【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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第四章 アイネ・クライネ・光さがして
1.Darkness castle 〜魔界の城〜


 巨大な月の光だけが闇を照らし、その影を映し出す。

 天に向かって鋭く尖り、黒々とそびえ立つ大きく不気味な城が、凄まじい迫力を伴って人界を見下ろしている。

 その最上階、巨大な玉座に腰掛けた青年ーーーリトに憑依したアークに向けて、レイとレジェンドルガたちが深々と首を垂れた。

 

「おかえりなさいませ……我らが王よ」

 

 アークは気だるげに頬杖をつき、決まり切った口上を垂れる彼を冷たく見下ろす。

 臣下を自称するこの男に対する信用はまだ弱く、それを理解しているのかレイも冷遇を気にする様子もなく最上級の立礼で応えていた。

 

「長らくのお暇からのご帰還、心より祝福いたします……早速ではございますが、今後の方針についてお聞かせいただけないでしょうか」

「『……お前なら、言わずとも察しているのではないか?』」

 

 ゆらりと片手を掲げ、アークは手のひらの上でぼんやりとした光を弄ぶ。

 神々しくも毒々しい、自身の力が徐々に掌握できてきていることを実感し、その表情に笑みが浮かんだ。

 

「『もはやこの世に未練はない……この身体も随分馴染んできた。お前たちの準備が整い次第、この星の全ての民に宣戦布告を行う。異論は無いな?』」

「もちろんです、我らが王」

「『ならば早々に取りかかれ。お前の忠誠が本物であるのならな』」

 

 アークが言い放つと、レイとレジェンドルガたちは待っていたとばかりに揃って起立し、早足で玉座の間を後にする。

 一人残されたアークは玉座の背もたれに体を預け、気だるげにため息をつきながら虚空を眺めて口を開いた。

 

「『……お前には悪いことをしたと思うぞ、我が器の少年よ』」

 

 今もなお、己の体内で肉体の主導権を取り戻そうとしている少年の奮闘をあざ笑いながら、アークが告げた。

 

「『もう体の自由はきくまい……諦めて我に身を委ねるがいい』」

 

 深い闇の中、泥のようにこびりつき、体の自由を奪う鎖にがんじがらめにされたリトは、懸命に鎖を引きちぎろうともがくも、反対に自身に苦痛を与えるだけとなってしまう。

 自分の中から世界を見ているという不思議な感覚に戸惑いながら、リトは険しい表情でアークを睨みつけた。

 

(……お前、何でそこまで他の奴らのことが憎いんだよ……‼ お前の生きていた時代は、今よりもずっとずっと昔なんだろ⁉ みんなは関係ないじゃないか…‼)

 

 戦争など、自分が生まれる遠い昔であったり、直接関わることもない遠い世界の出来事だと思っていたために、アークの怒りがどれほどのものかはわからない。

 だが魔王が滅ぼそうとしているのは、平和を好んで戦いを忌避する者たちも含まれているのだ。

 

(お前が苦しんできたっていうのは、おれも教えてもらったからわかるさ……でも、その苦しみを今の関係ない誰かにぶつけるなんて間違ってるだろ‼)

「『……』」

 

 リトの言葉を聞いているのか聞いていないのか、アークは黙り込んだまま答えない。少なくとも無視しているわけではないことは、肘掛の上におかれた拳が握り締められていく様子からわかった。

 

(お前の大切だった人だって、こんなこと望んでるはずが…‼)

「『―――黙れ、小僧』」

 

 怒りを押し殺したようなアークの声とともに、リトを縛り付ける鎖が引かれて激しい苦痛が襲いかかる。

 苦悶の声を漏らすリトに、激情で燃えたぎった目を見せるアークがぴしゃりと言い放った。

 

「『たかが十数年生きてきただけの若造に、我の憎悪が理解できるわけがあるまい。我が味わってきた絶望を知れるわけがあるまい……まだだれかを愛したこともない貴様に』」

 

 ズブズブとリトの足下が闇に沈み、身動きが取れなくなっていく。

 完全に飲み込まれていく恐怖に苛まれ、口を閉ざしたリトを冷たく一瞥したアークは憎々しげに歯を食いしばると、やがてにんまりと冷酷な笑みを浮かべた。

 

