【完結】BLEACH ー鬼神覚醒ー   作:春風駘蕩

5 / 35
4.spider and demon

「ほれ、かかってこんか虫ケラども。……それとも、勝手の違う相手は怖いか?」

 

 高く育った樹の上に立って獰猛な笑みを浮かべ、童子と姫を挑発する少女。

 童子と姫は少女を憎たらしげに睨めつけ、低いうなり声をあげて威嚇を始めた。

 

「鬼…やはり鬼」

「俺たちの敵。ややこのーーー敵!」

 

 姫と童子は苛立たしげに牙を鳴らし、不意に頭上の枝に向けて口から白い糸を吐き出した。一護たちのクラスメイトを縛っていた、あの糸だ。

 

「ーーーほっ!」

 

 少女は枝の上から軽々と跳躍してその糸を躱すと、空中で宙返りしながら着地する。地面にあった落ち葉や枯れ枝を踏み潰しながら、少女は背後で呆けている一護と石田にぎろりと眼を向けた。

 

「邪魔じゃ、下がっておれ。死神ではやつらは倒せんぞ」

「ーーー⁉︎ お前、なんで……」

「邪魔じゃと言っておる! それに、もう一匹を忘れるな!」

「うおっ⁉︎」

 

 少女が忠告すると同時に、先ほどまで倒れていた大蜘蛛が復活し、一護と石田に向けて鋭く尖った足を振り下ろした。一護と石田は慌ててその場から跳びのき、童子と姫を少女に任せるようにして場所を変えて走り出した。

 

「うおおおおおっ⁉︎」

 

 一護は大蜘蛛の足を斬魄刀で弾きながら受け止め、石田は弧雀から矢を放ちながら対抗する。普段も怪物と戦う二人だったが、未知の敵である上に何故か決定打を与えられないために徐々に押され始めていた。それでも相手は容赦がないため、二人は逃げるように後退する他になかった。

 大蜘蛛は標的を二人に定めたようで、地面に足を突き立てながら童子たちから離れていく。

 少女はそれを計画通りと言わんばかりに見やり、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「おおおお‼︎」

 

 少女らしからぬ野太い咆哮と共に、姫に向けて拳を振るう。姫は躱すが、少女の爪が頬をかすり4本の傷跡を刻む。自身に傷をつけられた姫は凄まじい殺気を込めて少女をにらみ、激昂したように咆哮を上げて童子と共に襲い掛かった。

 少女は鹿のように軽々と飛び跳ねて後退し、姫と同時の攻撃をやすやすと躱していく。時に姫たちの爪を手甲で弾き、相手のバランスを崩させてから顔面に向けて回し蹴りを食らわせると、童子と姫は顔面を凹ませながら大きく宙に吹き飛ばされた。

 小柄な少女が見た目に似合わぬ剛力で異形を相手取っている光景に、身動きの取れずにいるコンは眼を見開いて驚愕する。

 その途中、反撃を受けて後退した少女がコンの目の前まで跳躍してきた。

 

「おお……ベストアングーーールびゅっ⁉︎」

 

 拘束されて転がっているコンは、ちょうどいい位置に少女が立ったために見えた着物の下からの光景に鼻の穴を膨らませる。が、次の瞬間には容赦なく顔面を踏み潰されていた。

 だが、その動作が少女に致命的な隙を生んでしまった。少女の背後から、蜘蛛の片割れが口から粘着性の糸を吐き出してきたのだ。

 

「ぬぉっ⁉︎」

 

 死角からの攻撃に、少女は対応しきれず受けてしまう。蜘蛛の糸が少女の体に絡みつき、腕と体をひとまとめにして拘束してしまった。

 

「くっ……おのれ!」

 

 地面に倒れた少女はもがきながら糸を外そうとするも、見た目以上に頑丈な上に強力な粘着力でまとまっているようで、動けば動くほど体に食い込むようだった。

 冷や汗を流しながら糸を外そうともがく少女の元へ、一護たちを追うのをやめた大蜘蛛が戻ってきたらしく、地響きが伝わってきた。

 

「い、いかん!」

 

 もがけばもがくほど糸は体にこびりつき、絡まり、脱出がより困難になっていく。手も足も出ない厄介な獲物が転がっている様に、大蜘蛛も姫も同時もいやらしい笑みを浮かべたような気がしてくる。

 そしてついに、大蜘蛛の足が少女の顔のすぐ横に突き立てられ、異形たちが徐々に距離を詰め始めた。

 窮地に陥った少女の顔が、絶望に染まりかけた時。

 

「月牙……天衝‼︎」

光の雨(リヒト・レーゲン)‼︎」

 

 黒い巨大な斬撃が、大蜘蛛の横腹に突き刺さり、その衝撃で大蜘蛛の巨体を吹き飛ばした。

 思わず振り向いた童子と姫も、不意のうちに食らった無数の光の矢に貫かれ、大蜘蛛と同じく吹き飛ばされる。

 少女は大きく目を見開いて硬直するが、自身を拘束している糸が刃が入ったことで我に帰る。顔をあげれば、ゼェゼェとあり息をついている一護が斬魄刀で糸に傷をつけていた。

 

