【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
日本から遠く離れた、田舎の村。
過疎化が進み、やがて一人もいなくなったというその村は、穏やかな気候の影響か家屋の劣化が遅く廃村の雰囲気をあまり感じさせない。
そんな村には今、久方ぶりの客人が何組も現れていた。
「も〜……リトったらどこ行っちゃったのかなぁ?」
古びた建物、もとは教会だったらしい鐘の吊り下がったその場所の尖った屋根の上で、困り顔になったララが思わずつぶやいた。
ルナティーク号によって出発したはいいものの、肝心のリトの居場所を特定するのに手間取ってしまい、内心では少し焦っていた。ようやくこの村までたどり着いた時には、すでに一晩経ってしまっていた。
「姉上〜! 下着見えてるって〜!」
「お姉様……」
真下で顔を赤くして注視してくるナナとモモに視線を向けることなく、ララは真剣な表情でリトの姿を探し続けていた。
また少し離れたところでは、道を歩きながらヤミとメア、ネメシスが別のアプローチでリトを探す。
「ねぇネメちゃん、先輩の居場所ってこの辺でいいんだよね?」
「ああ、以前結城リトの中で感じていたものと同じ気配を感じる……まず間違いないはずだ」
戦いの中に身を置いていた彼女たちなりのやり方でリトを、正確にはリトに宿ってしまった強大な存在の痕跡をたどる。
平和な街に慣れてしまったとはいえ、その衰えをもチャラにできるだけの存在感があった。
「それにお前達も感じるはずだ、結城リトのものではない……強烈な殺気を。これは間違いなく、奴のものだ」
「うん、確かにこの感じは覚えがあるね。しかも前よりも濃くなってきてる」
「……急がなければならない、ということですね」
刻一刻と迫りつつあるタイムリミットを前に、ヤミもその表情にわずかな焦燥を表す。
少女たちはそれぞれの持ちうる力で、攫われた少年を探し続けていた。
「で、これからどうする?」
「とにかく先ずは、リトさんを探し出さなくては……手分けしてこの街を探しましょう!」
「うん!」
屋根の上から飛び降りたララが力強くうなずき、モモたちとともにさらに捜索範囲を広げるために歩き出す。
しかしその時、逸る気持ちが歩く速さに反映してしまっているナナが十字路に飛び出したかと思うと、血相を変えてララたちのいる方へと引きかえしてきた。
「……‼︎ 戻れ戻れ!」
「え⁉︎」
ナナに促されるまま、戸惑いの顔を浮かべたララとモモが後ずさる。
表情を引きつらせたナナは、二人とともに塀の影に身をひそめる。そっと表を覗き込んでみて、ララとモモはナナが慌てた理由を悟った。
「―――A班は北を、B班は東側を、残りは私とともに西側を捜索する。残る南側は貴殿らにお願いする」
「心得ました」
険しい表情で、何十人もの黒服たちに指示を出すおどろおどろしい意匠の甲冑を纏った武人がそこにいた。
いつも以上に気を張っている様子の彼に、ナナは思わず呆れた目を向けていた。
「ヤバッ……! ザスティンのやつ、もうここまで来てたのかよ⁉︎ いっつもポンコツのくせして、なんでこういうときだけ仕事早いんだよ……!」
普段は割と頼りにできないというか、情けない姿をさらしまくっている騎士の本気モードにナナは顔をしかめる。とにもかくにも、これではザスティンたちよりも先にリトを探し出すのは非常に難しくなってしまった。
ナナは焦った様子で、ララは困り顔でザスティンたちの様子をうかがう。
その横で、モモはふと黒服たちの中に交じっている、異様な雰囲気を纏った人物の姿を捉えた。
「……あの人は」
忙しなく動く黒服たちを横目に静かに佇んでいるその男性は、サングラスの下から虚空を見やりながら腕を組んで立っている。
地球人と同じ特に変わった格好をしていないのに、モモはその男から注意をそらせなくなっていた。
すると、モモが注目していた男のもとにザスティンが近づいて行った。
「お呼びしておいて待たせて申し訳ない。……もしもの時は、貴殿の力をお借りしたいがよろしいか? 青空の会の騎士殿」
「ああ……」
男性はサングラスを外し、鷹のようにするどい目を向ける。
その目には穏やかでありながら、強固な意志を感じさせるような強い光が宿っており、それを見たザスティンは思わず背筋に冷や汗を垂らしていた。
「世界の均衡を守るためならば……私のこの身、存分に使うつもりだ」
「……聞いてもいいかな?」
「なんだ?」
村に張り巡らされた石積みの塀の上を歩く琴音に向けて、リトがその後を追いながら尋ねた。
ひょいひょいとバランスをとりながら歩いていく琴音に驚嘆しながら、リトは自分の胸に触れる。
「アークって、そもそも何者なんだ? なんでこんな……悪霊みたいになって俺に取り憑いたんだ?」
