【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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5.True thought 〜本当の想い〜

「『ぬぅん‼︎』」

 

 アークが突き出した手のひらから、黄金の衝撃波が生じてあらゆるものを吹き飛ばす。

 無数に整列する宇宙艦隊もその波動を受け、決して少なくない被害を被っていた。

 

「『心地よい……実に心地よいぞ』」

 

 己が生み出した惨劇に、アークは満足げにくつくつと笑い声をこぼす。

 艦隊もやられっぱなしではなく、アークに向けて砲撃を放つものの、炸裂する爆発はその体に僅かな傷もつけられずにいた。

 

「『力が続々と溜まっていく……今度こそ、もう誰にも邪魔はさせない。この力で、全ての種族に復讐を果たしてみせる‼︎』」

 

 数でいえば絶望的な戦いであるにもかかわらず、単騎でそれに挑む魔王に敗退の気配は見られない。

 奇しくもそれは、かつて彼が起こした戦乱の再現にして、意趣返しのようにも見えた。

 

「もう…やめろ」

 

 そんな時、次々と降り注ぐ砲弾の嵐の中で、か細く途切れそうな声が聞こえた。

 

「宇宙中の奴らに復讐するなんて……そんなのいつ終わるかもわかんねぇだろ…! そんなことしても、誰も浮かばれねぇよ!」

 

 声の主は、アークに体の主導権を奪われ、囚われているリト。

 アークの中の荒ぶる力と感情に翻弄されながらも、ヘドロのように濁ったその中から必死に這い出そうとしていた。

 

「お前だってこんなこと……本当は望んでないんだろ⁉」

『貴様に何が……‼』

「わかるに決まってんだろ‼ お前がオレに見せたんじゃねぇか‼」

 

 リトはただ一人、アークの心を覗いていた。

 それはアークに憑依されて間もない時、琴音の城で見た悪夢の中の光景だった。

 

「お前はすげぇ怒ってたけど……それ以上に悲しんでた! 大切なものを失くして、世界よりも先に自分を責め続けてた!」

 

 悪夢の中で、濁流のような勢いで流れ込んできたアークの記憶。

 怒り、憎しみ、嫌悪、あらゆる負の感情の中で違って見えたのは、大切な人に向けられた悲しみの感情だった。

 胸が締め付けられるようなその感情が、リトの中から離れなかった。

 

「お前が戦いを挑んだのは……復讐なんかのためじゃない! 本当はお前は……‼︎」

『黙っていろ…』

「アーク……うぐっ‼」

 

 懸命に呼びかけ続けていたリトだったが、アークはそれを一蹴して自身の闇の中に閉じ込めてしまう。

 爆発音のみが響き渡る世界にただ一人佇み、アークはギロリと艦隊を睨みつけた。

 

「『もはや我は……誰にも止められん。この憎しみは、誰にも消せはしないのだ‼』」

 

 憤怒に震えるアークの声、しかしその中には、微かながら苦しみと悲しみが混じっているように思えた。

 それに気づく者は、誰もいなかった。

 

 

 ―――ホラ、あの方が例の姫だそうよ。

 

 そんな声が、どこからともなく聞こえてくる。

 きらびやかに飾り立てられたその世界において、よくない感情が溢れたその声は自分の耳によく響いてきた。

 少女が振り向いてみれば、見下ろしてくるのは気味の悪い黒い影のようなものだった。

 

 ―――愛人の子ですってね。

    しかも半分人間の血が混ざっているそうよ?

 ―――イヤねぇ…変な病気でも持っていたら大変だわ。

 ―――私の家にまで汚れた血を撒き散らさないで欲しいわね。

 

 影は二つに分かれ、冷たく見下す視線を少女に向けて突き刺した。

 耳に届く声は耳障りな雑音のようにも聞こえ、少女はただ苦しそうに表情を歪めるばかりであった。

 

 ―――あまり妙なことを言わないほうがいいわよ。

    ムダに権力がある分、機嫌を損ねでもしたら大変だわ。

 

 暗い闇の中からそう囁いてくる影から目を背けるように、少女はドレスのスカートを掴んで俯く。

 しかし背を向けた先にも、新しく現れた不気味な影が立ちふさがっていた。

 

 ―――タイガ殿は実に優秀だ。

    こう言うのはなんだが、凶王の治世よりも大いに期待できると言うもの。

 ―――それに比べて義妹姫は…。

    半分だけでも同じ血が流れているとは思えませんな。

 ―――まぁ、所詮は雑種ということでしょう。

 

 今度は男の声が聞こえてくるが、話している内容は先ほどとほとんど同じようなものだった。

 皆に望まれた義兄とは違い、少女には盾になる身分はほとんどない。

 そんな言葉を聞くたびに、少女は自分の価値が薄れていくのを感じていた。

 

 ―――あの忌々しい王のせいで、近頃全く人間のライフエナジーが吸えなくなった!

