【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
0.Devil advent 〜魔王降臨〜
黒々と広がる、闇。全ての星々を内包する宇宙空間を流星のように進んで行く、一筋の光があった。
闇の中を高速で航行し光のラインを描くその船は、地球のエイに似た逆三角形の形状をしており、外側から見えないようにいくつもの重火器によって武装が施されていた。
それを操るのは、黒スーツにサングラスを装着した強面の男二人。そしてもう一人の搭乗者は、凶悪な印象を与える鎧をまとった銀髪の美青年だ。
「……まもなく、目的の場所に着きます。ご用意を」
「ああ。わかった」
船の玉座に座る武人、ザスティンは険しい表情で部下のブワッツの報告に頷く。ピリピリと緊張感が張り詰め、否応がなく喉が乾く。
最近は部下も含め、漫画家のアシスタントの仕事が忙しくなっていた彼らだが、今回ばかりは完全に殺気立っている。まるで地球に来る前の彼らだ。
「なんとしてでも、この任務は何事もなく成し遂げられなければならない―――全宇宙の平穏のためにも」
「ハッ!」
ブワッツとマウルが強く答え、再び艦内に沈黙が訪れる。
するとそう時間も経たないうちに、宇宙船の前方に奇妙なものが見え始めた。
光をも呑み込む漆黒の宇宙空間にありながら、より黒くその存在を見せつけている巨大な影。空間に直接打ち込まれたかのように鎮座している、黒く光沢を放つ鋼鉄の十字架だ。
「……アレが」
「そうだ。アレがかの有名な、宇宙最大最強の監獄〝ヘルズ・ゲート〟だ」
正直言って、ザスティンの部下たちもここに来るのは初めてであり、その存在は眉唾ものだと思っていた。だがその姿を目の前にしたことで、その圧倒的存在感と威圧感を目の当たりにさせられていた。
息を飲む部下たちの後ろで、ザスティンは険しい表情で巨大な十字架を睨みつける。
「……ここに、奴はいる。全宇宙を恐怖のどん底に突き落とした史上最悪の囚人、アークが」
その名をザスティンが口にしただけで、部下たちは自身の背筋を冷たい汗が伝い落ちていくのを感じた。
後世まで伝えられるその囚人の悪行は、もはや伝説やおとぎ話だとまで言われるほどのもの。しかし、伝わっている内容のその全てが真実であることを、ザスティンは嫌という程知らされていた。
隠しきれない畏怖を孕みながら、ザスティンたちの乗る宇宙船は十字架型の牢獄へと向かうのだった。
「移送監視の応援、ご苦労であります」
「こちらこそ。誠心誠意、努めさせていただきます」
牢獄の格納庫に船を停めたザスティンを迎えたのは、看守の黒い制服をまとった初老の男性だった。顔には深いシワが刻まれていたが、それ以上に歴戦の猛者を思わせる威圧感が漂っていて、ただ者ではないことを痛感させる。
ザスティンと看守は敬礼を交わし、連れ立って牢獄の通路を歩く。部下たちもそれに続き、牢獄の最も重要な箇所へと向かっていった。
「しかし、このような任務に関わることになろうとは……。正直、震えが止まりませんよ」
「仕方がありませんよ。私だってそうなのです……ですが、施設の老朽化はどうにもなりますまい」
老看守はそう言って、通路の壁に視線を送る。鉄壁の端にはサビが目立ち、塗装もはげている。一年や二年では刻まれないであろう負荷が、壁に目に見えて現れていた。
ザスティンも壁に目をやり、ついで設置されたモニターに視線を移す。
真空空間に設置されたカメラが映し出しているのは、牢獄の門。常に看守がそこを確認できるよう、門を映したモニターが牢獄のいたるところに設置されていた。
全ては、そこに封印されている囚人を見張るためである。
「500年……500年も我々は、奴に怯え続けて来ました。もしあの牢獄を破って来たら……そう思うと夜も眠れない。逃げ出したいくらいですよ」
「昨今の民衆は、もはやおとぎ話程度にしか知りませんしな。そもそも、覚えている者さえいるかどうか」
時の流れ、それはやがて記憶を薄れさせる。
人間が争いからなかなか学ぶことがないのは、その悲惨さを伝えるものの記憶の風化が一つの要因ともいえよう。ここにいる囚人もまた、やがて真に覚えているものはいなくなってしまうことであろう。
それが、老看守には恐ろしかった。
「さ、気を引き締めて行きましょう」
「ええ」
ザスティンが感慨にふける老看守を促す。
その時、ザスティンと老看守の足元がズシンと激しい揺れに襲われ、凄まじい轟音と衝撃が格納庫に伝わった。
突如けたたましい警報音が鳴り響き、視界が赤い光に包まれた。一瞬あっけに取られた他の看守たちが慌てて動きだし、場は一気に騒然と化した。
「⁉︎ なんだ、どうした⁉︎」
『高圧エネルギー格子に異常な負荷がかかっています‼︎ このままでは直に破られます‼︎』
「なっ……」
通信機からでも伝わる、怯えと不安を帯びた部下からの報告に老看守は言葉を失う。
