【完結】BLEACH ー鬼神覚醒ー   作:春風駘蕩

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2.Monster pandemic

 

「おーい、一護ー。次俺らの風呂の時間だぜ」

 

 案内された宿の部屋にいる一護に向けて、啓吾が呼びかける。自前の寝巻とタオルを備えた彼に、一護はぎこちない笑みを浮かべて横目を向けた。

 

「お、おう。ちょっと待ってろよ」

「早くしろよー」

 

 若干違和感を感じさせる一護の変化に気づかず、敬語は先に水色を促して言ってしまう。

 その背中を見送った一護は、やがて深いため息をつくとどこへとものなく恨みがましい目線を向けた。

 

「……一護のやつ恨むぞ。姐さんもいねぇむさ苦しい男部屋に置いていきやがって」

 

 一護ーーーの体に入ったコンが、涙目で窓越しの夜空を見上げて呟いた。

 

 

「でぇあああああああああ‼︎」

 

 青い業火をまとった二本の撥・音撃棒が、強烈な打撃となって土蜘蛛の背に叩き込まれる。巨大な蜘蛛は泡を吹きながら悶絶し、ズズンとその巨体を傾けて地面に倒れ伏した。

 硬い甲殻を踏みつけた明日歌は鋭く蜘蛛を睨みつけ、凛と己が得物を振りかぶって炎を纏う。

 

「音撃打、業火演舞の型‼︎ おおおりゃあああああああ‼︎」

 

 少女とは思えない凄まじい雄叫びと共に、蜘蛛の背中に執拗に連撃を叩き込む。ビリビリと大気をも振動させ、地面を揺らす打撃は蜘蛛の背をえぐり、余波で蜘蛛の体を地面にめり込ませていく。逃れることも許さず放たれる連撃、最後に叩き込まれた強烈な一撃にやがて蜘蛛はピタリと抵抗をやめ、がくりと項垂れると共に爆音を放って塵と化した。

 

「……フー」

 

 明日歌は撥を振り下ろした体勢のまま残心し、キッと次の獲物を探して視線を走らせた。森の中にはまだまだ数多くの気配が蠢き、暗闇の中から爛々と目を輝かせて明日歌を観察している。隙を見せれば、確実に次の瞬間には肉片へと変わり果てることだろう。

 

「おおおりゃあああ‼︎」

「ハァッ‼︎」

 

 離れた場所では、ギター状の刃を振り回す一本角の白い鬼・轟鬼と管楽器型の銃を構える威吹鬼が土蜘蛛を相手に暴れまわっていて、すでにあたりには無数の木っ端が積み重なっている。

 夕方から始まったこの戦闘は数刻経っても収まる気配を見せず、むしろ時間と共に激化の一途をたどっていた。

 森の中のそう深い部分ではないはずなのに、何体もの土蜘蛛は我が物顔で闊歩し暴れまわっている。だというのに、昼間のような童子と姫は一体も確認できず、不可解な点ばかりが見つかっていく。

 魔化魍を育てる存在である童子と姫の姿が確認できないとなると、魔化魍の数も計り知ることができない。敵の戦力が把握できないという非常に厄介な状況に陥ることになっていた。

 明日歌は舌打ちし、撥を打ち鳴らして次の土蜘蛛の元へと走る。そんな状況でもやることは変わらない。土蜘蛛を人里に下ろさないためにも、ここで視認できる全てを駆逐することが先決である。

 

「月牙天衝ぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 走り出した明日歌の前に黒い閃光が走り、一体の土蜘蛛が吹き飛ばされてくる。木々を粉々に粉砕しながら放たれた黒い斬撃が土蜘蛛の腹に食らいつき、衝撃によって吹き飛ばしてきたらしい。

 しかし、木々を粉砕するほどの威力の斬撃を受けながらも、土蜘蛛が負傷し弱った様子はない。ひっくり返って動くことができず、ジタバタともがき苦しんでいる程度だ。

 

「ぬぅおらぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 明日歌はすかさず腹を見せる土蜘蛛の腹に飛び乗り、苛立ち混じりの八つ当たり気味に音撃棒を叩きつける。土蜘蛛はビクンと足を伸ばして悶絶し、さしたる抵抗もすることなく爆散し、土くれへと還ることとなった。

 また一体の魔化魍を倒した明日歌は、ジト目で黒い斬撃が飛んできた方へと視線を向ける。そこに息を荒げて立っている死神代行の姿を見つけ、深い深いため息をついて撥を肩に担いだ。

 

「おい一護。おぬし、本気でわしらと一緒におるつもりかえ?」

 

 じとっとした視線を向ける明日歌に、一護はぐっと言葉に詰まりながら睨み返す。反論がないのは、若干足手まといになっている自覚があるゆえだろう。それでもこの場から離れようとしないのは、くだらない男の意地のせいか。

 

