「お前ら……なんでこの島にいるんだよ」
なんの前触れもなく現れた二人の死神に、半目になった一護が喧嘩腰で尋ねる。普段いる街を離れている今、本来そうそう会うはずもないのだがこうして遭遇していることに、内心呆れていた。
「そりゃこっちのセリフだぜ。なんだっててめーがここにきてやがるんだ」
案の定、恋次の方も喧嘩腰で向かってきた。仲が悪いわけではないのだが、馬が合わないというか似た者同士だからか、しょっちゅうこうしてぶつかるのだった。
「空座町の仕事ほっぽり出して何やってんだよ!」
「質問に答えろよコラ……‼︎ だいたい俺は死神だ・い・こ・うだっての‼︎」
「やめぬか馬鹿者共」
ガンガンと額をぶつけ合っていた二人だったが、横から落とされた拳骨に強制的に黙らされる。会うたびに喧嘩を始める二人を止める彼女の姿も、ある意味いつも通りであった。
「なんじゃ? 知り合いかの?」
ただ一人、一護の交友関係を知らない明日歌が興味深そうに黒ずくめの二人組を見つめる。
その言葉に、ルキアと恋次は目を見開いて明日歌を凝視した。本来死神は見えないはずだが、なんということも内容に会話に入られたことに驚いたのだ。
「! お前、見えているのか」
「おい一護。このガキはなんだ?」
「……どういう意味でガキといったかは知らんが、口の聞き方を気をつけろよ死神」
初見からいきなりガキ呼ばわりされた明日歌が、半目で恋次を睨みつける。確かにルキアとかいう死神よりは小さいかもしれないが、こうもなんども子供に間違えられるとさすがにカチンとくるのだった。
苛立って恋次をにらみつけている明日歌に代わって、一護が頭を掻きながら答える。
「いや、昨日聞いたばっかだけど、鬼だってよ」
「ーーー⁉︎」
一護がそう言った瞬間、ルキアと恋次の表情が一瞬にして凍りつき、そのままザザザッと明日歌から距離をとった。
まるで起爆寸前の時限爆弾を目にしたかのような反応に、一護も明日歌も目を丸くした。
「おい、どうしたんだよお前ら」
「……ま、マジか?」
「き、貴様……鬼なのか?」
一護の質問には答えず、だらだらと脂汗を垂らした二人は明日歌を凝視したまま尋ねる。ひくひくと引きつった表情が、二人が相当に狼狽している何よりの証だった。
すると明日歌は何を思いついたのか、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべ、早足で二人の方に近づいていった。
「ほう……ほれほれどうした、ガキを相手に何をそこまでおののいておるのだほれほれ」
「だああああ⁉︎ 馬鹿ふざけんじゃねぇっての‼︎」
「やめろ‼︎ やめ、すまん‼︎ すまんかった‼︎ だからそれ以上近づくな‼︎」
いじめっ子のガキ大将が気弱な子供に嫌なものを近づけるが如く、明日歌はキラーンと目を光らせて逃げる二人を追いかける。必死の形相で逃げる二人の顔が心地よかったのか、追いつくか追いつくかの瀬戸際を攻めている姿は愉悦に満ちていた。
置いていかれた一護は、その光景を呆れながら見つめていた。
数分後、ようやく満足したのか、明日歌は死神たちから離れ、ニヤニヤとした顔で笑う。かなり満足しているようだ。
ゼェゼェと息を荒くする恋次とルキアは、戦慄の表情で明日歌を凝視し、睨めつけた。
「……ったく、いい加減にしてくれよ」
「いやぁ、悪いのう。ガキ扱いされたもんじゃから、つい意趣返しをしてやりたくなったのじゃ。許せ」
対して悪びれる様子もなく、カラカラと笑う明日歌に死神たちは嘆息する他にない。
呆れた一護は半目のまま、話を進めようとジロリとルキアに目をやった。
