【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
激しい火花に照らされ、二人の仮面の戦士が睨み合う。
ぎちぎちと鋼がきしむ音を響かせ、赤い目と青い目が互いを射抜き、戦法を読み合った。
「たかが人間が…! なぜそこまで
甲高い音とともに爪が振りぬかれ、名護の剣が弾かれる。わずかにバランスを崩した名護に爪が襲い掛かるが、紙一重で躱され反撃される。
首を裂かれかけたレイは大きく飛びのき、体勢を立てなおしながら再び爪を振りかぶった。
「聞いていますよ…⁉ 以前のあなたはそうではなかった……冷酷に、淡々と、異形を狩り続け、悪を殲滅する無慈悲な賞金稼ぎであったと‼ ずいぶんと丸くなったものですね…⁉」
再び爪と剣がかち合い、火花を散らせながら互いに食らいつく。
馬鹿にするような笑みを浮かべながら、内心では追い込めないことに焦りを感じているらしいレイに向けて、名護は仮面の下で不敵な笑みをこぼした。
「時を経れば…! 尖った石も丸くなるもの……私の場合、単に遊び心を覚えただけのこと…! ある男に影響されて…‼」
レイの言う通り、名護は事態が深刻になる前にアーク―――そして依り代となってしまったリトを刺し違えてでも倒すつもりだった。
しかし、どんな苦境に落とされようとも、決してあきらめることなく立ち上がり、こんな場所にまでたどり着いた少女たちを見て、名護の胸にもかすかな希望が見えた気がしたのだ。
細められた名護の目が、一瞬だけ琴音の方へ向けられる。琴音を通し、別の誰かを見ているような、そんな柔らかい表情を、名護はほんの一瞬だけ浮かべていた。
「しかし、決して変わらないものもある…!」
名護の剣がレイを押し返し、青い爪を弾き飛ばす。思わぬ力をぶつけられ、レイは仮面の下で大きく目を見開く。
衝撃で大きく体勢を崩したレイに、名護は怒涛の剣の連撃を繰り出していった。
「この身は…魂は、貴様のような悪を裁く為にあるのだと…‼」
確固たる意志を刃に乗せ、名護の剣がレイの体を容赦なく引き裂いていく。激しい火花とともにレイの鎧に傷が刻まれ、砕けた破片が勢いよく飛び散っていく。
圧倒され始めたことに、レイは歯を食いしばって忌々し気に顔を歪めた。
「ハァッ‼」
さらなる一撃を叩き込もうと踏み出した名護だったが、その体に突如灰色の巨体が組み付いた。
ハッと我に返った時には、名護はガーゴイルレジェンドルガによって羽交い絞めにされてしまっていた。
「邪魔はさせんぞ…! 人間風情がぁ…‼」
「⁉ くっ…離しなさい‼」
拘束を振り切ろうとする名護だが、ガーゴイルレジェンドルガの力は他の同族の追随を許さないほど強く、藻掻いても全く緩む気配がない。
そのすきに、レイは自分のベルトから抜いた笛をレイキバットに吹き鳴らさせた。
「うぉおおおお‼」
「ウェイク・アップ!」
レイの力が解放され、冷気を纏った爪が地面に突き立てられる。
凄まじい冷たさによって地面は凍結し、それは名護とガーゴイルレジェンドルガの方にまで達していった。
「き、貴様ぁぁぁ‼」
「くっ…味方ごと⁉」
完全に凍り付いている自分とレジェンドルガの足に、名護は戦慄の眼差しをレイに送る。
ガーゴイルレジェンドルガが挙げる憤怒の声も聞かず、レイは拘束された名護に向かってエネルギーを纏った爪を振りかぶった。
「まだまだぁ!」
絶体絶命の窮地を、名護は剣を銃に変形させ、自身の足元を撃ち砕くことで脱した。
いち早く名護が拘束から抜け出すと、標的を失ったレイの爪がその先にいたガーゴイルレジェンドルガに深々と突き刺さった。
「チッ…!」
「レイぃぃ‼ 貴様ぁぁぁ‼」
「邪魔だぁぁぁぁ‼」
狙いが狂ったことでレイが苛立った様に舌打ちすると、ガーゴイルレジェンドルガが怒りのままにレイに襲い掛かる。
しかしそれをレイは軽々と振り払い、そのまま爪で容赦なく引き裂いてしまった。
「ぎゃあああああ‼」
強烈な一撃を受け、ガーゴイルレジェンドルガはなす術なくズタズタにされ、倒れこむと同時にガラス片となって粉々に砕け散る。
