1.the sword of Takeshi
歌舞鬼が遺した、最初の響鬼が使っていた剣を、紅蓮の炎が包み込む。
陽炎がゆらめき、その形を歪めていく。火花を散らして炎が晴れた時、明日歌の手にあったのはより奇妙な形の刀だった。
分厚い刀身は軸側が赤く、鞘の部分には機械的な円筒状の装飾が横向きに備わっており、前にはもう一つの刃が生えている。もはや刀と呼べるかどうかもわからない刃からは、漏れ出すように火花がまとわりついていた。
黒と真紅に彩られた武骨な剣、これが明日歌の剣の真の姿。
無名の刀匠が打った、渾身の一刀の姿であった。
「ギィアアアアアアアアア‼︎」
異様な霊圧を感知したか、ヤマタノオロチの咀嚼から逃れた魔化魍が明日歌の元に向かって急降下してくる。
どうせ食われるならば、誰か一人くらいは道連れにしてやる、そんな鬼気迫った様子で目前にまで迫るウブメだったが。
ギン!と鋭く甲高い金属音が鳴り響くと同時に、その動きがぴたりと静止する。
頭蓋と鼻先にピシッと筋が入ったかと思うと、巨体が真っ二つに分かれて一気に炎に包まれる。断末魔の悲鳴さえ残さないままに、ウブメは跡形もなく焼き尽くされた。
明日歌は装甲声刃を振り払うと、刀身に左手を添えながら刃を天に向け、鐔が口元に来るように身構える。
すると、鐔の前に備わっていた小さな刃がゆっくりと動き、柄を握る右手を覆うように装着される。鐔の前が蓋のように開き、拡声器のような内部が露わになる。
明日歌は装甲声刃を構えたまま目を閉じ、スゥッと大きく息を吸い込むと、カッと目を見開いて声帯を震わせた。
「―――ああああああああああああああああああ‼︎」
拡声器に叩き込まれる、鬼の少女の咆哮。
声は津波のように大きな衝撃をうみ、木々の枝をざわめかせるほどの振動を走らせる。
それは人間の、死神の、鬼の、魔化魍の、島中に存在する全ての生物の生み出す音と混ざり合い、共鳴する。
「こ、これは……⁉︎」
魔化魍の対処に追われている死神たちも、島から響き渡る少女の咆哮に戸惑いの色を見せる。一瞬動きを止めた魔化魍であったが、それが自身に直接害を及ぼすものではないと悟ったのかすぐにまた動き出し始めた。
それに苛立ったように舌打ちしたのは、片っ端から魔化魍を叩き切っていた剣八であった。
「しゃらくせぇんだよ‼︎」
半ば八つ当たりのように繰り出される強烈な斬撃。
衝撃は与えても魔化魍の皮膚を切り裂くことはできなかったはずのそれが、ウブメの腹に喰らい付いた瞬間だった。
「ギャアアアアア‼︎」
まるでその身がバターでできていたかのように、大した抵抗もなく刃が通ってしまう。
真っ二つにされたウブメはしばらく悶えながら絶叫していたが、やがて大きく身を震わせると木の葉となって四散してしまった。
その現象に呆然としていたのは、他の誰でもない剣八であった。
「……あ? んだぁ、こりゃ……」
「あれー? 斬れちゃったー」
何度刃を振り下ろしても平気な顔で向かってきていた魔化魍が、先ほどと同じようにはなった斬撃でいとも簡単に倒すことができた。
思わぬ事態に、他の死神たちも理解が追いついていないようだった。
「なっ……どういうこった⁉︎」
「死神の力は、奴らには効かぬはず……⁉︎」
「なるほどネェ……面白い特性だ」
言葉を失う恋次とルキアであったが、何やら笑みを浮かべながらその光景を、そしてアスカの方を観察していたマユリの呟きに振り向いた。
彼の目は炎を纏う明日歌の剣、装甲声刃の方に固定されていた。
それに気づいたルキアたちも、困惑したまま疑問をぶつける。
「涅隊長⁉︎ どういうことですか⁉︎」
「明日歌のあの刀……あれではまるで、斬魄刀のようではないですか⁉︎」
「死神の性質が混じった鬼……ならばそれが所持する刀に現れてもなんらおかしいことはないヨ」
本来斬魄刀は死神になった時に貸与され、のちに正式に渡されるもの。明日歌の剣の由来がどうであれ、ただの刀が斬魄刀に変化することなどあり得るはずがない。
しかし、この状況がもともと想定外のものなのだ。これまで確認できていなかった現象が起きても、おかしくはなかった。
