これまで訪れたどの街よりも活気にあふれた街、堺。
酔いそうなほど行き交っている人々に圧倒されながら、アスカは後ろをついてくるカブキたちの方を振り向いた。
「それで。くだんの界の鬼は一体どこに……」
アスカが尋ねようとした時、カブキたちの視線がある方向に集中しているのを目にした。気になったアスカは、自分も同じく視線を向け、そこに集まっている人の群れを注視した。
人をかきわけ、囲んでいる己がなんなのか目にした時、全員の目が訝しげに細められた。
「……なんだ、あれは」
人々が囲んでいるのは、両腕を後ろで縛られ、役人に両側から見張られている一人の男。派手な着物をまとった男は、憮然とした表情のままこしをおろしている。
異様な光景に呆然となっていたアスカたち。そんな中、先に再起動を果たしたイブキが立てかけられていた看板の文字を読み上げた。
「え〜っとなになに……? この者は不肖にも異形の力を用いて盗みを行い、役人の顔に泥を塗った極悪人である。よってこの場で処罰を行うものなり……」
何やってんだあいつはーーーーーー⁉︎
全員の心が一つになった。
異形の力とは間違いない、鬼の力のことだ。だがまさか、それを盗みに利用して捕まるようなバカがいるとは夢にも思わなかった。
「鬼の力を……そんなことのために……」
「ム……」
カブキとトウキが、捕まっている男に呆れた視線を向けながら呟く。初対面の同業者だが、今すぐに殴り飛ばしたい衝動を抑えるのが大変であった。
「…………おい、あれが本当にそうなのか?」
「み、認めたくはないけど……そうらしいね」
イブキは必死にアスカから目を離し、だらだらと冷や汗を流した。このままだと、彼女の鬼への評価と信用がさらに地へと堕ちてしまう。他の人間に嫌われ疎まれるより、なぜかその想像は心にきた。
「……の、ようだな。さて、どう連れ出すか」
呟いたカブキに、アスカは疑わしげな目を向けた。気持ちはわかるが、自分に向けるのはやめてほしいとカブキは切実に思っていた。
「盗みのために鬼の力を使うなぞ、信用できるのかの?」
「使える奴は使うべきだ」
「……まぁ、しのごの言ってられんけれども」
戦力増強のためなら仕方がないと、アスカは色々言いたいのを我慢して自分を納得させる。
カブキたちは一旦人混みから離れ、建物の影に入って輪を作り話し合う体制を作る。警備は厳重で、鬼といえど逃げ出すことは困難な状況に見える。
「まずは、あの包囲網をなんとかしないといけませんね」
「それで、どうやって奴らをーーー」
何かいい案はないか、とカブキが尋ねた時。
足元の小石を拾ったアスカが、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。そして、近くの木の幹に縄で止められている牛や馬に目を向けた。
アスカはポンポンと小石を手のひらの上で弄ぶと、両手で握って高く掲げる。そのまま片足をあげると、止められている馬の方に小石を全力で投擲して見せた。
「ーーーフッ‼︎」
気合いとともに放たれた小石は馬の尻に命中し、ビシッと音が弾けた。
「ーーーー‼︎」
自身の尻に襲い掛かった衝撃に、馬は混乱して甲高いいななきを響かせる。繋がれたまま前足を振り上げ、ガタガタと暴れ出し始めた。
「なんだ! 何事だ!」
「早く止めろ‼︎」
役人たちが慌てながら、馬の所有者に暴れ始めた馬をなだめるように命じる。
その瞬間、役人たちの注意が暴れ馬の方に集中した時、囚われていた鬼の男がギラリと目を輝かせ、動いた。
と思った瞬間、男の手から縄がはらりと外れ、笑みを浮かべた男が一気に建物の屋根に向かって跳躍した。役人たちが気づくよりも早く、男は屋根を伝って恐るべき速さで逃げて行ってしまった。
