【完結】BLEACH ー鬼神覚醒ー   作:春風駘蕩

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4.cunning Naru god

 燃え盛っていた爆炎がようやく晴れた時、そこには何もいなかった。

 あたりには焦げ跡が残っているだけで、あれほどの巨体がいた痕跡は何も残ってはいなかった。本来魔化魍を倒すと残る木の葉も何も、倒した証となるようなものは見受けられなかった。

 持てる全力を以って、最凶の魔化魍を討ち取ろうと必殺の一撃を放った。しかし決まったように見えたが、言い表せない嫌な感覚が残ったままなことが気にかかっていた。

 

「た、倒した、のか?」

「……いや、幾分か手応えが薄かった。おそらくまだ落ち延びておろうが……それも時間の問題じゃろうて」

 

 刀をヒュンと振り、帯に刺して納刀する明日歌が忌々しげに呟く。敵を、師の敵を倒しきれなかったことがよほど悔しかったのだろう、蛟がいた場所をじっと睨みつけている。

 一護もまた痛々しい戦闘の後を見やると、とりあえずは決着がついたことを察してため息をつく。

 

「く、黒崎くん……!」

 

 そんな中、一護の傷を治療しようと近づいてきていた織姫が、何やら戦慄の表情を浮かべて一護を見つめていた。見れば石田と茶渡も目を見開き、一護を凝視しているのに気づく。

 

「お、おい黒崎!」

「一護、お前……どうした」

 

 まるで仲間がゾンビに変わってしまっていることに驚愕しているような様子だ。

 そんな視線を向けられる覚えがない一護は、訝しげに思いながら咎めるような視線を向ける。

 

「あ? 何言ってんだお前ら」

「い、いや……あ、頭」

「あ? 頭って……」

 

 言われて、確かに違和感を感じる自分の頭を触ってみる。しばらくペタペタと触っていると、そこでようやくひたいに生えている立派な二本の角の存在に気がついた。

 しばらく真顔でペタペタと触り、ついにはがっしりと掴んでみて、それがただくっついているのではなく骨のあたりから生えている事実に気がついた。

 

「うおおおお⁉︎ なんだこりゃあああ⁉︎」

「……おお、死神どもが恐れた通りのことになりおったか」

 

 慌てふためく一護、大して明日歌は案の定とでも言いたげに冷めた目を向けていた。

 今更驚くこともない、この現象は散々ルキア達が警告していた事態であり、同時に明日歌の体にも現れている事態なのだから。

 

「わしらには今、互いの霊圧が混ざり始めておる。……奴と同じように、違う存在へと歪み始めておるのじゃろう」

「……そういうことかよ」

 

 虚の特徴である胸の穴を有した魔化魍、蛟のことを思い出し、ようやく一護は落ち着き始めた。

 思ったよりも騒がないことに、明日歌は若干戸惑ったような目を向けて首を傾げた。

 

「なんじゃ、怖くはないのか? 本当に化け物になれば、これまでのようにはいかんぞ? 仲間の元へは帰れまい……」

「…………」

 

 明日歌なりの心配に、一護は自身の手を見つめて眉間にしわを寄せる。

 

(……俺は、そのうち化け物になるのか)

 

 不安がないわけではない。漠然とした暗雲が目の前に漂っているのを感じたまま、一護は自問する。

 ルキア達の話が思い出される。味方の存在を歪める霊圧の持ち主を、彼らはどう処分するだろうか。

 仲間同士で刃を向け合った事態を覚えている。次に自分は、その状況に耐えられるのだろうか。

 答えが出ずに立ち尽くしていた時だった。

 

「!」

 

 地面が揺れる。地震かと思ったが、それに加えて凄まじくおぞましい気配が感じ取れる。

 蛟以上に、危険と感じ取れる気配があたりを支配し始めていた。

 

「なんだ⁉︎」

「! 見よ、あれじゃ」

 

 明日歌の指差す先に、巨大な影が見える。

 地面が盛り上がったかと思えば、積み重なっていた土がボロボロと崩れ落ち、その正体が露わとなっていく。

 鰐のような長い口と牙、蛇のように長い胴、鹿のように伸びた角、鷹のように鋭い眼、獅子のような鬣を持ったその姿は、伝説に聞くオロチと呼ばれる龍に似ている。

 恐ろしい容貌のその影からは、先ほども感じた霊圧が感じられた。

 

