【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
あらゆる状況が目まぐるしく動き、少女たちは戸惑うばかりであった。
味方の裏切り、アークに支配されてしまったリト、ボロボロの陣営。どこから手をつければいいかわからないほどに。
「ザスティン! しっかりしろ!」
「近づかないで! 傷に触るから!」
ナナは必至の形相で、傷ついたザスティンに呼びかけ続ける。アークの攻撃の余波を受けかけたナナとモモを身を呈して守った彼はもう、動ける体ではなかった。
「まさか……あの男が裏切るとは」
『すまない……俺の落ち度だ。奴の本性を見抜けなかったとは…』
「タイガ殿が謝ることではない。…みすみす目の前で彼を奪われるなど、恥でしかない」
本国にいるタイガとギドに連絡を取る名護が頭を下げると、二人とも苛立たしげにしながらも名護を慰める。
沈痛な表情で眉間にシワを寄せていた名護は、少し離れた場所で険しい表情を浮かべている琴音に目を向けた。
「気づいていたのか、貴女は」
「……義兄上の臣下の中に裏切り者がいたことだけだ。だから…誰も信じるわけにはいかなかった」
視線を合わせることなく、琴音は淡々と答える。
兄を、同族を裏切ったわけではない。彼女がたった一人真実を知り、解決するために奮闘していたと知ったものたちは、顔を見せることもできなかった。
「妾には信じられる相手はそう多くなかったからな……多忙な義兄上には目通りは叶いそうもなかった上、あの男の目があったからうまく動けなかった」
そう呟き、琴音は周りに目を向ける。のどかな風景が広がっていた村はもう跡形もなく、痛々しい傷跡が刻まれてしまっている。兄の配下もほとんどが戦闘不能なほど負傷し、あるいは敵に連れていかれてしまった。
もっと他にやりようがなかったのか、できることはなかったのか、そう後悔せずにはいられない。
その結果奪われたものは、あまりに大きかった。
「結局……みんな無駄になってしまったがな」
琴音は唇を噛み、アークたちが消えた方向を睨みつける。
爪が皮を突き破りそうなほどに拳を握ると、彼女はおもむろに歩き始めた。
「琴音姫…どこへ?」
「無論、奴らの元へ行く。……大体の場所は検討がついているからな」
「お、お一人で向かわれる気か⁉︎」
手当てを受けていたザスティンが思わず体を起こすが、全身の痛みで再び担架の上に戻ってしまう。
加勢どころか琴音を止めることもできそうにない彼に目もくれず、琴音は険しい表情のまま進み続ける。
「妾はもう……何も失いとうない。これは、必ず守るというあの人との誓いを守れなかった……妾の贖罪だ」
耳に蘇る、リトの最後の絶叫。
手に届く場所にいたはずなのに、するりと手のひらをこぼれ、いってしまった彼のことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
琴音の横顔を目にしたモモは、見覚えのあるその表情に息を呑んだ。
「これは、妾の手で終わらせねばならん…それらしい理由を糧にして、己の願望を通そうとした結果がこれだ。妾の甘さが招いた結果…妾が償わねばならん」
そこにいたのは、ただの一人の少女だった。
失うことを、奪われることを恐れる、ただの一人の恋する乙女だった。
その時、誰も連れず、ただ一人歩き続ける彼女の手をつかむ者がいた。
「一緒に、リトを助けに行こう?」
琴音の手を取り、朗らかな笑顔を浮かべてそう告げたララに、琴音はつい訝しげな目を向けてしまっていた。
「……聞いていたのか? ぬしらの手は借りぬと……」
「そんなのダメだよ! あんなに強い人たちがいっぱいいるのに、琴音だけでいくなんて危ないもん!」
「…いつから妾を呼び捨てで呼ぶことを許した」
