【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
∞.Diva's night 〜歌姫達の宴〜
「……ずいぶんと、迷惑をかけたな」
少し肌寒い風が吹き抜ける、彩南町の公園。
かつてないとんでもない事態に巻き込まれ、数日家を留守にしたリトは当然カンカンに怒った美柑に怒鳴られ、そして大粒の涙を流しながら抱きつかれた。
いろんな人たちに心配をかけたことを平謝りし、ようやく落ち着いたリトを、訪れた琴音がふいに連れだしたのだ。
「妾の勝手な行動で、ぬしは幾度も死にかけたのだ。……うらまれても文句は言えん」
「えっと…俺はずっと助けてもらってばっかだったし、お礼を言わなきゃいけないぐらいで」
「だが……妾がもっと…そう、例えばあやつらを頼ったりしていれば……」
後悔をにじませた表情で、琴音は拳を握りしめる。
兄やデビルークの父が、事態が悪化した時にはリトの命を奪うことも考えていた以上、楽観視はできなかった。だが一人でどうにかしようとした結果、さらにリトのみを危険にさらしたことは事実だった。
しかし次第に、やかましく、ずけずけと人の心の内に入り込もうとするお人好し達の事を思い出し、琴音はその口を閉ざす。
「…………いや、この案はないな。うむ」
「あれ⁉」
驚愕の表情で振り向くリトだが、琴音はさっと目を逸らして思い浮かべた考えを否定する。
リトにはわからない、女の意地というものが琴音の胸の内にはあったようだ。
困り顔で首を傾げていたリトは、やがて遠い目を秋の青空に向け、小さく息を吐いた。
「アークは……その、なんていうか……」
「……言わずともわかっておる」
「え?」
どういったらいいものか、と頭を悩ませていたリトは、言葉にするよりも早く肯定した琴音にハッと目を向ける。
リトの考えを読んだわけではない。琴音も、全く同じことを考えていたからだ。
「…結局アークは、己を討たせるためにあれだけの騒ぎを起こしたということになるな」
琴音の考えはやはり同じものだったのか、リトは神妙な表情で頷き、暗い表情でうつむいた。
その脳裏に浮かんでいるのは、決して長くはないが魔王と共に過ごした濃厚な時間、ともに交わした言葉の数々だ。
「あいつ……考えてみたらずっと悪ぶってるみたいにも見えた。過去の時にも、自分が一番悪者になることでほかの仲間から注意をそらしてたり、全部の責任を負おうとしてた。…脱獄したってのも、事件を起こして自分の存在そのものを消させるためだったのかもな」
「……あの男は、優しすぎたのだ」
たどたどしいリトの考えに、琴音も切なげな微笑みを称えて首肯する。
本当にそうなのかはわからないし、聞いてもあの魔王は肯定などしないだろう。もはやあの男の使命は終わり、愛する者のもとへと逝くことができたのだ。
わざわざ掘り返すつもりは、彼らにはなかった。
「誰もみな、最初から闇を抱えているわけではない……みな始めは無垢なものだ。そこへ様々な人の音と触れ合って、自分の音楽を作り上げていくのだ。輝かしい明るい音楽や……暗く沈んでしまった音楽を」
世界は光にあふれているが、その分影もできる。誰かのもとで光が輝けば、別の誰かのもとには影ができる。
すべての人間が幸福になれるようにはなっておらず、光と闇が必ず世界のどこかでバランスをとるようになっているのだ。
だが、逆もしかりだ。
「ぬしが最後に変えさせたのだ。あの悲しき王の音楽の終幕を…な」
琴音はどこか、リトを誇らしく思うように見つめている。自分が認めた男が世界の運命を変えさせたのだと、そんな自慢を抱いているかのようだ。
リトはそれに気づかない。というか気づいてもそうだとは思わない。彼は自分にできたことは些細なことだと考え、それが直接何かを変えたのだとは思いもよらないだろう。
「やはりぬしは他の男とは異なる逸材だな。妾の目に狂いはなかった」
「ん? …お、おう」
首をかしげるリトにクスリと笑い、琴音はベンチから腰を上げてリトに背を向けた。
リトも立ち上がり、かすかな風に揺れる琴音の金髪の輝きに見惚れていた。
「用事は済んだ。ではな……色々と迷惑をかけたな、さらばだ」
琴音は振り返ることもなく、そう告げて足早に去っていく。
その声に微妙な震えが混じっていることに、やはりリトは気づいていないようだった。
しかしリトは、胸の内に訪れた締め付けられるような痛みに、気づけば縋るように問いかけていた。
「なぁ、また…会えるかな?」
「……さぁな。すぐかもしれんし、もうこれが最後かもしれん」
琴音は立ち止まり、揺れる金の髪をかき上げながら微笑みを浮かべる。
しばらく何かを思案していた様子の彼女は、やがて振り返るとリトのもとへと駆け寄っていく。