「うおっ⁉︎ なんだあれ⁉︎」

「動き出しよったの。あやつが他の魔化魍どもに命令しよったのやもしれん」

「……やっぱりまだ倒せてなかったのか」

 

 あれはおそらく蛟の、瀕死の魔化魍の最後の悪あがきなのだろう。自分を追い込んだ鬼や魔化魍を排除するために、何かの枷を外した姿なのだろうと、明日歌には感じ取れた。

 

「一護、やはりぬしはもう退け。……あとはわしがやる」

「お、おい!」

 

 前に出ようとする明日歌の肩を、一護が止める。

 明日歌は少し困ったようにため息をつき、一護にくたびれたような微笑みを見せた。

 

「今ならまだ間に合うやもしれん。鬼の霊圧を体外へ逃がすことができれば、ぬしの霊圧も元に戻ろうて。……ではの」

「ま、待て!」

「案ずるな。もう刺し違えようなどとは思うておらん」

 

 一度大暴れしたせいか、先ほどまでのような自棄になったような気分はなくなっていた。

 今あるのは、共に戦ってくれた一護をただ案ずるだけの素直な気持ちだけ。本来何の関係もなかった彼を巻き込んでしまったことに対する、罪悪感と感謝だけだった。

 

「じゃが……あれはわしの手でケリをつけたいのは確かじゃ。手出しは……」

 

 巨大な蛇竜と化した蛟の方を、もう一度振り向いた明日歌の口が止まる。

 ゴタゴタで気がつかなかったが、明日歌たちの頭上には数え切れない数の魔化魍たちが群れをなし、島を取り囲むように旋回しているのが見えた。エイに似た一旦木綿、トビウオに似たウブメ、姿は見えないが、海の方にもおそらく多数の魔化魍たちが集まっているらしきざわめきが聞こえてくる。

 今まで見たこともない、ありえない現象であった。

 

「! 魔化魍が……⁉︎」

 

 飛び回っている魔化魍、その真下にいるオロチが動き始めた。

 群れをなし、固まっている魔化魍の集団に向けて口を開いたかと思うと、その中に強烈な吸引によって取り入れ、そのまま噛み砕いてしまったのである。

 断末魔が響き渡り、おびただしい体液が雨のように撒き散らされる。足や腕の先が食べ残しのようにこぼれ落ち、ぼたぼたと真下の森の中に紛れていった。

 

「と、共食いか⁉︎」

 

 突然の事態に石田が驚き、織姫や茶渡、威吹鬼や轟鬼も言葉を失う。

 他の魔化魍たちも己が身の危険を察知したのか逃げ惑い始め、耳障りな鳴き声とともにその場を離れ始める。

 しかしオロチは先ほどのぶんだけでは満足しなかったのか、次々に他の魔化魍に襲いかかっては飲み込み、咀嚼しながら体液をすすり始めた。王どころか、暴君にも等しい所業に誰もが口元を手で覆う。

 すると次第に、オロチの体に変化が生じ始めた。

 飲み込んだ魔化魍の体液が染み込むように体表に色が浮き始め、メキメキと骨と肉が肥大化し始める。形相もより凶悪なものになり始め、オロチとはまた別の存在に歪み始めている。

 

「ギャオオオオオオオオオ‼︎」

 

 突然の咆哮、その直後、また地面が揺れ始める。

 今度は島の至る場所から揺れが生じ、何箇所からも地面が盛り上がり始める。その下から現れたのは、オロチと全く同じ見た目の蛇竜の姿。

 合計で八匹の蛇竜が島の下から姿を現し、首をもたげながらそれぞれで咆哮を上げ始めた。

 異様な光景に明日歌は硬直していた。

 

「……なんじゃ、あれは」

「黒崎、安達さん……君らに言い損ねていたことがあった」

 

 石田が語るのは、島の歴史に詳しかった老婆の話。

 彼女の語る伝説には続きが、いや、始まりがあった。

 

「この島には、はるか昔から謂れがあった……神代の時代から人の贄を喰らい、その恐ろしさから信仰の対象にもなっていたと謂われる存在」

 

