【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》   作:春風駘蕩

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第二章 シンフォニア・吸血鬼の姫
1.Help me! 〜リトを救え〜


「リトが拐われたぁ⁉︎」

 

 目を見開き、驚きをあらわにしたナナの声が響き渡る。窓が壊されたままの結城家のリビングのソファには春奈が座り、沈んだ表情でうつむいている。

 

「どういうことだよハルナ⁉︎」

「私にも……何が何だか……!」

 

 その時の恐怖がよみがえってきたのか、カタカタと小刻みに震える彼女は目に涙をためる。その姿に上っていた血が下りたのか、ナナも若干落ち着き始めた。

 春奈の膝の上に鎮座していたマロンも険しい顔になり、不甲斐ない自分を責める。顔は面白いままだったが。

 

(すまねぇ、嬢ちゃん……俺が不甲斐ないばっかりに)

「お前のせいじゃないよ。逃がそうとするのに必死だったんだろ?」

 

 主の思い人を守れなかったことを悔いるマロンだが、ナナはむしろマロンの勇気ある行動に感心する。

 春奈も同じ気持ちのようで、マロンの小さな体をぎゅっと強く抱きしめた。

 

「マロン……ごめんね、助けようとしてくれたんだね。なのに……気づいてあげられなくて、ごめんね」

(ご主人……)

 

 いまだ震えている胸の奥にあるのは恐怖か、それともリトへの後悔か。主の悲しげな姿に、マロンは自分の胸が痛むのを感じた。

 

「あの変な炎、なんだったんだろう。それに、あの女の人……ファンガイアとかって」

「……! まさか」

 

 異様な状況を思い出し、考え込む春奈。

 その時彼女がこぼした単語に、腕を組んで黙り込んでいたザスティンが大きく目を見開いた。

 

「おい、なんか知ってんのか?」

「聞かせてください、ザスティン。一体何が起こってるんですか?」

 

 先ほどから明らかに様子がおかしいザスティンに向かい合い、ララとナナ、モモが問い詰める。ザスティンはためらうように唇をかみしめていたが、姫たちの真剣な眼差しに根負けしたのか、しばらくしてから重い口をようやく開いた。

 

「実は……ヘルズ・ゲートから脱獄者が出まして、現在行方を追っている途中なのです」

「ヘルズ・ゲート⁉︎ 宇宙でも一番やばい奴らがいるところじゃん‼︎ お前何やってたんだよ‼︎」

「申し訳ありませんナナ様ぁぁぁ‼︎」

「まぁまぁ、ザスティンが逃したわけじゃないんだから……」

 

 ナナの剣幕に思わずその場で土下座するザスティンだが、彼自身に責任があるわけではない。しかし悲しいかな、忠心としての彼の体は勝手に反応してしまうのだった。

 しかしヘルズ・ゲートが一体どんなものなのかわからない美柑や春奈は首をかしげ、近くにいたララに尋ねるほかなかった。

 

「……そんなに大変なの?」

「うん。銀河史上最悪の犯罪者とかがいるって聞いてるけど……」

 

 ララは昔、家庭教師から聞かされた歴史の授業(ほとんど逃げ出していたが)の内容を思い出し、うろ覚えのそれを説明する。

 

「昔、本当に世界を滅ぼしかけた人とか、全宇宙の支配を目論んだ人とかが収監されてて、私でも解除できないくらい超高度な技術で閉じ込められてるから、今まで抜け出せた人なんて聞いたことがないんだけど……」

「ヤバイじゃん‼︎」

 

 ララのうろ覚えの知識でもそうなのだ。実際はもっとすさまじい、口にすることも憚れるほどの犯罪者や事件があったに違いない、と美柑も春奈もぞっと背筋を震わせた。

 さすが宇宙の収監所、シャレにならないヤバさである。

 

「その脱獄者というのが―――」

「―――アーク」

 

 続きを語ろうとしたザスティンのセリフを奪い、壊れた窓から割り込む声があった。

 一同が振り向けば、ふわりと羽をはばたかせたヤミとメアがフローリングの上に降り立つところであり、真剣な表情を向けていた。

 しかし皆、彼女らの登場よりもボロボロの格好に目が行き、言葉を失っていた。

 

「ヤミさん!」

「メア! てか大丈夫かよ、その傷!」

「お邪魔しています。急ぎだったので窓から失礼します」

「こんちは〜」

 

 慌てて駆け寄る美柑とナナをなだめながら、ヤミは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「結城リトを追いかけようとはしたのですが……すみません、撒かれてしまいました」

「あいつら早すぎだよ〜」

 

