【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
1.Deserted town 〜寂れた街〜
―――俺、こんなことしてていいのかな。
ホカホカと湯気を立て、体を温めてくれる広い浴槽に溜められた湯につかりながら、リトは思わず自問する。
理由は今さら言うまでもない、自身のまわりの状況についてだ。
(一応、俺ってさらわれてるんだよな。…なのにこの待遇)
過去の亡霊のようなものに取り憑かれ、そのうえで初めて会った少女にぼっこぼこにされ、竜の城へと連れ込まれ、そのあとは悪夢に苦しんだ。目まぐるしく変化する周囲に、理解が微妙に追いつかずふわふわしている。
なのに今自分は、のんきに風呂に入ってくつろいでいる。いや、いまだに緊張しているためにくつろぎとは程遠いかもしれないが。
「……なんか、落ち着かないなぁ」
こぼれた呟きが、風呂場に反響して虚しく消えていく。
そこへ、カラカラと脱衣所に通じる引き戸が開かれ、ペタペタと近づいてくる足音が聞こえてきた。
「う〜す。邪魔するぜぇ」
最初に姿を現したのは、金色の蝙蝠ことキバット。
その次に続々と入ってきたのは、引き締まった体躯を持つ強面の男性と、中性的な印象をもたらす小柄な青年、大柄な体に彫りの深い顔立ちの男という組み合わせの三人組だった。
「えっと確か……キバットだっけ?」
「おう。誉れ高きキバット・バット3世だ。今回は迷惑かけちまったな」
「あ、いや…俺の方こそ助けられた感じみたいだし」
初対面の人間よりも一度顔(?)を見た事のある蝙蝠を見て安心している自分にちょっと悲しくなりながら、リトは改めて自分を挟むように浴槽に入ってくる三人組の方を見た。
「俺はウルフェン族の次狼だ」
「僕はマーマン族のラモン。よろしくね」
「フラン、ケン、族。力」
「ゆ、結城リトです。どうぞよろしく……」
なぜだか異様な圧迫感を感じるリト。浴槽は四人が入ってもだいぶ余裕があるくらいには広いのに、非常に暑苦しいというか息苦しく感じられる。
あまりの緊張に、リトは何か会話の糸口を探して脳を回転させる。と、そこでこの奇妙な城にいるのなら、この人達も何か特殊な存在なのではないか、と思いついた。
「……も、もしかして皆さんも地球人に擬態してる宇宙人だったり……」
勢いのまま尋ねてみようと、うつむかせていた顔を上げたリト。
その目の前では、青い毛並みを持った狼男と、緑の鱗を持つ半魚人、紫の外郭を持つフランケンシュタインのような異形が湯に浸かってくつろいでいた。
「ふぃ〜…」
「おわああああああ⁉︎」
突然現れた三体の異形に、リトは思わず悲鳴を上げて飛び上がる。いくら彩南超でたくさんの宇宙人と出会ってきたとはいえ、すぐさっきまで人間の姿であった相手が変貌するいるという光景にはまだまだ慣れなかった。
目を剥いているリトに、忘れていてすまんと言わんばかりに風呂桶に浸かったキバットが翼を上げた。
「あ、悪い。こいつらのこの姿はまだ見せたことはなかったな」
「なっなっなっ……!」
「あいにく…俺たちは
「聞いたことはあるでしょ? 狼男とか半魚人とか……それは僕たちの先祖なんだよ♪」
ググっと両腕を天井にむけて伸ばす半魚人のラモンと、ゴキゴキと首を鳴らす狼男の次狼。固まっているリトには、それに頷くだけの余裕は残されてはいなかった。
「……もう大概のことは驚かないとは思ってたけど」
「世の中はそれだけ不思議に満ちてるってことだ」
「あき、ら、めろ」
モンスターたちに気を遣われて、リトはありがたいやら情けないやら。宇宙人のビジュアルも相当驚愕ものであろうが、絵本でしか見た事がない怪物たちの実物が目の前にあるという衝撃にはかなうまいと思えた。
しばらく湯に浸かって疲れをとっていた次狼たちだったが、やがて天井を見上げながらぼそりと呟いた。
「しかしお嬢の鼻の良さには驚かされる。こんな極東の島国でこんな事件に巡り合うとはな」
「いや、耳の良さだろう。お嬢の場合は」