 魔化魍に支配されるよりも前に、この島はかの邪神に支配されていた。

 日本の神話にも登場し、古今東西語り継がれる伝説のあらゆる怪物の原点にもなった恐ろしき存在。

 

「八つの首を持つ、死を司るとされた伝説の魔化魍の〝神〟……この島の、夜刀神島の由来にもなったという」

 

 八頭神(やとがみ)から夜刀神(やとがみ)へ。

 人から人へ伝わる中でその意味を変えていったげに恐ろしき神の棲まう場所。

 それが、この島の正体であった。

 

「あれが奴の……オロチの本来の姿、ヤマタノオロチ」

 

 それが今、蘇ろうとしていた。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」

 

 王を超える神が、全ての生き物に恐怖を与える凄まじい咆哮を放つ。

 過去の鬼たちが敵対したオロチは、結局のところ力のごく一部でしかなかったのだ。邪神の頭の一部をようやく封じられただけで、鬼たちは勝つことはできなかったのだ。

 そしてその様子を見ていたのは、一護たちだけではなかった。

 

「まさか、あんなのがこの島に眠っていたとはねぇ……」

 

 オロチがゆっくりと鎌首をもたげている光景を目にしたマユリが、凶悪な笑みを浮かべながらそう呟く。

 危険性よりも異常性よりも、科学者としての興味の方が明らかに膨れ上がっていた。

 

「興味深いネ。こんな辺境の地にあれほどの逸材が眠っているとは……面倒だったが収穫はあった」

 

 長命な死神であってもお目にかかることはまずない〝神〟と呼ばれる存在。

 それに注目している彼の周囲では、他の死神たちが斬魄刀を振り回して悪戦苦闘していた。

 

「さっきから鬱陶しいんだよ‼︎」

 

 若干キレ気味の剣八がボロボロの斬魄刀を振りかざし、襲いかかる魔化魍を斬り捨てる。

 相手が死神であろうと人間だろうとお構いなく、魔化魍たちは何かに急かされるように襲いかかっていた。ヤマタノオロチの圧倒的な威圧により、戦うことを強要されているかのようだ。

 

「チッ……切っても切ってもしつこく向かって来やがる。面倒クセェ」

「だからさっきから言ってるだろうに。死神の霊圧では魔化魍に対抗することは不可能だと」

 

 力任せに魔化魍を迎撃し、自ら向かう剣八の方を見て呆れたように呟くまゆりだが、その手は近づいてきた雑魚の魔化魍を斬る。しかしやはり死神には魔化魍を倒すことはできず、せいぜい衝撃により弾き飛ばして距離を取らせることしかできずにいた。

 倒すべき鬼が、この場には数人しか存在していない。所詮は人間から消化した存在である鬼に、この異常事態に対処する力はなかった。

 

「おやぁ?」

 

 そんな中、マユリはある妙な霊圧を感じ取る。

 混ざってはいけない二つの霊圧が混ざった存在の姿を目にし、別の興味をそそられていた。

 

「あっちはあっちで興味深いことになってるようだネ」

 

 死神に似た姿をした明日歌と、鬼に似た姿をしている一護。

 恐れていた状況に陥っている二人を目にした白哉が、わずかに目を見開いた。

 

「! あれは、黒崎一護か」

「一護のやつ、あそこまで侵食が進んじまってたのかよ……!」

 

 イッタンモメンの対処に追われていた恋次が悔しげに歯を食いしばり、苛立ちをぶつけるように魔化魍に斬撃を放つ。吹き飛ばされるイッタンモメンだが、すぐさまピンピンした様子でまた向かってくるため、恋次の苛立ちは募るばかりだ。

 ルキアも魔化魍を氷漬けにして足止めしながら、好転の様子が見えない状況に歯噛みする他になかった。

 

「何か……何か手はないのか⁉︎」

 

 それに応えられる人物は、今この場にはいなかった。

 たった一人を除いて。

 

「……まんまと餌にされるところじゃったようじゃの、ぬしらは」

 

 二つ身から蛟へ、オロチからヤマタノオロチへと姿を変えた仇敵を見上げた明日歌は、眉間にしわを寄せて唸る。

 そのつぶやきに、石田がハッと気づかされた。

 

