その〝声〟は突如森に響き渡った。
樹々がより大きく風に揺られ、不気味なざわめきをかき鳴らす中、生物とは思えない異形の咆哮が森の中に反響していった。
ーーーオオオオオオオオオオオ‼︎
大量に湧いていた魔化魍の最後の一体を討ち倒した威吹鬼と轟鬼が、その咆哮を耳にしてハッと振り返った。
ほとんど逃げ回り、荒い呼吸で肩を揺らしていた一護も、木の上で様子を伺っていたルキアと恋次も、突然聞こえてきた声に表情を変えて辺りを見渡した。
「なんだ、この声は……⁉︎」
険しい表情で声を漏らす一護の脇で、威吹鬼が戦慄した様子で音撃管を持つ手を震わせている姿が見えた。
「この咆哮は聞き覚えがある……! 伝説の魔化魍、牛鬼だ……!」
「牛鬼……まさか⁉︎」
初めて聞く鬼の名に一護が尋ねると、威吹鬼は音撃管を再び構えて辺りを警戒しながら口を開いた。轟鬼も再び殺気を身に纏って音撃弦を構え、大きな刃を月光に煌めかせながら構えていた。
その尋常ではない緊迫した雰囲気に一護もまた息を飲み、意味がなくとも斬魄刀を携えて構えをとった。
「なんなんだ、その牛鬼ってのは⁉︎」
「牛の角に怪力を持つ、特殊な魔化魍だよ。以前鬼が遭遇して、殺されたこともあるって言う凶悪なやつさ」
「俺の師匠も現役時代に遭遇して、死にかけたって言ってやつだ……!」
鬼の先達が話す牛鬼の危険性に緊張感が高まる中、一護たちの元に向かって近づいて来る足音と息遣いが聞こえてきた。
「黒崎くん‼︎」
緊迫した様子の織姫が、石田や茶渡とともに息を切らせて走り寄って来る。自分とは別行動をしていた織姫たちがこの場所へ来たことに、一護は驚愕に目を見張った。
「井上⁉︎ お前らも……なんでこっちに来ちまうんだよ⁉︎」
てっきり空座高校の面々の方に集い、自衛を固めているものと思っていた一護は咎めるような口調で言う。魔化魍は鬼にしか倒せないと言う話を聞いてなおここに来てしまっていることに呆れるも、己のことは完全に棚に上げていた。
さすがにその言葉には、石田も黙ってはいなかった。
「それはこっちのセリフじゃないかな? 役立たずのくせになんで混ざっているんだ」
「おまっ……目の前でそれを言うか」
グッと図星を指されたことに唸る一護だが、だからと言って引こうとはしない。先ほどルキア達にも散々言われたこともあり、若干意固地になっているようだった。
「……で、お前らは今まで何やってたんだよ」
「君とは違って、僕らはちゃんと過去の記録を探ってきていたんだよ。要するに頭を使っていたのさ」
「おい、人のこと脳筋の馬鹿扱いしてねぇか?」
微妙に上から目線でものを言う石田に、さすがに一護も怒りを押し殺した形相で詰め寄った。
だが、そのまま口喧嘩に発展するよりも前に、頭上から襲いかかってきた拳骨が一護と石田をを強制的に黙らせた。
「たわけ! そんなことをやっている場合ではなかろう!」
「おいてめーら、今回はどうやらマジで危なさそうだぜ」
木の上から意を決して降りてきたルキアが、そのついでに一護たちを諌めて叱りつける。同じく降りてきたレンジも、険しい表情で駆け寄ってくる織姫たちに注意を促す。
今この時も、森の奥から聞こえてくる咆哮は徐々に大きくなってくる。確実に距離を詰めてきている、ぎゅうきなる魔化魍の存在感が強くなっていき、一護たちの緊張感も高まっていった。
だが、ガサガサと草をかき分けてきたのは、一護たちが予想もしないものだった。
「キャアア‼︎ いやぁぁぁぁ‼︎」