同胞を無惨に踏み潰して近づいてくるレイを前に、名護は怒りに拳を震わせて顔を上げた。
「……同胞を、それも志を同じくした者を使い捨ての道具のように切り捨て、殺める…! あまりにも度し難いぞ、レイ‼」
「うるさい‼ 貴様も死ねぇ‼」
レイはもはや丁寧な言葉遣いなど忘れたように激昂の声を上げ、名護に向かって突進を開始する。
名護はベルトの側面の部品を取り外し、バックルに挿してレバーを押し込む。
「その命、神に返しなさい‼」
【イ・ク・サ・カ・リ・バ・- ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ】
「ハァアアアアア‼」
名護の構えた剣が業火を纏い、凄まじい熱をもって周囲の大気までもを歪ませる。
背中に太陽を背負ったかのような圧倒的な力を携え、名護は全速力で向かってくるレイに鋭い斬撃を放った。
「ぐああああああああああ⁉」
強烈な灼熱の剣はレイが防御のために突き出した爪をも両断し、レイの鎧を真正面から叩き斬る。
深い裂傷を刻まれ、断末魔の悲鳴を上げるレイに名護はくるりと背を向け、鮮血を払うように剣を薙いだ。
「もっとも貴様が堕ちる場所には……神の慈悲さえ届きはしないだろうがな」
そう短く吐き捨てる名護の背後で、レイはがっくりと項垂れて背中から倒れていく。
その直後、地に伏せたレイの体は大きな爆発を起こし、夜の闇の中を強く照らし出した。
少し離れた森の中では、ヤミが一人木々の間を縦横無尽に飛び回り、迫りくる毒蛇の牙から逃れようとしていた。
入り組んだ枝と蔓の間は非常に動きづらく、時折毒蛇の牙がかすりそうになり、ヤミは険しい目でそれらを睨みつけた。
「くっ…!」
「ほらほらどうしたのぉ~? いつまでも逃げてばっかりで、お姉さんつまらないわぁ?」
自分が確実に相手を追い詰めつつあることを察しながら、メデューサレジェンドルガは恍惚とした声で挑発する。
何度かヤミは反撃に転じようとするものの、無数の蛇の群れの襲撃に加えて地の利を握られており、近づくことすらもままならない状態であった。
「ねぇ…もっと聞かせてちょうだいよ、あなたの悲鳴♡ 前に聞いたあれはすっごく興奮して、ずっと忘れられないのよぉ?」
涎を垂らしそうなほどに蕩けているメデューサレジェンドルガの声に、ヤミは本気で嫌悪感をかきたてられた嫌そうな顔になる。
そしてやがて、狭い空間を懸命に飛び回っていたヤミはその足を止め、メデューサレジェンドルガに向き直った。
「あら、もうかくれんぼは終わりなの? だったら…」
「……ええ、私もいい加減に―――」
毒蛇の髪を持ち上げるメデューサレジェンドルガの声に重ねて、ヤミは顔を伏せながら相手を睨みつける。
その目を見た瞬間、メデューサレジェンドルガの背筋にゾクリと寒気が走った。
「―――我慢の限界だったので」
ヤミがそう呟いた直後、彼女が纏う衣服が闇に溶けるように形状を変え始めた。
体のラインを出すデザインの、肩と足を大きく露出していた黒衣は、局所を限定的に隠すだけのかなり開放的な意匠に。頭部からは二本の悪魔のような角が生え、全身に
自ら裸体に近い格好を晒したヤミに、メデューサは冷や汗を流しながら虚勢をはるように嘲笑を浮かべた。
「あ…あらら…ずいぶん過激な格好になったじゃなぁい? ハレンチなのはキライじゃなかったのぉ?」
「ええ……嫌いですよ。とくに貴女のような倒錯した趣味の持ち主は、一刻も早く視界から外したくて仕方がありませんでした」
非常に不本意そうに答えながら、ヤミは全身から噴き出すオーラを周囲に蔓延させていく。
真っ黒な霧に囲まれるように、周囲がオーラに包まれていくのを目にし、メデューサは内心の恐怖を押し殺すように毒蛇を構える。しかし迎撃の体勢に入るには、あまりに遅すぎた。
「ですからこうして……みなさんに被害の及ばない場所へと、あなたを連れ出させていただきました」
ヤミがそう呟いた瞬間、周囲の地面と樹々が突然隆起し、意思を持つかのように変形してメデューサレジェンドルガへと向かっていく。
