【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
輝く深紅と黄金の翼が、少女たちを守るように広げられ、業火をかき消していく。
ララとヤミは膝をつき、大きく広がる黄金の異形の翼を見つめた。
「琴音ちゃん…」
「プリンセス・琴音…」
名を呼ばれ、異形となった琴音は一度だけ振り向く。
やがてその口元を笑みの形に変えると、力強く翼を羽ばたかせ、アークに向かって飛び立っていった。
「ギィアアアア‼」
甲高い咆哮をあげ、琴音はまっすぐにアークに突っ込んでいく。もはやその動きに身にあまる力で苦しむ様子はなく、とてつもない速さでアークの元へと接近し、すれ違いざまに敵の体を斬り裂いていった。
「『ぬあああああ‼』」
鎧の一部に傷を刻まれたアークは憤怒の声をあげ、天高く舞い上がる琴音に向けて無数の業火を放つ。
琴音は満月を背にし大きく宙返りをすると、驚異的な反射神経で迫り来る業火をことごとく回避していく。
アークは苛立たしげに目を光らせながら、琴音の元へと自らも翼を羽ばたかせた。
「『自らの意志で、異形の姿へと化したか‼ なんと愚かな小娘だ‼』」
空中で何度も激突し、火花を散らしながらアークは琴音をあざ笑う。
巨腕と爪がぶつかり合い甲高い音を響かせ、夜の闇の中に文字通り火の花を咲かせていく。それは美しくもあり、同時に互いの命を散らせていく儚げな光景だった。
「『その翼で一体だれを抱きしめるつもりだ⁉ その爪で誰の手を掴むつもりだ‼ その口で誰とくちづけを交わせるというのだ⁉』」
巨腕が琴音の顔を殴りつけるが、同時に琴音の翼の爪がアークの顔を斬りつける。
一進一退、互角の戦いを繰り広げながら、アークは琴音に問い続ける。その覚悟を確かめるように、自らが試練となっているかのように、アークは琴音と激突を繰り返した。
「『その異形の姿をさらし、本気で人と共に歩めると思っているのか⁉』」
どこか寂しげな、自分の持っていないものを持っている琴音を妬むような響きがアークの問いには混じっていた。
そんな魔王の言葉に答えを返したのは、魔王の内から聞こえた声だった。
「―――ああ、思ってるよ」
アークは天を舞い続けながら、ふと耳を傾ける。
ずっと依代として利用し続けてきた、ある意味で一心同体となりつつある少年リトの声に、アークはいつの間にか己の口を閉ざしていた。
「どんなに恐ろしい姿だってな…怖くたってな……! 俺たちは…一緒に生きていいだろ……!」
リトには痛いほどに伝わってきていた。
愛する人を奪われ、よそ者だけではなく同族までもを憎むようになってしまったことへの、アークの苦悩が。憎悪の連鎖を止めることのできない自分自身への葛藤が。
一体となっているからこそ、全てが筒抜けになっていた。
「ときどき言葉が届かなくて、大変な目に合うことだってあるさ……でもな! 本当の友達は、そんなもの簡単に乗り越えていける……俺はそれを見てきたぞ‼」
リトの記憶が、ララと出会い、たくさんの宇宙人の少女たちと過ごしてきた思い出がアークの中にも流れ込んでいく。
ただそこにいるだけで人を笑顔にできる少女がいた。人の温かさを知った暗殺者の少女がいた。人と兵器の垣根を越えて友達になれた少女たちがいた。
種族の壁など、簡単に越えていける者たちが、リトの周りにはたくさんいた。
「誰かと繋がることがどんなに大変で苦しくってもな……俺は、あいつらと一緒にいたいんだよ‼」
アークの痛みと苦しみの記憶を受け継いでも、それでも揺るがぬリトの想い。
喜び、驚き、恥、感動、悲しみ、そして―――愛。
アークが失い、諦め、それでも求め続けたものが、そこにはあった。
「『……そうか』」
唐突に、リトを縛り付けていた闇の戒めが力を失い、リトの体が宙に放り出された。
驚きで目を見開くリトの前で、アークはゆっくり振り向き、リトを一瞥する。その表情は、悪魔のような形相ではない、ただのお人好しそうな優しい青年の微笑みに見えた。
「『―――大儀である、小僧。お前の役目は……もう終わった』」
「え……うわああああ⁉」