耳障りなほどの悲鳴を漏らし、みっともなく泣きじゃくりながら這い出てたのは、一護たちを迎えた島の案内人である蛇園だったのだ。
「! なんで、あいつが……?」
思わぬ人物の登場に眉を寄せる一護の前に蛇園はよろよろとたどり着き、すがりつくように一護の顔を見上げた。顔から出る液体が全て流れ出していて酷い有様だったが、当の本人にはそんなものを気にしている暇はなかった。
「た……助けて! 化け物が……化け物がこっちに‼︎」
蛇園がそう叫んだ直後、彼女の現れた方の樹々が轟音とともに吹き飛ばされた。凄まじい衝撃が樹々の向こう側から生じ、太い幹を粉々にして撒き散らしたのだ。
何事か、と表情を変えて振り返った一護たちの前に、それは姿を現した。
血のように赤く、歪に膨張した筋肉によって守られた体に、前方に向かって伸びる湾曲した巨大な角。分厚い毛皮に覆われた上半身に、首回りには枷のように巻き付いた輪と肩を覆う鋼鉄の外殻、鎖があり、月光に照らされて不気味な輝きを放っていた。
鬼に似た顔は醜く歪んでおり、忿怒と憎悪に満ちた恐ろしげな眼光を放っていた。
「ヴォオオオオオオオオ‼︎」
倒れた木々を踏み潰し、傍若無人な様を見せつけながら、牛鬼は猛牛のような咆哮をあげる。身の丈を軽くふた周りは超えた異形の咆哮による威圧は、歴戦の戦士たる一護たちを戦慄させるには十分だった。
鬼たちもまた同じで、圧倒的に危険な存在感を放つ牛鬼を前にして明らかに浮き足立っているように見えた。
「あいつが……‼︎」
「伝説の魔化魍……牛鬼‼︎」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
鬼達の呟きを自ら肯定するように、牛鬼が大地を踏みつけながら咆哮を放つ。強靭な足に踏み潰された地面には大きく亀裂が入り、ズシンと腹の底まで振動が響き渡った。
すでに闘争心を全開にしている伝説の異形を前にしながら、威吹鬼たちは得物を構えたまま敵を見据えた。
「まさか、こんな島に本当に牛鬼が現れるなんて……‼︎」
「言ってる場合じゃないっすよ! こうなったら、俺たちでどうにかしなきゃっす! どりゃああああああ‼︎」
「おおおおおおおおおお‼︎」
考えることも無駄であると、轟鬼が雄叫びと共に牛鬼に向かい、威吹鬼も吠えながらそれに続く。
威吹鬼がまず牛鬼の体に銃弾を撃ち込み、突進した轟鬼が振り回す音撃弦の刃が牛鬼の皮膚に食らいつく。どちらも敵の防御の薄い部分を狙った正確な一撃で、なぜか動きを止めていた牛鬼は真っ向からそれを受け止めた。
しかしそれらは牛鬼の皮膚を破るには及ばず、銃弾も斬撃も弾かれてしまった。鎧ではなく皮膚を狙ったはずなのに、まるで鋼に弾かれたかのように全く歯が立たなかった。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
「ごはっ‼︎」
攻撃を受けた牛鬼が、怒りの咆哮を放って轟鬼を押し返し、弾き飛ばす。そのまま組みつくと、凄まじい脚力を持って轟鬼に突進し、大木の幹に背中から叩きつけた。叩きつけられた大木は半ばからへし折られ、バサバサと他の木をもなぎ倒しながら粉砕されていき、轟鬼を下敷きにする。
「ぐおわあ‼︎」
大樹の残骸に潰された轟鬼を足蹴にしている牛鬼の皮膚に、甲高い音とともに火花が生じる。怒りに目を光らせて振り向くと、牛鬼は銃を変えていた威吹鬼の方に向けて巨大な角を向け、再び強烈な突進を繰り出した。
