【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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第五章 ラメント・終焉の歌
1.Dragon call of 〜竜の呼び声〜


「うぐっ…‼︎」

 

 くぐもったうめき声とともに、傷だらけになったメアが倒れこむ。

 体中に巻き付いていた包帯が乱暴に引き戻され、痛々しく青く変色した肌がさらされた。

 

「メア…! 大丈夫か…⁉︎」

「あっ……くぅ」

 

 慌ててナナが駆け寄るが、もはやまともに反応できないほどにメアは弱り切っていた。

 少女を散々痛めつけたマミーレジェンドルガは、ナナとメアを焦らすようにゆっくりと近づいて行き、凶器を見せつけるように大量の包帯を揺らめかせた。

 

「あぅ…」

「ナナ…メアさん…」

 

 ララもモモも傷と疲労がたまった体では動く事が出来ず、かすむ目で妹とその親友を見ることしかできない。

 徐々に近づいていくマミーレジェンドルガの包帯が、二人の首を絞めつけようと伸ばされた。

 

 その時だった。

 まるで朝日が差したかのように眩しい光が、マミーレジェンドルガの目を貫いた。

 

「…⁉ 何…この光…⁉」

 

 動きを止めるレジェンドルガと同じく、ララたちも光が差してきた方に目をやって言葉を失う。

 光の正体は、無数の蝙蝠型のエネルギー体であった。甲高い鳴き声とともに飛び回るそれらが、ある一転に向かって続々と集まり、あまりにも眩しい光を放っているのだ。

 やがてその光の中心で、何者かの影が大きく動いた。

 

「―――ハァ‼︎」

 

 黄金の光を振り払い、彼女はその姿を再びあらわにした。

 蜂蜜色の艶やかな髪、黄金に輝く瞳、神々の人形のように完璧に創造された身体。

 ファンガイアの王の義妹たる琴音が、そこにいた。

 

 だが、その装いはこれまでと全く異なっていた。

 輝かしい黄金の鎧に身を包み、鮮血のように真っ赤なマントを翻す。胸元は深紅の蝙蝠に似た装飾と緑の宝玉が飾り、髪飾りも深紅のより刺々しいものへと変化している。

 瞳も深紅に染まり、宝石のように薄暗い中で輝きを放つ。美しきその身に纏っている気迫は、まさに王のそれであった。

 

「―――今ゆくぞ、リト」

 

 万人を平伏させる覇気を伴った声で呟き、琴音が一歩踏み出す。

 かと思った時には、琴音の姿はマミーレジェンドルガの目前に出現し、顔面を片手で掴んで持ち上げていた。

 

「ぐぁあああああああ⁉︎」

 

 琴音の数十倍は重いはずのマミーレジェンドルガの足が宙に浮き、顔面が万力の様に凄まじい力で締め付けられ、マミーレジェンドルガはたまらず悲鳴を上げる。

 ミシミシと顔から嫌な音が響き、必死に拘束から逃れようと激しくもがくが、琴音の手は一切力を緩めることなく、それどころか徐々に力を強めていった。

 

「フンッ!」

「がぁああ⁉」

 

 琴音が軽く手を振っただけで、マミーレジェンドルガの巨体は軽々と宙を舞う。

 以前とは比べ物にならないほど、琴音のすべての力が上昇しているのは明らかだった。

 

「ば…バカな! 紛い物の混血が…なぜここまでの力を……⁉」

 

 瓦礫の上に放り出されたマミーレジェンドルガは、包帯の下の目を大きく見開きながら、理解不能といった様子で琴音を凝視する。

 まともに力を発揮することもできない半端モノ、出来損ないの恥さらしだと認識していた彼には、琴音の今の力は信じられないものだった。

 

「琴音…ちゃん?」

「その姿は…一体……⁉」

 

 ララたちも琴音の変貌には言葉を失い、ただただその美しく荘厳な姿を凝視するばかり。

 琴音はそんな彼女たちを一瞥すると、小馬鹿にするような不敵な笑みを浮かべ、すぐにまたマミーレジェンドルガに視線を戻した。

 

「この……小娘がぁぁぁぁ‼」

 

 格下だと決めつけていた相手に組み伏せられたことで、マミーレジェンドルガは激昂しながら琴音のもとへと突進していく。

 しかし琴音は伸ばされてきた包帯を腕の一振りでいとも簡単に切り裂き、勢いよく右脚を振り上げた。

 

「ぐげっ⁉︎ うごっ⁉︎ あがぁっ⁉︎」

 

 不用意に接近したマミーレジェンドルガの腹に、琴音の蹴りが幾度も食らいつく。

 これまでの彼女の蹴りをはるかに超える威力の一撃が、何度も何度もマミーレジェンドルガを襲う。激しい火花が散り、巨体が何度も宙に浮いていた。

 

「ああああッ‼」

 

 盛大な掛け声とともに、琴音はマミーレジェンドルガを蹴り飛ばし、壁に激突させる。

 激痛のせいで動けず、崩れ落ちるマミーレジェンドルガを、琴音は冷酷な視線で見下していた。

 

「黄金の…キバ」

「綺麗……」

 