その直後、リトは重力とも風圧とも言えない奇妙な力で吹き飛ばされ、アークの前から引き離されていった。
急速に遠のいていくアークに向けて、リトはおもわず自分の手を伸ばしていた。
「アーク…お前⁉」
「『礼を言うぞ。生意気で、無謀な……尊き若者よ』」
そう告げられたリトの視界は、光ひとつない闇の中から星空の下へと変わる。
凄まじい風圧にさらされたリトが呆然としていると、彼の左右の腕を覚えのある柔らかい感触が包み込んだ。
「リト!」
リトの耳によく知る声が聞こえ、よく知る顔が左右に見えた。
リトが我に返った時には、すでにララとヤミは真下の宇宙船の上に降り立とうとし、そして力が入らずその場で倒れ込んでしまっていた。
「ひゃう⁉」
「んんっ…⁉」
少女たちに抱きかかえられていたリトは、次に聞こえてきた艶っぽい声でつい固まってしまう。
いつの間にかリトはララの豊かな胸に、ヤミのささやかな胸に顔を埋め、それぞれのもう片方の胸を鷲掴みにしてしまっていた。その上両足の膝が二人の足の間に強く入り込んでしまい、敏感な部分を押さえつけてしまっていた。
「結城リト……‼ あなたという人はこんな時にまで……‼」
いきなりの感触にヤミは慌ててリトを突き飛ばし、ララはたははーと苦笑する。
命からがら奪還したらいきなりこれか、とヤミが早速真っ赤な顔をしかめて睨みつけるが、爆発する寸前リトが二人の肩を強く掴んだ。
そしてリトは、必死な表情でララとヤミに訴えかけた。
「ヤミ……ララ! あいつを…アークを止めてくれ‼」
「り、リト…?」
リトの見せたことのない、異様なほどに焦った姿にララとヤミは困惑の表情になる。
戸惑う二人に、リトはすがりつくように叫んだ。
「このままじゃあいつ……本当に一人になっちまうよ‼」
『うおおおおおおおおおおおお‼』
自身を現世に留める器であったリトを棄て、純粋なエネルギーのみの体となったアークが絶叫のような咆哮を放つ。
轟々とより強く翼の炎が揺れ、夜の闇の中で煌々とした光を放った。
『来い、キバ! 最後の決着の時だ‼』
「ギィイイイ‼」
金色の目を輝かせるアークに琴音も鳴き、アークに向かって突っ込んでいく。
頭部で光る三つの翠の宝玉が光を放ち、琴音の口から眩しい光の槍が放たれ、アークに突き刺さっていく。
アークがそれを真っ向から受け止め、そして自らも火炎を放って応戦し続けていると、突如まったく別の方向から爆発が襲い掛かった。
『ぐっ…⁉』
「ギャオオオオオオオ‼」
呻くアークに、巨大な竜の城が自らの体をぶつけてくる。
キャッスルドランは主の力となるために、口からは炎を、尖塔をミサイルのように飛ばし、琴音のそばに付き添いながらアークを攻撃し続けた。
琴音は大きく旋回すると、キャッスルドランの頭上を舞いながら甲高く鳴いた。
―――付き従え…‼
琴音はコウモリの姿のままアークに向かって加速し、十分な速度を得ると元の黄金の鎧の姿に戻る。
そしてキバットには深紅の笛を吹かせ、タツロットの角を引っ張り、必殺奥義の放つためのエネルギーを解放し始めた。
「ウェイク・アップ‼︎」
「ウェイクアップ・フィーバー‼︎」
キバットとタツロットが叫んだ直後、琴音はその身に黄金の光を纏いながら、力強く右脚を突き出す。
その背に向けて、キャッスルドランが強烈な業火を吐き出し、銃弾のように琴音を撃ち出す。業火は鎧の黄金の光と混ざり、琴音にさらなる加速と爆発力を付与した。
「あああああああああああああ‼」
『ぐああああああああああああ‼』
金色の業火に包まれた琴音の蹴りがアークの胸の中心に突き刺さり、その巨体をはるか天高くまで押していく。
アークの翼の炎が風圧によってかき消され、アークの放っていた威圧感が見る見るうちに削り取られていくのが見えた。
『があああああ…‼ 忘れるな…貴様らの望む道は、あまりに険しく果てしなく遠い…‼ 積み上げてきたものは、一瞬にして崩れ落ちる砂城だ…‼ そんな道を往く覚悟が……お前にはあるか⁉』
自らの体を貫かれ、天に向かって墜とされながら、アークは憤怒の形相を変えぬまま琴音に問いかける。