威吹鬼はとっさにその場で転がり、かろうじて突進を躱す。
しかし激突し損ねた牛鬼は地面に向けて右足を振り下ろし、大地を一撃で叩き割った。一護たちのいる場所まで含んだ、半径十数メートルに渡って岩盤を叩き割っられ、不意を打たれた威吹鬼の体が宙に浮く。空中で身動きを制限された威吹鬼に向かって牛鬼は再び突進を繰り出し、彼を角の一撃で吹き飛ばした。
圧倒的な力で鬼たちを蹂躙する牛鬼を前に、一護はギリギリと歯を食い縛る。暴風のごとき勢いで暴れまわる牛鬼を睨みつけ、一護は意を決して飛び出していった。
「クソッ‼︎」
「待て‼︎ 行くな黒崎‼︎」
石田が呼び止めるが、もう一護は傍観者でなどいられない。誰の敵であろうが、戦ってはならないと聞かされていようが、誰かが今死にかけているというのに掟だなんだと尻込みするつもりはなかった。
「うおおおおおおおお‼︎」
威吹鬼たちに追撃を加えようとする牛鬼の背中に向けて、渾身の月牙天衝を放つ。牛鬼は気配に気づいてわずかに振り返ったが、避けることは叶わずに霊圧の斬撃の直撃を受けた。
しかしそれも牛鬼をわずかに後退りさせるだけにとどまり、やはり傷一つつけることも叶わなかった。
一護は牛鬼からなるべく距離を取りながら、牛鬼の注意が己に向いていることに内心安堵する。倒せなくてもいい、今はできるだけ傷ついた鬼の元から引き離すことができれば。
そんな一護の誘いに乗った牛鬼が、今度は一護を踏み潰そうと角を前に構えて突進の体制に立った。
「咆えろ! 『
だが、牛鬼の横腹に別の衝撃が走り、牛鬼はぐらりと一瞬だけバランスを崩した。鋼鉄の連接刃が蛇のようにしなり、牛鬼の無防備な側面に食らいついたのだ。
「舞え、『
注意が削がれた牛鬼の体を、今度は凄まじい冷気が覆い包んで行く。異変に気付いた牛鬼が身じろぎする間に、レイキはその巨体を完全に多い尽くし、瞬く間に氷の彫像へと変えてしまった。
一護は目を見開き、牛鬼に手を出した背後の死神たちを見つめた。
「お前ら……」
「流石にあれは放置するわけにもいかん。とにかく奴の動きを止めるぞ!」
ルキアが一護の隣に立ってそう告げると同時に、バキン‼︎と氷を破って牛鬼が再び動き出した。
身体中にこびりつく氷の塊を鬱陶しそうに振り払った牛鬼は、それをなしたルキアを本能で察して怒りの咆哮を放った。
「倒せなくてもなぁ、足止めぐらいは余裕なんだよォ‼︎」
突進の体制に入る牛鬼に向けて恋次が再び蛇尾丸を振るい、一護が斬撃を放った。風を切り、唸りをあげる蛇尾丸の刃と斬撃が数回牛鬼の体に食らいつき、巨体を右へ左へと揺さぶる。傷こそつかなかったものの、衝撃で均衡を崩した牛鬼は頭から倒れこみ、その強烈な突進の犠牲になるものはいなかった。
頭をブルブルと振りながら牛鬼が立ち上がろうとした時、蛇尾丸をも超える衝撃が牛鬼の顔面に襲い掛かった。
「オオオオオオオオオオオ‼︎
獣のような芳香を放つ茶渡が黒く硬質化・巨大化した右腕を振るう。
さすがの牛鬼もこれには耐えきれず、わずかに空中に浮きながら吹き飛ばされた。
そのまま背後の大樹の幹に背中からぶつかり、うめき声を漏らす牛鬼。そこへ負傷していた轟鬼が戻り、奮闘する一護たちを見て奮い立った。
「クッソォ……負けてらんないじゃんかよおらあああああ‼︎」
怒号じみた咆哮を上げ、轟鬼が怯んでいる牛鬼の胸に音撃弦を振るう。身構えていない状態に、急所に入ったのか今度は刃が通り、傷口から勢いよく黒い体液が噴き出した。