初対面の時からかなり辛辣な態度をとっていたと記憶しながら、琴音はララの真意を探る。この少女がリトと親しいのは察しているが、先ほどのアークの力を目の当たりにしてもなおついてこようとしている理由がわからず困惑する。
フレンドリーに笑いかけてくるララを睨みつけていると、そこへ追従するもう一つの声があった。
「止めても無駄ですよ、プリンセス琴音」
メデューサレジェンドルガにけられた腹を押さえたヤミが、以前よりも強く燃える赤い瞳を見せながら告げる。
なぜやる気に満ちているのかわからない琴音は、困惑しながらも視線を強めた。
「…金色の闇か」
「ヤミちゃんとお呼びを。…結城リトを連れ戻すことが私と美柑の約束です」
その意思に変わりはない。しかし今の彼女には、それだけではなく別の理由が存在していた。
「ですが今は……あの女に一矢報わねば私の気が収まりません。私にあれだけの痴態を晒させたことを、死ぬほど後悔させてやります」
「わ〜…、お姉ちゃん完全に私怨だよそれ…」
「なかなか私好みのいい目をするようになったじゃないか」
ゴウッ、と凄まじい怒りの炎を燃やすヤミにメアは呆れ顔を、ネメシスは興味深そうな視線を向ける。
すると、ザスティンのそばで俯いていたナナも立ち上がり、琴音を睨んだまま拳を握った。
「あたしだってこんなところで終われない! ギーちゃんとドラ助とザスティンの敵討ちだ!」
「あの…ナナ様? 私はまだ死んでないんですが……」
『重症なんですから動かないでください』
ズタボロの状態でツッコミを入れるザスティンに、ララのこめかみからペケが注意する。重症の体を押してついてきそうであったが、正直いまにも死にそうであるためにおとなしくしてもらわねばならなかった。
続々と立ち上がる少女たちを代表し、モモが琴音の正面に立つ。真摯な眼差しを向け、自分たちの本気を明らかにした。
「琴音さん……私たちの思いはみんな一緒です。リトさんを助けたい、それだけです。それだけは……信じてください」
琴音はその言葉に、しばらくの間黙り込む。
掴まれた手は振りほどけそうになく、向けられる視線に偽りはないことはわかった。それでも自ら手を取る気になれないのは、レイの裏切りを目の当たりにしてしまったためか、彼女の性格によるものか。
それとも、彼女たちが結城リトに対して向けている感情が気に入らないからか。
しかし琴音は、その感情にどうにか蓋をする。一時の感情でその申し出を蹴るほど愚かではなかった。
「……仕方がない、手を貸してやる。だが忘れるな……あの人は妾のものじゃ」
「う~ん…リトってやっぱり人気だねぇ。でもね、私もリトのこと大好きだから独り占めはさせないよ?」
ギロリと向けられる剣呑な眼差しも気にせず、ララは誇らしげに笑う。
琴音はなぜか落ち着かない気分に陥り、掴まれていた手を離してしまう。するとララは、愛おしげな微笑みを浮かべて、豊かに膨らんだ自分の胸に手を当てて目を閉じた。
「私だけじゃなくて、春菜も、モモも、ナナも、ヤミちゃんも、みんなリトのことが大好き! …だから、絶対に助けたいんだ」
琴音の目をまっすぐに見つめてくる、真剣なララの瞳に琴音はしばし言葉を失う。
見たことがないほど澄んだ綺麗な目に惹き込まれそうになり、琴音は慌てて目をそらしてしまった。
「よ〜し! みんな行くよ!」
みんなに向かって勇ましく拳を突き出すララに、同じように「おー!」と答えるナナとメア。あくまで上品に手をあげるモモに、ちょっと赤くなりながら拳をあげるヤミ。そして仕方がないというふうに笑みを浮かべるネメシスが続き、少女たちの士気が上がっていく。
決して屈することのない、美しく強い少女たちを、琴音はどこか羨ましそうに見つめていた。
「……妾とて、譲れるものか」
そんな呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
次週からしばらくお休みをいただきます。
楽しみにしてくださった方には申し訳ありません。