1.his and their groove
「……一護のやつ、まだ戻ってこないんかねぇ」
未だ待機を言い渡されている啓吾が、隣の水色にぼやくように呟いた。
ちらりと視線を横に向けてみれば、行方知らずになっていた女子は茶渡と織姫に抱えられてすでに戻ってきていて、教師たちによって解放されているが、一護と石田の姿はまだ見えない。
水色はそれに、ちらりと視線を背後の森に向けながら答えた。
「案外迷子になってるんじゃないの? 多分探しにいってたんだろうしさ」
「ミイラ取りがミイラ取りになってどうすんだよ……いて!」
呆れた表情になっていた啓吾の頭がゴッと小突かれる。振り返ると、不機嫌そうな顔の一護が見下ろしてきていた。
「だ〜れがミイラ取りの迷子だコラ」
「んだよ! いつのまに戻ってきてたんだよ!」
「おう。今来た」
なんともないように答えられ、啓吾と水色はやれやれといったように肩をすくめた。心配して損した、とでも言いたげだった。
するとその後、キョロキョロと辺りを見渡していた織姫が、一護が戻ってきていることに気づいて駆け寄ってくるのが見えた。
「あっ! 黒崎くん!」
不安げだった表情がパッと明るくなり、茶渡も気づいたのかのしのしと一護たちの方に近づいた。
「大丈夫だったの?」
「おう。…まぁ色々あったが、無事だぞ」
「なぁにが無事じゃ。わしがおらんかったらおぬしら、今頃どうなっておったかわからんぞ?」
あっけらかんとした顔でそう答えた一護だったが、その直後に啓吾たちには聞き慣れぬ声が否定した。思わず辺りを見渡すが誰の姿も見えず、一護に真下を指さされてようやく啓吾たちを見上げている少女の姿に気づく。
当の本人は不躾に見下ろされ、腕を組んだまま不機嫌そうに啓吾たちをにらみつけていた。
「……おい一護。どっから拾ってきたんだこの幼女」
「誰が幼女じゃ」
至極真面目な顔で幼女・明日歌を指差した啓吾を、明日歌は鬱陶しそうに払いのける。そのひたいには血管が浮きだっていて相当不機嫌そうだった。
「全くどいつもこいつも……勝手に人を見た目で年下じゃと判断しおって。いい加減説明するのが面倒になってきたわい」
「……はい?」
明日歌のつぶやきが聞こえたのか、啓吾が訝しげな顔で見下ろす。その肩を、一護が訳知り顔で軽く叩いた。
「おいお前ら、言っとくけどこいつ俺らの一個上らしいぞ」
「合法ロリ巨乳……だと……⁉︎」
「お姉さん、僕とお話しでもしませんか?」
「殺すぞ色ボケども」
お姉さん好きと年上好きに迫られ、明日歌はドスの利いた声で拒絶した。凄まじい手のひらの返しっぷりに相当苛立ったらしい。
すると、突如明日歌の体が浮き上がった。
「や〜ん可愛い〜!」
「ぬぐっ⁉︎」
突然のことに声を上げる明日歌は、自分を抱き上げている女生徒ーーー織姫に抗議じみた視線を向けた。
大人ぶった口調の小さな女の子という見た目が織姫の琴線に触れたらしく、織姫は明日歌がじたばたと暴れても離そうとしなかった。
「やめよ小娘。わしを子供扱いするな!」
「何年生〜? 地元の子かな〜」
「聞いておらんの……」
明日歌の抗議も気づかず、犬か猫のように可愛がろうとする織姫。男子二人のような下心がない分やりづらいのか、明日歌はされるがままになっていた。
「あなた確か……だいぶ前から管理人の小屋を借りてる男の人のお連れさんよね? どうしたの?」
「なぁに、女子二人が眠りこけておるところを見つけてこやつらを案内しただけじゃ。深い理由はない」
「そうだったの、ご苦労様ね」
「ええい! お前にまで撫でられとうはないわ‼︎」
子供扱いする蛇園を威嚇する明日歌だったが、残念ながら今もなお織姫に抱き上げられているために迫力は皆無であった。
反対に越智は明日歌の前にしゃがみ、まっすぐに目を見つめて笑みを見せた。
「ありがとな。助かった」
「気にするな」
明日歌は越智にひらひらと手を振って答えると、織姫の手を振り払って離れた。後ろで残念そうな声と雰囲気を感じ取ったが、面倒そうなので無視することにしたようだ。
「さて、わしの用はもうないの。暗うならんうちに人気のあるところへ戻るがええ」
「お、おい!」
「あんまり戯れられるのは嫌いでの。わし、ドロンします」
そのまま去ろうとした明日歌を、一護が止めようとする。
だが、そのすれ違いざまに明日歌は一護の耳元で小さく呟いた。
「……子の刻に、宿の外で待っておる」
「!」
一護は表情を変え、歩き去っていく少女の背中を見送る。石田や茶渡は様子の変わった一護を訝しく見つめ、同じく背を向けてさっていく明日歌の背中を見送る他になかった。
その側で、越智が迷惑をかけた蛇園や役所の観光課のものに頭を下げていた。
「すいませんね蛇園さん。うちの生徒が迷惑かけて」