「それで? なんだってこいつにそんなビビってんだ?」
一護が尋ねると、ようやく落ち着いたルキアが居住まいを正して向きなおる。冷静さを取り繕っているようだがほぼ手遅れだな、と思ったが面倒臭くなりそうなので黙っていた。
「一護……悪いことは言わん。あまり其奴と関わるな」
「あ?」
「貴様は知らんだろうが、死神と鬼は相容れん。互いの存在そのものが、互いの毒になりかねんのだ」
「……どういうことだ」
突如そんなことを言われて、一護は訝しげな表情でルキアを見つめ返した。ルキアは他人ごとのように構えている一護に呆れながら腕を組み、明日歌を睨んでから口を開く。
「言った通りだ。死神の持つ霊圧と鬼の持つ霊圧は決定的に相性が悪いようでな。近くにいるだけで、互いに影響を及ぼし会うらしい。……ゆえに、鬼と死神は互いに相互不干渉を貫くことを絶対の了承としているのだ」
と、どこからか取り出したスケッチブックに死神と鬼の姿を描いて説明してくれる。だがその絵がどれもこれもうさぎばかりで、その上妙にファンシーなために全くと言っていいほど緊張感が伝わってこなかった。
特に鬼の絵など、耳のない天然パーマのウサギに人参が生えているようにしか見えず、一護も明日歌も、そして恋次も言葉を失っていた。
「これは、古くから定まっている死神の決まりでな。運悪く接触してしまった死神と鬼は、遥か昔には処分されていたらしい」
「お前も気をつけろよ」
「お、おう」
全く気をつける気分にはならなかったが、とりあえず彼らが鬼を恐れる理由はわかったために頷く。相性が悪く近づくだけでダメなら確かに納得だ。
だが傍にいる明日歌は、心底いやそうな顔で死神たちを半目で睨みつけていた。
「……なんじゃい、人をバイキンみたいに言いおって」
さもありなん。特に病気というわけでもないのに、体質の問題で距離を取られるなど気分がいいものではない。
と、先ほど逃げ惑う死神たちを愉悦まじりに追いかけていたことも忘れて憤慨する明日歌だったが、ふとひとつだけ伝えておくことがあるのを思い出した。
「ちなみに、もうじきわしの知り合いの鬼が来るぞ?」
「まじか⁉︎」
「最近、魔化魍の数が増えての。応援を呼んだんじゃ、わしが」
「うおおおお……最悪なタイミングで来ちまったじゃねぇか‼︎」
恋次は頭を抱え、この世の終わりとで言いたげにがっくりと膝をつく。一護はそれに呆れながら、じとっとした視線を恋次たちに向けた。肝心な話がまだ聞けていないのに何をしているのか。
「だいたい、なんでお前らもこの島に来てんだよ」
「あん? そりゃお前、虚の反応を感知したからに決まってんだろうが」
何を言っているんだ、とでも言わんばかりの態度でそう言った恋次に、一護は呆けた様子で見つめた。
「……ここにか?」
「おう」
「……いつだ?」
「昨夜だ。知らんとは言わせんぞ」
ルキアまでもがそういうため、一護はますます理解が追いつかなくなる。彼らの言っていることは本当なのだろうが、それを一護も承知のことだと思われていることに認識のズレを感じる。何より、一護にはその話が信じられなかった。
「だが、通常の虚とは異なった反応が見られてな。調査とともに、可能なら討伐も目的として我々が来たのだ。……鬼がいたことは、我等としても予想外だったが」
「……なんじゃ、すまんのう。できるだけ邪魔はせんようにするが期待はせんでくれよ」
「いや、こちらも邪魔はしたくない。これまで通り、不干渉で行くとしよう」
「あいわかった。よろしく頼む」
「……おい、ちょっと待てよ」