「アークが暴れた時代は遠い昔のことゆえ、詳しいことは妾も知らん。伝えられているのは言い伝えのみだが……それでもよいか」
「あ、ああ……」
視線を向けず、琴音は塀の上で聞き返す。
リトが向ける真剣なまなざしに、琴音は遠い目になりながら口を開いた。
「―――むかしむかし、ある村に一人の農夫がいた。虫も殺さぬ、心やさしき農夫は人々に親しまれ、美しい妻と共に仲睦まじく暮らしていた」
昔話を聞かせるように、琴音は語り始める。
歌を紡ぐかのような琴音の声が、リトの想像力を刺激してその物語を絵本か紙芝居のように見せ始めた。
「だがある時……悲劇が起こった。農夫の妻が死んだのだ」
語り続ける琴音の髪を、強めの風がなびかせる。
蜂蜜色の金糸の束は、まるで炎のように舞い上がって言い伝えに彩りを添える。
―――原因は、空から訪れた星の民同士が引き起こした諍いだった。
傲慢な輩で、地上の民を一方に格下と見下し、乱暴を働いたとか。
……それに反発した地上の民との争いが徐々に激化し、いずれ大きないくさが起きた。
―――農夫の妻はそれに巻き込まれた……いや、その美しさから追い立てられ、乱暴された挙句その命を儚く散らした。
農夫は怒り、嘆き、狂い、闇に堕ちた。
……憎しみはただの農夫であった男に凄まじい力を与え、彼はその力を人々に振るった。
星の民も地上の民も、見境なく血祭りにあげた。
男……アークの怒りは止まなかった。
妻を失った悲しみは癒えず、その憎悪は他の無実の人々に向いた。
……無論、よそ者である他の星の民にも。
その力の凄まじさに、互いに争ってばかりであった時の王たちもようやく動き出した。
全ての命を滅ぼしかねないアークを討伐すべく大勢の戦士が送られ、より悲惨な戦いが始まった。
……そして大きな犠牲を出しながら、王はアークを封印することに成功したと聞く。
ふいに琴音が、その足を止める。
悲し気に目を伏せているリトに確かめるように、その顔を上から覗き込んだ。
「……妾の話が、いったい誰を示しておるかわかるか?」
「なんとなく…」
「それが、銀河大戦のきっかけとも言われておるが……真相はわからん」
塀の上から降り、琴音は村の景色を眺める。
人の声も何も聞こえない、草木や鳥の声だけが響いてくるのどかな風景。話を聞かされたリトには、その平穏な光景が何よりも貴重に思えてしまった。
その気持ちは、琴音にとっても同じだったようで、強い眼差しがその光景に向けられていた。
「……そんな時代は繰り返してはならん」
「俺も父ちゃんから歴史のあらましぐらいしか聞いたことねぇけど、相当悲惨な戦いだったらしいぜ? 戦争ばかり繰り返していた奴らが、一旦手を組んだぐらいだからな」
リトたちのそばに寄ってきたキバットが、赤い目を光らせて付け加える。
誰もその当時の光景を見た事はない。しかし決して忘れてはならないのだと、二人とも親から教わって生きてきたのだ。
しばらくすると、静まり返ってしまった雰囲気を脱するように琴音が再び歩き出した。
「……辛気臭い話は終いじゃ。腹が減っておるじゃろう」
「え? あ、うん」
「ぬしはここから動くな。……すぐに戻る」
ついて行こうとしたリトを、琴音はその場で止める。
すると、琴音は勢い良く跳躍してその場を離れる。偶然にもリトが瞬きする間に行ってしまったため、リトには琴音が一瞬で消えてしまったように見えていた。
仕方なく、リトは塀に背中を預けて琴音を待つことにする。幸いにも、初めて見る景色しか見えないために退屈はしそうになかった。
「観光客ですかな?」
すると、ぼんやりしていたリトに不意に声がかけられた。
慌てて立ち上がって振り向けば、斧を持った老人がリトを珍しそうに見つめていることに気づいた。
「え?あ、いや、その…」
「何もないところでさぞ退屈しているでしょう。材木しか取れん田舎ですからな」
老人は久方ぶりの訪問者を警戒する様子もなく、よっこらしょとリトから少し離れた場所に腰を下ろし、首にかけたタオルで汗を拭く。
ただの村人だとわかったリトは、少し過敏になっていることを恥じながら肩の力を抜いた。今まで琴音たち以外の誰とも会わなかったために、てっきりもう廃村になっていると思ったが、まだ住人は残っていたようだ。
「先ほどのお嬢さんは、恋人か何かですかな?」
「そ、そんなんじゃないですって‼︎」
「恥ずかしがらずともよろしいでしょうに。少なくともこのジジイの目には、お前さんをよく想っておるように見えますがの」
「は、はあ……」
からかわれて戸惑うリトだが、老人なりのコミュニケーションなのだろうと思って頬をかく。やりにくい気はしたが、無碍にするのはひどいだろうと、もうしばらくつきあおうとその場にとどまった。
老人はにやりと笑みを浮かべると、リトの耳元に口を寄せてきた。
「ただお気をつけなされ。ああいった
