【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

6 / 25
5.Bat communication 〜吸血皇女〜

 不意に現れた、奇妙なドレスと鎧を身にまとう少女の変化に、言葉を失うヤミたち。

 その時、少女たちの声を聞き少女のベルトに収まっていた蝙蝠、キバットと呼ばれたそれが横目を向けた。

 

「そこのお嬢さん方、危険ですのでここをお離れになった方がよろしいと存じますぜ?」

「へ⁉︎ え、あ、はい⁉︎」

 

 つい丁寧に返事をしてしまったが、春奈はもう何が何だかといった様子でまともな判断ができていない。メアだけが「あのコウモリ、ナナちゃんに見せたら喜びそうだな…」と関係のないことを考えていた。

 

「ここから先は俺たちの領域……素人が手を出せる分野じゃねぇよ」

「なにをバカな……!」

 

 たかがコウモリに戦力外通告をされたことに、少女に庇われる位置にいたヤミが反論しようとする。

 だが、それよりも先に少女の目がギラリと鋭く光った。

 

「はっきり教えてやろう―――邪魔じゃからすっこんでおれ」

「なっ……‼︎」

 

 心底邪魔くさそうな、はっきりと拒絶する剣呑な光を宿した目でにらまれ、ヤミは思わず息をのむ。幾戦もの戦いの経験のあるヤミでもひるむほど、その眼光は鋭かったのだ。

 踏み出した足がそれ以上進められずにいるヤミを放置し、少女は再びリトのほうに視線を戻し、険しい表情で見据えた。

 

「気をつけろ琴音! まだ完全じゃねぇが、伝説の魔王には間違いねぇ‼︎」

「無論じゃ」

 

 蝙蝠の忠告に少女は小さく頷き、スカートを翻しながら身構える。

 蝙蝠のこぼした言葉に、メアは表情をややこわばらせた。

 

「伝説の……まさかあれってやっぱり⁉︎」

 

 何か知っているのか、と尋ねようと春奈がメアのほうに視線を向けたとき、それまで動きを止めていた炎が腕を伸ばした。

 

「うおっ⁉︎ あっぶね‼︎」

 

 スカートを翻し、槍のように突き出された炎を少女が紙一重でかわすと、火の粉がかすった蝙蝠がベルトの真ん中で思わず声を上げた。

 続いて炎の攻撃が何度も繰り出されるも、少女はまるでスカートを盾にするかのように掴み、くるくると踊るようにしてそれらを防いでいく。大きな胸を揺らし、透き通るような長い足をさらし、美しく、そして激しく舞いながら少女は戦っていた。

 一体何の素材でできているのか、不思議な輝きを放つそのドレスは一切燃えることがなく、ひらひらと闘牛士のマントのように柔らかく舞い上がっていた。

 

「うわ、すご……」

 

 初めて見る戦い方に、メアは状況も忘れて興奮気味に目を輝かせてしまう。兵器として生きてきた時間の長かったメアは、時折血が騒ぐと好戦的になってしまうのだ。

 一方で炎の猛攻を躱し続けていたキバットは、やがてその顔ににやりと笑みを浮かべた。

 

「思った通りだ! まだ力が体に馴染んでねぇ!」

「まだ奴のものにはなっていない、ということか」

 

 ここまで一切の傷を負っていない少女は目を細め、炎を操っているリトではない何かを睨みつけた。

 キバットの言う通り炎の動きはどこかぎこちなく、炎の中に見えるリトもいまだ苦悶の表情を浮かべている。自分の中にいる炎に対し、抗っているのだ。

 

「うぐぐぐぐ……」

「……待っておれ。今、楽にしてやる」

 

 歯を食いしばって何かに耐えているリトを見つめた少女は、炎を防ぎながらベルトの左側に手を伸ばした。ベルトの左右に三つずつ備えられたカラフルなホイッスル、そのうちの赤い一つを抜き取ると、少女はそれをキバットの口元に運んで咥えさせた。

 

「決めるぞ琴音! ウェイク・アップ!」

 

 キバットがベルトから飛び立ってホイッスルを吹き鳴らし、奇妙な笛の音があたりに響き渡った。

 スカートの盾で炎を振り払った少女が、大きく跳躍しながら宙返りし、リトから少し離れた場所に着地する。踵を合わせるようにして立つと、今度は大きく羽を広げるように手を広げ、ゆっくりと胸の前へ両腕を重ねていった。

 

「ハァァァァ……!」

 

 意識を集中させる少女。その頭上に闇が集い、辺りを一瞬にして黒く染め上げていく。黒は夜空へと変わり、その中心で異様なほどに大きな満月が浮かび上がった。

 目を見開き、異様な光景に驚愕するヤミたちと同様、炎が焦ったように動きをおぼつかなくさせていた。

 

「ハッ!」

 

 徐々に形が欠け、三日月へと近づいていく月の真下で、少女は突如右足を振り上げ、天高く掲げる。

 その周囲をキバットが飛翔し、鎖と鎧の巻かれた右足を中心に旋回する。直後、激しい金属音とともに鎖がはじけ、封じられていた鎧が開かれた。

 血のように紅い、蝙蝠のような翼を生やした異形の右足が露わとなり、並んで備わった三つの翠の宝玉に不思議な光が宿った。

 

『おのれ……やはり邪魔をするか!』

 