    あの王は同族をなんだと思っているのか…!

    …こうなればあの出来損ないの姫君に役立ってもらうより他にないな。

 

 ふとした瞬間にきいた耳障りな声に、少女はハッと目を見開いて硬直する。

 誰にでも愛されていた義兄に向けられた悪意に驚愕する一方、同じときに聞こえてきた不穏な言葉に体を震わせた。

 

 ―――いてもいなくても大した脅威ではないが、餌としてなら十分だろう。

    アレは実にうまく利用できそうだ。

 

 自分に向けられているよくない感情。

 姫としてどころか、人としても見られていないことに少女は愕然とし、たまらずその場から走り出していた。

 

 

 逃げ出した少女はただがむしゃらに走り、いつのまにか見知らぬ場所へと迷い込んでいた。

 見覚えのない場所で不安な気持ちになるよりも先に、少女はどこにも行く当てがないことに途方にくれていた。

 

『なぁ…大丈夫か?』

 

 そんなときだった。

 ある一人の少年が話しかけてきたのは。

 

『っ……誰だ。気安く話しかけるな。妾を誰だと思っている』

『そんなもん知るわけないじゃん。名前だって聞いてないのに』

 

 長く人の悪意ばかりを耳にしてきたせいか、尊大な口調で返してしまう少女に、少年はムッとした様子で反論した。

 しかし少女の目尻に光るものが見えると、途端にその表情を心配そうなものに変えて見つめてきた。

 

『泣いてたのか? 怪我でもしてるのか⁉︎』

『気づかいなど……いらぬ! 妾に近づくな! ……もう、何も聞きとうない…あんな汚い〝音〟など聞きとうない…‼︎』

『……なんだかよくわかんないけど』

 

 少年には、少女が一体どのような痛みを抱えているのかはわからない。

 けれど放っておくことはできないと、怯えるようにうつむいている少女の手を半ば強引に引っ張って走り出した。

 

『こんなところに一人でいたらもっと苦しくなるだけだよ!』

 

 そう言って、自分を暗い影の中から陽だまりの中へと連れ出して行く少年に、少女はただ困惑するばかりだった。

 向けられる満面の笑顔に思わず頬を熱くさせながら、少女は少年の響かせる声に聞き入っていた。

 

『……ぬしの〝音〟は、キレイだな』

『え? …ああ! ありがとな!』

 

 少女の言葉の意味は分からずとも、褒められていることはわかった少年がくすぐったそうに笑う。

 

『オレ、結城リト! キミは?』

『こ……琴音。クレナイ、琴音』

 

 得意げに自己紹介する少年につられ、少女は戸惑い気味に名乗る。

 そこで初めて少女は、誰かに面と向かって名を名乗ったことはなかったと気づいた。

 

『じゃあ、琴音! 一緒に遊ぼうぜ!』

 

 陽だまりの中へと引っ張っていく少年の笑顔は、いつの間にか少女にも笑みを浮かべさせていた。

 それからしばらくの時間は、少女にとって最上の幸福であった。

 陽の光がもたらす暖かさが薄れ、空が陰りを見せ始めて初めて、少年と少女は時間の流れに注意を戻せた。

 

『そろそろ帰らないと……じゃあな!』

『あ…ま、待ってくれ!』

 

 徐々に暗くなっていく空を見上げた少年が別れを告げると、少女は寂しげに表情を歪めて手を伸ばした。

 

『……また、会えるか……?』

 

 遊んだのはわずかな時間だったが、それはもう少女に掛け替えのない暖かさをもたらしていた。

 別れを惜しんでいる少女に向けて、少年はにかっと明るい笑顔を見せた。

 

『うん! また一緒に遊ぼうぜ!』

 

 少年がくれた答えに、少女はようやく安堵の微笑みを浮かべた。

 感動したように立ち尽くしている少女に背を向け、少年は夕日に照らされる家路へと急いで行った。

 

『おにーちゃーん! もうすぐごはんだよー!』

『おっといけねぇ…じゃあな、また今度!』

 

 妹らしい小さな人影の方へと去って行く少年の背を、少女は見えなくなるまでずっと見つめていたのだった。

 

 

「琴音ぇ! しっかりしろ琴音‼︎」

 

 どこか遠くから聞こえていたその音が、しばらくしてようやく声として琴音の耳に届いた。

 元の姿には戻ったものの、ぐったりと倒れ伏したままの彼女の周りを、キバットが必死の表情で飛び回っていた。

 