「うちのバカがすまん!」

 

 相当走り回ったのか、大きく肩をいからせて呼吸を荒くする一護は、片手を上げて少女に謝罪する。離れたところでは、弧雀を構えた石田が大蜘蛛を牽制しており、こちら側に来ないようにかばってくれているのが見えた。

 少女はニヤリと笑うと、親指を立てて見せた。

 

「礼を言う! フン!」

 

 切れ目が入った糸を力ずくで引きちぎり、少女は再び立ち上がる。

 そして、すぐさま起き上がるも警戒し、再び距離を詰めてくる姫を鋭く睨みつけ、両足を踏ん張って構える。

 姫が咆哮と共に駆け出した瞬間、少女は大きく息を吸い込んで溜め込み、姫に向けて一気に吐き出した。鮮やかな瑠璃のような、強烈な青い火炎と共に。

 

「……火を、吹いた……⁉︎」

 

 石田が呆然と呟く前で、少女の吐き出した火炎が姫を飲み込み、その体に食らいつく。真っ向からまともに食らった姫は避けることさえできず、炎の勢いに押されながら後退してもがき苦しむ。

 よろよろとふらつきながら体を焦がされた姫は、がっくりと膝をつくと次の瞬間塵芥となって弾けた。まるで初めから何もなかったかのように、ただの土くれへと変わり果ててしまったのだ。

 敵の一帯を倒し、ぎらりと目に獰猛な光を灯すと、少女は石田に足止めを食らっている大蜘蛛の元へと走り、腰に下げていた二本の棒を取り外して両手に構えた。

 

「やってくれたのう! 歯ァ食い縛りィ‼︎」

 

 大蜘蛛の背の上に向けて大きく跳躍し、赤い半透明な結晶を削って作られた、鬼の顔を飾った撥を振りかぶる。石田の弓に気を取られていた大蜘蛛は少女に接近を許し、背中にその一撃を受けた。

 ドンッ、と。まるで太鼓を叩いたかのような凄まじい音が響き渡り、大蜘蛛は大きく痙攣して動きを止めた。

 

「音撃打、火炎連打の型!」

 

 撥を大蜘蛛の背中に抉りこむように叩き込んだ小さくつぶやき、少女は再び二本の撥を振りかぶった。

 

「ゼェァァァアアアア‼︎」

 

 獣のような咆哮とともに、大蜘蛛に強烈な一撃が突き刺さる。動くこともできない大蜘蛛の背に立て続けに、雷のような轟音が大気に波を打つ。

 空中に波紋を生じさせるほどの衝撃が走り、浸透し、それを受け続けている大蜘蛛は痙攣しながら泡を吹く。しかし少女は情け容赦なく打撃を叩き込み続け、大蜘蛛を追い込んでいく。

 戦っているとは全く思えない怒涛の演奏が披露される。だが、ほとばしる汗、盛り上がる筋肉、激しく揺れる胸、その全てが命を燃やすように躍動し、熱気を辺りに拡散させていく。

 

「終いじゃあああああ‼︎」

 

 怒号とともに、とどめの一撃と言わんばかりに少女は撥を大きく振りかぶり、これまでよりも強い一撃を大蜘蛛に叩き込んだ。

 大蜘蛛は、落雷でも受けたかのように体を大きく痙攣させると、ピンと伸ばしていた足から力を抜いてがっくりとうなだれる。

 そして、少女が撥を肩にかけて飛び降りると同時に、大蜘蛛は無数の木の葉の切れ端となって四散するのだった。

 

「鬼……鬼……‼︎ 鬼嫌い‼︎」

 

 余波を逃れていた童子は木の上から少女を睨みつけていたが、再び手を出すことはなく子供のような捨て台詞を残すと、口から敗退とを使って目にも留まらぬ速さで逃げ去っていった。

 

「……チッ、逃げ足の速いやつよ」

 

 少女も無理に追うことはせず、舌打ちして視線を外した。両手の撥をくるくると弄ぶと腰のホルスターに戻し、気だるげに肩を回すのだった。

 そこでようやく、呆然と見つめてくる一護たちを思い出したのか、親しげな笑みを浮かべて近寄っていった。

 

「よう、若いの。また会ったの」

 

 気軽に声をかけてくる少女に、一護も石田もまともに返答することもできない。

 無理もない。自分たちよりも若い、いや幼い少女が見るからに恐ろしげな異形と戦い、あっという間に片割れを退治してしまったのだから。

 

「黒崎、知っているのか?」

「いや、二回顔を合わせただけだ」

「三度も会えば立派な知り合いじゃ。そう構えんでもよかろ」

 

 ヒソヒソと話していた二人に近づくと、先ほど異形を爆散させた撥で肩をトントンと叩いて見せた。

 