そしてリトの頬に両手を添えると、目を見開く彼の唇に自分のそれを重ね合わせた。
「……妾のこと、忘れるでないぞ」
呆然と立ち尽くすリトにそう告げ、リトの手に何かを押し付けると、琴音はまた背を向けて走り出した。
遠く見えなくなっていく彼女の頬が、リンゴのように真っ赤に染まっていることに気づく余裕もなく、リトはいまだに瑞々しい感覚が残っている唇に触れ、言葉を失っていた。
「………どうしよう」
またしても、うれしいような困ったような難題を抱えてしまった彼の呟き。
その問いに答えてくれるものは、残念ながらその場には誰もいなかった。
広く真っ暗な空間に、無数の色とりどりの光が灯り、揺れる。
小さな囁きが聞こえてくるその空間は、大きな舞台を正面にして扇状に座席が並び、全くといっていいほど明かりが消されている。
観客たちは指定された席につきながら、若き歌姫による宴が始まる時を今か今かと待ち望んでいた。
「……結城リト、これは一体どういうことですか」
無数に並ぶ観客席の中、特に見晴らしの良い舞台がよく見える位置の席に座ったヤミが、隣に座るリトに向けて不機嫌そうに尋ねる。
ララやモモ、ナナやメア、そのほかリトと親交のある少女たちに囲まれる席に座るリトは、ヤミの問いに困ったように頬をかいた。
「いきなり呼び出されたかと思えば問答無用でチケットを渡され、さらにはこんなところに全員集められて……きちんとした説明があるのでしょうね」
「あわわわわ…ま、待ってくれヤミ。俺にも何が何だか……あと、お前のビンタ結構痛いんだよ」
シャキーンと手刀のように振りかぶられたヤミの手に、リトは慌てて弁解する。
ダークネスを使用した影響により、しばらく
なんとか怒りを収めたヤミは、どこかふてくされたようにそっぽを向いた。
「……私の期待を返してくださいよ」
「うっ……」
「ハッ‼ な、何でもありませんからね⁉」
ばつが悪そうに呻くリトに、ヤミは自分が何を呟いたのか思い出して顔を真っ赤にする。
事件が終わり、照れながら誘われた先に向かってみれば、自分と同じようにリトを慕う少女たちが全員揃っている。これに落胆を覚えずに居られようか、とヤミはため息をついていた。
「ルンちゃんのライブのチケットが手に入るなんて、ラッキーだったね~!」
「なんかいろいろツッコミたい気もするけど……まぁ、タダでライブ観られるんならいいか‼」
「私、こういうお祭りごとって初めてだよ~」
ララは単純にリトに誘われたことが嬉しく、ナナとメアは実は初めてライブにきたことで次第に興奮し始める。
周りの観客たちに感化され、ララたちのテンションも上昇していく中、すすっと春菜がリトの耳に唇を寄せた。
「…ところで結城くん、体は何ともないの?」
「えっ⁉ あ、ああ! へ、平気だよ西園寺‼」
「そ、そう…? なんだかちょっと、元気ないみたいだったけど…大丈夫なら、よかった」
目の前でリトをさらわれたことから、リトの身を案じ心配していた春菜だが、頬を染めて笑うリトに安堵し席に戻る。
慌てて取り繕ったことを気取られずにすみ、ほっと息をつくリトは、ポケットの中に入れたままにしているあるものに触れる。
それは、小さな尖った金属片。世界にただ一つだけ残された、魔王の存在を表す角の先っぽだった。
(……俺も、お前のこと忘れないぜ。アーク)
いまだに熱を残しているような気がするそれを握りしめ、リトは強く決意する。遠い空の彼方へと消えていった友達の最後の顔を思い出し、優しい笑みを浮かべた。
そんなリトの横顔に見惚れていたモモは、ハッと我に返ると熱くなった頬を冷ますように視線を逸らし、何か別の話題を探した。
「…ところで、一体どなたなんでしょうね? 私達全員にチケットを贈ってくれた豪胆な方というのは……」
リトの縁者が何人も集まっていることを考えるに、リトに関係を持つ誰かのサプライズなのだろうが、少なくとも誰にも心当たりはなかった。
ライブの主役であるルンならばあり得るが、少なくともアイドルの立場を逸脱し特別扱いしたことはないため可能性は低い。
すると考えているうちに、舞台上から眩いライトが柱となって立ち上がった。
『みんな~‼ 今日は
奈落の底から装置によって飛び出したルンが、マイクを片手に集まった観客たちに挨拶する。
ルンのファンたちは一斉に歓喜の咆哮を上げ、サイリウムを全力で振ってルンへの声援を送り続ける。あっという間に、会場は熱狂の渦に陥っていた。
『実は今日のライブには…あるゲストがコラボしてくれています。私も出会ったばかりの人で、とっても魅力的なすごい人です‼ でも、私だって負けていられません! 彼女に敗けないぐらい全力で謳い続けるから、みんなもしっかり付いて来てね~‼』