己の命が尽きようとしているなど感じさせない、凄まじい覇気を放ったまま魔王は闇の種族の王女に答えを求めた。
「―――ああ」
その問いに、琴音はそっけなく答えた。
当たり前のことを聞くなとでもいうように、確固たる覚悟を秘めた目で琴音はアークを見つめ返す。炎を映すその深紅の瞳は、過去の因縁にばかり目を向けていたアークとは真逆に、はるか未来を見据えていた。
「だがその道は……妾一人では歩まない。彼の人と……彼の人が愛した者達と共に紡ぐ」
琴音の見せる眼差しに、アークは言葉を失っていた。
ただの出来損ないの小娘が王の力に覚醒した、それだけでも僥倖といえる結果だと思っていたのに、この娘はさらにその先へ挑もうとしている。
憎悪と憤怒に燃えていたアークの眼が、驚愕とともに徐々に薄れていく。
「……お前はもう、眠れ」
短い手向けの言葉とともに、琴音とアークは高く高く天を貫く。
その直後、アークは草木一つ、空気さえない荒野に叩きつけられ、己の力によって地球に向けて墜ちかけていた月面に巨大なキバの紋章を刻んだ。
砕け散る鎧、四散するエネルギー、薄れゆく意識の中、アークはやすらかな表情で虚空を見上げていた。
―――ああ、ようやく……終わる。
長く待ち続けた瞬間が……今ようやく訪れた。
輪郭がぼやけていく腕を伸ばし、アークは待ち望んでいた瞬間に歓喜する。
宇宙の全てを敵に回した大罪人として幽閉され、永遠に近い時を過ごしていた魔王に訪れた、終の瞬間。
両肩にのしかかっていた重圧の全てが、羽のように吹き散らされていくように感じられた。
―――ずいぶん待たせた……いや、まだ君は待っていてくれているのか?
長い時間遅刻してしまった……もう、愛想をつかされてしまったかもしれないな。
だがせめて、見ていてほしかった。
不器用な私なりに……頑張ったと思わないか。
当の昔に逝ってしまった最愛の人を思いながら、アークは己が戦果を思い出し満足げに頷く。
何もできずに奪われ、何もしてやれなかったことをずっと後悔していた。せめて形として残る何かを見せなければ、彼女に顔向けできないとさえ思っていた。
だが彼は、そんな自分に対して微笑む美しい笑顔を見た。
―――ああ、なんだ。
そこにいたのか……。
白雪のように細い奇麗な手が、自分に向かって伸ばされる。
ためらいがちにそっと握り返せば、華奢な手からは考えられないような力強さで引き寄せられる。これでは立場が逆ではないか、とも思うが、彼女の咎めるような視線とムッとした表情を見れば苦笑とともにどうでもよくなった。
彼女はずっとそこに居たのに、今の今まで気づく事が出来なかったのだから。
―――君はずっと、そこで待っていてくれたのかい…?
これでは、私の方がとんだ道化じゃないか。
涙とともに、溢れんばかりの喜びを感じる。なすべきことを成せたかはわからないが、やり遂げたことを次へと繋ぐことはできたのだ。
生意気で心優しい少年の叫びと温かい記憶、気の強い一途な少女の覚悟と熱意を見せてもらって、アークは安堵のため息をついていた。
―――さらばだ、結城リト……我が、友よ。
安らかな微笑みを浮かべた魔王は―――お人好しそうな顔立ちの青年は、そう呟いて目を閉じるのだった。
「アーク…」
キラキラとした光が雪のように月から落ちてくる幻想的な光景を、リトは切なげな表情で見上げ、拳を握りしめる。
心配そうなララやヤミの眼差しを背中に受けながら、同じ記憶を共有した魔王の最期を見届けていた。
「さらばだ、旧き王よ……誰よりも優しく、誇り高き王よ」
キャッスルドランの頭の上に降りた琴音もまた、徐々に元の高さへと戻っていく月を見上げてそう告げる。
アークに対する敵意は、もはや影も形もない。あるのはただ、己の意志を世界に残すために悪の立場を担い、ただただ愛する者のために、本音を言うこともできずに孤独に戦い続けた王への敬意だけがあった。
「お前の意志は―――決して絶えさせんと誓おう」
黒く深い夜の闇が、徐々に白み始めていく。
永く激しい一夜の騒動は、ようやく終わりを迎えようとしていた。