 同族を脅かす邪悪な種を圧倒的な力でねじ伏せ、屈服させる。その姿はあまりに圧倒的で、あまりに美しい。

 凄まじい戦いぶりを見せる琴音の姿に、ララたちはしばしの間見惚れて立ち上がることも忘れてしまう。

 それは、琴音の従者たちも全く同じで、感動したように身を震わせ続けていた。

 

「おぉ……ついにお嬢が」

「この時がきたんだ…‼︎」

「覚、醒…した」

 

 次狼が震える手を琴音に伸ばし、きつく拳を握りしめる。

 長年待ち望んでいた瞬間に立ち会えたことに、心の底から歓喜しているような、そんな様子だった。

 

「あれこそがキバの鎧の本来の姿……内なる力を全て解放した真の姿! タイガと同等の……ファンガイアの王の証だ‼︎」

 

 次狼たちの興奮が、雄叫びとなって琴音とマミーレジェンドルガの間に反響する。

 琴音はさして表情を変えることなくその祝福を受け取り、左腕に貼りついた黄金の小さな龍、タツロットの角に手をかけ、そして力強く引っ張った。

 

「ウェイクアップ・フィーバー‼︎」

 

 タツロットの背中の三つの模様が回転し、赤い蝙蝠の模様が揃う。

 途端に体中から噴き出す赤いオーラを纏い、琴音は低く腰を落として両腕を目の前で交差する。そしてその場で大きく跳躍し、両足のくるぶしから深紅の赤い翼を生やして天高く飛翔した。

 

「ま、待て…やめろぉ…‼」

 

 刃のように鋭く光る翼を伴い、迫りくる琴音を前にマミーレジェンドルガはようやく狼狽した態度を見せる。

 しかしそんな懇願を、覚醒した琴音が受け入れるわけがあるはずなかった。

 

「ちくしょうがぁぁぁ‼」

 

 ヤケクソになったように、マミーレジェンドルガが大量の包帯を伸ばして琴音に襲い掛かる。

 空中へと舞った琴音は、襲い掛かる包帯の群れを両脚の翼で切り飛ばし、マミーレジェンドルガの胸に向けて鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

「あああああああああああああ‼︎」

「ぐぎゃああああああああああ‼」

 

 一撃一撃が従来とほぼ同等の威力の蹴りが、まるで嵐のような連撃で加えられる。

 同時に深紅の翼が刃となり、マミーレジェンドルガの全身を切り刻んでいく。マミーレジェンドルガはその勢いに押され、ズシンと激しく壁に叩きつけられた。

 

「ァ…ガ……」

 

 大の字になって磔にされ、苦悶の声をこぼすマミーレジェンドルガががっくりと項垂れる。

 その体を足場に、琴音は宙で一回転し音もなく着地する。その直後、崩れ落ちたマミーレジェンドルガがガラスのような破片となって砕け散った。

 

「やりやがったな、琴音…! お前の中の王の血が、今完全に覚醒したんだ…‼」

 

 琴音のベルトから飛び立ったキバットが、圧倒的な力を見せつけた琴音を称える。

 琴音は小さく笑みを浮かべキバットを、次狼たちを一瞥し、すぐに表情を引き締めた。

 

「―――行くぞ。リトをあやつから取り戻す」

「「「御意に」」」

 

 王として完全に覚醒した主に首を垂れ、従者たちは彼女が月下の魔王の方へと進むのに合わせて付き従う。

 もはや彼女を止められるものは、この場のどこにもいなかった。眠っていた力のすべてが覚醒した彼女に、恐れるものなど何もなかった。

 

「……待たせたな、アーク」

 

 無数の宇宙船の軍団を前に仁王立ちしていた魔王は、背後からかけられた声にギロリと不気味に振り返る。

 そして、先ほどたたき潰した取るに足りない存在でしかなかった小娘が、今度は無視できない黄金の光を纏っているのを目にすると、仮面の奥の目を細めた。

 

「……ようやく目覚めたか、真の王の力が」

 

 アークはなぜか、この瞬間を待ちわびていたかのような響きを声に持たせていた。

 琴音はその変化に気づいていたが、アークに対する闘志に影響などなかった。その目はまっすぐに倒すべき敵であるアークを、そしてその手に取り戻すべきリトを見据えていた。

 

「貴様を倒し、我が愛しき方を返してもらう。……異論は認めん」

「もう、私達は負けないんだからね…!」

 

 疲労困憊だったララも、残る力のすべてを振り絞って立ち上がる。

 抱く想いは琴音と同じ。大好きな人を、必ず取り戻して見せる。そう気づいた彼女の胸に宿る熱意に、隣に立つ琴音はフッと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「お姉様…!」

「姉上…!」

 

 もはや立ち上がる気力さえないナナやメア、モモは、僅かに悔しさを顔に出しながら、それ以上にララと琴音に希望を抱き、熱く凝視する。

 黄金の女帝と宇宙の帝王の娘のタッグと、伝説の魔獣たちを従える暗黒の魔王が、再び相対する。

 

「ハァァァァ‼」

「『ウオオオオ‼』」

 

 そして次の瞬間、凄まじい勢いで駆け出した少女たちと魔王が同時に拳を突きだし、激突し強烈な衝撃波を発生させた。


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