けらけらと笑い合うキバットたちに、リトは思わず苦笑する。見た目が恐ろしいだけに、休憩時間のバイトのような態度をとっている姿はあまりにシュールに見えた。
そこでリトは、自分を助けてくれたというあの少女のことを思い出す。お嬢、という言葉で、やはり彼女のことが脳裏をよぎったのだ。
「琴音って、一体何者なんだ? お嬢って、呼んでるけど」
「ああ……まだ言っていなかったな」
浴槽の中で体の向きを変え、ラモンがリトと向き合う。
それは説明しやすくするための行為にも見えたが、これから語る名の人物に対する敬意のようにも見えた。
「簡単に言えば、お嬢はファンガイアの女王の娘……つまりは王女だよ」
「琴音・
しぐさや雰囲気から、確かに高貴なイメージを持っていたがまさか王女だったとは、とリトは背筋を伸ばしながら、直後に複雑そうに頬を引きつらせる。
自分の家に三人、そして学校にもう一人姫様がいることを思い出したからだ。あまりに双方のイメージが違いすぎて、同じとは思えなかった。
「…って、仕事? 外交官か何かなのか?」
「いや、そこまで堅苦しいもんじゃねぇよ。そっちはタイガ…兄貴の方の仕事だ」
「基本的に、王としての仕事はタイガがこなしていてな。お嬢は比較的自由にやらせてもらっているんだよ」
「それでも、王位継承者であることは確かだから、俺たちが従者としてついて行ってるんだけどな」
(ララやルンみたいだな……てことはこいつらってペケとかザスティンみたいな感じか?)
少なくとも、ドジなザスティンよりは仕事はできそうだとかなり失礼な感想を抱く。あのデビルークの護衛隊長は、最近は本気で漫画家に転向しそうな勢いであるから否定は難しそうであるが。
しかしそれはそれでリトは悩む。雰囲気にかなり充てられてはいたが、かなりフランクに接してしまっていたことに、失礼ではなかっただろうかと今さらながらに思ってしまった。
「偉そうな名がついていようと、妾はただのガキにすぎん」
「まぁ確かに、威厳とかはまだまだだけどな……」
すぐ隣から聞こえてきた、けだるげな声にキバットが思わず同意する。
しかしすぐに、その声の主が誰なのかを遅れて理解し、ぎょっと目を見開いて振り向いた。
「うぉお⁉︎」
キバットも次狼たちも、そしてリトも、さも当然のように浴槽に入り込んでいる少女、琴音の姿を目にして後ずさる。
琴音は先ほどリトを起こしたときと同じように、生まれた姿のままタオルもまいていなかった。まるでさっきからそのままであったかのようだ。
「おいお嬢‼︎ 俺らもいるんだから遠慮しろよ‼︎」
「知らん。ぬしら程度気にする必要もなかろう」
「俺たちは壁のシミかよ⁉︎」
仮にも淑女なら隠せと次狼たちは家臣らしく注意するが、当の主は微塵も聞き入れた様子がない。その堂々とした態度はまさしく支配者のようであったが、残念ながら今のままでは裸の王様にしか見えなかった。
その間、ぷかぷかと浮いている形のいい乳房や白い肌が眼に入らないように必死になりながら、リトはゆっくりとその場から離れようとしていた。
「おっ……俺! 外に出てるから…」
「まぁ待て…入ったばかりでわざわざ気を使う必要はない」
「ほぁあああ⁉︎」
しかし途中で琴音に捕まってしまい、顔面に大きくて柔らかいふくらみを押し付けられてしまう。口元に近づく桜色の蕾に目を白黒させ、リトは石にでもなったように固まってしまっていた。
真っ赤になって固まっているリトに、琴音は無表情のまま黄金の瞳を向けた。
「……痛みはないか?」
「え?」
「ないのならいい……手荒な真似をしてしまったからな」
リトが思わず聞き返すと、琴音はプイッと視線をそらしてそっけなく答える。
同時に背中に回されていた手も解放してくれたためリトは慌てて離れるも、気遣ってくれた琴音を手荒に扱えず、隣に腰を下ろした。
しばらく湯船の中で、天井にたまったしずくが落ちる音が時間を刻むのを聞きながら過ごしていると、無言のままに琴音が立ち上がった。