「…ぅ、かはっ……!」

 

 体を動かそうとしても、途端に走る激痛によってわずかにも動けない。

 半ば諦めたように身を投げ出し、琴音は白の天井を虚ろな目で見上げるだけであった。

 

 ―――……あの悪意の渦の中を生きてこられたのは、

    …ぬしが約束してくれたからだ。

 

 一度たりとも忘れていなかった、少年との大切な思い出が脳裏によぎる。

 琴音はその光景を思い返すたびに、胸がぎゅっと締め付けられる感覚を抱いていた。

 

 ―――壊れそうな心を、ぬしの声が癒してくれた。

    ……折れそうな心を、ぬしの言葉が支えてくれたのだ。

 

 右も左も敵ばかり、頼れる相手など一人もおらず、日々を孤独に過ごしていた幼少期に訪れた一つの出会い。

 その時の少年は忘れてしまっていたようだが、それでも琴音にとっては唯一の希望であった。

 

「生きながらに死んでいた妾に……ぬしが命をくれたから、心をくれたから……‼」

 

 ブルブルと震える手で、琴音は虚空に手を伸ばす。砕けた天井から覗く、月光に照らされた魔王の方へと、力なく手を伸ばした。

 

「ぬしが全部……くれたのだ」

 

 自分に光をくれた恩人は、初めて好きになった相手は、今まさに苦しみの中にある。

 あの時受けた恩を、どうにかして返したいと願い続け、今日この日まで生きてきたというのに。

 

「妾はもう……他に何もいらん。ぬしがそばに…いてくれたらそれでいい……笑っていてくれたらそれでいい…!」

 

 琴音の手は届かない。

 ただ圧倒的な力に翻弄され、惨めに地に転がされる今の自分では、あの闇の中から彼を救い出すことなどできそうにない。

 ただただ、自分が情けなくて仕方がなかった。

 

「たとえその笑顔が妾に向けられていなくても……笑っていてくれればそれでいい……! だから……」

「琴音…お前……」

 

 悲痛な声が、キバットの心を震わせる。

 大切な相棒が、長年孤独に戦い続けた少女が初めて見せる涙に、締め付けられるような苦しみを覚えた。

 一歩たりとも動けない琴音は、ただ願うことしかできない。

 だがそれでも、愛しい人のそばにありたいという意思はまだ、消えていない。

 

「もう……彼の人から、妾から何も奪わんでくれ」

 

 流す涙が一雫地面に落ちた瞬間だった。

 城に首を突っ込んだまま沈黙していた竜の城が、何かを察知して目を覚ました。

 

「ギャオオオオオオオオオ‼︎」

 

 突然放たれる咆哮に、ファンガイアを退けていたネメシスがハッと表情を変えて振り向いた。

 その表情は彼女にしては珍しく、心底驚愕した様子で固まっていた。

 

「……この気配、もしや」

 

 徐々に強くなっていく気配に、ネメシスは足元に転がるマンドレイクレジェンドルガを踏み潰し、キャッスルドランの方へと近づいていく。

 その瞬間、龍の口から金色の光が迸り、流星のように軌跡を描きながら飛び立って行った。

 

「ビュッビュ〜ン! テンション・フォルティッシモ〜‼︎」

 

 現れた金色の光の正体、眩しく輝く体を持つ小さな竜が、場にふさわしくないほどのハイテンションで城の中を飛翔する。

 そしてその竜はやがて、倒れ伏した琴音とキバットのもとへと舞い降りていった。

 

「ドラマティックにいきまっしょ〜う‼︎」

「だ……誰⁉︎」

 

 突然の来訪者に驚くキバットをよそに、金色の竜は実に楽しそうに琴音の周囲を飛び回り、歓喜をあらわにする。

 待ち続けた記念日がついに訪れたかのような、全身全霊での喜びようであった。

 

「ようやくこの時が来ましたよ〜! さぁさぁ今こそ目覚めの時です‼︎」

 

 竜は琴音やキバットの許しを待つこともせず、勢いよく琴音の両肩の鎧に食らいつき、その封印を破壊する。

 戒めが外され、翼のように変化していく鎧の下からはまばゆい金色の光が差し、琴音を闇の中に照らし出す。

 鎧の中から現れた無数の黄金のコウモリたちが、琴音の周囲を飛び回った。

 

「変っ身‼︎」

 

 そして、竜が琴音の左腕に張り付いた瞬間、飛び回っていたコウモリたちが一斉に琴音の体にまとわりつく。

 次の瞬間、城のホールは神々しい黄金の光に埋め尽くされた。

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