「いいえ〜。お気になさらずに、ご無事で良かったですよ〜。……でもこうなっちゃうと、生徒さんを落ち着かせる時間も必要ですねぇ」
「そうですね……」
越智は少しの間考え込んだかと思うと、他の教師も交えて何かの相談を始める。しばらくして結論が出たのか、待機している生徒たちに声をかけ始めた。
「よ〜しお前ら、予定変更して先に宿行くぞ。全員指示に従え〜」
「む、ようやっと来たか」
リーリーと、美しい鈴虫の音色が聞こえる夜。空座第一高校一年の生徒が泊まる宿の外にて、草むらの中で寝転がっていた少女・明日歌が、声と足音を殺して近づいてきた少年たちにそう答えた。
サクサクと草むらをかき分けて寄ってきた一護の前で、明日歌はいきなりネックスプリングで起き上がり、パンパンと腰についた葉っぱを払って向き直った。
「就寝時間を無視して抜け出してくるとは、おぬしら大した不良だのう」
「るっせぇな。お前が説明するって言ったから来たんだろうが」
そうじゃった、と舌を出す明日歌に一護は渋い顔になる。
ふと明日歌は視線を一護から外し、茶渡の陰に隠れるように立っている織姫に目を向けた。
「なんじゃ?おぬしも来たのか織姫とやら」
「う、うん……じゃなくて、はい」
「今更畏まらんでも良いわ」
一護たちから実年齢について聞いたらしく、今更になって萎縮している姿は滑稽だった。カラカラと笑っていた明日歌は、ややあってから真面目な表情に変わる。ようやく一護たちをここへ呼んだ本題について話す気になったようだ。
「さて、何から話すかのう……と言っても、特に言うことはないんじゃが」
「いやいや! あるだろう!」
「面倒臭がって適当にやり過ごそうとしてんじゃねぇぞ‼︎ うわこいつら面倒クセェなって顔すんな‼︎」
いやそうな顔になった明日歌に一護が突っ込む。さっきまでの真面目な顔はなんだったのだろうか、なんともやりづらい相手だった。
その時、明日歌の背後の暗闇の中から別の足音が聞こえ、一護たちはさっと身構えた。昼間の異形のこともあり、戦闘体制に入ろうとしたところを明日歌が制した。
「!」
一護たちに手を差し出して止める彼女に鋭い視線を向けるも、明日歌は闇を見据えたまま動かない。
すると、暗闇の中から一人の男が現れた。ダメージジーンズに白いシャツ、その上にジャケットを羽織ったワイルドな印象の衣服に身を包んだ、背の高い中年の男性だった。全体的に細く見えるが、シャツの襟から覗く胸からかなり鍛えていることがわかる、どこか抜き身の刀を思わせる風貌だ。
「? あんたは……」
「おお、師匠! もう来ておったのか」
不意に現れた男に、明日歌は親しげに話しかけるも、反対に男性は冷たい目で明日歌を見つめ、何も答えずにいた。
「姿が見えんかったからどうしたかと思ったが……やはりまた現れておったか?」
「西の海岸にバケガニがきていた。姫と童子も仕留めたがまだくるかもしれん」
「そちらもか……やはり頻度が上がっておるのう」
会話というには淡白な内容で、逆に一護たちが訝しげな表情になる。師匠と言っていたが、ということはこの男も鬼とかいうものなのだろうか。だが師と弟子の会話にしては、どこか気温差を感じるのはなぜだろうか。
「おお、紹介が遅れたの。わしの師匠、カブキじゃ。師匠、話はしたじゃろう? こやつらが昼間の四人じゃ」
「……そうか」
カブキという名の男が、波がかった髪の下から一護たちをじろりと見据える。その瞬間、ぞくりと一護たちの背中に寒気が走った。
「……‼︎」
カブキは何もしていない、ただ一護たちに鋭い視線を向けただけだ。だというのに、一護たちはまるで首元に研ぎ澄まされたヤイバを突き付けられたかのような感覚を覚え、思わず身構えてしまった。
しばらく凍りつく一護たちを見つめていたカブキだったが、やがて小さく嘆息するとくるりと一護たちに背を向けた。
「……ならばもう、関わるな。怪我じゃ済まんぞ」
冷たく突き放すような口調でそう言い残し、カブキは明日歌を置いてその場を離れていく。あまりに不躾な態度に明日歌も思うところがあったのか、ムッとした様子で師を睨みつけた。
「おい師匠! いくら何でもそれはどうかと思うぞ! こりゃ、待たんか!」
しかしカブキは振り返ることもなく、来た時と同じようによるの闇の中へと戻っていってしまう。後に残されたのは、カブキの冷たい視線から逃れて安堵する一護たちと、苛立ちを持て余す明日歌だった。
「……気難しい人のようだね」
「無愛想で悪いの。昔からああなんじゃ」
申し訳なさそうに明日歌が頭を下げ、カブキが消えた方を困ったように見つめる。
「どういうわけか、師匠は他の鬼と一切関わろうともせん。その上、頑なに島から一歩たりとも出ようとせなんだから、わしが本土に赴いて他の鬼と連絡を取っておるのじゃ」