 メアもがっくりと肩を落とし、悔し気に唇を尖らせる。おちゃらけているようだが、その顔には確かな疲労と悔しさがにじみ出ていて、リトのためにかなり力を消耗したことをうかがわせた。

 ザスティンは自分のセリフをヤミが知っていたことに驚き、すぐに疑惑に満ちた目を向ける。

 

「金色の闇……なぜ貴様がそのことを知っている」

「少しだけ、地球に来る前に聞きかじったことがありましてね。ただのおとぎ話と、侮っていましたが」

 

 ヤミがそう言って目を細めると、ザスティンはそれ以上何も言うことはなく引き下がる。

 しかしそこで、聞き捨てならない単語が飛び出したことをようやく理解したナナが目を見開いた。今先ほど、その名を全員で耳にしたところだったのだ。

 

「お、おい待てよ! まさかアークって……」

「察する通りだ、ナナ姫よ」

 

 狼狽するナナの考えを、突如沸き上がった暗闇の中から現れたネメシスが肯定する。その登場方法に慣れていない春奈は目を見開くが、そんな場合ではないとネメシスを凝視した。

 

「ネメシス⁉︎」

「貴様っ……」

「そう荒ぶるな。今は少しでも情報が欲しいだろうから、わざわざ手伝いに来てやったんだ」

 

 今にも切りかかってきそうなザスティンに釘を刺し、ネメシスは敵意がないことを伝える。ザスティンは疑わし気に睨みつけるも、確かにその通りだと剣を収める。

 ネメシスはその英断に満足げにうなずき、次いでヤミに目を向けた。

 

「ねぇ、ヤミさん。その……アークってやつ、一体どんなやつなの?」

「……今からはるか、地球でいう1000年以上も前に実在した、犯罪者の名前です」

 

 沈黙が続きそうになった時、代表して美柑が尋ねるとヤミは重い口を開いて語ってくれた。いつもの無表情とは異なる、こわばった顔に思わず背筋が伸びた。

 

「レジェンドルガと呼ばれる異形の種族を率い、人間を含む13の魔族を支配下に置こうと、悪逆非道の限りを尽くしたと伝えられています。ですが、あと一歩のところで他の種族からの反撃を受け、敗北したとか……」

「……実在の犯罪者だったなんて」

 

 これまで知っていた事実と全く異なる真実に、モモが自分の髪を指で巻きつけながら眉間にしわを寄せた。

 しかし思わぬ真実に衝撃を受けているのは、彼女だけではなかった。

 

「……すみません。人間が魔族だって呼ばれてること、今初めて知ったんですけど」

「あ、あくまで分類というか。宇宙の生物学的に見てそう呼ばれているわけで、ファンタジー的な存在ってわけではなくてですね!」

 

 予想外の分類をされていたことを今初めて知った美柑と春奈がおずおずと手を上げて申告するものだから、モモが慌てて二人に説明する。慣れてきたはずなのに、常識が揺さぶられまくりの彼女たちは果たして耐えきれるのであろうか。

 

「てか、あの、あたしそれ、子供のしつけのための作り話だと思ってた」

「あまりに危険すぎて、歴史の表舞台から抹消された……って聞いたことがあるよ。それでも、違う形で語り継がれてきたみたいだけど」

「そ、そうだったのか……」

 

 信じられない気持ちでいっぱいだが、デビルークの武人や裏世界の暗殺者たちがここまで詳しく知っているということは、まぎれもない事実だということだろう。

 

「それで、そのアークはどうなったの?」

「……アークは敗北し、肉体を失ったにもかかわらず、自分自身の怨念によって現世に留まり、自分を殺した魔族を執拗に狙い続けたとか。その力を危険視した連合軍により捕らえられ、ヘルズ・ゲートに収監されたと……」

「それが今になって蘇るとはな……」

 

 その場にいたザスティンが悔しさをにじませた表情で壁を叩こうとして、壊すわけにはいかないためにやめる。

 沈痛な空気が流れる中、先ほどの光景を思い出したのかまた体を震わせる春奈がぽつりとつぶやいた。

 

「あの炎……結城くんに取り憑いたように見えたけど、大丈夫なのかな」

「……それで、すごいまずいことになってるかもしれないんだよね」

 

 珍しく言いづらそうに視線をさまよわせるメアに、全員の視線が集まる。

 同じことを考えていたのか、ザスティンやヤミも険しい顔で黙り込み、ネメシスもどこか残念そうな表情を浮かべている。いやな予感を覚えたララたちがメアに視線で促すと、彼女はようやくその重い口を開いた。

 

「先輩、このままじゃ死んじゃうかもしれないよ?」

 

 メアの言葉に、その場にいた全員が凍りついたかのように動きを止めた。


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