メデューサレジェンドルガはどうにか悲鳴を押し殺し、迫りくる土の塊や尖った枝を躱し続ける。だが、圧倒的な質量に徐々に追い詰められ始めていた。
「正直、あなたの言動も行為も、私の妹や大切な人たちに見せるには少々……いえ、かなり下品で見れたものではありませんでしたからね。あなたはここで、一人で寂しく―――死んでください」
「……! ナメるんじゃないわよ小娘がァ‼」
狙う側から狙われる側へ。完全に立場が逆転していることに一瞬愕然となるも、怪物は自身のプライドから認めることなどできず、無謀にも真正面からヤミに襲い掛かっていく。
しかし気づいた時には、無防備に立ち尽くすヤミの可愛げのない顔を引き裂いてやろうと伸ばされた手が、ぴたりと空中で停止していた。
「…あ、え…?」
「まだ気づかないんですか…? 私がこの姿になった時点で…あなたの猶予はもう終わっているのですよ」
混乱している女の目が、周囲で月光を反射する金色の線を捉え、大きく見開かれる。
ヤミの髪が、空中に飛び出したメデューサレジェンドルガの全身を拘束していた。蜘蛛の巣のように張り巡らされた罠に、怪物はまんまと引っかかっていた。
「あなたは私の大切な人に手を出しました……そんな大罪を犯しておきながら、のうのうと笑っていられると思いましたか?」
表情を凍り付かせるメデューサレジェンドルガの前で、冷たい眼差しで射抜くヤミの右腕に金色の光が収束していく。
冷気を纏ったかのような冷たい声に、メデューサレジェンドルガの精神は恐怖に汚染されていく。まるで己の王に逆らってしまったかのような、それと同等の恐怖と後悔が押し寄せてくるが、もはや取り返しのつかない事であった。
「ヒ……ヒィアアアアア‼」
捕食者の余裕もプライドも捨て去り、メデューサレジェンドルガは情けない悲鳴を上げてしまう。
惚れた男をもてあそばれたことで、本当は煮えたぎるほどの怒りに燃えていたヤミは、その犯人の一味に対して全力での報復を決めていた。
かつて、星を一つ斬り裂いた力によって。
「―――
その技の名を小さくつぶやき、ヤミは金色の光を振り下ろす。
目を開けることもできないほど眩しい光があたりを包み、メデューサレジェンドルガをも呑み込んでいく。
幸か不幸か、そのエネルギーは怪物を一瞬にして焼き尽くし、断末魔の悲鳴もあげさせることはなかった。
「さようなら…できればもう、二度とお目にかかりたくはないですね」
跡形もなく消滅した敵にそう告げ、ヤミは背を向ける。
極限にまで威力を抑え、森の一部のみを消滅するにとどめたヤミは安堵したようにため息をつく。
そのまま歩き出そうとした時、彼女を呼び止める声があった。
「おーおー、ずいぶん暴れたな」
ヤミは気だるげに目を向け、消し飛ばされた森を興味深そうに見やるネメシスを睨む。
確か敵の足止めをしていたと思うが、周囲に気配がないことから予想するにもう片が付いたのだろう、とヤミは察した。
「……そういうあなたも。随分スッキリした様子ですが?」
「全力で暴れたのは、ギドの奴とやりあった時以来だからな。いやー、いい運動になった」
妙に肌がツヤツヤしているネメシスに、ヤミは小さくため息をついてまた歩き始める。
耳を澄ませば、どこからか激戦の音が聞こえてくる。おそらくはララや琴音が踏ん張っているのだと見当をつけ、加勢するために鋭く音がする方を見据えた。
「あとは、アークから結城リトをどのように分離させるかですね…」
一番の難題をどうするべきか、と思わず呟くヤミ。
そんなヤミに、いつの間にか後をついて来ていたネメシスが真剣な表情で口を寄せてきた。
「……それは少し、手間がかかるやもしれんぞ」
「…? それは、どういう…」
ネメシスのこぼした言葉の意味が分からず、ヤミは足を止めると訝し気に彼女に振り向く。
その時、自身を照らしている月光に違和感を覚え、ヤミはふと空を見上げていた。
「あれは……⁉」
そして、そこに広がっていた光景に、ヤミは言葉を失っていた。