「……難儀なやつだな」
明日歌は深いため息をつき、「まったくじゃ」とこぼす。この様子から行って、いつも師との会話はあんな感じなのだろう。胃が痛くなりそうなことだ。
話しかけづらくなった空気の中、石田が意を決して聞きたかったことを尋ねてみた。
「一つ、聞いていいかな。……鬼って、なんなんだ?」
「……ふむ」
石田の質問に意識を切り替えたのか、少し考えるように顎に手をやってから明日歌は四人に向き直った。
一護たちも姿勢を正し、明日歌の説明を聞く体制に入った。
「一護。おぬしのような死神が、人から変じた魔物を倒す役割ならば、わしら鬼は自然から生じた魔物を狩る役目を担っておるのじゃ」
「さっきの、でかい蜘蛛とかか?」
「うむ。わしらは奴らを、魔化魍と呼んでおる。昼間の蜘蛛はその中でも、土蜘蛛と呼ばれておる類のものじゃな」
「魔化魍……」
改めて一護はその名を口にし、そして目の前にした時の異様な存在感を思い出す。虚とは異なる存在ではあったが、どこか似通った部分があるようにも思えた、あの異形の姿を。
「おぬしらも何度か聞いたことはあるじゃろう? 河童とか鎌鼬とか。あれは、過去に市井のものが遭遇した魔化魍が伝わったものじゃ」
「まじかよ!」
「まじじゃ。で、この島はどういうわけかよそよりも魔化魍の出現頻度が大きくての。師匠が常駐して狩り続けておるのよ」
素直に驚いている一護の様子が面白かったのか、若干口元に笑みを浮かべる明日歌だったが、最近の忙しさを思い出したのかすぐに渋い表情に戻った。
その表情に一護も同情を覚え、険しい顔になる。いっとき、虚の出現が連発した時があったことを思い出し、こういう荒事の仕事はどこも忙しいのだなと改めて痛感する。
「魔化魍がどう言った条件で生まれ出ずるかは、まだ解明されておらんが……土くれに邪悪な魂が宿ることで形を得るとわしの師匠は言っておったかの。……おっと、話がずれたか」
石田は一番そこを聞きたかった気もするが、明日歌に追求しても仕方がないと言った様子で引き下がった。代わりに、二番目に聞きたかったことを明日歌に問いかけた。
「……それで、鬼はどうやって魔化魍を倒しているんだ?」
「そうだ。……昼間やりあった時、なんかハナから攻撃が効いた感じがしなかったんだ。あれは、どういうことなんだ?」
「……一言で言うなら、波長が異なるゆえ、といったところか」
若干間を開けると、明日歌は言葉を選びながらたどたどしく説明を試みる。首をかしげる一護たちに、どうにか伝わるように必死に頭を働かせていた。
「魔化魍と虚は、似ているようでかなり違う。霊圧の波長が違うのじゃ。例えて言うなら、らじおとてれびの違いといったところかの? 同じりもこんでは操作できんじゃろう?」
「……そんな説明でいいのか?」
「……わからなくはないが」
わかりやすいように身近なものを例えにしてくれているようだが、若干伝わりづらい気もする。とはいえ、こんな説明をすること自体初めてであろう彼女にそういうのは酷であるため、誰もそのことを言及しなかった。
「わしら鬼は特殊な材質により作り出した、楽器を模した武器を用い、魔化魍に清めの音を叩き込んで浄化する。これにより、魔化魍の中の邪悪な霊圧が浄化され、元の土くれに戻せるんじゃ」
「つまり……死神の力では、魔化魍に決定打は与えられない、と?」
「そうじゃ。逆に言えば、鬼は虚を相手にすることはできん。専門外と言うこともあるがの。滅却師も同じじゃ」
そこまで聞いて、一護も石田もようやく理解が追いついてきた。自身の戦った感想と合わせて、ようやく実感を得始めたのだ。
「……その力は、どうやって?」
「素質のある奴らなら修行すれば身につくが……まぁ、一朝一夕には無理じゃの。わしも何年も修行しておるが、まだ完全には音を引き出せてはおらん。おぬしらがここにおる時間を考えても、すぐに戦力にはならんぞ」
暗に役立たずと言われているような気分になり、一護と石田は自身に言葉の矢が突き刺さるような感覚を覚えた。
彼女なりの警告なのだろうが、もう少しオブラートに包んでくれてもいいのではないだろうか、と思わないでもなかった。
「他に、聞きたいことはあるか?」
「じゃ、じゃあ! 鬼っていつからいたのかな? 死神とおんなじくらい?」
「……いや、そこまで古いかはわからん。わしも、そこまで長くこの稼業をやっているわけではないでの」
顎に手を当て、織姫若干的外れな質問に真面目に応えようとする明日歌。
ダメージを負った一護と石田、そして茶渡も詳しく聞こうとずずっと明日歌との距離を詰めた。
「じゃが確か、鬼を陰ながらさぽーとする組織が生まれたのが、そうさな。今から約500年も前……戦国時代くらいの頃じゃのう」