【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
城全体が、いやもはや空中に浮かぶ島そのものが大きく揺れ、ガラガラと壁が崩れ落ちていく。
頭上から降り注ぐ瓦礫を躱しながら、モモは険しい表情で唇を噛んでいた。
「城が墜ちる…! 早く避難を‼」
ララとヤミと琴音がアークのもとに向かってしばらくして、火山でも爆発したかのような爆発音と震動が伝わってきた。
姉たちがアークとの戦闘を再開したことはわかっていたが、そのあまりの凄まじさにモモは漠然とした不安をぬぐえずにいた。
その時だった。
「姫様――――! ご無事ですかー⁉」
「ザスティン⁉」
崩壊が続く広間の扉の向こう側から、全身に包帯を巻いたザスティンが駆け込んでくるのが見えた。
どう見ても重症なのに、両腕を大きく振って走るその姿は異常なほどに元気だった。
「不肖、ザスティン! 姫様達のためならばこの程度の傷…げふっ‼︎」
「うわあっ⁉︎」
しかしやはり無理をしていたのか、モモとナナのもとにたどり着く寸前で、大量に血を吐いて前のめりに倒れてしまった。
思い切り顔面からぶつかった騎士のもとに慌てて駆け寄り、ナナはがくがくと白目を剥いた彼を揺さぶっていた。
「死ぬなザスティ――ン‼︎」
「……何しに戻ってきたんですか」
わざわざ症状を悪化させに来たようにしか見えないザスティンの無様な姿に、モモは自分でも理不尽と思いながらも呆れてしまう。
また気絶しかけたザスティンは何とか意識を保つと、口元の血をぬぐってからキリッと表情を改め、ナナとモモの前で跪いた。
「も、モモ様…ナナ様、よくぞご無事で……城の裏に迎えを待たせていますゆえ、どうぞお早く…!」
「そ…そんな!」
「で、でもまだリトや姉上が!」
「ナナちゃん…あとのことはヤミお姉ちゃん達に任せようよ」
二人の身を案じるザスティンの提案に渋るモモとナナだったが、そんな二人に背後からメアが待ったをかける。
振り返ったナナは、すでに立つことさえしんどそうなメアの顔色を見て言葉を失う。月光に照らされていることを抜きにしても、メアの顔は青白く見えていたからだ。
「正直言うと……今私ものすごく我慢してるからさ。意識がいまにも飛んじゃいそうなんだ」
「メア……」
親友の訴えに、ナナは自分が周りが見えていなかったことに気づき悔し気にうつむいてしまう。
メアは不敵な笑みを浮かべているが、それはナナを慰めるための愛想笑いにしか見えず、余計に痛々しさが際立っていた。
「…わかったよ、行こう」
後ろ髪を引かれる想いを押し込め、ナナはメアに肩を貸しながらザスティンのきた方へと向かって歩き出す。
モモもリトたちがいる方へ心配そうな眼差しを向けていたが、やがて首を振るとその表情を改める。
(……お姉様、リトさん。きっと戻ってきてくれるって、信じてますからね)
モモが見ているものは、不安な予想ではない。
みんなが笑顔で彩南町に帰ってくるという、希望に満ちた未来だ。
「ハァァァァ‼」
「『オオオオオオ‼』」
黄金の鎧を煌めかせ、拳を振り上げた琴音がアークに向けて突進する。
黄金のキバとレジェンドルガの魔王の拳が激突し、隕石でも落下したかのような強烈な衝撃があたりに撒き散らされる。
ギリギリと互いをにらみ合っていた両者は、やがて互いに大きくはじき返された。
「やーっ‼︎」
よろめくアークの土手っ腹に、可愛らしい掛け声とともにララの拳が突き刺さる。
体勢を崩していたアークはその一撃でわずかに浮き上がり、苦悶の声をこぼしながらララを忌々しげに睨みつけた。
「『ちょこまかと!』」