ルンの発表はファンたちにとっても寝耳に水だったのか、大きなどよめきが送られ、同時に期待の声も上がる。
リトはルンの言葉に、前に会った時に誰かと仕事の打ち合わせをすると言っていたなとぼんやりと思い出し、このことだったのかと深く納得していた。
しかしその表情は、次の瞬間驚愕のものに変わることとなった。
『それでは紹介します! 天才バイオリニストにして、世界的な歌姫―――〝
ルンが片手で指し示すと、舞台上の奥からスモークが噴き上がる。
黙々と立ち込める白煙の奥からライトの光が差し、一人の女性のシルエットを映し出した。
『―――君の手のひら、僕と繋いで…♪』
聞こえてくる美しい声に、多くの観客たちはまさかというような表情で目を見開く。先ほどルンが口にした名が、ようやく情報として頭に入ってきたようだった。
しかし最も驚愕していたのは、他でもないリトたちだった。
響き渡る歌声は、彼らがつい先日まで耳にしていたものと同じだったからだ。
「なっ…⁉」
ナナかメアが思わず声を漏らし、モモがぽかんと硬直し、ララが目を輝かせ、ヤミがあきれた様子で半目を向ける。
リトは言葉を失いながら、スモークの中から徐々に姿を現し、観客たちの大きな歓声を受け止める金髪の美女を凝視し、思わず脱力し笑い声を上げてしまっていた。
舞台上に姿を現した赤いドレスの美女―――琴音は、笑顔で迎えるルンに近づくと、親しげに抱き寄せながら耳元に唇を寄せた。
「……ぬしらには、負けんぞ?」
「ほぇ?」
唐突に向けられた宣戦布告に、ルンは本番中にも関わらず間抜けな声を上げてしまう。
困惑したまま見つめてくるルンに苦笑しながら、琴音は未だ興奮冷めやらない観客たちに、特にその中のたった一人に向けて凛々しい声を発した。
『さぁ、今宵の宴に集いし人の子らよ! 存分に魂の鎖を解き放つがいい‼』
『えっ…あ! みんな…いっくよ――――‼』
―――ウェイク・アップ!
琴音の音頭に慌ててルンが続き、二人の歌姫が大きく息を吸い込む。
宴が始まる、一人の青年に向けた
一人の魔王に捧げられる
驚愕で固まっていたララたちは、もう細かいことは気にしないとばかりに歓声をあげ、サイリウムを振って全力で応援に回った。
見れば、会場にいるのはララたちだけではない。
包帯だらけのザスティンやお忍びらしい格好のギド、やはり顔をベールで隠したセラフ、この星で出会った多くの知人たちの姿が見える。
思わぬ告白で気恥ずかしさに苛まれる少年は、これから訪れるであろう大騒ぎを予感しながら、それでも笑い続けるのだった。
紆余曲折ありましたが、ついにToLOVEる×仮面ライダーキバが完結いたしました。
過度にToLOVEる要素を増やすとエロが濃くなり、過度に仮面ライダーキバ要素を出そうとすると戦闘ばかりになり、微妙な分配が難しくなかなか難産でした。
しかし「一度手を出したのなら最後まで絶対にやり抜く」という自分なりの信念に従い、ようやくこの時までたどり着く事が出来ました。
それができましたのも時折読者の皆様から頂ける感想のお陰であります。
感謝してもしきれません。
さて、本作品のヒロインたる琴音・K・ヴラド、彼女の要素は一応「ヤンデレ」を考えていました。
原作主人公である結城リトを想うあまり、原作ヒロインたちから掻っ攫い自分の城に幽閉しようとする困った子ですが、その陰には彼女の孤独を恐れる過去のトラウマとリトを想う一途な想いがあります。
以前聞いた話だと、恋と愛の違いは「欲しがる気持ち」と「与えたい気持ち」なのだと言います。相手の全てを欲しがり独占したがるのが恋で、相手を想い自分の持つ全てを捧げたいと思うのが愛…どちらも過ぎれば独善となってしまう純粋で危険な想いであると言います。
ゆえに相手を欲しがるだけの恋、特に「初恋」は叶う事がないのだと、あるキャラクターが語っていました。
琴音の場合は、リトに降りかかった災難から彼を守ろうと自分の力の全てを振るおうと努力します。
これはリトのためにあらゆる努力を惜しまないという気持ちですが、同時に他の有象無象にリトを渡したくないという独占欲でもあります。
どちらの思いも強すぎるがゆえに、まだ彼女のこの想いが恋と愛が半分ずつの「恋愛」感情になりきっていない、そんな状態でありますが、今回の事件をもってヒロインたちの真剣な想いを知り、持て余していた気持ちがしっかりしたものになっていく、という構図を考えていました。
一生懸命だけど不器用な、高飛車だけど一途な女の子として琴音を描けていればいいな、そんなことを思います。
最後になりますが、拙作に最後までお付き合いくださいました読者の皆々様。
本当にありがとうございました。
ちなみに、本作品のエンディングテーマは『Arcadia/Eirthmaind』です。