【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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3.Knight of the cross 〜十字架の騎士〜

「急げ…!」

「ちょ……ちょっと待って…!」

 

 次狼たちに手を引かれ、何度も転びそうになりながらリトは走る。

 先ほどの男性が何者かはわからないが、問答無用で襲いかかったのは琴音であったために何と無く後味が悪かった。

 

「い、いいのか⁉︎ 琴音を置き去りにして…」

「あの程度のやつにお嬢が負けるわけがない…お前はただ自分のことを考えろ」

 

 ぴしゃりと言い放たれ、リトはつい口を噤んでしまう。流されるばかりで情けなくも感じるが、そうしなければならないということもわかっているために従うしかなかった。

 だが狭い道を全力で走り続けたことが悪かったのか、横道から顔を出した何者かに気づくのが遅れてしまった。

 

「⁉︎」

「きゃあっ⁉︎」

 

 ドサッと真正面からぶつかり、もみ合いながら倒れ込んでしまうリト。

 何か聞き覚えのある悲鳴だったと思いながら、顔に感じる柔らかな感触と手に感じる触り心地に目を見開いた。

 少女の足の間に顔を埋め、黒く細い尻尾を掴んでしまったと気づいたのは、かすかな喘ぎ声を聞いてからだった。

 

「うわわわ⁉︎ ご、ごめんなさっ……‼︎」

「リ……リトさん……?」

 

 慌てて離れるリトは、怒られるわけでもなく、呆然とした様子でこぼれた少女―――モモの声に一瞬固まる。

 

「も、モモ⁉︎」

「リトさん! 無事だったんですね! よかった…‼︎」

「な、なんでここに…」

「リトさんを助けに来たんですよ‼ みんなで…‼」

 

 再会を喜び、涙を浮かべながら抱きつこうとするモモ。

 リトは予想外の事態と、先ほどの艶かしい感触にフリーズしたままその抱擁を受け止めるしかなかった。

 

「ウォオオオオオ‼」

 

 だがその間に、異形の姿へ変化した次狼が唸り声をあげながら割って入った。

 とっさに表情を変えて飛び退いたモモの目の前で、突き立てられた爪が地面を砕いてヒビを入れる。

 

「走れ、結城リト……こいつは俺が足止めする」

「え、ちょ、ちょっと…⁉」

 

 逃げる理由がないリトが狼狽するが、次狼の合図を受けたラモンと力がリトを掴み、全速力で走り出していった。

 

「えええええええ⁉」

「リトさん‼」

 

 すぐさま追いかけようとしたモモだが、彼女の前に次狼が立ちはだかる。全身の毛を逆立てた彼は凄まじい唸り声をあげ、金色の瞳を爛々と輝かせた。

 

「お前の相手は俺だ……‼」

「よくもリトさんを……あなたも、私の邪魔をするというんですね」

 

 モモの中で、熱い怒りがマグマのように煮えたぎっていた。

 大切な人をさらわれ、命の危機にあるとまで聞かされた彼女はすでに、実行犯の仲間である彼を敵として認定する。

 普段は小悪魔としての自分で押さえ込んでいる本性が、感情の揺れによって露出しようとしていた。

 

「あなたのような躾のなっていない犬には……キツイ調教が必要のようですね」

 

 

「あああああ‼」

「ハァッ‼」

 

 打撃音と金属音を響かせ合い、琴音とレイが空中でぶつかり合う。

 異形の右足が巨大な爪を弾き、青と紅が火花を散らす。体格差に分があるレイの猛攻に琴音は自身の速度で対抗し、ほぼ互角に渡り合っていた。

 

「…少し見くびっていましたよ。温室育ちのお嬢様かと思いきや、これほどまで凶暴な力をお持ちだとは……」

 

 小馬鹿にしたようにレイが呟くが、琴音の表情は険しいまま変わらない。

 さらに冷たく闘気を研ぎ澄ませ、鋭く輝く異形の右脚を構えた。

 

