【完結】BLEACH ー鬼神覚醒ー   作:春風駘蕩

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肆之章 嗤う蛇
1.seal that uncoiled


 虫の鳴き声も静かになり始めた、校外学習旅行二日目の夕暮れ時。

 深い森の中、一日目にクラスメイトたちが迷い込んでいた辺りのさらに奥の森で、石田雨竜は険しい表情で膝をつき、枯葉に埋もれた土の上を撫でていた。

 

「……やはりそうだ。この辺りだけ霊圧が異様に濃い……」

 

 立ち上がり、傍にそびえ立つ巨大な樹木を見上げてひとりごちる。他の木々とは一線を画す、樹齢数百年を軽く超えているであろう大樹ーーー資料館で説明を受けたこの島の守り神・夜刀神大杉を見上げた彼は、辺りに漂う気配を探って眉間のシワを深くした。

 

「虚のようだけど、同時に魔化魍のような……いや、むしろどちらでもないような」

「どういうことだ?」

「一言では言いにくいけど……二つの存在が混ざったような、そんな歪な霊圧なんだよ」

 

 そばにいる織姫、茶渡に説明しながら、自分もまた確信を得ていないことを悔いる。

 だが、ここから感じる霊圧が異常であることは確かだった。

 霊が無念を残して虚へと変わるゆえに都会に多く現れる虚と、自然の土くれに力が混ざって生まれる魔化魍。その二つの存在が同時に混ざり合ったように感じられるというのは、普通に考えてもあり得ないことであった。

 その気配が最も強く現れているのが、この樹の周囲。大樹の下から滲み出るように流れている霊圧から、二つの魔物の気配は色濃く現れていた。

 

「……これは?」

 

 辺りを見渡していた茶渡が、大杉の根元に見えた何かに近づく。

 石田と織姫も近づいていくと、それは木でできた小さな家に似たものだとわかった。随分古いもののようで、経年劣化が現れてボロボロになっている。素人目でも見た所、少なくとも十年や二十年ではここまで朽ちるものには思えなかった。

 

「祠だね。……随分古い時代のもののようだけど」

「何か、関係あるのか?」

 

 祠の前に跪き、じっと険しい表情で見つめる石田は答えない。ただ険しい顔でそれを見つめるばかりだ。

 しかし答えがなくとも、それが不穏な気配を発する嫌なものであることは茶渡にも、離れた場所に立っている織姫にもわかった。

 

(……何? すごく嫌な感じなのに、どこかで感じたことがあるような……)

 

 寒気が走る腕を自ら抱きしめ、冷や汗を流す織姫。じっとりとした湿気とともに、肌を刺すような冷気を帯びたような嫌な風を感じ、わずかに震える肩を抑え込む。

 肌にまとわりつくようなその気配にデジャヴを感じながら、高くそびえ立つ巨大な杉を見上げた。夕空がほとんど見えないほど広く張り出した枝は、他の枝や葉とこすれ合ってザワザワと不気味にささやいていた。

 

「この感じは、あの時の……」

 

 氷の冷気のようなその感覚をどこで感じたか思い出した時だった。

 

「ここで何やっとるんだい?」

 

 不意に聞こえた声に、石田たちはビクッと肩を揺らして慌てて振り向いた。

 今度は別の意味で冷や汗を流す石田たちの前に現れたのは、白い饅頭を皿の上に乗せて持ってきた一人の老婆だった。

 学生服を身につけ、大杉の根元にたむろしているように見える石田たちを訝しげに睨んだ老婆は、3人の近くに寄りながらジロジロと不躾に観察し始めた。

 

「……お前さんたちは、こないだ島にきた学生さんかい?」

「え、ええ。そうですが…」

「この辺は、市の連中に立ち入り禁止と言われてる場所だよ。いたずらが目的ならとっとと帰りなさい」

 

 団体を離れて禁止区域に入っている点を不良とでも思ったのか、突き放すように警告して老婆は祠の前にしゃがみ込む。持ってきた饅頭を祠の前に供え、手を合わせて祈り出す老婆に、織姫が戸惑い気味に近づいた。

 

「ご、ごめんなさい。で、でも、どうしても気になっちゃって。この樹が……じゃなくて、この樹の下にある何かが」

「井上さん?」

「井上?」

 

 石田と茶渡も井上の発言の意味がわからず首をかしげる。霊圧はそこらじゅうから漂っていて、木の根元から伝わってきているものとまではまだ判明していなかったはずだからだ。

 織姫も、初対面の相手に何を言っているのかと後になって慌てた様子になっていたようだが、もう後の祭りであった。老婆の視線に耐えきれないように目をそらし、漫画のようにぐるぐると目を回しながら「はわわ」と声を漏らしていた。

 しかし老婆は真剣な表情で訪ねてくる織姫の目を見つめ返すと、じっと何かを考え込むように口を閉じる。するとやがて祠の前から立ち上がり、織姫たちを置いて元来た道を戻り始めるが、途中で首だけを振り向かせて三人を促した。

 

「…………ついておいで」

 

 それだけ言って歩き出した老婆を、織姫たちは息を飲みながら追い、歩き出した。

 

 

「……わしの孫はどうにも霊感じみた話は嫌いなたちでね。わしもこれは婆様から見せられてからは誰にも見せたことはない」

 

 織姫たちを自宅に案内した老婆はそう言い、引き出しの中から古びた箱を取り出す。厳重に封じられたそれを開き、中にあった巻物の紐を解き、机の上でコロコロと転がして広げていく。

