【完結】ToLOVEるダークネス 黒天の魔皇女帝《ヴァンパイア・エンプレス》 作:春風駘蕩
「……リトが、消える」
呆然と、誰かのつぶやきが静まり返った室内に響く。
口にした瞬間その言葉が実感を放ち、言いようのない不安感が全員の心にしみこみ始めた。
「嘘だろ……」
「そんな」
メアから聞いた、精神を乗っ取られたものの末路を聞き、誰もが言葉を失う。
いち早く我に返ったナナが、春奈の方を見てこぼす。
「じゃ、じゃあ……ハルナが言ってた、リトを連れてったってやつ、何者なんだ? 何のためにリトを…」
「そのことについては、俺が説明しよう」
ナナの疑問に答えたのは、この場にいる誰でもなかった。
声がした方へ振り向くと、リビングへ入るためのドアが開き、数人のSPを連れた一人のスーツの男が姿を現した。
まだ年若い、しかし凄まじき覇気を持ったその男が、ララたちを睥睨する。
「あ、あなたは?」
「……お初にお目にかかる、ララ・サタリン・デビルーク嬢、姫様方。我が名はタイガ・K・ファンガイア……名の通り、ファンガイアの王だ」
「ファンガイア族の……⁉︎」
軽く自己紹介し、タイガと名乗った男性は全員の目に留まる位置に立つ。
慌ててモモやララが首を垂れようとするのを手で制し、威厳を保ったまま静かに室内に入ってくる。そして、全員の視線が集まった時、深く頭を下げた。
驚くララたちにかまわず、タイガは振り絞るような声で謝罪した。
「このたびは我らの不始末、そして
「い、いや……急にそんなこと言われても。……って義妹?」
事前に聞いていたのだろうか、大人の男性に深々と頭を下げられた美柑は戸惑いながらも首を振る。一体どんな罪なのかもわからないまま謝られて困惑していたのだが、気になったセリフに思わず聞き返した。
「いかにも。ララ姫の婚約者殿を連れ去ったのは我が種違いの妹、琴音。…理由はまだ定かではないが、あいつは俺よりも先にアークのことを知り、日本に来ていたらしい」
「お前、兄貴のくせに妹を止められなかったのかよ⁉ ……ってもしかして、ちょっと仲悪かったり?」
「……恥ずかしながら」
激昂しかけたナナが、気まずげに尋ねるとタイガは素直にうなずく。ナナは気まずそうに視線を逸らした。
眉間にしわを寄せるタイガに変わり、ともに入室した黒スーツの青年が代わって前に出た。
「キングは何度も義妹君と親交を深めようとはしたのですが、義妹君は一向に心を開く様子はなく……此度の騒動も、なぜあのような愚行を行ったのかわからずじまいでして」
「もういい、レイ。あまり恥を晒したくない」
「しかし、このままでは王が下に見られたままで……」
主の汚名をそそごうとしてか、強い口調で話そうとする秘書らしき男をタイガが制する。
突然の訪問に戸惑い、事情も飲み込めずに立ち尽くすだけのララたちが呆然としていた、その時だった。
『その辺の話は、あいつが見つかってからにしてくれねぇか?』
空間にモニターが出現し、凄まじき覇気を発する黒髪の男性が顔を見せた。
その姿を見たララたちが、驚愕に目を見張る。
「パパ⁉」
「父上⁉」
「お父様⁉」
三姉妹の父である、銀河を統一したデビルーク星の王、ギド・ルシオン・デビルークはちらりと娘たちに目を向け、鋭い視線をタイガに向ける。
ファンガイアの王とデビルークの王、同等の覇気を発する両者が向き合い、ピリピリとその場の空気が震えるような感覚が全員にのし掛かった。
「ギド殿……此度の一件、本当に申し訳ない。アークを見張り、門を守護する任にありながらこの失態……」
『そこまで責めてねぇ。かかわった者すべてに慢心があったってだけだ』
あくまで謙虚に謝罪するタイガをギドは抑える。一種族の王の言葉には思えないが、それだけアークの存在は宇宙全体にとって重要なものであり、監視するものは責任が重大なのであった。
「お父様……このままではリトさんが」
『落ち着きなさい、モモ。皆さんもどうか冷静に』
「お母様まで⁉」
顔をベールで隠した妙齢の女性、デビルーク王妃、セフィ・ミカエラ・デビルーク。
戦闘能力に特化した夫を政治面から支えるため、外交で多くの惑星を渡っていて多忙のはずの母までもがこの場に顔を出していることに、モモは事態の深刻さを改めて知る。
『今回の一件を優先させるべきと判断し、一度時間を取りました。微力ながら、夫の力になるつもりです』
「ママ……リトは大丈夫なのかな?」
『ヴラド嬢の行き先や目的はまだ調査中ですが、リトさんに害意はないでしょう。言い方は悪いですが、もしアークの力そのものが目的だったとしたら、器を気遣う必要はありませんからね』
命に別状はないだろう、というあいまいな憶測に、モモは表情を暗くさせる。
セフィはうつむいてしまった娘を悲痛気に見つめ、伸ばしかけた手を膝の上に戻す。もし娘のすぐ近くに行けるのなら、その豊かな胸に抱きよせて慰めてやりたい。母としてそれすらもできないことに、不甲斐なさを覚えていた。