「さすがにここまで長い時間抜け出すのはまずいのでなないか?」

「心配すんな。さっき代わりにコンを置いて来た」

「……とんだ不良高校生じゃの」

 

 ふん、と鼻息荒く答え手抜かりはないと答える一護に、明日歌も今度こそ呆れ返る。

 今度は少しばかり怒気を込め、真っ向から一護を睨みつけて険しい表情を向けた。

 

「言うたはずじゃぞ。死神では魔化魍を相手にはできんと。大人しゅう帰れ」

「嫌なこった。俺の仲間が、この島で虚の反応を感じたって言ってるんだ。そいつを退治するまでは俺も戻るわけにはいかねぇよ」

「頑固者が……」

 

 一向に引く様子のない一護に吐き捨てるように言い残し、明日歌は背を向けて離れた。振り向くことはなく、意地をはるようにずんずんと地面を踏みつけながら他の鬼たちの元へ向かっていく。

 

「ならもう知らん。もしぬしが危ない目にあっても、もうわしは助けんからの」

「ケッ。余計なお世話だ」

 

 負け惜しみのように背中越しに言う一護に呆れつつ、根性と忍耐はまぁ認めてもいいかと内心思う。

 そんな時明日歌は、森に吹いた風に乗って妙な雑音が耳に届いてきたのを感じた。

 

「……なんじゃ? このざわつきは」

 

 そう呟く明日歌の背後で、風もないと言うのに大きく森がざわめきを響かせた。

 明日歌はすぐさま撥を構え、不快な音を感じた方向に身構える。一護もその様子から表情を変え、残月を携えて近づいてくる気配を待ちかまえた。

 その直後、明日歌たち向かって無数の異形の群れが突進し、咆哮を伴いながら次々に襲いかかっていった。数は先ほどの比ではなく、酢を壊された黒蟻のごとき勢いで次々に現れていった。

 

「チィッ! 本当に今宵は……鬱陶しいほどに多いのう!」

 

 口汚く舌打ちしながら、明日歌は撥を構えて魔化魍たちを迎撃する。炎を纏わせた音撃棒の先端を襲いくる魔化魍たちの腹に叩き込み、片っ端から叩きのめしては土に還していく。一体一体は大したことのない雑魚ばかりのようだが、その数が脅威となって終わりが見えなかった。

 

「うおりゃあああああ‼︎」

 

 雄叫びと共に、轟鬼が音撃弦の刃で猫のような魔化魍を滅多斬りにする。短い悲鳴をあげた猫又と呼ばれるそれは地面に転がって悶え苦しみ、しばらくして事切れたように動きを止めてから土くれと還った。

 威吹鬼もまた管楽器・音撃管から銃弾を発射し、魔化魍に距離を詰めさせずに仕留めていく。至近距離に接近を許しても、近接格闘の腕もかなりのもののためにやすやすと蹴り飛ばして駆逐する。

 だがそんな獅子奮迅の働きを見せようとも、次から次へと湧き出る魔化魍に手が回らなくなり、次第に倒した数よりも現れる数の方が多くなっていく。三人の鬼はやがて、無数に増え続ける魔化魍たちに包囲され始めていった。

 

「ぜあああああ‼︎」

 

 河童と呼ばれる魔化魍を叩き潰した明日歌は、周囲を縦横無尽に飛び回って翻弄してくる猫又に苛立った視線を向け、盛大に舌打ちをこぼした。狩っても狩っても終わらない現状にストレスが溜まり、次第に冷静な判断力が失われ始めていく。

 それが良くない兆候だということを、自覚できずにいた。

 

「威吹鬼、轟鬼! ここは任せる!」

 

 挑発するように飛び回り、森の奥へと逃げていく猫又を追い、明日歌は一旦轟鬼たちに背を向けて走り出した。

 

「待たんかこのドラ猫どもがぁぁぁぁ‼︎」

「明日歌ちゃん! 一人じゃ危険だ‼︎」

 

 威吹鬼が止めようとするが、他の魔化魍が邪魔で止めることができず臍を噬む。何よりもこの無数の魔化魍を放置するわけには行かず、後で説教を加えることを確定しながら目の前の敵に集中する方針を保つのだった。

 そんな光景を、高く伸びた樹の上から見下ろす二つの黒い人影。

 魔化魍ではない、自分たちの狩るべき標的を探すルキアと恋次の姿がそこにあった。

 

「こいつが魔化魍ってやつか……‼︎ 何気に初めて見たぜ」

「言っておる場合か! 我々の任務を忘れるな!」

 

 高い場所から鬼たちの先頭を見下ろし、引きつった表情を浮かべる恋次にルキアの叱責が飛ぶ。

 鬼との接触を最低限にまで回避しながら、目的である虚を探す二人なのだが、はっきり言ってその姿は情けないと評するのがふさわしく思えた。苦手なものから逃れるために、それが届かない木の上に逃げているようにしか見えず、それがわかっているのか本人たちも微妙な顔をしていた。