若干機嫌が戻った明日歌がルキアと話しているのを遮り、一護は真剣な表情でルキアに詰め寄った。もし虚の反応が本当だったなら、一護にとっては放置できない状況だからだ。
「じゃあなんで俺の代行証は感知してねーんだよ」
「なに⁉︎」
「なんだと⁉︎」
一護の言葉に、ルキアが過剰に反応した。
一護の持つ代行証ーーー正式には死神代行戦闘許可証は文字通り死神代行に正式に渡される証であり、虚の出現を所有者に知らせる機能がある。
だが、それがならなかったというのは明らかな問題であった。
「どういうことだ……? 最も近くにいた一護の方に反応がなかったというのか……?」
反応の差が起きていることが信じられず、考え込むルキアは代行証を凝視する。不調ということもありえなくはないが、そんなヤワな代物であるとはどうにも思えない。
すると一護が、「そういえば」と昨夜のことを思い出しながら顎に手を当てた。
「いや……一瞬だけ鳴ったような気がしたんだけどよ、すぐに消えちまったんだ」
「そういうことは先に言えよ!」
「貴様と言う奴は……‼︎」
「俺に文句言うんじゃねーよ‼︎ 言うならここにあるこいつだろ⁉︎」
一方的に理不尽に叱られた一護は逆ギレし、代行証をバシバシと叩いて反論する。虚を放置することが危険なのはわかっているが、だからと言って自分が罵られるのは理不尽だった。
一護の言うことももっともだと思ったのか、怒りを収めたルキアと恋次は難しい表情で考え込んだ。
「浮竹隊長の渡したものに文句をつけるつもりはないが……どう言うことだ」
不穏な気配が漂い始めた三人に、明日歌はじっと眼差しを送る。
「どうやら、死神にも鬼にも予期せぬ事態が起きているようじゃのう」
そして、不意に耳元を吹き抜けていく風に目を瞑り、髪を抑えながら天を仰ぐ。雲ひとつない青空、だが、どこかぬるりと肌にまとわりつくような感触を帯びた風に、明日歌の目は鋭い光を宿した。
「……いやな風じゃ」
ざわざわと騒ぐ森の中。木々を拓いて作られた空間に、こじんまりとした社が建てられていた。
砂利と石畳で固められた足場の上に塗装の剥げた木製の建物があり、ぐるりと四方を囲うように塀が設けられている。寂れた雰囲気を持ちながら、そこには訪れる者に威圧感を与える厳かな空気が漂っていた。
「は〜い! お次はこの島で唯一の神社をお参りしますよ〜。付いてきてくださいね〜」
再び空座高校の生徒たちを導く役目を負った蛇園が、旗を片手に間延びした声を上げる。生徒たちの何人かは興味なさげな態度を隠さず、渋々といった感じで指示を聞いている。
正直いって本当に大したことのない規模の神社で、一見するだけであまり見所がないことがわかったのだ。そんな場所の見学など、や類が起こるはずもない。
「……なんてあの人はああもハイテンションなんだろうな」
クラスメイトとガイドの温度差を、たつきが呆れたように眺める。初日からのテンションが持続しているのはある意味すごいとは思うが、時間が経つたびにそのテンションの差があらわになっているようだ。
一方で、たつきのそばにいる織姫は一人森の方を向き、この場にいないクラスメイトのことを思い浮かべる。
「……黒崎くん」
織姫は胸の前で片手を握りながら、小さな声で強く想っている青年の名を呼んだ。
わかっている。昨日の警告などで彼が身を引くわけがないことなど。
いつだってまっすぐで、困っている誰かがいたらその身をとして戦おうとする優しい心の持ち主が、たった一人で戦っている彼女を放って置くはずがないのだ。そんな彼に惹かれた自分は、そう確信できた。
「ん? 織姫、一護のやつどこ行ったんだ?」
「え? あっ、え、えっとね! またなんか、お腹痛くなっちゃったって!」