「『お前はそこで見ているがいい……この腐った世界が壊れる光景をな』」

 

 これから始まる惨劇を思い、アークがゲラゲラと哄笑の声を上げる。

 おどろおどろしい笑い声が城中に反響するのを聞きながら、リトは自分を助けにきてくれた少女たちの無事を願い、重くなっていく瞼を抑え続けた。

 

(……みんな)

 

 意識が完全に飲み込まれる寸前まで、リトの脳裏には他の誰かの笑顔が浮かんでいた。

 

 

 月明かりに照らされる、大海のように広がる雲海の上を、紫色の竜の城が全速力で過ぎ去っていく。

 シャンデリアの下がる大きな部屋に集められたララ達の中で、轟々と風の音が響き渡る外に目をやっていたナナがふと振り向いた。

 

「なぁ…今さらで悪いけど、あいつらがどこに向かってるのかわかるのか?」

 

 始めは見たこともない竜の城(キャッスルドラン)を見て興奮していたナナだったが、しばらくして我に返ったのかただまっすぐ飛んでいるだけの現状に不安を抱き始める。

 琴音はただ部屋の中心で仁王立ちし、目を閉じて聴力にのみ集中していた。

 

「場所までは分からん……だが、リトの〝音〟は覚えておる。今はただ、あやつが残した僅かな痕跡を追っているだけにすぎん」

「音…?」

 

 ナナの訝しげな声に、琴音は小さく頷いて返した。

 

「妾の父が以前言っていた……人間はみな、己の中に音を奏でていると。気取ったクラシックを、荒々しいロックを、凶暴なメタルを。妾の耳は、それを聴く事が出来る……それだけじゃ」

「へー…」

 

 正直よくわかっていないし、真実には荒唐無稽な話だったが、それが手掛かりになるならとナナもそれ以上は聞かない。

 琴音は耳を澄ませながら、どこか懐かしそうに穏やかな表情を浮かべていた。

 

「……彼の方の音は、森に吹くやわらかい風のように穏やかだった。大きく目立つわけでも力があるわけでもない……だが不思議と人を惹きつける、人への想いに満ちた音だ」

「……うん、そんな気がする」

「だが今は……大きな嵐の中に飲み込まれ、いまにも消えそうなほどにかすれてしまっている。巨大な力に囲まれ、震える音が聞こえる」

 

 薄く開けられた琴音の目には、リトを守りきれなかったことへの後悔が滲んで見えた。

 同じように沈んだ顔になるララに気づくと、小さくため息をついて視線を逸らした。

 

「案ずるな。妾は一度たりとも、あやつの音を忘れたことはない。……必ず見つけ出す」

 

 琴音の胸を強調するように組まれた手に力がこもり、自らを押しつぶすようにきしみを上げる。

 沈黙が降りる中、じとっとした目を向けていたメアが口を開いた。

 

「…前々から聞きたかったんだけど、あなたは何でそこまで先輩にこだわるの? アークを放っておいたらヤバいっていうのはわかるけど……それだけの理由じゃないよね?」

 

 メアの疑うような声に、琴音は答えない。ただちらりとメアを、そしてララ達全員を見やってから、興味を無くしたようにまた目をそらした。

 

「……余計なことを気にするな。無駄な話をしている暇があるなら、奴らをどう相手するかだけ考えていろ」

「…は~い」

 

 何か言いたげだったが、ここで機嫌を損ねてもいいことはなさそうだと判断してメアは口を閉ざす。

 琴音はそのまま黙り込んでいたが、その脳裏にはある言葉が蘇っていた。

 

 ―――君ってさ、すげぇ奇麗な声してるよな!