『……大丈夫、現在デビルークはファンガイア王家と協力し、全力でリトさんの捜索を行っています。この一件は地球だけではありません、宇宙の存亡に関わる事案です。……そのためにも、リトさんは無事に救い出さなければなりません』
『放っておきゃぁ、未だはびこっている戦争肯定派の連中を増長させる可能性もある。……俺たちに任せておけ』
せめて大人として全力でこの一見に取り組むことを約束し、娘たちの不安をぬぐってやろうと試みる。
ギドとセフィが通信を終えてモニターが閉じると、代わってザスティンがその場に跪き、真剣な表情で姫たちを、そして婿であるリトの家族を見つめた。
「姫様方は、どうかこの地でお待ちを。我々が責任をもって、リト殿を連れ戻してきます」
「ま、待ってザスティン!私も行く‼︎」
「姉上…」
「ララさん…」
無茶を言うララに、モモとナナが思わず声を漏らす。
気持ちはわかるが、それは一種族の王女が口にするには危険な願いである。モモでさえ、二つの種族が動く事態に関わることがどれほど危険化を顧みて、口にすることを耐えていたぐらいだ。
「どうかご理解を……姫様方にはここで、リト殿と我々の無事を待っていて欲しいのです。もしこの先、姫様方が傷つくようなことがあれば一番傷つくのはだれか、わからないわけではありますまい」
正論で返され、ララは悲しげな顔で黙り込む。
その痛々しい姿に美柑や春奈が目を伏せ、痛む胸を押さえて視線を逸らす。
闇やメア、ネメシスはなぜかじっとタイガやザスティンたちの方をじっと見つめ、やや鋭い視線を向けていた。
「……それでは、行ってまいります」
動向を願う者がいないと判断したザスティンはそこで立ち上がり、姫たちに深く頭を下げてリビングを後にする。
タイガもそのあとに続くように歩き出し、悲痛な表情でうつむく美柑や春奈に気の毒そうな視線を残して立ち去った。
「リト…」
不安げに溢れるララの声に、聞こえなかったふりをして。
結城家のリビングを後にし、庭の上空に停めてある宇宙船に乗り込む間、音声だけがつながった通信からギドの声がする。
『ザスティン、わかってんだろうな』
「……は」
『感情に流されるような真似はするなよ』
冷たい、王としての言葉にザスティンは唇をかむ。
これからギドが口にするのは、ララたちには決して聞かせられない為政者としての言葉だ。軽蔑されてもおかしくない、恨まれてもおかしくない、しかし多くの命を背負うものとして、取らなければならない選択肢だ。
『もし、アークの力が完全に覚醒したら、ようやく平定された銀河に再び戦乱が訪れる。あの男を失うのは惜しいが、そうなる前にやれることはやっておけ』
「………っ」
リトとの会話を思い出し、ザスティンは身を震わせる。
ララの、モモの、ナナの笑顔が思い出される。あの男と過ごすうち、彼女たちは実に楽しそうで、これまで見たことがないくらいに幸せそうだった。多少困難に相対しても、あの男と一緒にいれば大概のことは何とかなった。
いくつもの思い出が、彼の中で何度も再生される。
だが、その笑顔を、曇らせてしまうかもしれない。
それが、苦しかった。
「……お前たち、聞け。姫様たちには、絶対に聞かせるな」
同じように険しい表情で宇宙船に乗り込んだ部下たちに、ザスティンは感情を抑え込んだ低い声で告げる。
皆、思いは同じだった。
「今後、リト殿の中のアークが復活する兆候が見受けられれば、容赦はするな。……その時点を以って」
剣の切っ先のように、あらゆる感情を凍り付かせた鋭いまなざしで虚空を睨み、ザスティンは宣言する。
「―――結城リトを、抹消対象とする」
「……お嬢。本気でこのまま逃げ続けるつもりか?」
空を舞う、竜の城の中で肘掛椅子に座る少女、琴音。
その後ろに控える、燕尾服を着た男が主である彼女に尋ねる。
「こちらの戦力はわずか4、しかもお嬢は完全には力を発揮できてはいないだろう。無謀としか言いようがないぞ」
「……だからなんだというのだ」
男の言葉に、琴音は紅茶の入ったカップを置き、窓の外の青空を眺めながらため息をついた。
「有象無象に彼の人を渡すつもりはさらさらない。無論、アークにもな」
少女の目に見えるのは、渇いた光。興味のある唯一のこと以外にはまるで興味を抱かない、偏った執着の光。
彼女が求めるのはリトのみ。それ以外のものに興味はないが、彼女が求めるものに手を出そうというのなら、少女は容赦なくそれを排除するつもりでいた。
執事の男は背筋が震えるのを感じる。少女の執念の強さへの恐怖もだが、王としての覇気もにじませる主への賛美にも、体が震えていた。
「おそらく今、宇宙中が動いているだろう。彼の人ごと封じようとするもの、彼の人ごと力を欲するもの……そんな奴らに渡しはせん」
ミシッ、と握りしめたカップの取っ手にひびが入る。異様な力がこもったカップは、いずれぶつかるであろう彼女の生涯の未来を表しているようだった。
渇いた瞳の奥に、めらめらと執着の火を灯した少女は、虚空を見つめながら冷たく言い放つ。
「結城リトは、誰にも殺させん。―――もしその時が来たならば、妾の手で、殺す」
最後の言葉に飲み押し込めた感情を乗せて、琴音ははっきりと意思を表明した。