「逃げたぞ!」
「追えぇぇぇ‼︎」
逃げた男を追い、役人たちが慌ただしく駆けて行ってしまう。
その様を、逃亡を手助けしたはずのアスカが呆然と見上げていた。
「……あれを抜けるとは、大した奴じゃ」
感心したように呟いたアスカに、ぎょっとカブキたちの視線が集中する。表情は引きつり、信じられないものを見る目で少女を凝視していた。
「い、今の、アスカが?」
「手頃な石を投げただけじゃ。あとはあやつが自分でやった」
なんということはない、とでもいうように苦笑するアスカに今度は鬼たちが戦慄する。あれは、常人では狙ってもうまくはできまい。思わぬ才能の片鱗を見せるアスカに、ゴクリと息を飲む男たちだった。
「しかし参ったの、せっかく出会った鬼が逃げてしもうたか……」
そういうアスカだったが、今後の旅に大きな不安ができたことは否めなかった。
カブキも同じ感想のようで、眉を寄せて唸りながら考え込む。大きな戦力を誘えなかったことが残念らしい。
「腕の立つやつだとは聞いてたはずなんだが……どうしたもんかねぇ」
「じゃ、じゃが、こうしている間にも皆が……‼︎」
焦りを見せ始めるアスカに、トウキも同感だと言わんばかりに頷く。
「……少々心もとないが、確かにそうだ。急がねば村の者も危ないだろう」
「……恩にきる」
内心を悟ってくれたトウキに感謝し、アスカは故郷の家族のことを思う。
そんな気持ちを察してくれたのか、カブキがバシバシとアスカの肩をやや乱暴に叩いてきた。
「ま、気にすんな! こんだけ鬼がいりゃあ、一人くらい抜けたってなんとかなんだろ!」
「その通り。いくらでも力を貸しますから、大船に乗ったつもりでいてくださいよ」
「……かたじけない!」
鬼戦士たちに慰められ、アスカは焦りを押し殺して笑顔を取り繕う。心配したままではしかたがない、今はこのものたちを信じ、家族の元へ行くことを考えねばならない。
「それで、アスカ? お前の故郷の島って一体どこなんだ?」
カブキの問いに、アスカは振り返った。
「ーーー夜刀神島じゃ」
「ーーーこうして故郷のために島を飛び出し、少女の願いに心動かされた鬼たちが集い、オロチに挑むことになったそうな……」
小さな子供に語り聞かせるように、穏やかに明日歌が締める。明日歌を囲うように一護たちが腰を下ろし、紙芝居でも聞かせているような状態になっていた。
「と、いうのがこの島に伝わっておる鬼の伝説じゃ」
「……そ、それでどうなったの⁉︎ アスカちゃんたちはどうなったの⁉︎」
息を飲んで話を聞いていた織姫が、食い気味に明日歌に詰め寄った。話の途中ずっとハラハラしっぱなしで、相当感情移入していたらしい。
「さぁのう……わしが知っておるのは、このぐらいじゃ。続きは長い年月の果てに忘れられてしもうたようでの。記録も、ほとんどが風化して残っておらなんだ」
距離の近い織姫を押しのけ、明日歌は若干気圧されながら答える。予想以上に食いつかれて少し鬱陶しく感じたようだ。
「じゃが、その時代から鬼を支える組織ーーー〝猛士〟が生まれたというのは聞いておるから……まぁ、なんとかなったんじゃろう」
「そっかぁ〜」
織姫はのほほんとしているが、一護たちの感想は「適当すぎる…」というのが主だった。仮にも昔話を聞かせるなら、もう少し詳しくなってから教えてほしいものだ、そう表情が語っていた。
「じゃが、確かにこの島には巨大な龍が巣食って人を食っておったという言い伝えがある。あながち嘘ではないんじゃろう」
「……なるほど」
石田は相槌を打ちながら、改めて聞かされた話を整理する。
魔化魍と呼ばれた存在といい、それを退治する異形の戦士といい、確かに今日自分の目で見てきた光景だ。