「おい若いの。さっさと仲間のところへ帰れ。暗ぉなると魔化魍も表に出てきおるぞ」

 

 警戒していた石田は、少女の見た目にそぐわぬ話し方に面食らい、訝しげな表情を浮かべた。

 

「若いのって……君は歳いくつなんだ?」

 

 実施に年齢を聞くつもりではなく、年上に対する態度に物申すつもりで言った石田だったが、その方を諦めた表情の一護が掴んで止めた。

 

「おい石田、やめとけ。こいつ俺たちより年上だぞ」

「は?」

「おいおい、わしじゃってこれでもれでぃじゃぞ? 気軽に歳を聞くな。17じゃ」

「言うのか⁉︎ って……え、年上?」

 

 やはり石田も見た目に騙されていたのか、一護と少女を何度も見比べる。

 背丈に関しては中学生、もしかすると小学生程度しかない。顔立ちも子供そのもので、手足も鍛えてはあるが細く少年に見えかねない。

 だが、道着を押し上げている胸の膨らみは確かに小・中学生ではありえない大きさだ。巨乳で有名な織姫にも匹敵するかもしれない。幼い少女の見た目に大人のような体つき、そしてやけに老獪な口調とあまりにもアンバランスだった。

 

「えっと……連れがなんかすんません」

「その……申し訳ない」

「まじとーんで謝るでないわ‼︎ 虚しくなるわ‼︎」

「いやだって、その見た目でいじる気にもなんねぇっていうか……マジですんません」

「やめい! 本気でしばかれたいのか⁉︎」

 

 見た目と年齢のギャップを知り、気圧された二人が恐々とした様子で頭をさげると、少女は機嫌悪く鼻息を荒くした。

 

「ここまで失礼な奴も珍しいのう。まぁ良いわ」

 

 少女は深いため息をつくと、呆れたように笑みを浮かべた。その時、不意に彼らの足元からくぐもった声が聞こえてきた。

 

「おーい! 俺の糸もちぎってくれよ……ぶがふっ⁉︎」

 

 先ほどから魔化魍の糸に体を拘束され、放置されているコンが抗議じみた声を上げた。

 だが、ザクザクと無言で近づいた少女に頭を踏みつけられ、グリグリとかかとで圧をかけられる羽目になった。先ほどのセクハラにまだ腹を立てていたらしい。

 

「んん? なんじゃ、どこかでけだものの鳴き声が聞こえた気がしたが気のせいじゃったかのう?」

 

 とぼけた顔で何度も足を振り下ろす少女の真下から「ぎぃやあああああ‼︎」と鶏を絞め殺したかのような悲鳴が聞こえる。まるで気づかないように振舞っている少女に、一護が若干ドン引きしながら一歩近づいた。

 

「あの……それ一応俺の体なんで、その辺で勘弁してやってくれないっすか……?」

「そういえばそうじゃったの。オルァッ‼︎」

「ゲフッ⁉︎」

 

 腹を蹴られたコンが自らの改造魂魄を吐瀉物と一緒に吐き出す。どさりと倒れふす自身の体を見て、このまま自分の体に戻ることが恐ろしく感じる一護であった。

 

「ひ、ひどい……さっきから全く容赦がない」

「ほとんど自業自得だろ。つーか俺の体で妙なことすんなっての」

 

 唾液まみれになった改造魂魄を汚なそうに回収する一護が、恨みを込めた目で魂魄を睨みつける。ぶっちゃけ今戻りたくないのだが、自分の体を放置したくないので悩ましいところであった。

 石田はそんな一護を放置し、真剣な表情で自分に背を向けている少女に向き直る。

 

「……改めて聞きたい。君……いや、あなたは一体何者なんだ? それと、さっき言った魔化魍……とは何だ?」

「…………」

 

 石田の方をちらりと見やった少女は、やや考え込んだかと思うと森の奥の方に視線を向けた。何かをじっと見つめたかと思うと、小さくため息をついて二人に向き直った。

 

「話はここを出てからじゃ。お主らを抱えてまた奴らとやりあうのは勘弁じゃからの」

 

 ジンジンと痛みが残る自身の体に戻り、ぬいぐるみにコンの改造魂魄を戻す一護と冷や汗を流す石田に忠告し、少女は先に歩き出した。まだ納得できていない様子の二人だったが、少女の言うことも一理あると考えたのかそれ以上の文句もなく後を追う。

 その途中、ふと一護が不審感をありありと顔に表した表情で尋ねた。

 

「なぁ……名前ぐらい聞いてからでもいいか? さっきから呼びづらくて仕方がねぇ」

「……そういえばまだ、名乗っておらなんだか? これは悪かった」

 

 うっかりしていた、とばかりに目を丸くした少女は、思わず足を止めて石田と一護の方に振り向き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「わしの名は安達明日歌(あすか)。さっき言った通りーーー鬼じゃ、見習いのな」




うちのヒロインは、生身でも怪人と戦えます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。