 そこに描かれていた無数の絵に、石田の目が鋭くなった。

 

「……これは、鬼? それに魔化魍……⁉︎」

「そこまで知っておるなら話は早い。そうじゃ。これは遥か昔、この島に集った鬼の戦いを記したものじゃ」

 

 巻物に描かれた、大蜘蛛に大蟹といった人を襲う無数の異形たちの姿、逃げ惑う人々の恐怖に満ちた表情。そしてそれと相対している角の生えた武人の姿、それらがリアルなタッチで描かれ、当時の様子を鮮明に描き出していた。

 老婆の出す資料はそれ一本だけではなく、引き出しの中にまだいくつもしまわれていた。そのどれもが古びたボロボロのものだったが、かろうじて閲覧できる程度に形を保っていた。

 そして次に老婆が出した巻物には、蛇に似た巨大な化け物が白装束の娘を食らっている姿が描かれている。鰐のような口に噛み砕かれる娘の体から吹き出す血がリアルに描かれ、その凄惨さを鮮明に描き出していた。織姫はその惨さに息を飲み、口元を手で覆っていた。

 

「その昔、オロチと呼ばれる妖が島を荒らし回り、島の人々を苦しめておった。島の者はオロチに生贄を差し出すことで鎮め、どうにか生き延びておった。……じゃがあるとき、一人の娘が島を飛び出し、鬼に助力を請いに行った」

 

 老婆は巻物を開き、紙芝居のように巻物の場面を変えながら語る。石田たちも自然と正座し、老婆の語る言い伝えに耳をすませた。

 

「……娘の願いに心を打たれた鬼はそれを承知し、六人の仲間を連れて島へと至った。そして力を合わせ、怒り狂って暴れるオロチに戦いを挑んだのじゃ」

「……明日歌ちゃんから聞いた通りだ」

 

 込み上げてくる吐き気を抑え、織姫が呟く。老婆の語った言い伝えは、昨晩明日歌が語ってくれたものと全く同じであり、鬼だけではなく島の人にも今でも細々と伝わっているものなのだと理解する。

 

「……それで、そんな話をなぜ僕たちに?」

 

 石田がもっともな疑問を口にする。嫌な気配がするという曖昧な話を聞いただけで、なぜよく知りもしない織姫たちを自宅にまで招待し、孫にも見せたことのない言い伝えの資料を見せてくれたのか。

 老婆は織姫の方を向き、じっと鋭い視線を向けて尋ねた。

 

「お前さん、あの樹の下が気になると言っておったね?」

「え? は、はい」

 

 思わずピン、と背筋を伸ばして答える織姫に、老婆は深いため息をつく。織姫の持つ霊感を羨んでいるようにも見えて、織姫はますます困惑の表情を浮かべた。

 

「根元に、祠があったのに気づいたかい? ……あれはね、オロチが封じられた場所と言われているんだよ」

 

 石田は目を見開き、同時にようやく察する。

 織姫が言った、樹の下から感じた気になるもの、それはオロチの気配だったのだろう。

 なぜ虚の気配を感じたかはまだ不明だったが、あそこまで濃厚な霊圧を感じたのは封じたものが真下にあったからだとわかった。同時に、封じられてなお周囲にあそこまでの影響力を及ぼす魔物の力に、石田は戦慄を禁じ得なかった。

 

「七人の鬼が力を合わせても、オロチを倒しきることはできんかった。故に鬼たちは、オロチをこの島に封じ込めることにしたそうじゃ。……大きな犠牲を払っての」

 

 老婆はそう言い、巻物の最後の部分を見せる。しかしその部分は劣化のためかボロボロにちぎれており、詳しい様子は読み解くことができなかった。

 しかし、石田にはこれだけの情報で予想以上の情報が得られていた。

 

「……なるほど、立ち入り禁止になっているのはあの場所にオロチが封じられているから。祠はそれを祀るためのものだったのか……」

 

 気になっていた謎が次々に明かされていくことに、石田は若干の物足りなさを感じながら納得する。

 しかし、そうするとより大きな疑問が持ち上がった。

 

「……しかしなぜ、そんな島に僕らは招致されたんだ?」

 

 この校外学習旅行は、元々は島に呼ばれて企画されたものだったはずだ。しかし、観光地にするにはなかなか物騒な場所であることは確かで、そんな場所へ何も知らない学生を承知することはリスクが大きいような気がした。

 ただでさえ魔化魍がいるこの島に人を呼ぶなど、下手そすれば余計に人が寄り付かなくなるのではないだろうか。

 

「聞いた話だけどね、市長会議の時に観光客の招致を強く希望したものがいたみたいだよ」

 

 巻物を片付けながら、老婆は不機嫌そうに鼻で笑う。妖のことについて調べていたり、祠に供え物をしたりする様子から、魔化魍の脅威を知っているのだろう。

 それを知らず、封印の血を踏み荒すようなよそ者を入れることを、快く思っていなようだ。

 

「今の島民は、妖を信じているものは少なくなったからね。本人は欲か善意のつもりで提案したんだろう。まぁ、それを承認したものも大概だろうがね」

 

 そう言って、老婆は窓の外を見つめて嘆息する。つられて石田たちも、窓の外の青みがかった空を見つめて目を細めた。

 もうすぐ、日が沈む。

 悪意に満ちた妖が、動き出す時間が訪れる。

 

「外は、妖の時間だよ。……遅くならないうちに帰りな」

 

 雰囲気に押されて無言になる石田たちに、老婆はぶっきらぼうにそう告げたのだった。


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