反撃しようと額の宝玉から光の弾を発射するが、ララは自前の反重力ユニットの翼を羽ばたかせてやすやすと躱していく。
その間に琴音が虚空に向かって手を伸ばし、手のひらの中で空間を歪め始めた。
「来い! ザンバット!」
「ザンバットソード!」
そうタツロットとともに叫んだ瞬間、琴音の手の中に業火が弾け、一振りの剣が出現する。
流麗な装飾が施された、しかしとてつもない力を秘めた剣が、月光に照らされて美しくも妖しく輝いた。
「俺達も行くぞ…!」
「うん!」
「ム!」
従者の三体は、主人が呼び出した剣に向かって走りだし、自身の体を光に、そして集まって一体のコウモリの姿へと変える。
鉄の仮面をつけたコウモリは琴音の剣の刃に噛みつき、鍔の位置で剣と一体となった。
「ハァァァッ‼」
琴音はコウモリを片手で掴み、噛みつかせたまま滑らせ刃を研ぎ澄ます。さらに鋭さと輝きを増したそれを、アークに向けて勢いよく振り下ろした。
激しい火花とともにアークは吹き飛ばされ、驚愕をあらわにしながらララと琴音を凝視していた。
「『く…これほどの力…どこから⁉』」
つい先ほどまではアークただ一人で圧倒できた、ただのとるに足らない小娘たちでしかなかった。
なのに今は、得体のしれない力が少女たちに備わり、アークの方が追い詰められかけていた。
「てぇええええい‼」
細腕からは想像もつかない腕力で振るわれる拳が、アークの体にに深々と突き刺さる。
とっさに防御体制をとったものの、それを上回る衝撃にアークは焦りを抱き始めていた。
「やぁあああ!」
「『ぬぅあああ⁉』」
ついにはララの拳が防御ごとアークを殴り飛ばし、アークの巨体がたたらを踏んで後退する羽目になる。
屈辱に顔を歪めるアークは、決して認めてなるものかといった様子で拳を振り上げた。
「ウェイク・アップ!」
「ウェイク・アップ!」
琴音は一度引くと、剣に噛み付いたコウモリの仮面を外し、笛となったそれをキバットに吹かせる。
奇妙な音色が響き渡り、琴音はコウモリの体を掴み、ゆっくりと刃を研ぎ澄ませていく。すると研がれた刀身が真っ赤に染まり、凄まじい力を放ち始めた。
「ハァァァァ‼︎」
真紅の光を放つ刃を振りかざし、琴音はアークに向かって跳躍する。
迫り来る巨大な拳を躱し、琴音は赤く染まった刃をアークの体に食らいつかせた。
「『ぐおおお…‼︎』」
まばゆい火花が鮮血のように飛び散り、よろよろと後ずさり膝をつくアーク。
とうとう勝機が見え始めた琴音は、凛と刃を鳴らして切っ先をアークに突きつけた。
「旧き王よ……貴様の時代はとうに終わっている」
いまいましげに睨みつけてくる魔王から一歩も引かず、覚醒した王女は決意のこもった眼差しで彼を射抜いた。
「世界に……この世に再び戦乱を引き起こそうという貴様の野望は、叶えさせるわけにはいかない。誰も皆、そんな痛みや苦しみなど求めはしない」
「……耳が痛いな」
琴音の言葉に、離れた場所で聞いていたネメシスが思わず呟くが、誰も特に言及はしなかった。
琴音は切っ先をアークの喉元に突きつけ、ギンと鋭くアークを見据えていた。
「亡霊は大人しく、逝くべき場所へと逝け」
「リトを…返して!」
琴音の隣に立つララが、怒ったようなすがるような表情でアークに凄む。
手を離れそうになっていた宝物が、ようやく戻ってきそうな流れを感じ、二人は確かな希望を抱き始めていた。
その時ふと、目の前で傷を抑える巨人が肩を揺らし始めた。
「『……ク、クククク…亡霊か…言いえて妙だ。我は確かに過去の存在……器がなければさしたる力も振るえず、再び封印されるか消滅させられるだけの不毛な存在……』」