 

「わーってるっての! ……だが本当に、この中に虚が混ざってると本当に思うか?」

「わからん。だが、一護の代行証が反応したのだ。可能性はあるはずだ」

 

 確証はないが、確信を持ってそう言うルキアは、そのまま真下にいるもう一人の死神に声をかけた。

 

「そう言うわけだ! お前は余計なことをするな!」

「おい一護! お前は今回手ェ出すなよ⁉︎ 絶対だかんな‼︎」

「最初に言っておく! 貴様では何もできんぞ! 役立たずは引っ込んでおれ‼︎」

「てめーら……」

 

 役には立たないとわかってはいるが、人が必死になって戦っている上から気の利かない言葉を浴びせる二人に、一護の苛立ちも募っていく。

 

「おめーらも何もできねーんじゃねーか‼︎ なんでおれだけ戦力外みたいな扱いなんだよ‼︎」

 

 ルキアと恋次は、さっと目をそらした。自分たちだけ高みの見物を決め込んでいる構図になっていることが、さすがに気まずかったらしい。

 それ以上反応を返さないルキアたちを憎らしげに睨みつけていた一護だったが、そんな彼の元に河童の攻撃を避けてきた威吹鬼が鋭い目を向けた。

 

「あ! そこの君! そんなところにいるぐらいなら早く逃げちゃって‼︎ 危ないから‼︎」

「え、ア、ハイ。……スンマセン」

 

 やはり明日歌と同じで、死神が見えているらしい。まっすぐに視線を向けてしかりつけられ、一護はビクッと肩を震わせながらどうにか答えた。

 威吹鬼は返事を聞くが早いか、すぐにまた魔化魍たちの群がっている方へ銃弾を撃ち放ち、痛みに苦しんでいる連中にフックを食らわしていく。轟鬼も猫又の腹にギターの先端を突き刺し、弦をかき鳴らして音撃を刻み込んで次々に敵を打ち倒していく。

 あれほど途切れることなく続いていた増援もいつのまにかやんでいて、少しずつ鬼たちが押し返し始めているこの状況。借りを返そうと奮い立っていた一護の出番は、どこにも存在してはいなかった。

 

 ーーーむ、無力……‼︎

 

 脳裏のどこかで、「じゃから言ったじゃろうが」と呆れ顔で睨んでくる明日歌の顔が見えた気がした一護だった。激しい屈辱にわずかに喀血しそうになる程だ。

 しかし、自分の攻撃が全く相手に通用していないことも真実。できることといえば敵を吹っ飛ばして隙を作ることくらいで、役に立てている部分はないに等しい。明日歌の言ったことを認めるのが癪で助力を買って出ていたが、改めて自分から相対してその事実が否応無く突きつけられていた。

 

「ちくしょう……これじゃほんとに足手まといじゃねーか。情けねぇ……」

 

 幾度ともなく経験した感覚の中でも、特に悔しい感情を覚えながらきつく拳を握りしめていた、その時だった。

 

 ーーーぁぁああぁああぁぁあああ‼︎

 

 ふと、鼓膜をビリビリと震わせる嫌な音が一護の耳に届いた。例えるなら、無数の人々の悲鳴を混ぜ合わせ、大音量で流したかのような不快な騒音。それが、森の奥の方から響き渡ってきたのを感じた。

 

「ッ⁉︎ なんだ?」 

 

 一護が振り向くと同時に、残った魔化魍を仕留めていた轟鬼たちも気づいて視線を音の方へと向ける。

 すると、音のした方角に奇妙な影が現れたのを目撃した。

 ゆらゆらと、長く太い無数の木の根のようなものが天に向かって伸び、その中心に血のように赤くギラつく光が灯ったのだ。その周囲では景色が陽炎のように揺らぎ、周囲に凄まじい熱を放っていることを知らしめていた。

 何かが、いる。他の魔化魍とは一線を画す何かが、あそこに鎮座している。

 

「なん、だ、あいつは……‼︎」

「あ……あれは、まさか⁉︎」

 

 困惑の声を上げる一護とは裏腹に、轟鬼と威吹鬼は戦慄した様子で影を凝視している。共学に満ちたその声は震えていて、現れたものが完全に予想外のものであることを表していた。

 

「おい、ありゃあ……!」

 

 木の上で戦況を伺っていたルキアと恋次も、現れたその異形を目の当たりにして言葉を失った。

 突如姿を現した、身の丈は数十メートルを超える巨大な影、天に向かって九本の太い根、いや尾を大きく伸ばし、血走った赤い目で辺りを睥睨するその影はーーー九本の尾を持つ巨大な化け狐は。

 

「おぎゃああああああああああああああああ‼︎」

 

 そんな、赤ん坊の悲鳴に似た咆哮を放った。

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