「はぁ? まじか、あいついい加減もっとうまい言い訳考えろよな」
半目でこの場にいない一護に呆れるたつきから、織姫はバツが悪そうな顔で目をそらした。いい加減代わりにごまかす言葉に無理が出てきた。
内心でダラダラと冷や汗を流す織姫だったが、ふとさっきからたつきが何も言わないことに気づき、訝しげな表情で振り向いた。
織姫から視線を外したたつきは、さっきまで織姫が一護を思って見つめていた森の方を凝視していた。
「……なぁ、織姫。これ、私の勘違いかもしれないんだけどさ」
「たつきちゃん……?」
微動だにせずに森を見つめていたたつきが、不意に織姫に声をかける。不穏な空気を感じ取った織姫は、先ほどとは違うじっとりとした汗をかきながら応えた。
森を見つめていたたつきは、睨みつけるように目を細めて口を開く。
「この島さ、なんか……嫌な感じしない?」
その言葉に、織姫はハッと目を見開いた。
たつきは、織姫たちのように特殊な人間ではない。だが、かつて織姫が遭遇した一件から、鋭い霊的な感覚を発揮することがあった。まさか、その感覚が今働いているのだろうか。
「何がどう嫌ってかはわかんないけどさ……こう、ここにいるだけで寒気がするっていうか」
漠然とだが、やはり何かを感じ取っているらしい。不安の正体がわからず、ブルリと肩を震わせる親友を前に織姫はギュッと唇を噛む。
同じ感覚を覚えている織姫には、親友の気持ちがよくわかった。しかし、詳しく話すことができない彼女には、ただそばにいることしかできない。せめて同じ気持ちを共有しようと、たつきの手に自らの手を伸ばす、が。
「も〜、ダメですよぅ。そんな辛気臭い顔しちゃぁ〜」
不意に至近距離から聞こえてきた声に、二人してビクーン!とその場で跳ねた。
いつのまにか近くに寄ってきていた蛇園が、ニコニコとどこか虚ろな笑顔で織姫とたつきを見つめていたのだ。
「うっわ⁉︎ うっわ‼︎ びっくりした‼︎」
「い、今ちょっと心臓口から出そうだった‼︎」
二人はザザザッと勢いよく蛇園から距離を取り、ばくばくと跳ねる鼓動を抑えようと胸に手を当てた。
蛇園は大して悪びれる様子もなく、いつも通りの薄ら寒い笑みを浮かべたまま頭をかく。妙にあざとくみえ、たつきのこめかみに血管が浮き立っていた。
「ごめんなさ〜い、暗い気持ちを発散させたかったんですよぉ。せっかくの旅行なんですからもっと明る〜くいきましょうよぉ」
織姫とたつきから返事はない。それも気にしていないのか、蛇園は相変わらずニコニコと微笑んだまま手を振り、二人から離れていった。
「……では、またあとで」
蛇園が離れていって、ようやくたつきは大きなため息とともに肩を落とした。あの女性には妙な雰囲気を感じて、妙なことを言えなかったのだ。蛇に睨まれたカエル、といった心境に近いかもしれない。
「あのテンションにはついていけんわ」
そう呟き、苦笑を浮かべるたつき。
だが、その表情がすぐに真剣なものに変わった。
傍にいた織姫はカタカタと細かく身を震わせ、その表情は恐怖の混じったものに変わっていたからだ。突然のことに、たつきは慌てて織姫の肩を掴んでいた。
「……⁉︎ ちょっと、どうしたの、織姫」」
たつきに支えられながら、織姫は青い顔になって自らを抱きしめる。
何があったかなど、自分でもわからなかった。ただ、形容しがたい感覚が自らに駆け抜け、その冷たさに凍りついたかのような気分に陥ったのだ。
しばらく動けなかった織姫は、やっとの事で口を動かし、今まさに感じたものに身を震わせた。
「今のは、何……?」
圧倒的な捕食者が