「あれは斬魄刀に限りなく近いもの……そしてその能力は」
語るマユリの背後に、イッタンモメンが甲高い咆哮とともに飛来する。
急速接近する巨大なエイに一瞥をくれることなく、マユリは斬魄刀を抜いて一閃する。先ほどの剣八の例と変わらず、様々な毒を使う彼の刀に犯され、イッタンモメンは悲鳴をあげて爆発四散した。
「……自分の周囲の霊圧を共鳴させる
波長の違いにより、対抗策を持つことができなかった死神と魔化魍。
明日歌の刀は、その霊圧の波長を調節して
しかし剣八は半分以上聞いておらず、心底めんどくさそうに首を鳴らしながらため息をつく。仲の悪いこの二人、剣八にはマユリの言っていることのほとんどが理解できない。
「うだうだ言ってねぇで要点を言えよ……要するに」
トントンと刀の峰を肩に当てていた剣八が気だるそうに溢す。
その姿が一瞬で消えたかと思うと、雷撃を思わせる凄まじい霊圧とともに魔化魍の群れに襲いかかり、数十体をまとめて叩き斬って爆散させてみせた。
「好きなだけこいつらをぶった斬れるってこったろうがよぉ‼︎ ゲハハハハハァ‼︎」
「いっけー! 剣ちゃんいっけー!」
肩にしがみついたやちるが場に似合わないはしゃぎっぷりを披露し、小さな声援を受けた剣八が暴れまわり始めた。
もはや、彼を止めるものはいない。同じ土俵に引きずり出された敵を、一匹残さず駆逐するまで彼は止まりはしないだろう。
「そうか……ならば散れ、『千本桜』」
その様子を見ていた白哉は静かに斬魄刀の刀身を真下に向け、その真の能力を発揮する。
美しい刀身は一瞬で無数の桜の花びらに似た刃に変化し、剣八に追われた魔化魍たちに食らいつくとその体を粉微塵に切り刻んでいく。上位に位置する斬魄刀の攻撃を受け、魔化魍たちは抵抗むなしく木っ端へと帰していった。
「この機を逃すほど愚かではない! 卍解『黒縄天譴明王』‼︎」
狛村が発動した卍解により、その背後に巨大な鎧武者が出現する。主人の意志に従って動く巨大な戦士は圧倒的な質量を持つ刀を振り回し、他よりも巨大な魔化魍に果敢に斬りかかった。
他の死神たちも各々の斬魄刀の力を解放し、攻撃が有効となった魔化魍に挑んでいく。もはや、霊圧が与える影響などは考えない。世界の秩序を守るため、知らぬうちに異例の存在と戦う一護と明日歌の援護に回り始めていた。
その光景に、総隊長山本元柳斎重國はいつもは細めている目を開いて睨みつける。
「死神と鬼の共闘、これが最初の前例ということか。よかろう……まとめて相手をしてくれる」
本来、この戦いに死神が関わることはなかったであろう。
しかし、幾百年のうちにその存在は歪み始め、今のような事態を引き起こした。
ならば、死神もそれに応じて対処を変える必要はあろう。傍観するだけではない、世の秩序を守るため、この件をふるう必要が。
「万象一切、灰燼と為せ―――『流刃若火』」
杖に変わっていた斬魄刀が本来の力を目覚めさせ、紅蓮の炎を纏う。炎系の最強格に位置する斬魄刀が唸りを上げ、襲いかかる魔化魍たちをまとめて飲み込むと、木の葉に戻る暇も与えずに灰燼に変えていく。
専念もの間、彼を超えるものはいないと豪語するほどの、まさに最強の力であった。
「山爺本気だねぇ……こりゃ、僕らもやる気出そうかねぇ」
「ああ、そうだな」
その弟子である京楽と浮竹も、他の死神たちに倣って斬魄刀を解放する。
いい加減、守るだけの戦いには飽き始めていたのだ。
「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う『花天狂骨』」
「波悉く我が盾となれ、雷悉く我が刃となれ『双魚理』」
片や二本の青龍刀のような、片や二本の逆十手のような、形は違えどよく似た姿の斬魄刀を携え、二人は他の死神たちが刃を振るう中へ乱入する。隊長格が続々と参戦し、魔化魍たちの勢いが一気に削がれ始めていた。
「こっちの片付けは任せろよ、一護! 卍解、『狒狒王蛇尾丸』‼︎」
狒狒の毛皮と骨を身に纏い、巨大な蛇の骨格のような姿に変わった斬魄刀を携えた恋次が、この場にいないともに叫ぶ。
