【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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3.Dangerous visitor 〜危険な訪問者〜

 所変わって、リトのいない結城家のリビングにて。

 ハロウィン関連のぬいぐるみやグッズを手にしていたララが、好奇心に満ちた眼差しでそれらを見つめていた。

 

「地球のオバケって、カボチャとかシーツとか、面白い形したのが多いよね~。ほんとにいたら面白いのにな~」

「オバケか~……こういう見た目ならもしかしたら友達になれるかな」

 

 単純に面白がっているララと、その横で実は怖いものが苦手なナナが感想をこぼす。

 

(宇宙生物のほうがおもしろい気がするけど……)

 

 宇宙中の動物と話すことのできるナナを見つめながらそんなことを思う美柑だが、決して口にはしない。楽しんでいる二人に水を差すような真似はしなかった。

 すると、ふと気になったことを思いつき、美柑はララの髪飾りとなっているペケに視線を向けた。

 

「そういえば、宇宙には何か有名なオバケとかいないの?」

『そうですねぇ……一番有名なものといえばやはり―――』

 

 美柑に尋ねられ、ペケはしばらく考え込むと有名どころを頭脳内でピックアップしていく。

 しかし、ペケがその答えを口にするよりも先に、何やらにやりと小悪魔的な笑みを浮かべたモモがその名を口にしていた。

 

「―――魔王アーク、とか」

「ヒッ……」

 

 その名が耳に届いた瞬間、ビクンと体を震わせたナナが小さな悲鳴をこぼした。

 狼狽を隠したつもりなのだろうが意外とその声はよく聞こえ、それに気づいたララが声を上げた。

 

「あー、ナナってばまだこの話怖いの~?」

「ち、違うし! ただ、ちょっと苦手なだけだし!」

「どんな話なんですか?」

 

 姉にからかわれたナナが真っ赤になって否定するのを尻目に、聞きなれない名前に興味を抱いた美柑が詳しく尋ねた。

 それに答えたのは、答えを先に言われて若干気落ちしているペケではなく、先取りしたモモだった。

 

「大昔に実在した……ということになっている伝説の存在です。恐るべき力を持った異形の軍勢を率い、銀河中を恐怖と混乱に陥れたといわれ、数百年たった今でも語り継がれているそうです。……まぁ、脚色もあるでしょうしほとんどおとぎ話のようなものですが」

「私も初めて聞いた時は眠れなくなったな~」

「へー……宇宙にもそういうのあるんだ」

『……ワタシのセリフが』

 

 本気で落ち込み始めているペケには誰も気づかず、モモはどこかほほえましそうに続きを語る。

 

「それで、小さい子はよくしつけのために「悪い子はアークに食べられちゃうぞ」と言い聞かされるんです」

(なまはげみたいなもんかな……?)

 

 ゲームでよく見るような恐ろしい魔王のイメージから、一気に田舎感のあるビジュアルに変わってしまった魔王アークの姿に美柑は苦笑する。それはそれで怖いだろうが。

 

「ナナってば、昔家庭教師の先生から教えられてから、しばらく一人じゃ眠れなくなっちゃったんだよね」

「ちょっ! 姉上! なんで言っちゃうんだよ!」

(ほんとに……宇宙も地球も変わんないな、こういう光景)

 

 おばけが怖かった幼少期を兄や姉にからかわれる。リトはそんなことしなかったが、友達から聞く話から想像できるよくある光景は、地球とほとんど差異はないように見えた。

 

(……でも、宇宙人とか幽霊がいるぐらいだし、ララさんたちの言う魔王も実在したりするのかな?)

 

 つい物騒なことを考えそうになったが、そうそうそんな非常事態など起こらないだろうと独り言ち、先ほど入れたコーヒーのカップに口をつける。

 その時だった。

 

「ご無事ですか姫様方ァァァァァァァ‼︎」

 

 突如、ガシャーン‼とリビングの窓を蹴破って飛び込んできた大柄な男、ザスティンの怒号に、美柑はブーッ!と口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。

 いきなりの事態に、美柑だけではなくララたちも騒然となり、まったりとした時間に乱入してきた騎士に非難の視線を向けた。

 

「ざ、ザスティン⁉︎ 何やってんだよお前⁉︎」

「ナナ様、ここはどうかお待ちを。お前たちは周囲の安全確保を! 気を抜くな!」

「ハッ‼」

「すみません騒がしくてすみません‼ 知り合いなんで通報とかはしないでください‼」

 

 しかしザスティンはあえてナナの叱責を受け流し、同じく飛び込んできた部下たちに指示を放つ。

 その隅で、騒音に何事かと集まってきたご近所の人たちに美柑が懸命に謝罪をしていた。携帯電話を構えている人までいて、大いに焦る事態であった。

 部下たちに周囲を任せたザスティンは、そのままララたちのほうにつかつかと歩み寄ると、跪きながら三人の姫の方を食い入るように見つめた。

 

「リト殿は⁉︎ 姿が見えないようですが⁉︎」

「い、今は買い物に行ってるけど……」

「くっ……入れ違いになったか! 仕方がない!」

 