「そうか、あの時蛇園ーーー蛟が言っていたのは、そういうことか」

 

 蛟が装っていた蛇園という女性。彼女が言っていた言葉が今になってやっと理解できた。

 全ての存在は存在するために贄を求める。人であろうと、死神であろうと、鬼であろうと、虚であろうと、魔化魍であろうと、生きるために、強くなるためには贄が必要となる。

 そして魔化魍は、仇敵である鬼の血肉を好んでいる様子であった。

 

「おそらく……この島に修学旅行先として招いたのは彼女だ。人間のふりをして観光課に潜り込み、島おこしと称して人々を呼び込むつもりだったんだ。そしてあわよくば魔化魍による被害を利用して、鬼をも誘い出すつもりで」

「……なるほどのう、ようやっと繋がりおったわ。奴がぬしらをこの島へ呼んだのは、十分な贄を求めておったからか……舐められたものよな」

 

 ただ自分たちは、食われるためだけに集められたのだ。そのためだけに、運命を歪められたのだ。そのような認識まで起こり、明日歌の胸に怒りの炎が灯った。

 しかし邪神の思惑通りにはいかなかった。一護たちの抵抗が、知らぬうちに邪神の思惑を破ったのだ。

 

「だが、それらを邪魔されてもう後先考える必要がなくなったんだろう……同胞を贄にして、自分の本来の姿であるヤマタノオロチを蘇らせるまでに」

 

 長い間眠っていた邪神は飢えている。

 同胞を食らってでも、全てを破壊してでも、何もかもを喰らい尽くすつもりなのだろう。

 

「……おい、あれを前にしても手を出すななんていうのか?」

「さすがのわしも、あれを見ては泣き言を言いたくもなるのう……じゃが、ぬしは」

 

 一人ではまず無理だ。たとえ鬼を全て集めたとしても、あれほどの敵を止められるとは思えない。

 一護をこれ以上巻き込むことをよく思わない明日歌だったが、一護はそれを押しのけて隣に立った。

 

「俺はただ、仲間が守れればそれでいい。俺はまだ、俺だ……空座第一高校、黒崎一護だ」

「……そうか」

 

 先ほど尋ねた時とは違うと、明日歌は感じた。

 たとえ己が怪物になり始めていても、守りたいものは変わらない。己の全てを懸けてでも、大切なものを守り抜くという気概に満ちた、そんな声であった。

 

「ここには俺の大切なやつがいる。戦っている仲間がいる……だったら俺は、もう後へは引けねぇ」

「…………そうか」

 

 それだけは曲がらない、変わらないと信じているようだ。

 その姿に、明日歌はかつて師に言われた言葉が蘇ってくるのを感じた。

 

 ーーー自分を信じること。

    それが自分が自分らしくあるための第一歩なんじゃないのか。

 

 一護は、それができていた。

 対して自分はどうだと、明日歌は己を恥じる。

 敵の策略に乗せられて味方を傷つけ、情けない姿を晒してばかりであった。感情を持て余し、一護に八つ当たり気味にぶつけていたではないか。

 何をやっているのだ、自分は。

 

「なんじゃ、そうすればよかったんか……こんなになるまで気づかんで、傑作じゃのう」

 

 自分が鬼なのか、魔化魍なのか、そんなものはもうどうでもいい。

 自分は自分だと、これが自分なのだとはっきりと言える、それが強さなのだと、明日歌はようやく気付いた。

 

「なら、もう止めはせん。好きなだけ大暴れするがええわ」

 

 年下に教えられた恥ずかしさを誤魔化すように、明日歌は一護に顔を見せないようにしながら並び立ち、再び刀を抜く。一護も、フッと笑いながら斬月を構えた。

 もはや迷いはない、己を今に刻むために、力の限り戦い抜くだけだ。

 

「……ありがたく使わせてもらうぞ。ご先祖様よ」

 

 師に託された刀を、右手に持つ。

 柄頭を左手の甲に乗せ、答申を天を衝くように向けて構えると、明日歌は静かに心を落ち着けて語りかける。

 力が混ざった今、使い方はもう全てわかる。

 それを今、全て引き出す。

 

「ーーー冥火に慟哭せよ、装甲声刃(アームドセイバー)


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