すかさず威吹鬼が発砲し、同時に石田が矢を放って牛鬼の傷口付近に食いつかせる。鬼石と呼ばれる特殊な弾丸と霊子の矢が体内に埋め込まれ、牛鬼は苦悶の咆哮を上げて体をのけぞらせた。
「ヴォオオオオオオオオオ‼︎」
牛鬼は狂ったように暴れまわり、強靭な腕をめちゃくちゃに振り回す。しかしその動きにすでに当初の激しさは失われ、弱り始めていることがわかった。
「っしゃああああ‼︎ 音撃斬、雷電激震‼︎」
「音撃射・疾風一閃‼︎」
徐々に動きが鈍くなっていく牛鬼に向かって轟鬼が音撃弦を突き立て、威吹鬼が音撃管を構える。それぞれベルトに備わった弦と円盤を取り外し、獲物に装着して清めの音を刻む準備を終える。そして牛鬼にとどめを刺すために、思い切りその音をかき鳴らした。
「ヴォアッ⁉︎ ヴォオオオオオオオオ⁉︎」
自身の体に走った不快感に、牛鬼は大きく体を震わせて抵抗した。轟鬼のギターの音が、威吹鬼のラッパの音が体内で暴れまわり、食い散らかすような嫌悪感を沸き立たせた。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
すると牛鬼は突如目をぎらりと光らせ、咆哮とともに全身から強烈な圧を放った。音撃弦を突き立てていた轟鬼は至近距離でそれを受け、大きく宙に吹き飛ばされた。威吹鬼もその圧をまともに受け、清めの音を中断してその場にとどまるために踏ん張る他になかった。
「どわあああっ⁉︎」
「うあっ⁉︎」
石田や茶渡、ルキアと恋次、織姫と一護もその余波を受け、暴風のような衝撃波に吹き飛ばされないようにするだけで手一杯になる。
牛鬼は邪魔者を全て薙ぎ払うと、先ほどよりも興奮したようにあたりを踏み荒らし始めた。突き刺さっていた刃も轟鬼とともにずるりと抜け、どろっとした体液が牛鬼の腹から垂れだした。
やがてその目は、衝撃に押し倒され地に伏せる織姫の方へと向けられた。
憤怒に燃える牛鬼が、他よりも弱く脆い存在に一歩近づこうとした時だった。
「うおおおおおおおおおおお‼︎」
斬魄刀を振りかぶり、一護が再び牛鬼に肉薄する。仲間に決して手を出させまいと奮闘する死神が、せめて距離を取らせようと超至近距離で刀身に霊圧を集めていく。
「月牙ーーー天衝‼︎」
疲弊した体で放った渾身の斬撃が、ゼロ距離で牛鬼の胸に食らいつく。ただ吹き飛ばすだけに止まっていた死神の斬撃はーーー牛鬼の胸に、決して浅くない傷を刻み込んだ。
「ーーー⁉︎」
誰もが目を見開き、信じられないとばかりにその光景を凝視する。
ありえないはずだった。たとえどんなに弱っていようとも、死神は魔化魍を倒すも傷つけることもできない。しかし現に、一護の斬魄刀は牛鬼の体を切り裂き、血を流させている。あらゆる法則で決まっている現象が、今覆されていた。
「……まさか、死神の刃が」
「ーーーハァッ……ハァッ……‼︎」
荒い息をつき、たたらを踏んで後ずさる牛鬼の前で、一護は目を見開いていた。
刃が通ったことへの驚愕ではない。
魔化魍に触れた瞬間に流れ込んだ、強烈な異物感にだ。
「なん、だ、この、記憶はっ……⁉︎ ぐっ……⁉︎」
刃が牛鬼の肉を裂いた瞬間、一護の頭に断片的な光景が流れ込んでいた。映像とも言えないほど不明瞭で歪な情報だったが、一護の脳裏にははっきりとした記憶として侵入していた。
……一人の女が、赤子を抱いて走っていた。みすぼらしい格好の若い女性に抱かれる〝誰か〟が、必死な表情の女性の顔を見上げていた。