今必要なのは、助けに行くことではない。奴らが存分に戦える場をあつらえてやることだ。
「狒骨大砲‼︎」
制限を外された死神が操る、獅子の鬣を生やした蛇の顎門から放たれた赤い霊圧の咆哮が、群がっていた大量の魔化魍をまとめて飲み込んでいった。
耳障りなまでの咆哮を放ち、暴れまわるヤマタノオロチ。
その上空を、巨大化したアカネタカに乗った明日歌が飛行し、もう一度紅蓮の炎を身に纏っていた。
「響鬼、紅!」
真紅の姿に変わり、音撃棒を両手に構える明日歌。鬼の顔を備えた音撃棒の先端に炎が集い、周囲の大気をも揺らめかせるほどの熱を放ち始めた。
「音撃打・灼熱真紅の型‼︎」
空中を飛行しながら、明日歌はヤマタノオロチの体表に音撃棒を叩きつける。通常時よりも威力の倍加した一撃は硬い体表を灼き、じゅうと煙を立たせながらその身を崩れさせる。
しかしあまりの巨大さゆえにあまり効いている様子はなく、ヤマタノオロチは苛立たしげ鎌首をもたげると、喉奥に灼熱の火炎を溜め込み始めた。
「ムオオオオオ‼︎」
その頭上から、雄叫びをあげた茶渡が硬化した腕を叩きつけ、強制的に口を閉じさせる。行き場を失った炎がヤマタノオロチの口の中で爆発し、体内にダメージを与える。意識が混濁したらしい首の一本に、石田の放つ弓が幾本も突き刺さった。虚の力も混ざっているために、確かな有効打になり始めていた。
しかし、苦しんでいるのは一本の首だけで、他の首がそれを補うように伸びて襲いかかっていた。首のいくつかが噴いた火炎に煽られ、バランスを崩したアカネタカについに巨大な火球が炸裂した。
「アカネタカ!」
制御を失って墜落するアカネタカから飛び降り、明日歌はヤマタノオロチの体表にしがみつく。そして体表を足場に抱え上がっていき、頭部にまでたどり着くと再び至近距離から炎の音撃を叩き込んでいく。
同じく、上空から急降下した一護が斬月を振りかざし、落下速度を利用しながら明日歌と同じ頭上に刃を突き立てる。
「ギャアアアアア‼︎」
猛毒にも等しい音撃と、そこに突き立てられた死神の刃にヤマタノオロチは悲鳴をあげ、もがき苦しみ始める。毒を食らったのが一箇所だけとはいえ、天敵からの攻撃であることに違いはなく、すべての首が悶え苦しみ始めていた。
「うおおおおおおおおおおおおお‼︎」
「らぁああああああああああああ‼︎」
すべての首を相手にする必要はない、指先に刺さった猛毒が全身に回るまで、叩き込み続ければいいのだ。
「音撃打、爆裂強打の型‼︎」
「月牙、天衝‼︎」
奇しくも二人が同時にはなった音撃と斬撃が混ざり合い、轟音を奏でる斬撃へと変わってヤマタノオロチの眉間に炸裂する。
一撃を放った一護と明日歌は、弾き返されるように空中に投げ出されながら、敵を油断なく見据えた。
硬い表皮が裂け、肉が焼かれる臭いと煙があたりに撒き散らされる。爆心地のようにえぐられたヤマタノオロチのの頭部が、ボロリと焼けた炭のように崩れる。そして、すべての首が動きを止め、ゆらりとその影が揺らめいた。
効いている、いける。そう二人が思った瞬間だった。
「ギィアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
悲鳴のような咆哮をあげたヤマタノオロチが、その喉奥からこれまで以上に凄まじい火炎を放った。
「!」
一護はともかく、空中で移動することができない明日歌はその炎をまともに受けてしまい、灼熱に飲み込まれてしまう。
「ぐぁあ‼︎」
「ぬぁっ⁉︎」
一護は吹き飛ばされる明日歌を受け止めながら、自身も炎の勢いに飲み込まれ、弾き飛ばされてしまう。防御の手段を持たない二人は灼熱の炎に焼かれ、かつてない負傷を負ったまま空中に放り出された。
死神たちの戦闘の真下を突き抜けると、二人の体は冷たい海面へと突っ込んでいった。
激しい水飛沫の柱が立ち、轟音が響き渡る。崖のキワに慌てて飛び出した織姫が、悲鳴のような声を漏らした。
「黒崎くん! 明日歌ちゃん!」
もはや織姫の回復も届かない、光を飲み込む漆黒の水の闇の中へと、死神と鬼は沈んでいくのだった。