 

 他愛のない、子供の言葉。

 年月とともに忘れてしまいそうなそんな言葉が、琴音の胸に深く突き刺さり、いつまでも残っていた。

 

「…! あれは……」

 

 妙な空気が流れ始めた時、キャッスルドランの進行方向を睨んでいたヤミの目が大きく見開かれた。

 様子の変わった彼女に感化され、同じ方向に目をやったララ達も思わず絶句する。

 

「なんっだぁ、アレ…⁉」

「あれが奴のいる……魔王の城だ」

 

 その城は、雲の上にあった。

 巨大な月を背景に、そこに海があるかのように浮かんでいる島の上に、古風な様相の城がそびえ立っている。

 夢か幻かと疑ってしまうほど、異質な光景であった。

 

「すっごぉ~い…!」

 

 想い人をさらった者達の居城ということも忘れかけ、ララが簡単の声を上げて惚ける。

 徐々に距離が詰められていく中、なんの策も用意していないことを思い出したナナが慌てた様子で琴音に目を向けた。

 

「ど、どうするんだ⁉ どこから潜入するんだ⁉」

「この竜に乗ったままでは目立ちすぎます。離れたところから死角に回った方がいいかと…」

「そんな回りくどい方法を取る気はない」

 

 狼狽するナナに呆れるように、琴音はただ目を細めて空の城を睨みつけていた。

 

「敵はすでに妾達の接近に気づいている。出なければ義兄上たちの精鋭たちがああもあっさりやられるはずもないからな」

「……一体何をする気だ」

「こうするのだ」

 

 半目で見つめてくるネメシスの問いに、琴音は片手を城の方に向けて応える。

 それを合図に、同じく空の城を見据えていたキャッスルドランが唸り声をあげ、大きく開けた口の中に火炎を溜め込み始めた。

 

「―――撃て」

 

 ドンッ‼︎

 冷淡な声で琴音が告げた瞬間、キャッスルドランが城に向けて火球を放つ。

 強烈な熱の塊はまっすぐに城に向かい、壁に炸裂して凄まじい轟音と閃光を生じさせた。

 ぽっかりと空いた壁の穴にキャッスルドランは首を突っ込み、その口から琴音を吐き出して頭を下げた。

 

「ま、まさか真正面から突撃するとは…!」

「無茶苦茶ですよ……!」

 

 悠々と降り立つ彼女の後に続き、盛大にむせたモモ達がフラフラと城の中から飛び出していった。

 

「げほっ……あなた、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」

「相手が待ち構えているのなら、こちらが先制攻撃を仕掛けるのも有効であろう? 文句を言うな」

「だったらせめて先に言えよ! 危うくこっちが死ぬところだっただろ⁉」

「びっくりしたー…‼」

 

 味方のことを何も考えない無茶な特攻への抗議も聞き流し、琴音は城の奥を目指す。

 その目は一切、ララ達を見ていなかった。

 

「結城リトのもとに行けるのなら……妾はそれでいい」

「わー…ジコチュー」

 

 味方のことを考えていないどころか、味方とも認識されていない気がしてメアが思わずこぼす。

 危うく敵陣を前に仲違いしかけた時、破壊された城の奥から無数のファンガイア達が現れた。その顔には、マミーレジェンドルガの仮面が貼り付けられていた。

 

「ぞろぞろと来たな……」

 

 操られる人形のようでありながら、操者の悪意を感じさせる怪しい目の光を浴び、琴音が殺気を膨らませる。

 その横に、キバットや次狼達が何も言わず付き従った。

 

「次狼、ラモン、力。妾とともに来い」

「承知」

「キバット!」

「おっしゃあ! キバっていくぜ‼」

 

 キバットが気合いを入れるように叫び、琴音の手の甲に噛み付く。

 現れた紅色のベルトにぶら下がり、奇妙な音の波紋を周囲に広げた。

 

「変身」

 

 ガラスの割れるような音とともに、琴音の姿が異形の鎧をまとったものに変わる。次狼達もそれに続き、本来の姿である異形の戦士の姿に変わっていく。

 遅れて戦闘準備に入ろうとしているララ達に、琴音は振り向くことなく口を開いた。

 

「小娘ども……覚悟を決めろ。この先全員がたどり着けるかどうか……保証はせんぞ」

 

 少女達を守る盾のように、あるいは少女達に邪魔させまいと先頭に立っているかのように、勇ましく告げた琴音は雄叫びとともに異形達に襲いかかった。

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