自嘲気味に笑い始めるアークに、ララと琴音は警戒心をあらわにしながら身構えた。
「『だが忘れるな……我がこの世に刻むのは恐怖。幾千の時を経ようとも薄れぬ恐怖を、貴様ら今の世の人類に刻むことこそが、我の悲願である…‼ そのためにはキバ……貴様が邪魔なのだ』」
琴音に向けられる目が、怒りや悲しみ、様々な負の感情を織り交ぜて妖しく輝き始める。
ゆっくりと立ち上がったアークの腰で、アークキバットの口に黒い光が集まり、一つの笛へと形を変えた。
「『お前の系譜は……今、終わる』」
「ウェイク・アップ!」
悍ましい気配を発するそれを、アークキバットが盛大に吹き鳴らす。
その瞬間、闇の波動がアークの周囲に広がっていき、アークの胸の鎖が甲高い音を立ててはじけ飛んだ。
解放された封印の下から露わになったのは、赤い光を発する異形の口。牙の並んだそれは、夜天に輝く月に向かって大気を飲み込み始めた。
「『おおおおおおおおお‼』」
魔王が月に向かって放つ雄叫びが轟き、その光の全てを受け入れるように大きく手を広げる。
すると、空に浮かぶ月に変化が現れた。遠く離れていたその光の円が、徐々に大きく輪郭をはっきりさせ始めたからだ。
「月が……堕ちる」
目の前で起こっている現象に、キバットが呆然とつぶやく。
その直後、淡い黄金に輝く円の中心に黒い筋が入ったかと思うと、不意にくわっと上下に開いて巨大な眼が出現する。
悍ましい触手を生やしたそれは月から離れ、天を仰ぐアークに向かってゆっくりと降りてきた。
「『ォお……呪われし月よ‼ 我が悲願、叶えたまえ‼ 我に―――最後の力を‼︎ ぐおおおおおおおおお‼』」
アークの体が宙に浮き、月の眼の目前にまで近づいていく。
すると月の眼は、アークの胸の口の中に飛び込み、無数の触手をアークの体内に侵入させ、同化を始めた。
苦悶の声をこぼしながら、アークは肉体にさらなる力が宿っていく感覚に震えた。
「ゴー・トゥ・ヘル‼」
アークキバットがそう告げた瞬間、アークの眼がギラリと黄金に輝く。
全身に同化した触手の一部が伸び、背中で広がって一対の異形の翼を作り出し、肩で集まって巨大な腕を形成する。
業火のような赤い影を纏い、異形と化したアークの胸の中心で、巨大な月の眼がぎょろりと瞳孔を伸縮させるのが見えた。
「『―――恐れよ、人間ども……今再び、闇が世を支配する時だ』」
目を見開いて立ち尽くすララと琴音の目の前で、アークは巨大な両腕を掲げて威圧する。
そして両腕に業火を纏わせると、二人に向かって無数の火炎の雨を降らせた。
「『オオオオオオオオオオオオ‼』」
「あわわわわっ⁉」
「くっ…!」
突然降り注いでくる真っ赤な業火の雨に、ララと琴音は慌てて飛びのき、あるいは剣で斬り払って身を守る。
どんな手を使ったのかは知らないが、明らかに力を増した魔王の前に、戦況は一気に少女たちの敵側に傾いてしまっていた。
「『闇だ…! 絶望の闇が今、世界を覆い尽くすのだ‼︎』」
圧倒的な火力をもって少女たちを狙い、ついでに城を崩壊させていくアーク。
とてつもない万能感に酔いながら、目に映るすべてを破壊しようとするかのように火炎を放ち続けた。
しかしその時、突如アークの右肩に金色の刃が食らいつき、その巨体を大きく傾かせた。
「『ぬぅ…⁉』」
「あいにくですが、悪夢の夜はもう終わりです!」
「ヤミちゃん!」
金色の刃を右腕に備え、ダークネスの力を解放したヤミが、ララと琴音を庇うように天を舞う。
忌々しげにアークが睨みつけてくる中、ヤミはさらなる追撃のためにアークに最接近していった。
「やあああっ‼︎」