だが、自分もまた異形を相手にしてきた身、それを知らなかったというのはショックだった。
「……だけどまだ信じられない。あんな怪物のことも、それを退治する専門家のことも」
「ああ。思った以上に身近に関わってたみたいだしな」
「当たり前じゃ。おぬしらが人の目に見えぬ役割を担っておるのなら、わしらがやっておるのは人が見ようとしない役割じゃ」
衝撃を受けている一護たちに、明日歌は少し呆れたような目を向けた。
「見える世界が全てではない。見えぬものも、見ようとしておらんものもあるのじゃ」
「…………」
「現に、わしや師匠の他にも鬼は全国におるからの」
全知の存在になったわけではあるまい、と暗に言われているような気がして、一護たちの表情が歪む。
明日歌はそんな一護たちを一瞥すると、軽く息を吐いて立ち上がり、パンパンと袴についた木の葉を払った。
「さて、これで質問たいむは終わりじゃ。さっさと帰って寝るがええ」
「! おい、呼んどいてなんだよ。本当に教えて終わりかよ」
呼び出されたゆえに、何かさせられるのかと思っていた一護は抗議じみた声を上げる。
だが明日歌は、それに鋭い視線と殺気をぶつけることによって強制的に黙らせた。昼間に感じたものとは比べ物にならない感覚に、一護は思わず明日歌から距離をとった。
「……勘違いをするな。わしがこの話をしたのは、おぬしらへの忠告のためじゃ。師匠も言うとったが、これ以上わしらに関わるな。怪我じゃ済まんぞ」
それだけをいい、一護たちに反論する気がないのを見てとると、明日歌はフッと殺気を収めた。
「言いたいことはそれだけじゃ。ではの」
「! お、おい‼︎」
それ以上の問答は不要と、明日歌は振り返ることなく夜の闇の中に消えていく。
残された一護たちはその背中が見えなくなるまで呆然と見送る他になく、同時にやり切れなさを感じていた。
「……行ってしまったな」
「……今の殺気は、本物だったね。本気で僕らに邪魔されたくないみたいだ」
「……びっくりしたぁ」
普段の生活ではそうそう出くわさないほど濃厚な殺気を浴びてそれだけで済んでいるのは、彼らの日常がそれなりに殺伐としているゆえか。だが確かに、
しばらくしてから、深いため息をついた石田が一護の方を振り向いた。
「……で、どうする」
「……さぁな。どうすりゃいいのか、さっぱりわかんねぇ」
一護は立ち上がり、少し屈伸をしてから答える。
自分が虚と戦い始めた時は、どうにかする方法があったからどうにかなった。力を貸してくれたものがいたから戦えた。
だが、今回は違う。自分の力はあの魔物には効かず、逃げる以外に方法はない。明日歌の言う通り、足手まといになるだけなのかもしれない。
「確かに、今回僕らにできることは何もないのかもしれない。学校のみんなが危険だからといって、対抗できないんじゃどうしようもない」
「それに、信じてもらえるわけないもんね」
「嵐が過ぎるのを待つ、か」
何もできない無力感を感じながら、一護たちは明日歌の消えた闇の中を見つめる。あの小さな戦士は、今宵もまた魔物を探して闇の中を征くのだろうか。外界から切り離されたこの島の中で、一人で。
「……ん?」
旅館に戻ろうと歩き出そうとした時、一護は何かを感じた気がした。自身の鼓膜に何かが響いたかのような、例えるなら蚊の羽音を聞いたようなか細い音が。
それが、自身が何度も聞いてきたような音に似ていた気がし、ズボンに入れていたそれを取り出した。
「……気のせいか? 一瞬鳴った気がしたんだが……」
取り出したそれーーー髑髏と×印が描かれた板を、一護は訝しげに見つめるのだった。
ニシキの見た目は啓吾です。