やがてその女性は崖の手前で立ち止まり、背後から追ってきていた男たちに向き直った。追ってきていた男たちは皆、敵意に満ちた形相で女性と抱かれる〝誰か〟をにらみ、口汚く罵っていた。
背後に広がる断崖絶壁と荒ぶる海を見下ろした女性は、腕の中の〝誰か〟を強く抱きしめた。そして、意を決して崖の上から飛び降りたのだ。
次に見えた光景では女性が砂浜で倒れ、〝誰か〟が必死に呼び続けていた。
弱々しく顔を上げた女性は、か細い手を伸ばして〝誰か〟の髪を撫で、やがてその目から光を失っていく。瞳の中に、角の生えた〝誰か〟の顔を写し、ゆっくりと力を失っていった。
その顔は、誰かに似ていた気がした。
「なんだ……⁉︎ どういうことだ……⁉︎」
「一護⁉︎ 一体何がどうしたのだ⁉︎」
一護は自身に起きた記憶の弊害に困惑し、震える手で自分の手を見下ろす。それは牛鬼も同じようで、敵が目の前にいるにも関わらずに呆然と立ち尽くし、震えながら声を漏らしていた。
それを見守るルキアたちは、一人奇行を続けているようにしか見えない一護を凝視する他にない。
「ヴォオオオオオ……あああああ……‼︎」
その声に、織姫はわずかな違和感を覚えた。聞こえてきた声に、牛鬼のものではない聞き覚えのある声を聞いた気がしたのだ。
織姫はぐっと唇を引き結び、数時間前にあった老婆の話を思い出した。
ーーー妖の元へ行くというんなら、これだけでも覚えて行きなさい。
織姫たちに島の伝承を教えてくれた老婆は、退室しようとした織姫にあるおまじないを教えてくれたのだ。両手の指で作った狐の顔、それをさらに複雑に組み合わせ、指の付け根にできた小窓を除くというものだ。
魔化魍のいるところへ向かう織姫を案じ、老婆はそれだけを最後に伝えてくれた。
ーーー狐の窓というての、人に化けた狐を見破るためにあるもんなんじゃ。
……きっと、役に立つ。
老婆の説明を思い出し、織姫は牛鬼がなんなのかを見破ってみようと狐の窓を作る。狐に使う呪いが効くのか疑問だったが、織姫は全く気にせずにそれを試した。
そして、使ったことを激しく後悔した。
「……嘘」
狐の窓をの添いて絶句する織姫に、石田たちの視線が集まる。織姫は目を見開いたまま、頭を抱えて悶え苦しんでいる牛鬼を凝視し、呟いた。
「…………明日歌、ちゃん?」
その言葉は、その場にいた全員を黙らせるには十分すぎた。誰もが言葉を失い、次いで呻き声を漏らす牛鬼を凝視して後ずさるほどに。
目前に立っていた一護も目の前の牛鬼の正体に、そして流れ込んできた〝誰か〟に気づき、愕然としたまま刃を下ろした。嘘だと何度も思い込もうとしても、聞こえてくる咆哮に混じる人間の声がそれが真実であるとはっきりと表し、否定を許さなかった。
「ああ……あああああ……‼︎」
「なんということだ……⁉︎」
いつのまにか、牛鬼からは完全にさっきまでの凶暴性が失われている。自身を突き動かしていたものを完全に奪われたように落ち着きなく、怯えたように頭を抱えて悶えていた。
その姿はもはや魔物ではなく、姿を魔物に変えられた哀れな少女ーーー明日歌が怯える姿にしか見えなかった。
「ヴォオオオオ……ヴォオオオオオオオオ‼︎」
突如、混乱が限界に達した牛鬼は狂ったように頭を振り回し、辺り構わず粉砕しながら一護たちから離れ始めた。よろよろとおぼつかない足取りで後ずさると、発破をかけられたようにその場から逃走を始めた。
「明日歌ァァァァ‼︎」
我に帰った皆が止めようとするもすでに遅く、一護の声だけが森の中に虚しく響き渡った。