 リトの声を使い、炎が忌々し気に吠える。その声に眉をひそめながら、少女は左足でトン、と軽く跳んだ。

 異形の右足に引かれるように少女は飛び立ち、三日月の前でシルエットのように光に照らし出される。遥か高く跳んだ少女は、次の瞬間一気に急降下し、炎に向かって右足を突き出した。

 

「ハァァァァァァ‼」

『ぐおおおおおお‼』

 

 気合の咆哮とともに放たれた渾身の蹴撃、それは迎撃のために突き出された炎の腕をも弾き飛ばし、リトの胸のど真ん中に突き刺さった。わずかに唾液を吐いたリトを踏みつぶし、少女の異形の右足はその体をアスファルトの上に押し付ける。

 ズシン、という轟音とともに、アスファルトの上に巨大な蝙蝠を模した紋章が陥没して刻み込まれた。

 

「そんな……結城くん……‼︎」

「先輩!」

 

 明らかに致命的に見える思い一撃が放たれる瞬間を目にし、いまにも気を失いそうな春奈が悲鳴を上げる。

 メアとヤミも言葉を失うが、目を見開いた二人の目の前でリトにまとわりついていた炎が四散し、跡形もなく消え去っていった。

 今度は戸惑いで言葉を失う二人を他所に、少女はトン、と宙返りをしてリトの上から降り、少年の顔をしげしげと覗き込んでいた。

 

「……どうじゃ、キバット」

「問題ねぇ、気を失ってるだけだ。つーか思ったより頑丈だな、こいつ。手加減したとはいえ、琴音の一撃食らってかすり傷だけで済んでやがる」

 

 ぱたぱたとリトの頭上を飛び、様子を確認していたキバットが呆れたようにそう告げると、少女もじっと視線を下ろして黙り込む。

 先ほど見せていた苦悶の表情はもうリトの顔からはうかがえず、安らかに眠っているかのように呼吸をしている。多少あざのようなものは見えるが、命に別状はないようだった。

 

「だが、ほっといたら間違いなくまた奴が動き出しちまうぜ。それでなくても、こいつは狙われるってのに」

「……ならば行くか」

 

 キバットにせかされた少女はため息をつき、気を失っているリトの後頭部と膝に手を差し入れて抱え上げる。

 細い体に似合わない膂力で少年の体を軽々と抱え、少女が歩き出そうとするが、それまで呆然となっていたヤミがストップをかけた。

 

「待ち、なさい」

 

 鋭く走った声に、少女はぎろりと鋭い目を向け、リトを隠すように力を強めた。

 

「結城リトをどこへ連れていくつもりですか……その人に危害を加えるというのなら、許しませ―――」

「……黙るがよい、小娘」

 

 吐き捨てるように、少女が威嚇するヤミに告げる。

 常人であれば気を失いそうなほどに濃厚な殺気に、ヤミも自身の殺気を放って対抗する。手負いであっても、培ってきた殺しの実力が醸し出す覇気は衰えず、ヤミは真っ向から少女に相対していた。

 なによりも、思っている男を横から掻っ攫おうとしている相手に、一歩たりとも引く気はなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 まるで荒野の決闘のような気迫を放っている両者に、春奈はもちろんメアも口をはさめない。じりじりと、針のように刺してくる空気の中、時間だけが経とうとしていた。

 そのときだった。

 

「ギャオオオオオオオオ‼」

 

 空気をまとめて吹き飛ばすような、凄まじい獣の咆哮が響き渡る。

 横やりを入れられたヤミは、頭上に差した巨大な影を目にして目を見開いた。

 

「……生憎、お前とやりあっている暇はないのでな」

 

 強風を発生させながら現れた巨大な存在を従えて、少女はヤミと、春奈たちに視線を送る。その目にあったのは明らかな敵意、いや、拒絶の意志であった。

 

「ゆくぞ、妾の城へ」

 

 トン、と軽く地面を蹴り、少女の体が空中に浮かぶ。リトを抱えたまま、少女は巨大な存在の背に降り立ち、その中へと姿を消してしまった。

 強烈な咆哮を放った巨大な影は長い首を巡らせ、翼を動かしてその場から徐々に離れていく。

 

「結城くん……‼︎」

 

 動けずにいたヤミが歯噛みし、メアが驚愕で硬直しているそばで、何もできなかった春奈が唇を震わせる。マロンを強く抱きしめ、遠く消えていく影が見えなくなるまで、立ち尽くすほかになかった。

 

「結城く―――――ん‼︎」

 

 悲痛な少女の叫びが、激戦の跡地に空しく響き渡るのだった。

 

 

 腕に抱えた少年を、愛おしそうに撫でる琴音と呼ばれた少女。その手はまるで、ガラス細工を扱うかのように丁寧であり、同時に宝石を愛でるかのような執着心がちらつく。

 

「―――ようやく見つけた。ようやく出会えた」

 

 どこかとろけるような、背筋を震わせるほどの妖艶な声で少女は呟く。

 瞼にかかっている前髪をよけ、少年の顔を熱く凝視する少女の目には、黒々と渦巻くマグマのような激情が潜んでいた。

 

「もう二度と…………妾はぬしを離さんぞ」

 

 少年の意識はここにはない。しかし少女は、いつとも知れないその覚醒を待ち続けるつもりのようで、一向にその手を放そうとはしなかった。

 

「ぬしは、妾のものじゃ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。