「じきに目的地に着く……しばらくはそこでぬしを匿う。十分に温もったら着替えて待っていろ」
脱衣所に向かって歩いていく琴音の後姿を、リトは言葉もなく見つめ続ける。少女らしい柔らかさを持ちながらも、戦士のようなしなやかな体に半ば見とれていた。
その姿が見えなくなった途端に緊張の糸が途切れ、次狼たちは大きなため息をついた。
「……珍しいものを見たな」
「ああ、お嬢があそこまで優しいのは初めてだよ」
「槍、でも、降る、か?」
「えっ?」
優しいかどうかはともかく、かなり穏やかな様子であったと記憶しているリトが、次狼たちの言葉に耳を疑う。
長く使えているらしい次狼たちは、そんなリトの疑問に気づいたのか複雑そうに顔を歪めて口を開いた。
「……正直言ってお嬢の立場って微妙でね? 継承権こそあるけど、タイガに比べればないにも等しいくらいに低いものでさ、ファンガイアの中でもお嬢の地位には価値は薄いんだ」
「そのためか、お嬢は人に隙を見せようとしない。常に自分の周りは全員敵に見えるように身構えていて、気を休める暇などなかったのだ」
リトはそれを聞いてますます混乱する。確かに少し怖い印象もあったが、次狼たちが懸念しているほど冷たくあしらわれた覚えもないし、表情もこわばっているようには見えない。
リトに対して向ける表情には、少なくとも敵意はなかったように思えた。
「……そのはずなんだけどなぁ」
とはいえ彼らの目には異様に映るらしい。訝しげな表情で、三体と一匹は琴音が去っていった方をじっと見続けていた。
と、その時、浴室の窓の外から甲高い咆哮が聞こえてくる。何かを合図するようなその声を聴き、次狼たちはすぐさま表情を切り替えた。
「お、そろそろ着くみたいだ」
「さっさと上がらねぇとドヤされるぞ」
「は、はい!」
次狼たちに促され、リトは慌てて浴槽から上がり、怪物たちとともに脱衣所へと急いだ。
広い草原の中へ、それはゆっくりと降り立った。
一軒の屋敷ほどあるその体は、簡単に民家を壊してしまう可能性があるため、なるべく人通りや障害物の少ない場所が必要であった。
小さな翼をたたんだ竜、キャッスルドランはようやく休めると言わんばかりに大きなあくびをこぼし、草の上に長い首を投げ出すと気持ちよさそうないびきをたて始めた。
「……ナナが見たら喜びそうだな」
キャッスルドランの腹の扉から降りたリトは、宇宙でも見た事がないんじゃないかと思える奇天烈な存在に苦笑する。
ふと、今は彼女の姿がないことを寂しく思いながら、リトはキャッスルドランが降り立った草原の上からの景色に目を見開いた。
「……ここって?」
小高い丘の上から見える、のどかな光景。
ほとんどが畑で、その間を網目のように不規則に道が伸びている。民家は数えるほどしか見当たらず、心地よい風が吹き抜けて作物の葉や木々をさわさわと柔らかく揺らしていた。
まるで映画や小説の世界に迷い込んだかのような、そんな不思議な光景であった。
「……妾の父の、故郷じゃ」
「静かなところだな、人があんまりいないけど……なんか空気が綺麗だ」
「…そうか、気に入ったのならよい」
風に吹かれ、長い金髪を揺らす琴音がそこに交じれば、もうそれは一つの絵画のようであった。
無表情であるはずの彼女の横顔は、今この時だけはほころんでいるように見えた。
「妾も好きじゃ」
先ほどから目を合わせてくれないが、もしかしたら気恥ずかしさでも感じているのかもしれない。ただの田舎の風景を、宝物のようにリトに見せていることに対する羞恥でも感じているのだろうか。
(気を使ってくれてるのかな…?)
振り回されっぱなしだったリトに対する、琴音なりの優しさなのだとしたら、リトもなんだか頬が熱くなる。
琴音はしばらく静かな風に身をゆだねていたが、そのうち我に返ったのか小さく咳ばらいをし、リトに背を向けて歩き出した。
「しばらくここで休息をとる。……あまりうろつくのは許さんが、好きに過ごすがよい」
琴音の、魔物たちを従える王女のわずかに桜色に染まっている肌を、リトは見ることはなかった。