「ぬしの思い通りにはさせん。リトは……妾のものには指一本触れさせはせんぞ」

「残念だが…‼ リト殿は貴殿のものではない‼」

 

 突如響き渡った声に、琴音はハッと目を見開くとその場から跳躍する。

 すると先ほどまで彼女がたっていたところに、地面が砕けるほどの勢いで巨大な光の剣が叩きつけられる。

 

「ララ様の婚約者殿を返していただきますよ。琴音嬢」

 

 いつになく殺気を迸らせ、ザスティンが琴音を見据えて剣を構える。その背後からわらわらと数人の黒服たちが現れ、琴音を取り囲んでいく。

 視界を覆っていく黒色を、琴音は忌々しそうに睨みつけた。

 

「…デビルークの精鋭か、厄介な」

「それだけではない」

 

 思わず琴音が呟いていると、黒服たちの列が割れてその間から一人の男性が歩いてきた。

 カジュアルな格好をした彼は、生真面目そうに細められた瞳と端正な顔立ちを有した若い男で、刃のような鋭い雰囲気を醸し出した、明らかにただものではない様子だった。

 彼は自身の懐からナックルダスターのような機械を取り出し、先端を自分の手のひらに当ててみせた。

 

【レ・デ・ィ】

「変身」

【フ・ィ・ス・ト・オ・ン】

 

 男がそれを自分のベルトの右半分に装着すると、ベルトの中心から光の十字架のような紋章が現れる。

 回転するそれが上下に光の人影を作り出したかと思うと、男に向かって重なっていき一つの鎧を装着させる。青と白に彩られたそれはまるで聖騎士のような雰囲気を放ち、十字架のような仮面が神聖な印象を与える。

 十字架の仮面はその後四方向に展開し、凄まじい熱を放ちながら仮面の形を変えた。

 

「―――その命、神に返しなさい」

 

 赤く輝く機会の目に射られ、琴音は流石に表情を変えた。

 たった一人の為に、三人もの騎士が集ってしまったのだ。

 

「協力感謝する……『素晴らしき青空の会』の騎士殿」

「世界の平穏こそ、私の願いだからだ」

 

 レイが呟いた名に、琴音は思わず顔をしかめる。その名は、ファンガイアの間ではあまりに有名であったからだ。

 

「青空の会……そうか、ぬしがイクサシステムを使う賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)名護か。禁忌を侵した同胞が何人か世話になったそうだな」

 

 タイガの政策から、他の種族を襲うことを禁じられた現在、それでも殺人衝動を抑えられない同胞が、幾人も粛清されてきた。

 いったい一体が凄まじい力を有すファンガイアを単独で害することのできる存在・イクサが今、琴音の前で臨戦態勢に入っているのだ。

 

「王族と言えど、貴女がその均衡を崩そうというのならば……私は貴女を容赦なく排除するとしよう」

「やってみるがいい…‼」

 

 激昂したように吠える琴音が、三人の騎士に向かって走る。

 振りぬいた異形の右脚がイクサの胴を狙い、激しい火花を散らして防がれる。激突する両者の間に割って入ったザスティンが斬撃を振るうが、琴音はイクサを足場に高く跳躍してそれをやすやすと躱す。

 レイが冷気を発しながら巨大な爪で襲い掛かるも、踊るように跳躍する琴音の動きを捉えられずに攻撃は空を切る。

 三人を相手にしながら、琴音はその細い体ですさまじいポテンシャルを発揮し、翻弄し続けていた。

 

「なるほど…ララ様にも匹敵する戦闘能力の持ち主というのは本当のようですな」

 

 いったん琴音から離れたザスティンが、琴音を冷静に分析する。

 ならば手加減はしない、とさらに闘気を高め、二人の騎士とともに剣を振り上げた。

 

「あああああっ‼」

 

 琴音は一歩たりとも退くことをせず、二つの星の精鋭たちを相手に奮闘し続けた。

 

 