設置されたモニターに目をやれば、確かに門の境目から禍々しい光が漏れ、ゆっくりと開きつつあるのが見える。こじ開けた隙間に爪を立て、無理やりこちら側へと抜け出そうとしているのだ。
「至急緊急システムを発動させろ‼︎ 予備エネルギーも回して押さえ込め‼︎ なんとしてでも奴をそこから逃すな‼︎」
まさか自分の代でこのような事態が起こってしまうなど、とついそう思ってしまった老看守だったが、隣で怒鳴りつけるように命令するザスティンの声で我に帰る。
しかし半ばパニックに陥っている牢獄において、落ち着いてまともに行動できる人物が果たして何人いたことか。じきに、通信機から情けない声が戻ってきた。
『ダメです、押さえきれません‼︎』
「ま、まさか……奴はずっと、この瞬間を待っていたのか……⁉︎」
いつともしれない、自分を閉じ込める牢獄が寿命を迎える瞬間が訪れる時を、かの囚人は待っていたというのか。
悠久の時を、その瞬間を待つためだけに過ごしていたというのなら、なんという凄まじい執念であろうか。
あまりの事実に呆然となるザスティンたちの目の前で、それはついに牢獄の裂け目から顔を出した。
―――ォォォオオオオオオオオ‼︎
限界を迎えた扉が、ついに完全にこじ開けられる。いびつに折れ曲がった鋼鉄の扉が真空空間に放り出され、その奥にいた存在が歓喜と憎悪の咆哮を放った。
それはまるで、闇そのものが形を持ったかのような姿だった。
光の中であろうとも染まることはない、黒々とした塊が狭い扉を押し潰し、巨大な体を押し出す。牙の形をした鋭い目を光らせ、頭から醜く曲がった悪魔の角を生やしたソレは、自身を縛る鎖を引き剥がしながら空間に飛び立った。
怪しく光る目に怨念の炎を燃やし、闇の化身のような怪物は旅立った。
復讐を、果たすために。
「……ザスティン殿」
「恐れていた事態が、起こってしまいましたな」
起きてしまった状況に呆然としていたろう看守は、救いを求めるように名を呼ぶ。しかし返ってきたのは、緊張し悔しさをにじませる望まない反応だった。
誰にも余裕などなかった。突然の事態に我を忘れ、立ち尽くすものばかりであった。
「呆けている場合ではない。奴を追わねば!」
ザスティンの号令でようやく看守たちが動き出す。
とはいえできることといえば、自体を別の部署へと通達することぐらいで、もはや他のものは何をすればいいのかわからずにいる。
それを察したザスティンは、レーダーの操作を行なっているものに近づき、可能な限りの情報を求めることにする。
「奴はどこに向かっている?」
「も、もうしばしお待ちを」
若干狼狽気味だった看守はすぐに取り掛かり、高エネルギー反応の行き先を測定する。
凄まじい力の奔流であったために反応はすぐに察知でき、だいたいの行き先もすぐに推測することができた。
「……推測結果が出ました。この方角ですと向かうのは……」
「…………地球、か!」
「…奴であれば、ありえますな」
記されている座標に、ザスティンは忌々しげに顔を歪める。当たって欲しくない嫌な予感が当たってしまった。
「いかん……姫様や婿殿達が‼︎」
その星には、彼が命にかえても守らなければならない者たちが暮らす街があるのだから。
「……〜♪ 〜♬」
はるか高い、空の上。
冷たい風を切り、そびえ立つある白の屋根の上で鼻歌を歌う影があった。
赤黒い、鮮血色のドレスを纏った長い金髪の少女が、吹き抜ける風を物ともせずに佇んでいた。
豊かな胸元を見せつける黒と紅のプリンセスドレスにはフリルがふんだんに施され、金糸のようなツーサイドアップの金髪がそれを彩る。膨らんだ胸と臀部とは裏腹に細く華奢な腰が体のラインを強調し、ほっそりとした腕が風を撫でる。
不意に、心地よさげに閉じられていた眼が見開かれ、黄金の瞳が輝きを放つ。
どこか人間離れした、夜の女神のような美貌を持つ少女が、その表情を険しいものに変えた。
「この気配……まさか」
はるか天空を見据えた少女は小さく呟き、屋根から降りて城の中へと戻る。
ふわりとドレスを浮かせて廊下に降り立った少女は、音もなくそばに侍った三つの人影を一瞥することもなく告げる。
「……予定を早めて行くぞ、嫌な予感がする」
唐突に告げられる、傲慢な口調の命令に逆らう者はいない。全員が恭しくこうべを垂れ、先を行く少女に付き従った。
「お嬢? どちらへ行かれるつもりで?」
「日本じゃ。支度をせよ。兄上には……適当な理由を言っておけ」
「ハッ!」
短い命令に、従者たちはすぐさま取り掛かる。
離れて行く気配に意識を向けることなく歩き続けていた少女は、やがてバルコニーに通じる扉の前で立ち止まった。
大きなガラスの向こうに広がる夜空、そして星空を見つめた少女は、その口元に笑みを浮かべた。
「……ようやくじゃ。ようやく会える」
その瞳に映るのは、星々の光ではない。
この場にいない、少女がずっと求めて止まなかった、欲しくてたまらなかった一人の存在。
その視線の先に、彼はいるのだ。
「のう―――
最後の一言はルーマニア語……らしいです。