「ウェイク・アップフィーバー!」
そのあとを、ララは全力攻撃を伴いながら追いかけ、琴音は赤黒い斬撃を飛ばし、アークの体にそのすべてを叩き込んでいく。
砲撃が、拳が、斬撃がアークの体に食らいつき、激しい火花を散らせて夜の闇を花火のように照らし出した。
「『小賢しい…小賢しいぞ、小娘ども‼︎ オオオアアアアアア‼』」
「あぅっ!」
「ぐっ……っ!」
激昂の咆哮を上げたアークは、ララたちに向けて黄金のオーラを放って城の庭園に叩きつける。
苦悶の声とともに背中から激突した少女たちに向けて、アークはさらに爆炎の砲撃を放った。
「タツロット!」
「フィーバータイムです!」
落下してきた少女たちを目の当たりにした琴音は、アークがさらなる追撃を加えようとしているのを目にすると、すぐさまタツロットの角を引いてララたちの前に立ちふさがる。
迫りくる炎の渦に対して、琴音は必殺奥義のエネルギーを利用して受け止めようとしたのだ。
「がああああああああ‼︎」
「琴音ちゃん!」
「プリンセス・琴音!」
身を焦がす炎にさらされながら、琴音はララたちを背に庇い耐え続ける。
凄まじい熱を受けても決して逃げようとしないその姿に、ララとヤミは大きく目を見開いて彼女の名を呼んだ。
「…お前に、此奴らは……やらせん…‼︎」
両腕に激痛を抱きながらも、琴音は決死の眼差しのままアークを睨みつける。
勢いの引かない炎に苦しめられても、それでも琴音は立ち向かうことをやめようとはしなかった。
「彼の人に…リトに…手を、汚させはせん…! 彼の人を愛した者を、やらせはせん…!」
なぜなら彼女の後ろにいるのは、自分の思い人を大切に思っている、そして思われている存在だから。認めることは癪でも、それは揺るがない事実なのだ。
だからこそ琴音は、それを決して奪わせない。ほかの誰でもない彼に、彼女たちを傷つけさせたくなかった。
「ぐ…あぐ……‼」
業火に耐え続ける琴音だが、徐々にその体勢が崩れ始める。
絶えず襲い掛かる業火が、幾つもの岩を積み上げられていくかのように感じられ、琴音の膝が崩れそうになっていた。
だが不意に、その背中にそっとそえられる、二つの手を感じた。
「私の力……あなたに貸します…‼」
「みんなでリトを助けようって……言ったでしょ⁉」
ハッと振り向いた琴音は、自身の背中に掌を置き、しっかりと押してくれているララとヤミの姿に気づいた。
じっと琴音を見つめるその目には、疑いなど微塵もない。同じ気持ちを抱く〝戦友〟として、琴音の力を信じている眼差しだった。
「……ああ、まかせろ」
あっけにとられていた琴音は、やがてその口元にフッと笑みを浮かべる。
すでにボロボロのくせに、自分以外の誰かのために心を砕くお人好し達に呆れながら、胸の奥に温かい何かが宿るのを感じていた。
そして琴音は、ギンッとその目に光を宿し、再びアークを見据えてみせた。
「返せ! そいつは妾が惚れた男だ‼︎」
炎を押しとどめる手が、一歩前に進んでいく。
勢いを増した想いの力が徐々にアークの炎を押し返し、受け止めたそれが新たな力として自身に還元されていった。
「あああああああああ‼」
「ウェイクアップ・フィーバー!」
炎に包まれる琴音が、さらに神々しい金色の光に包まれていく。
二つの光と、胸に宿る炎が一つとなり、大爆発を起こしてアークの炎を完全にかき消したとき、それは再び姿を現した。
「ギィイイイイイイイ‼」
バサッ、と大きく深紅の翼を広げ、その異形は歓喜の咆哮を上げる。
かつて見せた時と姿形は変わらない。しかしその目には、人の姿の時と何ら変わらぬ美しい輝きが宿っていた。