 無人の家屋の屋根の上、そこでは青い人狼と巨大な杉の怪物が対峙し、ぶつかり合っていた。

 

「ウォオオオオオン‼」

「くっ…!」

 

 体にまとわりつく樹の枝を引きちぎりながら、次狼はモモに爪を振るう。

 高い身体能力でそれを躱すモモは、引きちぎられた樹の枝を見て戦慄の表情を浮かべた。

 

「シバリ杉さんでもとらえきれないなんて…‼」

「おとなしくしていろ……女子供を傷つけるのは、俺の信義に反する」

 

 緊張のせいで次の攻撃に移れないでいるモモに、距離を開けた次狼がそう告げる。

 彼が担ったのは追手の足止め、そのために無防備な女子供を手にかけるのは、プライドが許さなかった。

 だがそんな二人の視界の端で、緑の半魚人と紫の人造人間が行き止まりに追い詰められている光景が目に入った。傍らには、息を切らせた少年の姿もあった。

 

「! リトさん!」

「ラモンめ……いや、誘い込まれたか‼」

 

 モモよりも早く、次狼は仲間の元へ駆け出す。

 しかしモモが慌てて追いかけようとした直後、轟音とともに赤い影が壁をぶち抜いて次狼たちの方に倒れこんでくるのが見え、すぐさま減速した。

 

「カ…は……」

「お嬢!」

 

 傷だらけになっている琴音を、次狼が慌てて抱き上げる。

 開けられた穴からは、若干の疲労を見せるザスティンと十字架の騎士が姿を現し、次狼は威嚇の唸り声をあげた。

 するとそこへ、轟音を聞きつけたのかメアとナナが駆け寄ってきた。

 

「ナナちゃん! やっと見つけたよ! 先輩とあの時先輩を連れてった人!」

「よっしゃぁ! 観念しな! ここまできたらもう逃さな……」

 

 一番乗りとでも思ったのか、勝利を確信した顔でナナが宣言しようとするが、すぐそばに立っている黒鎧の男を目にして目を見開いた。

 

「げっ⁉︎ ザスティン‼︎」

「ナナ様⁉︎ なぜこんなところに⁉︎ まさか……‼︎」

 

 嫌な予感がしたザスティンが振り向くと、見えたのは走り寄ってくる白い機械の犬らしきもの。

 そしてそのあとを追いかけてくる、己の主の娘である少女であった。

 

「やっぱりここだった! くんくんチェイスくんの大活躍だったね!」

『ララ様……ただ大きな音がした方に集まっただけでは』

 

 目を輝かせるララに、髪留めのペケがつい小さくつぶやいてしまう。発明品を使ってリトを探していたらしいが、この状況ではどの要因によるものかは判断がつかなかった。

 ザスティンは渋い顔になりながらも、今はとりあえず優先すべきことがあると表情を検めた。

 

「ララ様……いえ、ここはひとまず不問にしておきましょう。お説教は後にします」

「リト~! 大丈夫だった⁉ ケガとかしてない⁉」

「い…今お前らのせいでボロボロにされるとこだったよ…」

 

 ザスティンの話を全く聞かず、のんきにリトに笑いかけるララだが、今まで思いっきり引っ張られてきて疲労困憊のリトには、それに応える余裕はなかった。

 追いつめられた琴音たちの頭上に、ふわりと影が降り立つ。

 天使の羽根を生やしたヤミと黒い闇を纏うネメシスが、鋭く彼らを見下ろしていた。

 

「追いつきましたよ、プリンセス・琴音。結城リトを返してもらいましょうか」

「そうとも、あれは我が下僕だ」

 

 続々とリトを取り戻そうとする勢力が集い、誰も逃げられない包囲網が完成していく。

 ララやナナにほとんど忘れられている気分になってきたザスティンは、眉間にしわを寄せながらも冷静さを保ち、琴音たちの方に向き直った。

 