「は…ははは……」
下世話なアドバイスに、リトは思わず苦笑する。すでに複数人の少女たちから好意を寄せられているために、老人の言うような事態になったらと思うと笑えなかった。
かなり人懐っこい様子の老人に、リトは完全に気を許していた。過疎化が進んで若者もおらず、話し相手に飢えているのだろうと、親切心を働かせてもう少しつきあおうと近づいて行った。
その時だった。
「―――離れろ、リト‼︎」
ドゴォン!と。
琴音の怒号が響き渡るとともに、突然老人の体が吹き飛ばされた。
塀にもたれかかっていた老人は、容赦なく放たれた琴音の蹴りによって石積みに突っ込み、轟音とともに瓦礫の中に呑み込まれていった。
呆然としていたリトは立ち尽くすほかになかったが、すぐさま我に返って琴音をぎょっと凝視した。
「ちょっ……琴音⁉︎」
「甘かった……ここまで早く追っ手がかかるとは‼︎」
「い、いやそんなことよりあのおじいさんが…‼︎ …って追手?」
呆けるリトをよそに、琴音は蹴り飛ばした老人の方を鋭く睨みつける。
すると、ガラガラと瓦礫が崩れる音に交じって、気味の悪い含み笑いが聞こえてきた。
「正直見くびっていました、というか自信をなくしそうですよ。完璧な変装だったと思っていたのですが……まさかこんなに早く見破られようとは」
重い石の山をどかし、何事もなかったかのように立ち上がる老人……いや、老人に変装していた何者か。
皮を破って、本来の端正な顔をあらわにした男性に、琴音は険しい表情を向けた。
「これはこれは姫様。かような場所でお会いできるとは、運が良いですな」
「レイ……貴様‼︎」
オーラとして見えそうなほど濃い怒りを噴き出させ、琴音がレイと呼んだ男を前に身構える。
戦闘態勢に入っている彼女に、レイは困り顔のまま呆れたため息をこぼした。
「姫様……お戯れもほどほどになさいませ。これがどれだけの大事かわかっておいでですか? 姫様のわがまま一つで、世界を危機に晒すわけにはいかないのですよ」
レイの目が、リトに向けられる。
人間としてではない、爆発物でも見るかのような剣呑な目を向けられ、リトは思わず小さな悲鳴を漏らした。
「さぁ、大人しく……その少年を渡していただきましょうか」
「お断りだ‼︎ キバット!」
「よっしゃぁ! ガブッ‼︎」
「変身‼︎」
琴音の手の甲にキバットが噛みつき、琴音の中の力が呼び覚まされる。
強い怒りをあらわにしたファンガイアの王女は、一瞬にして異形の鎧を身に纏い、鋭く伸びた爪を掲げてみせた。
しかしそこまでの敵意を示されても、レイに狼狽した様子はなかった。
「仕方のないお人だ……レイキバット」
「いいだろう……行こうか、華麗に激しく!」
涼しい顔で佇んでいるレイのもとに、一匹の白い蝙蝠が現れる。キバットによく似たシルエットで、赤く尖った目が印象的なその蝙蝠がレイの手に噛みつくと、レイの周囲に凄まじい冷気が迸り始めた。
同時に腰に現れたベルトの止まり木に、白い蝙蝠が止まってぶら下がる。
「変身」
小さく唱えたレイの真正面に、雪の結晶の形をした魔法陣のようなものが現れる。
冷気に包まれたレイに向かってその魔方陣が重なると、レイのシルエットが大きく歪み、ガラスの割れるような音とともにその姿が変化した。
白いスーツに毛皮のついた鎧、両腕に巻き付く太い鎖、雪男を思わせる鎧を纏った逞しい姿となったレイは、猛禽類のような仮面の目を金色に輝かせ、琴音を見据えた。
いつの間にか、彼の背後にはステンドグラスのような外殻を持った異形たち……ファンガイアが集い、琴音とリトを取り囲んでいた。
「あの少年を捕らえなさい。傷つけてはなりませんよ」
レイの指示で、配下らしきファンガイアたちが突進してくる。
琴音はリトを背に庇いながら、大きく指を鳴らした。直後に現れた、異形の姿へと変わった次狼たちに向けて、琴音はきつく命令を飛ばした。
「行け! リトを連れて早く!」
「こっちだ‼︎」
「えっ…で、でも‼︎」
女の子一人を残していくことに忌避感を抱いたリトだったが、次狼たちに強く引っ張られてその場を離れざるを得なくなる。
琴音は道の真ん中に陣取り、敵意をむき出しにしてくるファンガイアとレイを睨みつけた。
「レイ……貴様だけはあの人の元へは行かせんぞ‼︎」
「これは異な事を。あなたの実力で、いったい何秒私を足止めできますかね?」
不敵に仮面の下で笑うレイが、腰のベルトから笛を取り出す。
琴音もほぼ同時に笛を取り外し、それぞれの相棒の口に噛ませてその顎を押した。
「ウェイクアップ‼︎」
「ウェイクアップ!」
琴音の右脚の、レイの両腕の鎖がはじけ飛び、封じられていた力が解放される。
次の瞬間、赤い蝙蝠の翼を備えた右脚と、巨大な金色の爪を生やした青い腕が激突し、悲鳴のような甲高い音が響き渡った。