 ガンッと自らの膝を拳で叩き、ザスティンは悔しさを激しく表情に表す。普段から血の気の多い彼ではあるが、今回はどうにも様子がおかしい。どう見ても、何かに焦っているようにしか見えない。

 

「何かあったんですか? なんか、切羽詰まってる感じですけど」

「詳しい話は皆様方の安全を確保してからになりますが、とにかく今はこちらに。我々でリト殿を連れ戻してきますので……」

 

 美柑に説明しようとするザスティン。

 その時、ぶち破られて広くなった窓の外にふと視線を向けたナナが、訝し気に眉を寄せた。

 

「……ん? なぁ姉上、アレなんだろ?」

「え? どれー?」

 

 ナナが指差した先に見えたのは、いつの間にか厚くなり始めた雲の向こう側から透けて見える何か。

 それは、真昼の空に見えるはずのない、真っ赤な光の糸を引く流れ星のように見えた。

 

 

 天気のせいか、人気のまったくなくなってしまった公園。

 セリーヌとよく使っているその場にたどり着いたリトは、ヤミの怒りから逃げ切った安堵を抱きながら荒い息を落ち着かせていた。

 別に逃げ切ったわけではなく、これははたから見ればじゃれているだけなのでは、と我に帰ったヤミが急に恥ずかしくなって止まっただけなのだが。

 

「ぜー……ぜー……あ、危なかった。ヤミのやつ、今日はいつにもまして切れ味が鋭かったな……まぁ、俺が悪いんだけど」

 

 いくら好意を寄せられていようと、あんなことになれば恥ずかしいものは恥ずかしい。いずれ落ち着いた時にちゃんと謝罪しておかねば、と心に決める。

 しかしさすがに疲れた、とベンチによろよろと腰を下ろすリトの姿を、公園のそばを通りがかった一人の少女が見つけた。

 

「あれ、結城くん? こんなところでどうしたんだろう」

 

 ボストンテリアのマロンの散歩の途中だったらしく、一言二言話をしたいと思い入り口に向かう少女の名は西連寺春奈。リトが好意を寄せる相手であり、彼女もまたリトに好意を寄せている。

 それでもまだ恋人関係になっていないのは、同じくリトを好きなララとの関係があるからだ。

 

(……う~む)

 

 心なしか軽い足取りでリトのほうへ向かう春奈の足元で、面白い顔と称されるマロンは眉間にしわを寄せて考え込んでいる様子だった。

 

(さっきからど~にも鼻がうずく。できればご主人には家でおとなしくしていてほしかったんだが……どうしたものか)

 

 動物的な本能が何かを感じ取っているのか、危機から離れようと彼自身を促す。だが春奈はマロンの運動不足を気にして、天気の悪さも気にせずに外へ連れ出してくれている。

 主人への義理を保護にするわけにもいかず、ならば己が守ろうとぴったりと付き従っている次第だった。相も変わらず犬らしくない義理堅い奴であった。

 

(あの男にも警戒を促しておきたいところだが……くっ、やはり言葉が伝わらんのはもどかしいな)

 

 自信の不甲斐なさ、というかペットと人間の間の世知辛さに嘆息していた時だった。

 マロンの耳が、はっきりとした危険を音として感じ取ったのは。

 

(⁉ こ、これは‼)

「ワンワンワンワン‼」

「……えっ? あっ、ちょっと!」

 

 その瞬間マロンは、春奈の持つリードを自ら引っ張りながら走り出した。戸惑う春奈の悲鳴に胸を痛めながら、リトの座っている場所に向かって必死に走っていく。

 

「ま、マロン! 待ってぇぇ〜‼︎」

「ん? さ、西連寺?」

 

 ものすごい勢いで走ってくる、というか引っ張られてくる春奈に驚きながら、とにかく止めるのを手伝ってやらねば、とリトは立ち上がる。

 だが、途中で春奈はリードを離してしまい、解放されたマロンは勢い余ってリトの尻にかみついてしまった。

 

「あいってぇぇぇ⁉︎」

 

 突如臀部に激しい痛みを食らい、リトはその場で高く飛び上がった。マロンはすぐに間違えたとばかりに口を離すが、すぐにズボンに標的を変え、ぐいぐいと引っ張り始めた。

 

「西蓮寺⁉︎ こ、こんなところでどうしたんだ⁉︎ …っていでででで⁉︎」

「ま、マロンが急にリトくんの方に走り出しちゃって……‼︎ コラ! マロン!」

 

 たれ落ちたリードを持ってマロンを引きはがそうとするが、マロンは決して離すまいと二人とも引っ張っていく。彼の中の本能が、こうささやいていた。

〝ここから今すぐに離れろ〟と。

 

(ご主人! 逃げろ! こいつと一緒に早く逃げろ‼︎)

 

 小さな忠義者の苦心をあざ笑うかのように、それは徐々に近づき始めていた。

 

 

「……メアよ。気づいているか」

「うん、ネメちゃん……」

 

 町ビルの屋上から黒々とした天を仰ぎ、じっと一点を見つめているネメシスに、メアは冷や汗を流しながら応える。

 