「んんっ、お説教は後にするとして……琴音嬢‼︎ お願いですから大人しくしていていただきたい‼︎ タイガ殿も心配しておいでですよ‼︎」

 

 なぜかザスティンがこの包囲網の代表のようになっていたが、そもそも特に彼のことを気にしていないまわりの者たちは口を挟まなかった。

 そんな中、負傷し、逃げ場を失っている琴音は、小さく声を漏らした。

 

「……また、奪うのか」

 

 まるで呪詛のような低くかすれた声に、ザスティンたちにぞわりと怖気が走る。

 状況は完全にこちらが有利なはず、なのに琴音が放っているのは、近づくものを引きずり込む強大な闇の気配であった。

 血の滲む足を引きずり、ゆっくりと立ち上がる琴音の目は、凄まじい殺気にあふれていた。

 

「また妾から奪うのか……妾の大切なものを。父を、母を……そして今度はあの人までも……‼︎」

 ベルトの右側から、備えていた青い笛を引き抜く。キバットがそれを咥え、ホイッスルのような甲高い音を奏でた。

 

「次狼!」

「ガルルセイバー‼︎」

 

 その瞬間、琴音の後ろに控えていた次狼が宙に浮かび、そのシルエットを変えていく。

 青い人狼の彫像のような姿に変わった彼は琴音の手の中に納まると、さらにその姿を変えていく。顔の後ろから伸びる鬣が展開し、次狼は狼の鍔と金の刃を持つ剣へと変化した。

 さらにその剣からは鎖が生え、琴音の左腕と胸を覆っていき、青い毛並みを模した鎧へと変えていく。

 最後に次郎の姿が琴音に重なるように、瞳と髪留めの色が青色に変わった。

 

「渡さぬ‼︎ もう何も渡さぬぞ‼︎ みすみすまた奪われてたまるものか‼︎」

 

 鎧の形を変えた琴音は、野獣のように四つん這いになって剣を構える。

 鎧の形状が変わったことで、琴音の戦闘スタイルも、そして雰囲気さえも獣のように変貌していた。

 

「ガルルルルルル‼」

「うわっ⁉」

「おっ…とぉ‼」

 

 恐るべき速度で迫ってくる刃を、ナナとメアは辛うじて躱す。

 その速度にはザスティンも反応しきれず、剣同士をぶつけ合わせて大きく距離をとらされていた。

 

「どこからでもかかってくるがいい…‼ ここより先へ、貴様らを通しはせんぞ…あの人に触れさせはせんぞ……‼」

 

 獣の唸り声を吐きながら、琴音が視界に入るすべての敵を見据える。

 半分ほど理性を失っているような殺気を前に、ザスティンたちは思わず後ずさった。

 

「まるで手負いの獣……もはや、加減をしている場合ではなさそうだ」

「…というか、結城リトはあの人に一体何をしたんですか」

「もう、リトを返してよ!」

 

 ヤミがジト目を向けたり、ララが憤慨したりするが、それで事態が変わるわけではない。

 動くことのできない彼らに向けて、琴音は鬼のような形相で襲い掛かった。

 

「ハァァァァ‼」

 

 激しい火花が、粉塵が舞う寂れた町。琴音たちが大暴れし、誰一人として近づいてこないために、一人寂しく取り残されたリトは困惑しながら今の自分を嘆く。

 

「な…なんか、ちょっとした宇宙戦争みたいにとんでもないことになってるような」

 

 好きで宇宙の魔王に取り憑かれたわけではないが、それでも自分を巡って様々な種族が争い合っている光景は見ていて気持ちのいいものではない。

 何とか止められないかとは思うものの、あまりに激しい戦いであるために割って入るのはまず無理であった。

 

「……これってやっぱり俺のせいなのか…?」

「―――そうですね……君さえ大人しくしてくれれば、万事がうまくいくんですよ」

「え…?」

 

 ゆえに、そうつぶやいた人物が自分のすぐそばまで近づいて来ていたことに、リトは気づいていなかった。

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