻ってくる。
すると、門の前で待つ一人の女性ーーー美由紀の姿があることに気づき、なのはは駆け足で姉の元に駆け寄っていく。
「ただいまー!」
「おかえり、なのは」
元気よく声をかけ、なのはは目をキラキラと輝かせて、美由紀を見上げる。
その理由は、ちらりと見えた姉が手にしている何かのためだ。
それはもしや、ずっと会いたいと思っていた少女からの便りなのではないかと期待し、美由紀にずいっと詰め寄る。
「あ…あの……お姉ちゃん、何かわたしに…」
「ん〜?」
そわそわと落ち着かない様子を見せるなのはに、美由紀はいたずらっぽい笑みを浮かべてとぼける。
知っているくせに、わざと知らないふりをする意地悪な姉に、妹はつい責めるような目を送ってしまう。
必死な様子を見せる妹に微笑ましさを感じながら、美由紀はにっこりと笑みを見せ、後ろ手に隠していたもの、一通の郵便を見せた。
「じゃ〜ん♪ 届いてたよ、時空管理局のフェイトちゃんから!」
美由紀にそれを手渡され、なのははパッと表情を明るくさせる。
面と向かって言葉を交わす事はまだできない。しかし、クロノ達が気を利かせて、フェイトとアルフが撮ったビデオメールを送ってくれるようになったのだ。
これまでも何度も、フェイト達とはメールのやり取りをしている。今度の便は、前回なのはが送ったメールの返事を届けてくれたようだ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「よかったね、なのは!」
「うん…!」
まるで宝物を抱きしめるように、なのはは送られてきたビデオメールを胸に包む。
早く見たい、そして今の自分のこの気持ちを伝えたい。
ソワソワと先ほどとは異なる気持ちで、なのはは落ち着かない様子を見せる。
「あ、あとそれとね……」
だがそこに、美由紀が口を挟む。
フェイトのメールを渡した時よりも優しい笑みを浮かべて、もう一通の手紙をなのはに手渡す。
フェイトの他に、誰が送ってきたのだろうか。
そう訝しんだなのはは、首を傾げたまま手紙を受け取り、紙を開いて書かれた文に目を通す。
そして、ハッと目を見開き、次いでいまにも泣き出しそうな表情d、ホッと安堵の息をついた。
『ありがとう また会おう』
紙に書かれた文章は、たったそれだけ。
心配させたことへの詫びも、寂しがるなのはに対する気遣いも一切ない、素っ気なさすぎる一文。
だがそれでも、なのはは心の底から安堵し、そしてまだ見ぬ未来に希望を抱く。
どんなに時間がかかるかわからないが、きっとまた会える。きっとまた、言葉を交わし、より深い絆を育むことができるようになる。
アイシスと言う名の女が送った手紙は、そんな期待を少女に抱かせた。
―――今はそれぞれの場所で、それぞれの笑顔と涙を集めて
再会ときっとまた新しく始まっていくはずの日々に思いを込めて
リリカルマジカル
きっとみんなが幸せでありますように。
その場所は、草木の一本も生えない不毛の大地だった。
人気は一切感じられない、あらゆる命が死に絶えるような過酷な環境。
乾いた砂漠が延々と続くその世界には、一本の轍が刻まれていた。
広く、寂しく、途方も無いほどに果てまで続く砂漠に、長い長い跡が残されていた。
風もなく、音もない無の世界に。
ある女騎士が残した足跡だけが、どこまでもどこまでも続いていたのだったーーー。
これにて、魔法少女リリカルなのは–The Ace Chronicle– は完結となります。
長かった。いや……本当に長かったです。
まさかこの作品を書き切るのにこんなに時間がかかるなんて思ってもみませんでした。不器用にもほどがあるぞ自分。
思えばこの作品の前身、タイトルももう忘れてしまった本当の処女作を、中途半端に書いてこれは違うあれも違うと悩んで、最終的に削除してから随分かかりました。
オリ主人公・アインにはもう本当に迷惑をかけたと思います。
すっごいほったらかしにしたどころか、春風駘蕩の作品においてダントツでえぐい過去と宿命を背負わせてしまったわけですから。
Re:createrみたくぶっ殺されても文句は言えまい…(苦)。
主人公の本当の名前について
リリなのの登場人物の名前が全員車の名前から来ているというのがこの作品の前身を消した後に知ったので、最初に思いついた名前とは違う本当の名前を持っているということにしました。
FF13のライトニングに影響を受けているかもしれません……これもだいぶ古いな。
本当に……本名を出すまでかかりました、猛省。
それでは最後に、拙作に長らくお付き合いください、ありがとうございました。
神崎由良様をはじめとする読者の皆様、毎度毎度の誤字報告ありがとうございました。