「これ……かなりヤバいんじゃない?」

 

 かつてない緊張にメアの表情は引きつり、背筋に走る震えが止まらない。

 様々な相手、賞金首やら宇宙の危険種などと戦った経験のあるメアだったが、今目の前に感じている気配はそれらとははるかに格が違った。いや、比較することすらばからしいほどに、危険なにおいを発していた。

 

「なにアレ。流れ星?」

「ウソ、こんな昼間に?」

 

 その異様な光景に気づいたのは、何も宇宙人たちだけではなかった。

 メアたちの真下を歩く、リトたちのクラスメートの籾岡や沢田、猿山にも、町の人々にも見えていた。

 動物も、植物も、そして幽霊も。

 その街にいたあらゆる命が、天から舞い降りる圧倒的な存在に気付き、意識を頭上へと向けていた。そしてその誰もが、本能の何処かで警鐘が鳴らされるのを聴いていた。

 ―――逃げろ、と。

 

「よもや、アレがこの惑星(ほし)にくるとはな―――つくづくこの街には驚かされてばかりだ……‼︎」

 

 

「な……なんだあれ……⁉︎」

 

 懸命にマロンの牙を離そうともがいていたリトと春奈だったが、ふと視線を上げた際に見えたその光景に言葉を失う。

 凄まじい量の煙を残し、高速で落下してくる真っ赤に燃える巨大な炎の塊。流れ星などのようにロマンティックなものではない、まさに予想しえない天災が、リトたちのいるほうへ墜ちようとしていた。

 

「西蓮寺、危ねぇっ‼︎」

「キャァァッ⁉︎」

 

 リトが動けたのは、マロンが腕にかみついて正気に戻してくれたためだった。

 巨大な火の玉が公園のど真ん中に衝突する寸前、リトはマロンを抱える春奈を抱き寄せ、植木の裏へと飛び込んだ。

 しかし火の玉が激突した瞬間、強烈な熱と爆風があたりに吹き荒れ、あらゆるものを吹き飛ばし、焼き尽くした。リトが盾にした植木も例外ではなく、さしたる抵抗もできずに蒸発し、熱波が少年たちの体を容赦なく焼くかに思われた。

 その間に割って入った、天使の姿がなければ。

 

「……危機一髪でしたね」

 

 一瞬のような、もしくははるかに長い時間を春奈を抱えたまま耐えていた気になっていたリトの耳に届いたのは、強い安堵を感じさせる少女の声だった。

 

「先輩、大丈夫~?」

「や、ヤミ! メア!」

 

 気が付いたリトの顔を覗き込む後輩の声に、リトと春奈はガバッと体を起こす。そして、今の今まで抱き合っていたことに気が付き、慌てて離れた。

 

「ご、ごめっ」

「い、いやそんな!」

「先輩、ラブコメやってる場合じゃないよ」

 

 いまだに初々しい反応を示す二人に、ヤミもメアもマロンもあきれた視線を送る。

 二人と一匹の視線を受け、リトはようやく周りの惨状に目をやることができた。

 

「な、なんなんだよ、これ‼」

「……詳しいことは今は時間がないので言えませんが、とにかく危険ということだけは確かです」

 

 公園は、ほとんどその原型をとどめていなかった。

 土地の中心を爆心地に放射状に地面がえぐれ、真っ黒に焼け焦げている。遊具や植木もかすかな燃えカスだけを残しているだけで、元の光景とはかけらも重なりそうにない。

 そして、その原因であろう中心地には、真っ赤に燃える炎の塊がうごめいていた。何かが、脈動しているかのように。

 

「あ、あれは……」

「結城リト、西連寺春奈。ここは我々に任せて、早く離れてください」

「そーそー。二人を守りながらだと……そんなに長く持たないと思うよ」

「そ、そんなことできるわけっ…」

 

 異常事態に二人を置いていくことに拒否感を抱くリトだが、そこで気づく。

 リトたちが無事でいるのは、ヤミとメアが変身(トランス)能力で生やした翼をさらに高質化させて盾にしてくれたためらしい。だが、その翼は今、焼け焦げて大きく破損していた。

 あれほど強い二人の作った盾が、だ。

 

「正直言って、かなりギリギリです。一刻も早く……」

 

 横顔にかすかに焦燥の色を見せる闇が、二人に強く促そうとした時だった。

 ドクン、と。

 脈動していた炎の塊が、その熱を強めた。眠りから覚めたかのように、徐々に己が温度を高めていきながら、炎の塊は形を変え始めていた。

 ぬぶり、と突き出した塊の先端が分かれ、人に似た手となって地面に押し付けられる。それは炎であるはずなのに確かな重量を持っているのか、地面に掌をめり込ませながらゆっくりと体を起こしていた。

 地面の中に埋まっていた、目と思わしき二つの光が邪悪な輝きを放ち、視線がリトたちを捉えるとその下を三日月状に開いた。

 

 ―――ォォオオオオアアアアアアア‼

 

 ビリビリと大気を振動させる、おどろおどろしい咆哮。

 その姿は、現実世界にはい出した魔王と呼ぶにふさわしいものであった。

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